異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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暗中 4

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「サヤ、報告して下さい。なぜ手傷を負ったのですか。誰に、この様な仕打ちを受けましたか」

 淡々とした口調でハインが問い質す。
 この状況も、空気もぶった斬って、それを今聞くのか……。
 お前、もうちょっとくらい待てよ。そう思ったのだが、こっちはこっちで落ち着いた口調のわりに、随分ご立腹の様子なので、口を挟めそうもなかった。
 八つ当たりされると困る……。八つ当たりはされ慣れてるが、今は嫌だと思うくらいハインは怒っていた。漂う怒気が視認できそうだ……。
 ハインの言葉にハッとなったレイが、身を離してサヤの瞳を覗き込む。
 サヤはそれに対し、気不味そうな素振りを見せてから、口を開いた。

「も、申し訳、ありません……。
 ルーシーさんや、使用人の方には、落ち度はありません。
 バルチェ商会さんに、出向いたのですが……あいにく店主のエゴンさんは不在でした。
 その息子さんであるという、ウーヴェさんに、明日の件をお伝えしたのですが……」

 ハインの目が、スッと眇められる。

「その息子がサヤを斬ったのですか」
「ち、違いますから!
 お店に、お客様が、短刀を握って乱入されて……返済期間に不満があった様で、暴れ出したんです。それでその……つい……」
「つい、刃物を持った相手に、挑んだのですか。ああいった店には、そういった客を相手にする手合が、居るはずですが?」
「いえ……いらっしゃったのですけど……その……事情を聞かなければ、いけないと思って……ちょっと、失敗してしまいました」

 ハインの目が半眼になる。眉間のシワも深くなった。
 俺は慌てた。
 サヤ、誤魔化しはダメだ、バレてる。しかも火に油を注いでるぞ!   余計怒らせてどうするんだ⁉︎
 しかし、それを忠告しようとした矢先、やっぱり口を噤むことになった。
 腹の底からの怒りに煮えたぎった様な声がしたのだ。

「そいつがサヤを斬ったのか……」

 レイから漏れたとは思えないような、憤怒に満ちた声音だった。
 流石のハインも、口を閉ざす程に、異様な事態だ。
 サヤも慌てて、レイに視線をやり、レイの握りしめた拳を自身の手で包む。

「事情が、あったんです!   それに私が、急に割り込んだから……悪いのは私です!」
「だがそいつが……!」
「無理な返済を強いられてて、どうにもならなくなってらしたんです!」
「だからって‼︎」

 怒りに任せて声を荒げるレイの姿に唖然とするしかない。
 失念してた……さっきまで冷静になれているように見えていたから……。
 こいつの精神状態は、まだ全然安定してない。気持ちの制御が効いていないのだ。下手をしたら、サヤを斬った相手のところに向かいかねないような雰囲気に、俺は慌てて足を踏み出した。
 しかしそれより先にサヤが動く。
 握っていたレイの手を離し、身体に両腕を回したのだ。

「家族のことを、叫んでらしたんです!……父親を亡くしたら、家族が、困ってしまう……。
 ほっとけなかったんです………」

 言い含めるように言うサヤの、包帯が巻かれた腕に力がこもる。流石に、レイの怒りは急速に鎮火した。もし振り解こうものなら、サヤの傷に響く。下手をしたら、また出血が増えてしまう。

「サヤ、傷に響く、手を離せ……」
「大丈夫やから、レイ、落ち着いて……。大したことない……。こんなん、全然大したことやあらへんから。
 レイらしくないんは、嫌や。な?」

 サヤはレイを安心させる為に、ポンポンと背中を叩く。
 その胆力に感心するしかない。
 土壇場になると強いよなぁ、女ってやつは……。急に腹が座るんだ。
 レイの気持ちが落ち着いてきたことに、ハインも安心したのだと思う。
 怒りは一旦引っ込めると決めたようだ。こちらも幾分か、鎮火した声音になっていた。

「サヤ……。誰を庇っているのか存じませんが、それでは正確な状況把握ができません。
 流血沙汰は、本来衛兵が呼ばれるような事態です。
 ですが、貴女が治療もせず、ここに戻ってきたという事は、そうなってはいないのですね?
 それが、どういうことかを把握しなければなりません。
 貴女が喋らずとも、他の二人に聞けば分かることです……が、出来るならば、私たちは貴女の口から、聞きたいのですが。
    話す気はありますか」

 幾分かは押さえてるんだろうが……言い方が嫌味ったらしいぞハイン……。まだご立腹中か。
 まあ、サヤに刃物を向け、傷を負わせた相手と、その状況を招いたバルチェ商会に腹わたが煮えくり返ってるんだろうけどな……。
 俺はここらで一区切りつけることにした。どうせ込み入った話になるのだろうから。
 よしっ、と、あえて聞こえるように気合いを入れる。

「茶でも入れるか。
 サヤ、お前は、長椅子に横になっとけ。結構血を失くしてる筈だ。
 レイは……サヤの様子をきちんと見てろ。こいつ、俺が手当てするって言っても触れさせやしねぇ……あの状態で逃げやがったんだ。
 お前しか触れないんじゃ、お前が診とくしかねぇ。分かったな」

 俺の言葉にレイが目を見開き、サヤに視線を送る。そ……っと、サヤが視線を逸らした。
 さっきの胆力は何処へやら……すごく困った顔をしている。逆にレイは、何かしら不機嫌な顔だ。俺は内心でニヤリと笑う。

「分かった……診てる」
「あ、あの……ごめんなさい、その……ほんと、ごめんなさい……」

 しどもどと謝罪を始めたサヤを背に、俺はハインの方に足を向けた。
 ポンと肩に手を掛ける。

「とりあえず、落ち着け。
 お前が冷静になれないんじゃ、縺れるだけだぞ」
「…………煩い。分かっています、そんなことは……。
 お茶を、入れます……」

 俺の手を振り払って、ハインが茶器を置いた棚に足を向けた。
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