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石焼風呂 2
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「さっきの水車からの水も、あそこの、格子の後ろ側に注ぎ込まれる。
焼いた石が入っている場所は熱くて危ないから、隔離してあるんだ」
「だから、石焼風呂という名前なんですよ」
なんとも斬新だ。釜で直接湯船を温める、調理場の風呂も凄いと思ったのだが、焼いた石を入れるだなんて……。
「まあ、焼くのは鉄でもなんでも良いんですけどね。石なら安価ですし、そこら辺で拾ってこれますから。
倉庫の中に湯屋を造ったのは、その石焼が必要だからですよ」
マルの言葉に納得。そうか。屋根があるから、この雨の中でも石を焼けるわけだ。そして、焼いた石を放り込んで湯を沸かす……凄い、なんて面白いんだろう。
「上部に屋根を設けなかったのも、湿気で風呂が痛むのを防ぐ為です。
洗い場も板間ですからね。使った湯は、板間にそのまま流せば、端の溝から外に排水されるんです。いやぁ、素晴らしい!流石効率化民族ですね。何かにつけて手が打ってあるのだから、もう脱帽するしかありませんって」
「何百年もそうやって暮らして来てますから。こなれもしてますよ」
別段、特別なことではないのだとサヤは言うが、この国での風呂は、沸かした湯を移す形で何百年とやってきている。その手間と経費が掛かる構造で、上級の貴族にしか浸透していないのだ。
同じ様な時間を過ごして改良がないこの状況……明らかに違う。
「これも、情報の共有がもたらした結果なのでしょうねえ……。
上級貴族しか風呂を利用しない我々と、そこいらの庶民すら利用するサヤの国。分母が違います。発展速度の差が、ここにあると思われますね」
真剣な顔でそう言うマル。
ディート殿は、その凄さが今更実感できた様子だ。ぱくぱくと無意味に口を動かしていたかと思ったら、グイッ! と、サヤの両肩を掴んだ。
「サヤ! こういった特殊な構造を、ほいほい俺たちに見せてどうする!」
「利用して頂けたらと思います」
「違うだろうがっ⁉︎ 何故、情報の価値をもっと考えない! これは、一攫千金どころじゃないものだと、俺の目から見ても、明らかだというのに……っ」
「ああ、それね。その、目先の利益しか追わない我々の価値基準も、変えていかなきゃいけないところですよねぇ。課題はそこです」
眉間にしわを寄せてそう言うマル。サヤも隣で苦笑し、俺もそれには納得で、頷き返す。
ディート殿だけが、理解ができない様子で、おろおろしているものだから、俺は、そんなディート殿に、まあ落ち着いてと、声を掛けた。
「ディート殿。そもそも、情報の価値とは、どこで誰が決めるのでしょう」
「……どこで? 誰が?……質問の意味が、よく分からん……」
「我々の考えていた情報の価値は、希少性にありました。
皆が知らないことに価値を見出していた。知らないものだから欲しい。そういう心理が働いていたから、そこに価値があった。
サヤの国では、違うのですよ。確かにそういった考えもあるのですが、情報を共有することにも価値がある。真逆のそれが、希少性を求める価値基準と、共存しているんです。
その考えでいくと、使えない情報は、無いも同然。無価値なのです。
しかし、それで問題が無い様なのですよね。
相反するものであるのに、普通に成り立っている……。
だからこんな風に、特殊な構造を、庶民すら利用している。
そしてそれが、将来的な税収増にも繋がるというのなら、取り入れるべきでしょう?」
「ま、待て……全く、分からん……」
「ふふ、まあそうですね。俺だって、体感してやっと理解しましたから。
湯で身体を洗い、清潔を保つ様にすることで、病がある程度退くそうでね。
そうなると、そこに空いた時間や、余った金が生まれるんですよ」
サヤは「ゆとり」という言葉で表現していた。
時間に余裕が出れば、足りないものを補ったり、新しいものを生産したり出来るようになる。
「時間が余れば、別の作業を生活に増やすことが出来る。それが収入に繋がり、その結果、納税額が増える」
「……気長だな……」
「妙に遠回りに聞こえるでしょう? でも、そうやって底上げをしていくのが、盤石な形で生産性を上げることになるんです」
民が潤えば、国が潤うのだ。分かりきっていることなのに、それを我々は、案外見ていない。
あるものから無理やり多くもぎ取ろうと躍起になっている。
「セイバーンは、田舎です。産業と言えるものも、麦くらいしかありませんからね。生産性を上げようとしたら、収穫量を上げるか、農業に掛かる時間と労力を減らすかです。だから、農業以外の何かから、収入を得ることが出来る様にするのも、手だと思ったもので」
風呂を取り入れれば、村人が健康になる。健康になれば、薬代が浮く、薬代が浮けば、それが生活に回せる。生活が楽になれば、別の何かを得ることを、考えられるようになる。
その様に動くようになるまでには、相当な時間がかかるが、それが今俺の目指す、領主の在り方だ。そして、サヤの痕跡を残す手段なのだ。
「例えばこの湯屋という新たな産業を立ち上げるというのも、ゆとりの活用法ですよぅ。
まだ我々に、各家庭ごとに風呂を設ける様な余裕はありませんから、村で運営する湯屋を作るのはありですね。
河川敷の交易路化計画を進めていく間、この湯屋を試験的に運営していくのはどうでしょう。
小規模なものから進めていけば、運営方法も規則体系も整っていくでしょうし。
今回作ったこの湯屋の規模なら、一度に入れる人数は、湯に浸かるものと、身体を清めるものを合わせて十名程度ですか。規則の徹底を図るのにも、妥当な人数だと思いますよぅ」
そんな風に話をしつつ、一通り見て回ったので、じゃあ実際、風呂を沸かしてみるかということになった。
少し怠くなって来ていたが、これを見ないで帰るのも馬鹿らしい話だ。
帰ったら少し休ませてもらおう。
そんな風に考えながら、また湯屋の裏側へ移動した。
焼いた石が入っている場所は熱くて危ないから、隔離してあるんだ」
「だから、石焼風呂という名前なんですよ」
なんとも斬新だ。釜で直接湯船を温める、調理場の風呂も凄いと思ったのだが、焼いた石を入れるだなんて……。
「まあ、焼くのは鉄でもなんでも良いんですけどね。石なら安価ですし、そこら辺で拾ってこれますから。
倉庫の中に湯屋を造ったのは、その石焼が必要だからですよ」
マルの言葉に納得。そうか。屋根があるから、この雨の中でも石を焼けるわけだ。そして、焼いた石を放り込んで湯を沸かす……凄い、なんて面白いんだろう。
「上部に屋根を設けなかったのも、湿気で風呂が痛むのを防ぐ為です。
洗い場も板間ですからね。使った湯は、板間にそのまま流せば、端の溝から外に排水されるんです。いやぁ、素晴らしい!流石効率化民族ですね。何かにつけて手が打ってあるのだから、もう脱帽するしかありませんって」
「何百年もそうやって暮らして来てますから。こなれもしてますよ」
別段、特別なことではないのだとサヤは言うが、この国での風呂は、沸かした湯を移す形で何百年とやってきている。その手間と経費が掛かる構造で、上級の貴族にしか浸透していないのだ。
同じ様な時間を過ごして改良がないこの状況……明らかに違う。
「これも、情報の共有がもたらした結果なのでしょうねえ……。
上級貴族しか風呂を利用しない我々と、そこいらの庶民すら利用するサヤの国。分母が違います。発展速度の差が、ここにあると思われますね」
真剣な顔でそう言うマル。
ディート殿は、その凄さが今更実感できた様子だ。ぱくぱくと無意味に口を動かしていたかと思ったら、グイッ! と、サヤの両肩を掴んだ。
「サヤ! こういった特殊な構造を、ほいほい俺たちに見せてどうする!」
「利用して頂けたらと思います」
「違うだろうがっ⁉︎ 何故、情報の価値をもっと考えない! これは、一攫千金どころじゃないものだと、俺の目から見ても、明らかだというのに……っ」
「ああ、それね。その、目先の利益しか追わない我々の価値基準も、変えていかなきゃいけないところですよねぇ。課題はそこです」
眉間にしわを寄せてそう言うマル。サヤも隣で苦笑し、俺もそれには納得で、頷き返す。
ディート殿だけが、理解ができない様子で、おろおろしているものだから、俺は、そんなディート殿に、まあ落ち着いてと、声を掛けた。
「ディート殿。そもそも、情報の価値とは、どこで誰が決めるのでしょう」
「……どこで? 誰が?……質問の意味が、よく分からん……」
「我々の考えていた情報の価値は、希少性にありました。
皆が知らないことに価値を見出していた。知らないものだから欲しい。そういう心理が働いていたから、そこに価値があった。
サヤの国では、違うのですよ。確かにそういった考えもあるのですが、情報を共有することにも価値がある。真逆のそれが、希少性を求める価値基準と、共存しているんです。
その考えでいくと、使えない情報は、無いも同然。無価値なのです。
しかし、それで問題が無い様なのですよね。
相反するものであるのに、普通に成り立っている……。
だからこんな風に、特殊な構造を、庶民すら利用している。
そしてそれが、将来的な税収増にも繋がるというのなら、取り入れるべきでしょう?」
「ま、待て……全く、分からん……」
「ふふ、まあそうですね。俺だって、体感してやっと理解しましたから。
湯で身体を洗い、清潔を保つ様にすることで、病がある程度退くそうでね。
そうなると、そこに空いた時間や、余った金が生まれるんですよ」
サヤは「ゆとり」という言葉で表現していた。
時間に余裕が出れば、足りないものを補ったり、新しいものを生産したり出来るようになる。
「時間が余れば、別の作業を生活に増やすことが出来る。それが収入に繋がり、その結果、納税額が増える」
「……気長だな……」
「妙に遠回りに聞こえるでしょう? でも、そうやって底上げをしていくのが、盤石な形で生産性を上げることになるんです」
民が潤えば、国が潤うのだ。分かりきっていることなのに、それを我々は、案外見ていない。
あるものから無理やり多くもぎ取ろうと躍起になっている。
「セイバーンは、田舎です。産業と言えるものも、麦くらいしかありませんからね。生産性を上げようとしたら、収穫量を上げるか、農業に掛かる時間と労力を減らすかです。だから、農業以外の何かから、収入を得ることが出来る様にするのも、手だと思ったもので」
風呂を取り入れれば、村人が健康になる。健康になれば、薬代が浮く、薬代が浮けば、それが生活に回せる。生活が楽になれば、別の何かを得ることを、考えられるようになる。
その様に動くようになるまでには、相当な時間がかかるが、それが今俺の目指す、領主の在り方だ。そして、サヤの痕跡を残す手段なのだ。
「例えばこの湯屋という新たな産業を立ち上げるというのも、ゆとりの活用法ですよぅ。
まだ我々に、各家庭ごとに風呂を設ける様な余裕はありませんから、村で運営する湯屋を作るのはありですね。
河川敷の交易路化計画を進めていく間、この湯屋を試験的に運営していくのはどうでしょう。
小規模なものから進めていけば、運営方法も規則体系も整っていくでしょうし。
今回作ったこの湯屋の規模なら、一度に入れる人数は、湯に浸かるものと、身体を清めるものを合わせて十名程度ですか。規則の徹底を図るのにも、妥当な人数だと思いますよぅ」
そんな風に話をしつつ、一通り見て回ったので、じゃあ実際、風呂を沸かしてみるかということになった。
少し怠くなって来ていたが、これを見ないで帰るのも馬鹿らしい話だ。
帰ったら少し休ませてもらおう。
そんな風に考えながら、また湯屋の裏側へ移動した。
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