異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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暗転 3

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 嫌な予感が的中したってところなのだろう。
 せっかく止まっていた涙が、また溢れそうだ……。だが、ぎゅっと目を瞑って、それに耐えていた。
 可哀想なその姿に、俺の胸も痛むが、サヤにも、何もしてやれない……。
 暫くの間沈黙が続き、やっと気持ちを落ち着けたらしいハインが、重い口を開く。

「今日……ここに来ることを急いだのは……サヤの為というのも一つでしたが、レイシール様の為でした。近々こうなるだろうという、予感はありました。
 もう少し大丈夫かと思っていたのですが……見誤っていましたね」

 大きく息を吐いて、苦しそうに顔を歪める。
 ハインは、レイが振り切れてしまう前に、ことを収めようと思っていたのだろう。
 ここにきて、少しでも気持ちを切り替えることができれば、まだ崩れずに済むだろうと……まだ大丈夫だと、考えていたのだと思う。
 だが、思っていたよりずっと、レイは消耗していたようだ。
 見誤った……か。そうやって、自分の全部をレイの為に注ぎ込んで、レイを支えようとするハイン。レイに悟られないように、一挙手一投足に神経を使っている……。
 こいつもいい加減、ぶっ倒れそうなんだけどな……。どうせその辺も、気力と根性でやり繰りしてるんだろう。

「レイシール様は……そんなに怖いのに、私についてきてくれたんですか……」

 サヤの呟きに、首をかしげる。ついてきてくれた?
 そう言えば、魔女がサヤに手を出したって言ってたな……それのことか。
 レイのことだから、自分が矢面に立とうとしたに違いない。
 ハインはサヤの問いに、首肯して答える。

「……そういう方ですから。
 そうやって、自分に鞭打つ方なので、どうしても身を削ります。
 言い出したら引きませんしね……。呼ばれたのがサヤでしたし、ついて行っても無礼にならないのは、レイシール様だけでした。あの時は行かせるしかなかったのですよ。
 そもそもが、怠けるとか、手を抜くとかができない方で、人をさし向けるという思考になりません。
 まあ、こう言ってはなんですが……馬鹿なのですよ」

 言葉は辛辣だが、ハインは力の足りない自分に歯噛みしているのだ。
 レイを守りたいのに、それが出来ない自分に。
 どうせできるならば、自分が変わりたかったとでも思っているのだ。それができる状況なら、そうしてたに違いないが、できなかったから、悔しくて仕方がない。
 こいつもなぁ……腹黒さのわりに、優しすぎる。

「レイは優しすぎるんだよな……。
 自分以外の人間を異母様の前に晒すなんて、絶対しやしないさ。
 とりあえず自分が痛い分には、許容できちまう。自分の罰が、周りに降りかかる方が、あいつにとっては自分が痛いより、よっぽど恐怖なんだ……」

 だから、代われたとしても、レイはきっと、自分で行った。
 背負い混みすぎるな。お前のことだって、レイは大切なんだぞ。
 ハインに聞かせるための、俺の呟きだったのだが、サヤの視線がこちらに向いた。
 ああ……聡い子だな。罰ってのが一体なんなのか、教えとく方が良いか……。

「あいつの口癖、サヤはまだ聞いてないか……?
 俺は持ってはいけない。って言うんだ。
 子供の頃からあいつは、自分で考えることも選ぶことも、してはいけないことだと思い込まされてたんだ。
 何かを欲しいと思ってはいけない。自分の意思を持ってはいけない。異母様にそう躾けられてたんだよ。そして背いたと判断されると、罰を受けてたんだ……」

 いぼさまはただしい、あにうえはただしいの……。
 無表情で、ただそう繰り返すようになるまで、刷り込まれたんだ……。

「随分しつこく刷り込まれたようでな、今の状態でも、随分マシになった方だ。
 まだ自分の意思で動くし、喋るからな……前は、それすらままならなかった。
 けど、根っこの部分が深過ぎて、未だ持ってはいけないんだと、思ってる。
 今でもあいつは、何かを得ることを極端に怖がるよ。
 だから、物にも人にも執着しない……。失くした時辛いから、初めから持たないようにしてるんだ。
 そんな風でも人当たりは良いから、それで問題なくやれてるのが、たち悪いよな。
 運命にも裏切られてきてる……。異母様から離れても、あいつは失くし続けてきたんだ」

 俺の言葉に、ハインが目を伏せる。
 自分も、レイから奪ったものがある……そう思っているのだ。
 だから、鬼になってでも、レイの為に何かを得ようと躍起になる。

「手に入れてしまうと、それを取り上げられる……壊されると思ってる。
 サヤを突き放したのも、サヤが大切だからだ。大切だと意識してしまったから、失くしてしまうと思ったんだ。
 サヤに罰が及ばないように……故郷に帰してやれるように……失くす前に捨てるんだよ」

 捨てるのも、失くすのも、一緒だ。結局、残らないのだから。
 だが、奪われるのは辛いのだ。急に訪れる別離に、心が耐えられない。だからせめて……自分で捨てて、失くすことを選ぶ。自分が選んだのだと、納得し、諦める為に。

「あいつは、俺やハインも、捨てようとしたことがある。捨てられるつもりは毛頭なかったから、押し付けたけどな。
 持たなければ失くさない……どこかで元気でいてくれるなら、それでいいって。
 そうやって自分の気持ちを殺して、孤独になっていくように、造られちまってんだよ、あいつは」
「なんで…………?
 なんでレイは、そんなことされなきゃ、いけなかったの?
 あんな、優しい人なのに……罰を受けなきゃいけない理由が、一体どこに?」

 呆然とし、うわ言のような問いかけをこぼすサヤ。
 サヤの呟きに返せる答えは、ひとつきりだった。
 妾の子だから。
 正妻や、兄からすれば、レイという存在そのものが罪なのだ。
 だから、そこに居るというだけで、罰せられる……。
 その答えに、サヤは両手で顔を覆った。
 理不尽だよな……。レイは選んで生まれてきたわけじゃない。
 涙を流すサヤ。その存在が、ほんの少し、救いだった。レイの為に泣いてくれる存在がある。それだけでも、レイには貴重だ。
 しかし、どうしたものかな……。このままでは、レイはサヤを、手放してしまう……。

「連れて帰らない……か。
 口にしちまった以上、強行しようとするよな……。どうする?」

 捨てる覚悟をしたレイに、それを諦めさせるのは、至難の技だ。
 俺はコネを駆使したし、ハインは命を賭けた。それくらいのことをしなければならない。
 俺の問いに、ハインは分かり切った事を聞くなといった顔をして、答えた。

「どうもこうも、困ります。
 サヤが居なくなってしまったら、レイシール様の睡眠時間が削られます。今以上に消耗してしまう」

 ハインの言葉に、サヤの肩が大きく跳ねた。
 顔から両手を話し、赤くなった目で、ハインを見る。
 その視線を、ハインは静かに受け止めていた。
 見つめ合ううちに、サヤの顔が、どんどん上気していく。

「しっ、知ってらしたんですか⁈」

 顔も真っ赤になって、声も裏返り、何やら挙動不審にしている。
 涙も引っ込んでしまったようだ。

「何を知ってるんだ?」

 俺の質問に、ハインは簡潔に答えた。

「サヤが深夜、レイシール様のお部屋を訪問していることですかね」

 ひいっ⁉︎   と、息を飲むサヤ。
 俺も愕然とした。
 なに……それ……ち、ちょっと待て……⁈   深夜って、それはその……男女間の云々の話じゃないよな⁉︎
 こっちの狼狽など気にしない風なハインは、真っ赤になったサヤを見つめたまま、きっぱりと言った。言い切った。

「知らないわけがありません」

 いや……カマかけてるだろお前……。その顔はそういう顔だ……。
 お前がやたら自信に満ちてる時は、相手がボロを出すのを狙ってる時だからな……。
 何か裏があるぞと気付いたのは俺だけで、サヤはアワアワしている。そして、ハインの狙い通りにボロを出し始めた。盛大に。

「あのっ、レイは悪くないんです。私が、強引に……無理やりしてることなんです。
 私、レイのうなされる声が聞こえちゃうから……それで、気になってしまって。
 レイは駄目だって、来なくて良いって言ったんです。でも、明らかに無理してるから……私、もう我慢できなくて、勝手に起こすことにしたんです。
 だから、悪いのは私なので、どうかレイは、怒らないでください、内緒にしてて、申し訳ありませんでした!
 でもレイは、ハインさんに心配かけたくなかったんです。
 ただでさえ苦労かけてるのに、これ以上は嫌だって……だから私が起こせば、どっちにとっても良いかなって……っ」

 ああ、無いわ。
 俺の心配は霧のように霧散した。
 なんて初心な反応……。サヤは夜中に男の部屋に出向く本来の意味が分かってない……これで云々してるわけがない……。
 そういえば、そもそもサヤは、男の良からぬ視線すら苦痛なんだよな……。俺が触れるのすらあんな風にビビって飛び退くような女が、何か間違いを犯すわけもなかったんだ。
 しかも相手はレイだしな……。更に無い……あったらむしろ褒めてやる。よくぞ成長したって。

 虚脱感に襲われる俺だが、ハインの反応は違った。
 アワアワ言い訳するサヤをしばらく眺めていたと思ったのだが、口元に手をやり、顔を思い切り背け……吹き出した。
 そのまま声を殺してくつくつと笑い続けるので、俺は血の気が引いた。
 人生初、ハインの笑う瞬間を、目撃してしまった……そして今も笑っている……嘘だろ⁉︎

「いえ、すいません。笑うつもりはなかったのですが……」

 まだ笑いが治らないのか、苦心しながらハインが謝罪する。そして……。

「……レイシール様が、そう呼ぶようにと、おっしゃったんですね?」
「え?…………あっ!   も、申し訳ありません!」

 サヤの顔が更に赤くなる。
 俺は、意味が分かっていなかったのだが、サヤの言葉を頭の中で反芻し、やっと気付いた。
 レイシール様……じゃなく、レイと呼んでいる……ということに。

「嬉しく思いますよ、サヤ。レイシール様を、そう呼んでくださる方が、増えたことを。
 どうか、レイシール様の力に、なって差し上げてください。あの方には貴女が必要だ」

 優しい笑顔で、優しい声音で、ハインが言う。
 俺は気絶するかと思った。
 できるんじゃねぇか!   なんで普段からその顔しないんだ⁉︎
 俺の心の叫びが聞こえていたのか、ハインの顔が、いつも通りの不機嫌さを取り戻す。
 サヤの眉毛が下がった。
 もうちょっと、見ていたかったのになとでも、言うように。
 それくらい、先程のハインの顔は、まるで天使の微笑みもかくやというほどに、穏やかだったのだ。
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