異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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秘密 1

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 別館に戻って来た。
 大工組は作業に残り、マルとルカ、ウーヴェも、改装に必要な資材の発注やら、資金繰りやらの話し合いで残っている。とりあえず使えれば良いと考えていた当初の改装より、ずいぶん大掛かりなものになるからだ。
 料理人組の三人は、護衛のため共に来てくれたのだが、別館に大量に余っていた食器類を持ち帰るためについて来たことになっていて、今しがた、それを荷車に積んで戻って行った。
 倉庫と化してる貯蔵庫の、大きな鍋やら盥やらも使えると言っていたので、これも後で取りに来てくれることだろう。
 おかげで貯蔵庫のごちゃごちゃ詰め込んであったガラクタが、随分片付く。食事処に掛かる支度金も節約出来て丁度良かった。
 その辺の一連を終え、執務室に入るなりサヤは、気が抜けたのか座り込んでしまった。
 手を貸して長椅子に促す。案の定震えていて、やはり、ルカが怖かったのだと再認識した。
 仕事がひと段落するまで、気合いで我慢してたんだな……。ここのところ、こんな風になることは無かったから、心配だ。

「申し訳ありません……私……大失敗ですよね……」
「いや、あれはまだ半信半疑ですよ。女性を見てる気分になってしまうといった感じです。
 迂闊でしたね……サヤがあんなに蜘蛛を怖がるとは……。レイシール様が虫に強いのが裏目に出てしまいました」

 震えるサヤに代わってお茶を用意してくれたハインが、それを俺とサヤの前に一つずつ置く。
 そして、棚から肩掛けを取り出し、サヤに差し出した。
 礼を言ってそれを受け取ったサヤが、身に纏う。

「サヤは、虫が苦手だったんだね」
「いえ、足がある虫は、そこまで苦手じゃないんです。ゴキブリは大嫌いですけど……でも、蜘蛛……まさか蜘蛛だと思ってなくて……しかもあんな、あんな大きな蜘蛛、初めてで……生理的に受けつけなくて…………っ。思い出しても気持ち悪いです……」

 うわ、初めてだったか。それは災難だった……本人も自覚してなかったなら、もう防ぎようがないものな。

「あんなの……普通にたくさん、いるんですか……」
「あそこまではなかなかいないよ。俺も初めて見たくらいデカかったから。
 普段見かけるのは……あの種類なら五糎くらいが多いかな」
「それでも充分大きいです!    あかん、私もう蜘蛛は嫌や……」
「大丈夫、貴族の生活圏には、基本、あまりいないよ」

 貴族は虫を嫌がるから、香を焚いたりして追い払うし、使用人らはさっさと退治してしまう。
 この別館では、虫が苦手な人がいなかったから、あまり意識していなかったけれど……これからは、香を使う様にした方が良いかもしれないな。
 そんなことを考えていたら、トントンと、訪を告げる音が響いた。

「あれ、どうされました?」

 ハインが扉を開くとルオード様が、何やら申し訳なさげに眉を下げた顔で立っている。

「すまない。君の留守中に、私宛で早馬が来てね。
 ちょつと、大問題が発生した様子なんだよ」

 大問題⁉︎

「どういったものでしょう⁉︎   すぐ、王都に戻るようにという指示ならば……」
「あ、いや……そういった問題では無いんだ。その……とりあえずこれを」

 そう言って差し出されたのは、ルオード様宛の書簡なのだと思う。油紙に包まれたそれを、俺が見ても良いのだろうか……?    そう思いつつ受け取った。

「見れば分かるから」

 見るようにと促されてしまった。
 ほ、本当に?    見ちゃいますよ?    ドキドキしながら受け取ったそれを開く。すると、中には小さな短冊状の紙が一枚。そこにたった一行、文字が綴られていた。

 るおーどだけずるいので、ぼくもいくことにする

「………………大っ問題、だ……」

 差出人の名は書かれていない。
 書き出しの文句すらない。
 けれどその、やたらと力強い筆跡は、見覚えがあった。

「…………あ、あの……これは……」
「我慢できなかったらしい……」

 嘘……嘘でしょ⁉︎    無理だから、今から急にってほんと無理だから‼︎

「本館に至急伝えます!」
「いや、多分、そちらには行ってくれない。
 実は、クリスタ様の所へ伺った際、別館に留まる様にと言われててね。レイシールやギルバートに申し訳ないと思いつつ、強行させてもらったんだ。
 あとで土産話を沢山聞けるようにって仰ってたんだが……きっと、これの布石だったのだと思う」
「だけど体調は⁉︎    夏場に動き回れる程になってらっしゃるんですか?」
「雨季だからではないか?    陽が出ないから、多少はましな筈だよ」
「あああぁぁもうあの人は!    でもここ、客間は一つしか無いんですよ。家具の用意が出来ません!    従者だって二人しかいないのに……」
「至急、ギルに連絡しましょう。あの方は一人ではいらっしゃいませんよ。女中、従者、武官……最低六人以上同行でしょう。体調管理が必須ですからね」
「えええぇぇ、そうなったら何部屋用意しなきゃならないんだ⁉︎」
「二階の三部屋で足りるかと。小部屋が連なる部屋を、同室で数人に使って頂けば良いので。すぐ掃除に取り掛かります」
「家具、家具どうするの⁉︎」
「だからギルですよ!    急いで手紙をしたためて下さい!    本館に借りると変に恩を着せられそうだから却下です!」
「そんなこと言ってられる状態か!    無理そうならもう本館強行するからな!」

 大混乱に陥った俺たちに、サヤはあわあわと視線を彷徨わせ、執務机に向かおうとした俺の服の裾を、ハシッと掴んだ。つんのめった俺に慌てて手を離し、申し訳ありませんっ。と、謝る。

「あ、あのっ、どうされたのですか⁉︎    私は、何をお手伝いすれば?」
「サヤは、少し休んでなきゃ……」
「いいえ、大丈夫です!    あの、その……休んでいる方が落ち着きません。どうか、お手伝いさせて下さい!    お願いします!」

 不安そうな顔でそう言われ、俺たちの混乱ぶりが、サヤの負担になっていると気付いた。体調を崩しかけている時に……俺がこんなんじゃ、駄目だな。
 深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
 そうだ……慌てたってどうしようもない。あの方は、ご自分が奇行に走っていることはご承知だ。だから少々の不敬は大目に見て下さる……。まず、落ち着こう。早馬が来たと言った。なら、これを出されたのはルオード様がアギーを発たれた後、数日経過してからだよな……。体調の問題もある。雨の降っていない今は、まだ移動しづらい筈だ。到着は今日明日ではない。
 焦るな。大丈夫。まだ時間はある。

「すまない。少し慌て過ぎていた。
 この書簡は、クリスタ様からなんだ。アギーのご子息様で……俺が学舎で、大変お世話になった方」

 クリスタ様の姿が脳裏に蘇る。俺より少し濃い灰髪の、紅玉の様な瞳をされた、美しい方。陽の光を浴びないから、抜ける様に白い肌をされていた。細身で、繊細そうなのに、性格は全く真逆、豪胆で、我儘で、負けん気が強くて、脆弱なお身体にいつも不満を募らせていた。

「一緒に、夜祭に行かれた方?」
「うん、そう。そのクリスタ様が……なんか、来るそうなんだよ、ここに」

 ルオードだけずるい。そう書かれていた。
 それは、あの方がよく口にされていた言葉だ。
 お前たちだけずるい。僕もする。 僕だってやれる。その言葉に何度振り回されたことか……。けれど、俺は知ってる。お身体に不満を募らせていても、あの方は前を向いていた。強くなること、健康になることに前向きだった。アギー家の十数番目という出自にも関わらず、ずっと前を向いた、強い方。この方は、生まれつきの為政者なのだと、そう思ったものだ。

「……アギー公爵家の、ご子息様……不敬があってはならないのですね。
 畏まりました。食材等、十人分程追加注文しておきます。体調管理が必要な方でしたら、食材上の問題はございませんか?」
「無い。あの方の問題は……陽の光が苦痛なんだ。少し浴びるだけで身体が焼けてしまうし、我々より酷く眩しく感じるらしい。体力も無いし……」
「陽の光が……?」

 そう言葉を繰り返したサヤは、少し首を傾げて考える素振りを見せた。
 あの方の体質は、不可解極まりないものだからな。何故陽の光が駄目なのか、理由も分からない。ただ、生まれついた時から、そうなのだという。そしてそれが原因かどうか分からないが、お身体自体も弱い。すぐに体調を崩される。病に陥り易く、熱を出されて寝込むのだ。
 しかしこの世界、日中はどこに居たって陽の光は浴びる。だから学舎に居た頃も、クリスタ様はほぼ寮の部屋に閉じ籠っておられた。
 体調の良い時と、天気が悪い時だけ、講義に参加されるのだが、それも途中で退室されることが多かった。俺は、隣の領地ということもあり、あの方の受けたい講義を、代筆する者のうちの一人だったのだ。
 過去のことを思い出し、少し、胸が軋んだ。
 学舎を去る時、俺は、あの方にも不義理をした……。領地に戻ることを伝えず、黙って去った。それにも関わらず、メバックに支店を建てようとするギルの為に、アギー公爵様の推薦状を用意する手助けをして下さったり、学舎の友人らが暴走するのを諌めて下さったりしたらしい。
 きっと沢山怒って、沢山心配してくださったんだと思う……。もしかして、それもあって、無理をしてでもここに、来ようとされているのではないだろうか……。

「……その病……反射でも、陽の光を浴びるのは良くないです。クリスタ様用のお部屋は、帳を厚めの生地で、暗色にした方が良いですよ。出来れば素材は絹であるのが、望ましいんですけど……」

 サヤのそんな言葉が、俺を現実に引き戻した。
 ハッとサヤに視線をやると、その向こうで、同じく目を見開いた、ルオード様がサヤを凝視していた。
 し、しまった!
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