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望む未来 4

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 なんか、すごい変な夢を見た……。
 あり得ない……なんだあれ。
 しかもなんか左頬に、やたら生々しい感触が、残っている気がしてならない。

 しばらく呆然と天井を見上げていたのだが、気付いてみると身体のだるさが随分とマシだ。
 額に手をやると、温まった手拭いがのっかっている。ああ、だいぶん調子が戻っている感じだ。
 少し頭を浮かせて、周りを見渡すと、左腰の辺りに黒髪の頭がチラリと見えた。サヤ、寝ているみたいだな。
 きっと、夜中じゅう、額の手拭いを取り替えたり、汗をぬぐったりしてくれていたのだと思う。サヤを起こさない様に、ゆっくりと上体を起こして、身体の節々を確認した。
 まだちょっと、頭は重い。けれどまぁ、ここ数日に比べれば幾分かマシだ。夢も、飛び起きるほどの悪夢ではなかったし……いや、ある意味悪夢か?
 なんか凄く、支離滅裂だった。母がサヤと変わらないくらいにしか見えない年齢って、兄上が子供って、そんな頃の記憶がある筈ない。
 一体、何を思ってあんな夢になった……。正直ほんと、意味が分からない。
 意味は分からないけれど…………なんだろうな、この感じ。
 兄上にも、母にも、縁が薄かった。だけどもしかしたら、生まれた当初くらいは、望まれていたのかもしれない……。

「……ん。ごめんなさい、寝てました。おはようございます」

 俺がもそもそしたから、起こしてしまったようだ。サヤが、目元をこすりながら顔を上げる。

「ごめんはこっちの台詞だ。まだ早いから、部屋に戻ってゆっくり休んで。俺はもう、大丈夫だから」

 空はまだ東雲色だ。朝も早い時間。もう一時間くらいは、寝てても大丈夫。
 しきりに目元をこすっているサヤ。だいぶん疲れている様子だ。

「いいえ。レイシール様は、胃が荒れているご様子ですから、朝食は別に作ります。
 賄いではちょっと重たいんだと思います。あの食事、重労働仕様ですから」

 そう言いながらサヤが、ふらりと立ち上がる。ヨタヨタと、なんだか足元がおぼつかない。そのままガツンと足を椅子にぶつけてしまった。
 よろけたサヤを、とっさに引っ張って寝台の上に引き倒す。机の方に突っ込みそうだったのだ。

「危ない。俺の食事は良いから、まずは休むんだ。
 そんな様子じゃ、俺の体調不良をとやかく言えないぞ」

 俺の膝の上に倒れているサヤにそう言い、頭にぽんと手を置いた。そのまま括られていない髪を、さらりと梳く。
 夢の中の母は、サヤと変わらないくらいだった。あり得ないことだが、もしあの夢が俺の記憶の一部であるなら、あれは俺が生まれて間もない頃となる。……こんな幼さで、母は、俺を、産んだ。

「お願いだ。無理をしないでほしい。
 サヤのお陰で、俺はもうだいぶんマシだから、そんなに無理しなくて良い。
 食事が重いと言うなら、汁物と麵麭だけにしておくし、食べる量も減らす。わざわざ作らなくて良いから、その分寝て」

 子供が、子供を産んだのだ。
 それは、どんな重圧だったろう。それなのに、囲われているとはいえ、父上の庇護下を離れ、俺を守り育てなければならない。たった一人で。
 それが、どれ程に母を苦しめたことだろう。
 笑っていられるわけがない……。恨まずに、過ごすなんで無理だ。母はきっと苦しんだ。苦しくてどうしようもなくて、俺を恨めしく思うようになったんだ。あの日、あの方法を、選ぶまで、追い詰められて……。

「…………レイ?   どないしたん?」

 膝の上のサヤが、俺を見上げてそう問うてきた。
 今までフラフラだったのに、大きく目を見開いて。
 そのサヤの手を見る。夢の、母の手を重ねた。俺を抱いたのは、こんな風に、細く、小さな手だったはずだ。

「……うん。ちょっと、変な夢を見てね……思うところがあって……」

 やめようと思った。
 母を恨むのは、もうやめよう。
 事実はなんだって良い。もう、疎まれていたとしても、構わないとすら思った。
 母は苦しんだ。そしてもう死んだんだ。これ以上あの人は、何も得ることができないのだ。

「そんなに、悪い夢じゃなかった。
 だから別に、苦しいわけじゃないんだ……」

 夢の中で優しかった母と兄上。まるで普通の家族のようだった。
 そんな時間があったかもしれないと、そんな風に思うのも、悪くない気がした。
 そう思ったら、勝手に一雫だけ、涙が溢れたのだ。

 十年、会わないうちに、母は儚くなった。
 父上は?   もう十二年、お会いしていない。病に伏され、快復されるかも定かではない。
 このまま、ずっと会えないままなのだろうか……。それで、俺は、本当に、納得出来る?
 …………だけど、考えたって、仕方のないことだ。
 俺がどう思おうと、誓約は絶対なのだから。
 一瞬の葛藤を、頭から振り切った。そんなことより、サヤだ。

「……サヤ、休んでおいで。夜番を随分続けているのに、更に徹夜までしてたら、体調を崩すのはサヤだよ」

 俺がうなされる度にサヤも起きるのだ。サヤだって、俺と同じく寝不足だ。
 そう言った俺に、サヤは何故か、傷付いたような顔をした。

「……話して、くれへんの?」

 話す?   俺の、夢の話を?
 あれはちょっと、口にするには恥ずかしいな……。そう思ったら、つい苦笑が溢れた。

「大したことじゃないよ」
「……なぁ、レイ。
 前、レイにカナくんとは似てへんって言うたけど、最近、たまに似てるって思うようになったわ」

 唐突に、怒りを孕んだ声音でそんな風に言われ、戸惑う。
 俺の膝の上から身を離したサヤが、握った拳を震わせながら、俺を睨みつけてくる。

「そういうところや!
 私には、教えてくれへん。適当にはぐらかして、本心は隠す。
 本当は笑ってもいいひんのに、適当な笑顔であしらわんといて!   迷惑なら迷惑って、言うたらええやんか⁉︎」

 急に声を荒げて怒り出したサヤに戸惑う。
 迷惑なんて思ってない。本心を隠していたつもりもなかった。だから戸惑うしかない。声を荒げたサヤも、俺の困惑を見て取ったのか、急に勢いが萎んだ。そして、居た堪れない沈黙が続く。

「……なんでやろ。私があかんのんやねきっと。
 私に原因があるし、同じ様に、なっていくってことやろね……」

 そう言ってから、身を起こした。
 立ち上がって、小声で「寝て来ます」とだけ言って、寝室から逃げるようにして出て行ってしまう。
 それで改めて気付いた。サヤとの、距離の取り方が、分からなくなって来ているのかもしれないと。
 サヤの表情が読み辛くなって、なんとなく顔を合わせる機会が減っていた。
 夜番で毎日顔を合わせるとはいえ、部屋も分けたから、言葉を交わすことも少なくなった。
 サヤが何かを隠すから、俺もつい、身構えてしまっている。……いや、言い訳だな。サヤが隠すからじゃない。サヤがそうするようになった原因は、きっと俺なのだから。

「…………はぁ」

 溜息を吐いて、寝台に倒れ込んだ。
 朝から、サヤと険悪になってしまった。なんかもう、こじれてよじれて、よく分からない。このままどんどん、サヤと距離が開いていくのだろうか。そしてマルが言っていたみたいに、サヤがいつの間にか、俺の前から姿を消す様なことに、なるのだろうか……。

 突っ伏したまま、顔を枕に埋めた。
 サヤに、カナくんに似てると言われ、こんなに傷付くとは思わなかった……。
 俺、どうすれば良かったんだろう……?   夢の話をすれば、サヤは納得したのかな……。
 でもきっと、そんな簡単な話じゃない。夢の話はたまたまで、切っ掛けであっただけなんだろう。

 枕を握りしめて、溜息を噛み殺す。それすらサヤに聞こえるのだろうから。
 そんな時、手に触れた違和感。
 枕をどかしてみた。すると、見覚えのあるものが、何故かそこにある。
 赤に、白の筋が入った丸紐。それが複雑な形に結わえられている。
 こんな不思議な結びをするのはサヤ以外いない。けどそれが、何故ここにあるのかが分からない。
 枕を戻した。結ばれた丸紐は気付かなかったことにする。
 だって、きっとこれも、俺の為。聞くまでもなく、それ以外に思い浮かばないのだ。

 本当は、サヤにこれは何かを、聞きたいと思っていた。
 だけど当面、出来そうにない。
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