異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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 そのあとも、いくつかの屋台を見て回り、軽食を買い食いしたりした。
 売られている食べ物や飲み物は総じて四半銅貨で購入できる。計算の練習にはならないが、物の物価を知るには良いだろう。
    焼いた腸詰めを萵苣で巻いたものを、サヤはいたく気に入ったようだった。食べられる包み紙なんて、凄い。と、感動してくれたのだが、なんで萵苣レタスで感動するんだ……意味が分からねぇ……。どこにでもあるし、どこでも使ってるだろうが……。
 軽食を出す屋台では、大抵萵苣が、水を張った桶に株ごと突っ込まれているのだ。

 他にも沢山覗いた。多く見て回ったのは、やはり装飾品や生地の店だった。
 品質の良いも悪いもごちゃ混ぜで、たまに、あまり質の良くない店にも立ち寄り、中の品物を確認させたのだが、サヤの審美眼は結構確かだった。
 そして、サヤはごちゃごちゃしたものがお好みではないらしい。
 大抵選ぶのは、簡素な意匠のもので、そのかわり品質の良いものだったのだ。
 直感で選んでるようにしか見えないんだがなあ……。
 サヤは、物の良し悪しを見分ける為の知識や経験も豊富であるのかもしれない。
 まったく、計り知れない奴だ。レイが執着してないなら、ほんと、欲しかった。

 広場を一回りした後、軽食の屋台が集まる区画で、戦利品の確認と休憩を取ることにした。
 椅子と机が置かれた空間があり、金を出せば席を購入できる。
 机の上に購入したものを置き、注文した飲み物を口にする。俺は香草茶で、サヤは果汁を炭酸で割ったものだった。炭酸にも物怖じしない……と。これ、舌が痺れるとか、涙が出るとか言って、結構飲むやつ少ないんだけどな……。

「おおむね、物の価値基準ってのが見えたと思うんだが、どうだ?」

 聞くと、サヤはコクリと頷く。
 あの後にもいくつか購入したのだが、結局サヤは、余計な買い物……というものをしなかった。
 サヤが購入したのは、革の短靴が一足、短剣が一本。その短剣を足に縛る革帯が一本だ。
 サヤは、靴の中に仕込んでおく短剣を持っていなかったのだ。
 あの野郎どもめ……本っ当に……気がまわらねぇにも程があるな……。従者の基本装備にすら意識がいってないとは……。
 ハインは知っている筈だが、自分が持っているから良いか。とか、サヤは無手だから必要無いか。くらいに考えているのだろう。
 他の貴族との交流がほぼ無いあの二人であるから、近年の常識とか、流行りとか、まったく頭に入ってない可能性も高いな……。
 ………待てよ……まさか、印についても知らない……なんてことないよな?
 ハインは装飾品に興味無いだろうし、レイ以外に仕える気すら無いから気にしてなかったんだが……サヤには必要な手段だと思う。一回確認しとく方が良いな。

 俺がそんな風に雑多なことを考えながら茶を飲んでいると、サヤがじっと、俺を見ていた。
 因みに、視線はそこら中から刺さってくるので、普段はあまり気にしない。気にしてるときりがないのだ。
 広場を巡るうちに、随分と俺にも慣れてくれたようだ。はじめはそもそも視線も合わなかったからな。
 なんか用か?   と、視線をやると、サヤが少し、外套の頭巾をずらし、俺に目が見えるように調整してから口を開く。

「いえ……、ありがとうございます。とても、勉強になりました。
 ここに連れて来てもらって、本当に良かったなって、思います」
「気分悪くなったりはしてないか?   それだけが、ちょっと心配だったんだが……」
「はい、大丈夫です。
 前回はお騒がせしてしまったんですけど……普段は、そんなに崩れたりしないんですよ?
 あの時は……こちらに来たばかりというのもあって……気が張ってたのだと思います。
 あれ以来、あんなふうに体調を崩したりは、してません」
「そうか。なら、良かった」

 俺が笑うと、サヤも微笑んだ。
 どこか離れた場所から、キャー!   と、女性の声が耳に届く。
 サヤがそれに苦笑し、俺はため息をついた。
 女といるんだから、控えてくれりゃ良いのにな……。
 屋台を見て回る間も、視線は常に感じていた。日常のことなのだが、一人でない時は、やはり気を使ってほしいものだと思ってしまう。
 こんな時、ハインの仏頂面は便利だな。俺が不機嫌な顔しても大して変化無いんだよな……。あと、レイと一緒だと視線の集まり具合は跳ね上がるが、大抵の女は遠巻きになる。あいつは案外、虫除けに便利な男なのだ。男に見えない美女顔だからな。背が伸びてしまう前はマジで美少女でしかなかったし。
 サヤも、顔を晒せば注目を集めるに違いない。髪の色が特殊なこともあるが、サヤには独特の華があると思う。美しいのだが、ギラギラしてないというか、ゴテゴテしてないというか……。
 この社会の美意識からは対照的な美だと思うのだ。
 花でいうなら、薔薇ではないく、百合。
 輝く太陽ではなく、月明かりに照らされる泉の水面のような……そんな感じだ。
 おっと、サヤをほったらかしにして思考に没頭していた。この機会だ、サヤの人となりをもっと知っておきたい。何か話しをしよう。
 うーん……とはいえ、サヤと共有できるネタなど限られるしな……。

「それにしてもなぁ。ハインが笑ったのはマジびびった。
 声出して笑うって……九年つるんで初めて見た」

 とりあえず、先程とても衝撃的だったことを話題にしてみる。
 サヤはそれにうっすら微笑んだ。

「料理をしていると、結構笑ってらっしゃいますよ?
 声を出してというのは、私も初めてでしたけど、鼻歌を歌ってらっしゃったりしますし」

 更に衝撃的な話をされてしまった。

「ハインが⁈……うわぁ、想像できねぇ……ていうか怖っ!
 なんだよクソッ……あいつ、俺の前にいる時は、常になんかご立腹中って感じだぞ」

 この九年ほぼずっとそうだぞ⁉︎
 まあ正直、出会い頭から最悪だったろうし、今更態度を改められても気持ち悪い以外の何者でもない気もするが……。
 俺の反応に、サヤは口元に手を当てて、くすくすと笑った。
 サヤが、ハインを悪く思っていないのは、その態度で充分伝わる。あの誤解の権化みたいなハインをよくもまあ、怖がらずにいられたと思う。このことだけで何度でも感動できるな。

「照れてらっしゃるのだと思うんですけど……。ハインさんって、天邪鬼ですよね?
 セイバーンにいても、ハインさん、結構ちょくちょく、ギルさんの名前を口にされるんですよ?頼りにしているのに……それを言うのは嫌なんですねきっと。
 私の国では、ツンドラっていうのがあるんですけど、ハインさんは正に典型的です」

 ツンドラ……また、意味の読めない言葉……。
 説明を求めると、ツンドラとは、ツンツンしていてドライ。という言葉を略したものらしい。とげとげしている上に無味乾燥な態度……野良猫のような気質を言うのだそうな。
 おお、確かに。
 うまい表現だな。成る程、野良猫か。だが、それなら野良猫っぽいとすればすむんじゃないのか?   サヤの世界はなんだか色々まどろっこしいな……。
 もう一度サヤに視線をやると、なにやら微笑ましそうに見られている。サヤはもう、俺を相手に恐怖を感じている風ではなかった。
 机に頬杖ついて、じっくり見にいくと、少し身を引いた。
 怖がっている様子はない……。なら、まあいいか、このままで。

「サヤは、レイにいつ、呼び捨てにするようにって、言われたんだ?」
「つい、先日ですよ。河川敷の話をお伝えした後……。きっと、私の様子を見て、気にして下さってたんでしょうね……。魘されているのを、起こしに行った時に……そう言われたんです」

 若干、眉毛が下がった。
 レイの話題は、軽率だったかな……。けとまあ、聞いてしまったものは仕方がない。そのまま聞く体制で待つと、サヤは話を続けてくれた。

「レイは、私と対等な立場で話をしようと、してくれたんだと思います。
 自分も呼び捨てにしてるんだから、私もしろって、ちょっと強引でしたけど」
「…………レイが、強引?」
「さん付けしたら、レイって、訂正されて、くん付けは、なんか違和感あるから嫌って」

 案外、我が儘さんですよねと、サヤが笑う。
 我が儘というかなんというか……甘えてる?サヤに随分と、心を許しているように感じた。それこそ、俺たちにだってあいつは……甘えるなんてことはほぼ、無い。

「…………想像できねぇ……普段のレイは、強引って、まず無いぞ?
 よっぽど、サヤに気を許してんのか……サヤは、信頼されてるな」
「えっ……そ、そんなことは……無いと思いますよ?」

 慌てて手を振って否定するサヤ。そんな様子が微笑ましい。
 俺たちの知らないレイ、俺の知らないハイン。それを知っているサヤという存在を、とても有り難いと思った。
 あの二人が、いままで見せなかった部分を出せる相手がサヤであるというなら、それはとても良いことのように思えた。一生懸命すぎて、自分たちのことを置き去りにしすぎるあいつらを、サヤが上手く調整してくれるようになると良いんだが……。
 内心そんなことを考えていると、

「あの……ハインさんは、レイのこと、レイシール様としか、呼びませんよね……」

 少し、遠慮がちにだが、そう聞いてきた。
 ちゃんと見てるよなぁ……。良い子だ、ほんと。

「ああ……ハインは、レイの友人にはならないって、自分で誓いを立ててるんだ。
 あいつも、こうと決めたら頑なだからな……」

 頬杖を止め、腕を組み座り直す。
 サヤには言っても良いよな。自然とそう思えた。
 この短時間だが俺も随分と、サヤに気を許してしまったような気がする。なんだろうな、サヤは、それをさせてしまう雰囲気がある。

「サヤは……レイの右手の傷を知ってるか?」
「はい…。指の傷ですよね?   中指と、薬指にある……。怪我をして、少し不自由になったって、伺ってます」
「あれともう一つな、右の脇腹にも傷があるんだ。
 ハインが……レイを刺したんだよな。出会って間もない頃」
「えっ⁉」

    流石に驚くよな。あれだけレイシール様レイシール様ってべったりなハインが、初めはそんなだなんて。それがあった所為で尚更ってことなんだが。

「ハインが孤児だというのも……聞いてるんだな……。
 レイが拾ったんだよ。動けなくなるくらいの無体を働かれて、道に転がってたハインを、寮に連れ帰って看病したんだ。
 ハインに無体を働いたのは、貴族だったらしくてな……それをレイが拾うんだから、おかしな話だろ?
 ハインからしたら、新しい貴族に拉致られたくらいのもんだったんだろう。疑心暗鬼にかられて、刺しちまったんだよ。
 腹の傷は、手で庇ったから、大事に至らなかったが、指の方には、障害が残った……。
 だからあいつは、レイの手足になるって誓いを立ててるんだ。たとえレイが望んでも、同じ場所には並ばないって。
 過剰すぎるって、散々言ってるんだけどな。ハインは、自分の命はレイのものなんだと決めちまってるから、こっちが何言っても聞く耳を持たない。
 ややこしいだろあいつら。主従揃って」

 だが、ハインをそうしてしまったのは俺だ。
 お前の所為だと、責めてしまったから……。
 けどまあ、普段はあの態度だからな……。それを匂わせるような事は一切無い。
 今は本心からレイに心酔しているのも分かってる。
 けどもう少し、力を抜いてくれても良いんじゃないかと、思うのだ。

 俺の話を聞いたサヤは、目を閉じて何かを考えていた。

「それだけのことがあったのに……レイとハインさんと、ギルさんは……今みたいな信頼関係を築けたんですね……。凄いです」

 そんな風に言う。なんかむず痒い……。
 そういうサヤも、凄いと思うがな……。たったこれだけの期間で、あの二人の信頼を得てるなんて、誰が考えつくものか。

「レイが、呼び捨てにするのを、自分から許した相手は、学舎を出てからは一人もいない……。
 サヤは、特別だぞ。
 二年前から、人と深く関わることを、辞めてしまってたのにな……。
 レイは、サヤのことが、大切なんだ。だからあんなこと言ったんだ。
 あれはレイの本心じゃない。本当は、ずっと側にいてほしいと、思ってる」

 できるなら、本当にずっと、側にいてやってほしい……。
 だが、それは言えない。それはサヤに、全てを捨てさせることだ。
 だから、この話は続けてはいけない。すぐにレイの話にすり替える。

「学舎では、まだマシだったんだぞ?   仮面貼り付けてんのかってくらい無表情だったのが、だんだん笑ったり、拗ねたりするようになって……少しずつだけど、実家の呪縛から、解き放たれてきてたんだ。
 ハインを助けたのだって、レイの意思だった……。
 俺が卒業する年には、自分のやりたいことを、語ってくれた。
 自分で動くことを、始めてたんだぞ?
 なのに……。
 二年前は、ほんと……俺もヘコんだ。
 アミ神の采配を疑った。あんたはレイが可愛くないのかって、文句言ってやりたい気分だった。
 帰らせたくなかった……また壊れちまいそうで……。なのに、レイのやつは俺に一言も無しに帰りやがった。
 ハインに知らせを貰ってなければ、俺は知らないままだった……。
 おおかた、自分に関わり続けると、罰が及ぶかもしれないって、考えたんだろうが……。
 薄情だよな。少しくらい、こっちを信頼して、預けてくれりゃいいのにな。
 だけどあいつは………周りを巻き込みたくないばかりに、切り捨てるんだ……。
 こっちの意向くらい、確認してほしいよ。俺はそんなもんで、縁を切る気なんて、更々無かったのに」

 俺の話に、サヤはこくりと、頷く。そして、小さな声で付け足す。
「守ってもらいたいんじゃ、ないのに……」と。

 そうだな。身を削ってまで、守ってほしくない。
 友情ってのは、一方的なもんじゃねぇだろ?って、言ってやりたい。
 お前が俺たちを大切に思ってくれると同じだけ、俺たちもお前が大切なんだと、分かってほしい。
 お前が思っているほど、お前は無価値じゃない。他の何を捨ててでも、失いたくないと思うほど、お前は必要な存在なんだぞ。そう伝えたい。
 今のあいつには重すぎるし、理解できないことなんだろうけどな……。

「さてと。そろそろ戻るか?
 通貨については理解できたろうし」

 気分転換にも、なったろう。
 サヤは、「はい」と、返事をしたが、ふと、思いついたような顔をした。

「あの、もう一つ、ギルさんにお願いしたいことが、あるんですけど……良いでしょうか」
「ん?」
「私、文字を覚えたいと思うのですけど、教科書とか、参考書とか、そういったものはあるのでしょうか?」
「文字……。それも当然、教えられてないんだな……」

 俺が溜息とともにこぼした言葉に、サヤは苦笑で返す。

「本当に、時間が無かったんですよ。
 まずは収穫を終えてしまわないと、村の人たちが安心できなかったんです。
 レイが言ってました。畑も、家も、収入も失くすなんて事態にしてはいけないって。
 収穫が終わったから、少しゆとりが出来ました。今のうちに、憶えれたらなって、思うので」

 言葉は同じなのに、文字は全然違うんですよね。と、屋台の看板を眺めながらサヤが言う。

「ああ……文字の一覧でも書けばいいのか?それなら別に、帰ってすぐ用意してやれるが……。
 結構な文字数だぞ?」
「え?何文字ですか?」
「百二十文字だったかな」
「ああ、それくらいなら全然、大丈夫です」

 私の国の文字より断然少ないですよ。と、サヤは言った。
 サヤの国の文字は何文字なのか聞いてみる。すると、サヤはちょっと困った顔をした。

「一生かけても憶えきれないと思うんですよね……。五万文字超えるそうです」

 そう……そうってなんだ。全文字数の把握すらできてないってことなのか?

「お前の国って……計り知れないな……」
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