異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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望む未来 7

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「レイ‼︎」

 膝をつきそうになって、だけど、それをさせてもらえなかった。柔らかい手が、崩れる俺を支えたからだ。
 俺より小さな体格で、体勢を崩した俺を、こ揺るぎもせず支える。そんなことをするのは、一人しかいない。ルオード様の制止を振り切って、俺に手を伸ばしてくれた。

「さ、や……」

 ああ、まだここに、在る。
 失うことを約束された娘。

「サヤ……俺、また失う……。せっかく、自分で歩こうと思っても、いつも上手くいかないんだ……簡単に、終わってしまう……俺の望みなんて関係なく終わってしまう……」

 朦朧とした中で、ただ心情を、零す。
 言い争う声が、まだ聞こえる。
 どういった人物が王に相応しいかなんて、俺には関係ないのに……何故か俺の名が出る。
 権力だの、後ろ盾だの、俺とは全く関わりないはずのものが、俺を雁字搦めにしようとしている。

 嫌だ。

「嫌だ……。ここを失いたくない……。
 絶望から初めて何か、拾えたと思ったんだ……。
 何もない俺が、やっと、手に入れた、俺が俺の意思で、重ねた時間だったんだ……。
 俺の手で作ってこれたと思えた時間だった!
 サヤとの時間は……サヤの痕跡は、ここにしか無いんだ……」

 ここを離れたら、全部失ってしまう。
 サヤの帰り方を探す約束すら、守れなくなってしまう。
 俺の手に残っていたと思っていたものの、大半が、失われてしまう。
 なんでだ……なんで望まないことを押し付けられる?
 俺は、俺のことを、勝手に定められたくない。
 異母様にも、クリスタ様にも、神にだって、定められたくない。
 自分自身で、進みたいのに…………っ!

「ごめん、レイ……。
 レイは、クリスタ様のこと慕うてるんやと思うてた……。
 クリスタ様も、そうなんや思うてた……。せやから私、レイが幸せになるならって、思うたのに……これ、なんや、違うとる……」

 呆然とした、サヤの呟き。
 サヤが考えた、俺の幸せって、これだったのか?

「レイがどうしたいんか、全然、関係なく動いとる……。そういうんやない……私が思うてたんは、そういうんやのうて……」

 震える声が戸惑いを零している。
 そのサヤの視線の先には、たぶん、言い争うリカルド様と、クリスタ様の姿があるのだろう。
 俺のことなどそっちのけで、見向きもしないで、俺のことを決めている姿が。

「取り込み中すまんな。
 ちょっと二人、こちらに来い」

 急に、気配の無い間近から声がして、ゾクリとした。
 ディート殿だ。存在を感じさせないまま、いつの間にか俺たちの背後に回り込んでいた。
 言い争う姫様とリカルド様を尻目に、俺たち二人を引っ張って、玄関広間の奥、廊下の方に曲がる。

「いやいや、正直何がどうしたのだか全く分からん。
 何故レイ殿が王になるとかいう話になってる?」

 視線の通らない場所に移動したと思ったら、まるで動じていない顔で、世話話をするかの様に言われた。
 そのあまりに泰然とした態度に、どこかふわふわと頼りなかった俺の意識も、少し覚醒する。
 そ、そうだよな……。意味が、分からない。お、俺が姫様の夫とか、夫になったからって王とか⁉︎   何それって話だよな⁉︎

「ああ。それ、僕が説明します」

 ディート殿の声に応えたのは、何故か同じく壁際に張り付いていたマル。
 そしてその後ろにギルとルーシーまでが居た。な、何してるんだよ⁉︎
 ギョッとする俺に、ルーシーが申し訳なさそうな表情になる。
 ……ああ、多分彼女が助けを求めたんだな……。そりゃそうか。なんか大ごとになりそうだと思ったら、ギルに助けを求めるよな、普通。
 そんな風に、突きつけられた現実から逃避していると、マルから声が掛かった。

「レイ様、姫様の夫は嫌ですか?   僕的には、それが最も理想とする状況を生み出しそうなんですけど……」
「い、嫌だよ⁉︎   って言うか、クリスタ様のことはずっと男性だと思って接して来たのに……そんな風に見てなかったのに、急にそんなこと言われても!」

 しかもそこに王とか付随するって、どんな事情があろうが嫌だろ⁉︎
 俺の返答に、何故かサヤがびっくりした表情になる。

「え?」
「え?   じゃないからね⁉︎
 彼の方、堂々と男性寮に住んでたんだぞ⁉︎   その時点で女性だなんて思わないだろ、ギルだってずっとそのこと俺に隠してるし!」

 つい恨みがましくそう口にしてしまったのだが、ギルの眉が下がり、マルがいやいや無理ですって。と、手を振る。

「すまん……箝口令が敷かれてた」
「そこは仕方ないですよ。ギル、言っちゃったら口封じされますから。
 まあ、貴族相手に手広くやってるバート商会は信用も厚かったですし、ギルも義理堅い性格ですから秘密は守れると判断された。だから首の皮一枚辛うじて、繋がってたんです」

 そんな裏事情があったとは……。
 いつも気心知れたもの同士といった感じで、言葉を交わしていた二人だったのに、ギルは常に、緊張の中で、神経を尖らせていたってことだ。

「で。何故レイ殿が王となるのだ?」

 俺たちのやりとりがひと段落した段階で、ディート殿がそう口を挟む。
 この人ほんと、大物になるな……この状況で全く、いつも通りだ……。

「情報をまとめると、現王が姫ではなく、姫様の婿に王位を譲ると言っている節があります」

 姫様には、とにかく子を産めってことなんでしょう。と、マルが言う。

「まあ、分からないでもないです。白い方は短命だ。ましてや姫ですからね。王という激務に、出産という使命。二つには耐えられないと思われたのではないですか?
 現王のご兄弟は、皆身罷られた。そして姫様のご兄弟も、十五を迎えず、皆天に召されてしまっています。唯一残った姫には、なんとしても、子を成してもらわなければなりません」

 王家の血が途絶えることになってしまう。
 公爵家には、少なからずその血が受け継がれているのだが、ここ数代は降嫁されたりした方はいらっしゃらない。殆どが、早逝されているからだ。さらに前の代の、数少ない方も、悉く、子を成さぬ間に亡くなっている。
 渋面になった一同に対し、マルはそれを見渡し、溜息を吐く様に言う。

「ですが姫様は、王となりたいのです」

 重たい声で、少し、困った様子で。

「……え?   どういう意味……?」
「や、言葉のままですって。姫様は王になりたいのですよ。自らの責務を全うしたい。
 あの猛々しい気性の方ですからねぇ。子だけ産めと言われて、納得出来なかったのでしょう。
 だから、傀儡の王を欲しておいでのようです。
 リカルド様には無理でしょう?彼の方も相当、我が強いですし」

 さもありなん。とディート殿が頷く。
 リカルド様……見るからに、気性は荒い感じだものな……。行動もそれを如実に表している。
 なにせ、王の許可を貰って、ここに来ている姫様を追いかけて来て、怒鳴りつけて連れ帰ろうとされるくらいだからな。世の婚約者って、こんな感じなのだろうか……?   いやでも、結婚する相手が男のところに入り浸っていると思えばこうなるかな……うううぅぅ、知らなかったとはいえ、とんでもない状況だ。
 けど、姫様にそんな対応は、逆効果だろう。
 彼の方は、学舎にいた時からそうだった。負けず嫌いなのだ、物凄く。だから上手く受け流すルオード様は上手にいなしていたけれど、ユーズ様とは常に喧嘩していた。リカルド様も、そっち側である様子だ。

「学舎にいらっしゃったのは、先ほどの口ぶりからしても、傀儡の王に出来そうな人材を探しに来られてたみたいですね。
 男性として手続きされ、編入されてますからねぇ。王の許可も出ているはずです。まあ、そうでなきゃ、あんな堂々と男子寮にいらっしゃらないですよね。
 ただまぁ、思う様にはいかなかったはずですよ。あそこは立身出世の場。正直、我が強いのが大半です。出世を希望してるんですから。
 傀儡の王とはいえ、馬鹿では困りますからねぇ。それなりの教養が必要ですから、適当に探すよりは、学舎で見定める方が効率的だった。姫様の体調のこともありましたしね」

 まるで知っていることのように語るマル。
 こいつ、王族の裏事情に、どこまで探り入れているんだ……?   諜報員に引っかかったりしないのか?   マルが平気な顔して語る内容に、恐怖しか感じない。
 俺が震えている最中も、マルは世間話みたいに軽く、話を続ける。

「とはいえ、自身が傀儡であることを理解し、姫の意を汲んで行動出来なければなりませんし、場を読む能力に長けてなければ臨機応変に対応など出来ない。並の者には務まりません。
 人前では王として振る舞い、姫には従順。そんな都合の良い人材が必要だったのですよ」

 そんな都合の良い人間、いるんだろうか……。
 呆然とそう思ったのだが、皆の視線は俺を見る。そして、あぁ……。と、納得の顔。
 え⁉︎   なんで納得⁉︎

「……確かに、レイ殿なら問題無さそうだ。レイ殿の意思を考慮しなければ」
「ディート殿まで納得しないでくれますか⁉︎」

 俺ってそんなに、はいはい言うこと聞くように見えるってこと⁉︎
 正直、皆の俺に抱く印象に、絶望に近いものを覚えたのだが、打ちひしがれる俺のことなどの意に介さず、マルの話は続く。

「ええそうです。レイ様の意思が犠牲になる。レイ様が望むならあるいはと思ったんですが……やっぱり望みませんでしたかぁ……」

 やっぱりって……ある程度予想してたってことだよな……。なのに俺に忠告も何も、なかったってのは、どういうことだ⁉︎
 俺の表情で、俺の言いたいことは察してくれた様子だ。
 マルは肩を竦めた。

「だって、信じられます?   こんな話。寝言で済めば良いですけど、頭の方疑われますよ」

 ……うん……まあ、確かに……。姫様が俺を王にしようとしてると言われたって、絶対に信じれなかった気がする……。

「まあつまりね、こんなとんでもない、気狂いかと疑われかねない様なことを実行しちゃうくらいには、姫様は切羽詰まってらっしゃるんですよ。そして、望みを捨てられないから、いまだに足掻き続けている。ということです」

 なんて傍迷惑な……とは、思えなかった。
 だってこれは、姫様が自身の責務を、真正面から受け止めている証であるからだ。
 子だけ産めば良い。そんな風には、考えられなかった……。そういうことだ。
 河川敷の話し合いの時、とても生き生きとしておられた姿を思い出す。
 あれが、姫様の望む、姫様の、本当のお姿……。
 能力のある方だ。だからそれだけに、無念なのだろう……。

「王家は、十五まで生きなければ、子の数に数えてもらえません。
 それだけ、白い方は短命なのです。
 僕の計算によると、ここ数代、どの王妃様もだいたい平均して六、七人は妊娠されてますよ。公務を休まれたりしている期間とかからの計算になるんですけどね。
 ですが、殆どの方は、成人を迎えてらっしゃらない。
 王や重臣らが慎重になるのは当然です。ですがそれでも、姫様は、王となりたい。自らの手で国を支えたいとお考えなのです」
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