異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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命の価値 13

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 もう狙われることもないと思うのだが、雇われた兇手の人数を正確に把握しているわけでもないので、まあ警戒は続けるしかない。
 とはいえ、酷いことになってしまった部屋に居続ける気力も湧かず、俺たちは血に汚れた衣服を着替え、執務室に移動した。

「そろそろかな……戻ってくるの」
「そうだな。まあ、本館が大騒ぎになってる様子もねぇし、大丈夫だろう」
「明日のことを考えると、気が滅入るな……彼らを埋葬してやらないとならないし……」
「襲撃を受けたと、正直に言うだけです。
 こちらに非は無い。死体の処理も、任せれば良いのです」

 不機嫌そうなハインに苦笑する。
 だけど、いつもの調子が戻ったようで、気持ちが少し救われた。

「ありがとうハイン。正直、生きた心地がしなかったよ。居てくれなかったら詰みだったな」
「何を言うかと思えば……。
 とても、冷静であったように見受けられましたが」
「どうだか。今になって震えが止まらないしなぁ」

 生きた心地がしなかったのは本当だ。
   ただ、考えることを放棄した瞬間死ぬだろうと分かっていたから、生き残る為に気合いで頭を使ったというだけだ。
 そういう意味で、冷静だったと言われれば、そうなのかもしれない。
 にしても……マジで震えが止まらない。奥歯を噛み締めている所為か、顎が痛くなってきた。

「すまん。俺が部屋を離れた所為だな……」
「こればかりは仕方がないことさ。それに、ギルと一緒に用を足しに行ってたら、暗闇で襲撃されてた可能性も高い。その場合、もっと不利だったろうし、運が良かったんじゃない?」

 そんな風に話をしていたら、訪を問うこともなく執務室の扉が開き、俺たちは飛び上がった。
 気配が無かったのだ。
 また襲撃かと思ったら、飛び込んで来た黒装束は泣きそうな顔のサヤで、そのまま俺に、飛びつき……というか押し倒された。長椅子に座ってなかったら後頭部強打だ。頭は座褥クッションで守られた。

「怪我は⁉︎」
「な、無いよ。サヤ、ちょ、落ち着いて……」
「かんにん、私ほんま、肝心な時に、何の役にも立たへん……かんにん、ほんま、かんにんな!」
「大丈夫だから、誰も、怪我してないよ。サヤ、ほら起きて、ちゃんと見て。大丈夫だから!」

 力の強い彼女を自力で引き剥がすのは無理だ。なのに、ぐいぐいと体が押し付けられるから、俺は気が狂うかと思った。
   だって、普段感じない膨らみの感触が……補整着を身に付けていないからもう直で……しかも、普段なら抱き締めたってくっつかない部分まで密着するのだ。上に乗られているから当たり前なんだけど。
 サヤの全身が柔らかい……そして首元にサヤの頭が擦り付けられていて、良い香りまでする。うあああぁぁ、待って待って、もうほんとヤバイから!

「サヤくん、レイ様が絞め殺されそうに見えるんだけど、とどめを刺す気なのかな?   それとも真面目に襲ってるの?」

 遅れて入って来た女装マルが至極真面目な様子でそう言う。
 その言葉でハッとなったサヤは、慌てて身を起こし、押し倒され、サヤの腕の中に居心地悪げにしている俺を見て、真っ赤になった。いやちょっと、そこまで反応されるとこっちが何かやらかしたみたいな気分になるんだけど……。

「あ、あああぁぁ、かんにん!   ほんま、そんなつもりやのうて、私っ」
「分かってる、分かってるから落ち着いて、まず、深呼吸!   それでその、降りてくれると助かる。極力、早く」
 そうしてる間に、ぞろぞろと黒装束たちが続き入室して来て、俺を押し倒すサヤを見て「ほぅ」とか「あらぁ」とか言うものだから、サヤは更に慌て、混乱に突入した。
 より真っ赤になって硬直してしまい、自分が何をすれば良いのか分からなくなっている様子だ。頬に手を当てたまま、泣きそうだ。そこに、ギルがやって来て、ひょいとサヤを抱き上げた。
 そのまま俺の足元、長椅子の空いた場所に下ろす。
 ポンポンと頭を叩きつつ、言い聞かせた。

「大丈夫だ。誰も怪我してないし、無事だっつってんだろ?   ほら、深呼吸!
 それより俺たちは、お前らの首尾がどうだったかの方が気になる。怪我は。みんな無事か?」

 瞳を覗き込むようにして、サヤに問う。
 サヤは、ギルに言われた通り、深く息を吸って、吐いた。ぽろりと涙が溢れる。

「ぶ、無事、です。みんな、ちゃんと、戻りました。エゴンさんも、ご無事、です」
「今、空き部屋に放り込んでますよぅ。護衛付きで」
「そうか。じゃあ、大成功だよな、お互い」

 そう言って笑う。するとサヤは、今度はギルの首にかじりついた。

「ああもう、泣くな。お前はお前の仕事をしただけだろ」
「せやけど、生きた心地がしいひんかった。血の匂いがするて、胡桃さんが……私、みんなに何かあったらて思うたら、もう、もう…………!」
「あのなぁ……これでも俺たち、そこそこやれるんだっつーの。心配しすぎだ」

 お前と比べりゃ見劣りするけどなぁ。と言うギルに、サヤは首を振る。

「……なぁんか、主従関係って、感じじゃないわよねぇ、ここの人たち。
 なんかもう、家族?   兄弟?」

 サヤの様子に、それを見守っていた胡桃さんが、苦笑気味に笑って言う。

「ああ、まぁ近いですかねぇ。サヤはともかく、他の面々は、学舎でも、ほぼ生活を共にしてるようなものでしたし」

 マルもそんな風に相槌を打つ。
 サヤを宥めるギルの所に、ハインが、人数分の湯呑を運んで来た。
 盆ごと小机に置き、一つだけを手に取り、サヤに差し出す。

「サヤ、疲れているとは思いますが、もう暫くすると朝の賄いを作りに行かなくてはなりません。
 そのあと、レイシール様のお部屋を大掃除することになるので、休めるのは今だけです。時間が来れば起こしますから、とにかく今は……」
「ハインさん!」

 お茶が溢れた。床と、ハインの手を濡らす。
 けれど、ハインは動かなかったし、怒らなかった。
 困った顔で、腰にしがみつくサヤを見下ろす。
 どうして良いか分からないと、その顔には書いてあった。

「サヤ……皆、無事ですから」
「はい」
「そのようにせずとも、大丈夫ですから」
「はい」
「………………気が済んだら、離してください」
「はい」

 あ、諦めた。
 溜息を吐き、動けず、濡れた手で、湯呑を持ったまま。逆の手がサヤの頭を撫でた。
 そのぎこちない動作。ハインは、優しくすることに、慣れてないから。

「ほんと、兄妹みたいねぇ、貴方たちぃ」

 ちょっと何か含んだ様な言い方だったが、胡桃さんは笑った。
 悪い気はしないわぁと、そう言って。
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