異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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暗中 2

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「昨日、サヤが衣装替えをしている際に話していたのですよ。
 土嚢どのうはともかく、河川敷というのかなり特殊です。今回は、土嚢の有効性を周知し、河川敷を作るための下準備とする予定なのですが、サヤの案だと言うより、マルの案だとする方が、信頼度が格段に高いのです。
 あれは変人ですが、学舎での成績自体は、武術以外、相当優秀でしたので」
「学舎を出てるってのは、結構箔がつくんだよ。
 マルはもう二年、商業会館での実績を積んでる。変人ぶりも知られてるが、優秀なのもまあ、知られてるんだ。
 それに、一を聞いて十五くらいを知ることが出来る奴だしな。
 サヤの話を、俺たちよりも深く理解できるだろうし、必要なもの、必要なことを思いつけるだろうってなったんだよ。
 まあ……知識にしか興味が無い奴だから、土嚢と河川敷の情報で釣れると良いんだけどな……」
「そうですね……。ああ、サヤが異界の人間だということも、告げるつもりでいます。多分、マルは違和感に気付いてしまうでしょ……」
「それは!……やっぱり、伏せないか……」

 急に、レイが話に割って入った。
 椅子から立ち上がり、揺れる瞳でハインを見ている……。
 それ……というのは、やはり、サヤが異界の人間である。という部分だろう。
 話を遮られたハインが、サヤに向けていた視線をレイの方に移す。

「伏せれるのなら、それで良いと思いますよ。……伏せれるのなら。
 ですが、どう足掻こうと、マルの興味はサヤに向きます。私やギル、レイシール様の案だとは、思わないでしょうしね。
 追求されれば、言わざるを得なくなるでしょう。
 マルに先手を取られて、交渉を不利に進めることになりますよ。
 そうなれば、サヤを隠すということへの協力も、願いにくくなります」

 最終的に、サヤの首を締めることになりますよ。と、ハインは言った。
 それを言われたレイは、歯をくいしばる様にして俯く。
 気持ちが乱れきってるな……。
 俺は溜息をついた。
 それでは何一つ、守れたもんじゃねぇだろ……。
 だから俺は、サヤに話を振る。お前が選べよ。自分の道だからな。レイが決めることじゃない。

「どう思う、サヤ。
 マルに、お前が異界の人間だということを、言うつもりだったんだ。
 その代わりに、お前の情報を伏せる協力を願うつもりだった。
 あいつは変人だし、情報をしゃぶり尽くしてくるが、悪人じゃない。
 お前の知識を悪用しようとする人間や、お前の意志を配慮しない相手を、極力遠去けるために必要だと、昨日のレイは思ってたんだけどな」
「……私は、レイシール様が信頼される方なら、知られても全然、構いませんよ。
 知識の危険性についても、レイシール様が仰ってた通りだと思いますし。
 この前お話ししたマルさんの印象も、知識欲の塊って感じで、悪い方だとは思いませんでしたから」

 サヤは落ち着いた態度でそう答えた。
 心情としては不安でいっぱいだろうが、それをレイに見せるつもりはない様だ。
 サヤの返事を聞いたハインが、また視線をレイに戻す。
 しかしレイは、項垂れたままだ。
 昨日の自分より、あきらかに頭が働いていない自分に、苛立っているに違いない。
 右手が、胸の辺りを掴み、小さく震えている。
 そして、俺たち全員が、自分の反応を待っているのだと気付き、一度唇をかみしめてから、嫌々「じゃあ、話すしかないね」と、返した。

「マルのところには、何時頃向かいますか。
 どうせどの時間に向かったところで、同じでしょうが」
「……そうだな、どうしようか……」

 と、その時、応接室の扉が叩かれ、ルーシーの声が俺を呼んだ。
 なんだ?返事を返すと、扉が開き、ルーシーが早足でこちらにやって来る。

「叔父様!   ガマさんの所、私が行くことになったから」
「叔父じゃねぇ!……って、なんでお前が行くんだよ⁉︎」
「仕方ないじゃない。行きたがる人が居ないんだもの。
 大丈夫よ。男の人と一緒に行く様にするから。じゃあ、それだけ報告」
「待てコラ!   やめろ、じゃあワド……」
「ワドは明日の準備があるじゃない。良いわよ、私で大丈夫だから」
「大丈夫じゃねぇと思うからやめろっつってんだろ⁉︎」

 急に早口で始まった応酬に、サヤがキョトンとしている。「あの?」と、口を開いたのもサヤだった。

「どこか、行かれるんですか?」
「そう、会議の日時を知らせに行くの。ガマさん……じゃなくて、バルチェ商会っていう、両替商の叔父さんの所」
「両替商……先程、非協力的な金貸し……って仰ってらした方ですか?」

 そうそう、蝦蟇がまがえるみたいな叔父さんなのと、ルーシーが続ける。
 ぜんっぜん緊張感の無い返事に、俺はやっぱりこいつはダメだと思った。絶対分かってない。

「あのな……金貸しってのは、嫌われる職業だ。
 しかもバルチェ商会のエゴンってのは、あまり人好きする様な人間じゃない。
 店を構えてる場所も、人相の悪い人間が多いし、店に怒鳴り込んで来る客も多いって聞く。
 女が顔を出す様な店じゃねぇんだよ……って、聞いてるか⁉︎」

 俺が真剣に説明してんのにサヤとお茶しに行く話をしてんじゃねぇよ⁉︎
 ルーシーの襟首を掴んで引き寄せると、煩そうな顔をされた。この野郎……。

「でも、行きたがらないのだもの。
 あのガマさんと率先して口を聞きたい使用人はいないんじゃない?
 それなら、叔父様が行くか、私が行くのが良いわよ。相手だって、使用人に向ける態度は取れないでしょ」

 ルーシーの言い分は最もだった。
 実際、会議延長の連絡で走らせた使用人は怖い思いをしたらしい。それで余計行きたがらないのだろう……。
 たかだか報せ一つ届けるために出向くのは時間が惜しいが、変なイチャモンつけられないためにはその方が良い。ああもう、じゃあ俺が……。

「あの、私が同行しましょうか?
 今すぐなら、マルさんの所に行く時間にも、あまり響きませんよね?」
 治安の良くない地域なら、護衛できる人間が同行する方が良いでしょう?」
「えっ、サヤさんが来てくれるの⁉︎じゃあ私、すぐ着替えて……」
「止まれバカ!   聞いてなかったのか‼︎
 サヤ、さっきも言ったろ?   女の出向く場所じゃねぇんだよ」
「男装します」
「いや、だからな?」

 俺が言葉を続けようとするのを、サヤの強い視線が遮った。
 俺が口を噤むと、静かに言葉を続ける。

「ギルさんは、お忙しいです。
 明日の準備って、ここで色々、采配を振るう必要があるのでしょう?
 私……ここで、生活していくことに、なるなら……お店のお仕事を、見ておきたいと思います。
 大店会議に呼ばれる店主ということなら、これからも、お会いする機会はあるのでしょうし。
 それに……私が一番、暇を持て余しそうですから」

 この場に留まっていたくない。
 サヤがそう言っている様に感じた。
 よくよく考えれば、レイの態度に、傷付かない筈は無いのだ……。視線を合わせてくれない。自分のことなのに、まるで蚊帳の外に置かれているような状況だ。サヤはきっと、傷付いていた。
 けど……ゴロツキまがいの連中が跋扈する界隈に、行かせるのはどうかと思う。そりゃあ、日中に何かあるとも思えないが……。
 サヤが男装した所で、子供にしか見えないのだから、あの金貸し野郎にとってはなんの抑止力にもならないだろうし。

「今なら、良いですよ。マルの所に行くのは、さほど急ぎません。
 サヤが帰るまでに、レイシール様と交渉について話を詰めておきます。
 どうやら、まだ頭が寝ぼけてらっしゃる様なので」

 ハインが横から口を挟む。おい!   と、言おうとしたが、こちらも凄い眼力で攻撃してきた。
 いや、そりゃあな、サヤは強いけどな?   けど女は女だって分かってるか⁉︎
 レイも、さすがに顔を上げて、ハインに責めるような視線を向けている。しかし……ハインは、瞳の奥に怒りの炎すら揺らめかせ、レイを見返した。
 身を強張らせるレイに、言い含めるように、話を続ける。

「この街が安全かどうか、レイシール様は分かってらっしゃいますよね。
 ここで生活して行くなら、街のことを知る良い機会じゃないですか?
 今回は男装を解禁して頂いて、行ってらっしゃい、サヤ」
「はい、では行って参ります。
 ルーシーさん、支度に行きましょう」
「はいっ」

 サヤはそそくさと、ルーシーは跳ねる様な軽快な足取りで部屋を出て行く。
 俺は「男一人は絶対につれていけよ‼︎」と付け足すのがやっとだった。
 扉が閉まってから天を仰ぐ。いいのかよ………。
 レイを見る。
 握りしめた拳を震わせている。
 ハインを見る。
 今見せた表情など嘘のように、手元の資料に視線を移していた。
 溜息をつく。

「レイ……俺は正直、今のお前をちょっと、殴りたい気分だ……」

 俺の言葉に、レイの肩が震える。
 サヤが居なくなったからか、レイの顔に貼り付けてあった笑顔は鳴りを潜めていた。
 代わりに、不安で仕方がないという様な、恐怖に怯える子供の様な顔があった。
 俺は、レイの前に立ち、その肩に腕を回し、思い切り抱きしめる。
 身を竦ませるが、構わず力を入れた。

「お前さ、いい加減、それやめろよ。
 そんなに苦しいなら、捨てるより、掴んでおく方に、苦しむべきじゃないのか」

 腕の中のレイは動かない。
 それでも俺は、いつかレイに届けばと、言葉を重ねてやることしかできない。

「気付いてるか。
 サヤが平気で触れるのは、お前だけだってことに。
 あの娘は、どこに居たって不安なはずなんだぞ。
 この世界でたった一人、異界の人間だ。
 お前が思ってる以上にあの娘は、お前を、必要としてんだ。気付いてやれよ」

 俺が近寄ると、サヤは緊張してる。
 俺が許容範囲を超えて踏み込むと、身を竦ませる。
 修練の時だってな、本音の全てを、俺に言っちゃいない。あれは気を張って、自分を必死で支え、立とうと足掻いてるだけなんだよ。
 お前の役に立てなければ、お前の側にいられないって、必死なんだぞ?
 命を賭けようとするほどに、必死なんだ。

「お前が思うほど、サヤは脆くない。
 けどな、あいつは女で、お前は男だろ。あいつの心くらいは、お前が守ってやれよ」

 俺もハインも、お前の代わりにはなれない。
 だから、逃げるな。
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