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知識 7
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サヤは紙と筆を渡され、サヤの書ける字で構わないから、必要と思うものを書き出すようにと言われた。
俺はハインと村の見回りだ。
明日から数日空けることになるので、当分いないことを村人たちにも伝えておかねばならない。
「日が沈むまでに戻りますから、そこからは夕食の準備をします。
サヤは必要なものの書き出しが終われば、休憩していて構いません。
私たちが戻りましたら、夕食の準備を手伝ってもらいます」
「はい。ではいってらっしゃいませ」
「うん、行ってくる」
三人揃って俺の部屋を出て、ハインが鍵の束からサヤの部屋の鍵を手渡す。
失くしてしまったら変えはありませんよと前置きするのも忘れない。
サヤは、その鍵を手に握りこんでから、俺たちを玄関まで見送ってくれた。
玄関を出た俺たちは、本館側に進み、途中にある厩で馬を調達する。
厩番に村の見回りであると告げ、チラリと様子を見るが、普段と変わった様子は見えない。極力俺たちと口を利く回数を減らし、視線も合わさない。サヤの事は、バレてなさそうだ……。
「ああ、そうだ……。
明日はメバックに視察に行くことにした。
川の水位の話と、アギー領の情報を確認してくる。
早朝発つから、二人用の馬車を準備しておいてくれ」
「畏まりました」
厩番に馬車の準備をお願いして、本館に立ち寄る。
留守を任されている使用人を呼び、同じことを伝え、状況次第で支援をお願いする事になる大店たちを集めて会議をする事になるから、その場合はまた連絡をすると伝えておく。異母様や兄上が帰還するまでには必ず帰るようにすると伝えるのも忘れない。
それを済ませてから馬にまたがり、坂道を下る。
領主の館は裏山の麓、なだらかな坂を少しだけ登った場所にあるのだ。
氾濫が起こった時も、この館だけば水に飲み込まれることはない。
麓に降りると、使用人や騎士たちの住居と、少しの店が並ぶ。
店といっても、雑貨店が一つ、鍛冶屋が一つ程度。そして、麦を収めるための倉庫が並ぶ。そこを過ぎると川があり、木造の橋を渡ると畑が連なる地帯となり、畑の間に農家がぽつぽつと点在するようになる。
この畑側の土地は、使用人たちの住む地域よりまた少し、低くなっている。だから水害は、もっぱらこちら側に被害を出すのだ。
今の時期は、一帯が小麦色だ。
間も無く収穫を迎える麦が、風に揺られてザザザと音を立てる。
その間を農民たちが歩き回ったり、雑草を抜いたり、水路の掃除をしていたり、子供が駆け回っていたり……牧歌的な風景だ。この時期はもっぱら、鳥を見かけては追い払ういたちごっこが繰り広げられている。収穫前の麦をついばみにやってくるのだ。だから、日が昇るとすぐに農民たちは畑に向かう。
馬で歩く俺たちに、村人は気楽に声を掛けてくれ、挨拶をしてくれる。
俺もそれに答えつつ、数日村を空ける。川の状態を聞いてくるからと告げていく。
今は異母様たちも居ないから、農民達の反応はゆるいものだ。
女性の心配より麦の心配が先に立つようで、今年はもう水位が高いんじゃないかと聞いてくる村人すらいる。それには、確かなことを確認してくるから、気だけ急いても仕方がないよと言っておく。収穫は間もなくだ。流石に十日かそこらで氾濫したりはすまい。収穫には問題ないと思うし、もし危険と思えば、飛んで帰ってきて収穫を早めるからと伝える。
それを聞くと、農民は少しだけホッとした顔をする。
収穫前に氾濫した例は少ないが、無いわけではない。老人の中には幼い頃にその経験がある者もいるのだ。
もしそうなってしまえば、税も納められず、畑も無くし、家も無くす事態になる。それが一番最悪なのだ。
俺も水位は高い気がしているけれど、不安を煽っても良くない。
万が一の場合は、麦を捨てても良いから、命を優先するようにと伝えておく。
命を繋ぐための糧を守って、命を捨てたのでは意味がない。
俺はそう考える。
麦を育てている地方はここだけではない。畑は整備すればまた麦を育てられるが、無くした命は帰らないのだ。
まあ……なにかしらの責任は取る事になると思うけれど、それは貴族の俺が担う部分だ。農民たちには関係ない。
「麦の状態は良いようですね……。今年も氾濫がなければ良いのですが……」
俺の横を馬で行くハインがポツリと呟く。
俺はそれに同意しつつ、黄金色の広がる大地を見渡した。
この風景が好きだ。見渡す限りの黄金の海。なんて素晴らしい景色だろうと、思う。
俺は子供の頃、よくあの間に隠れていた。
兄上の拳から逃れる為に。
屋敷にいると息が詰まりそうだった。
庶民から貴族となって間もなかった俺は、貴族としての良識が無く、やってはいけない事が分からなかったのだ。何かするたびに失敗し、叱責が飛び、躾と言う名の暴言や暴力を浴びる日々だった。
兄上や異母様はいつも冷たい目をしていて、使用人たちの中にも、俺たちをよく思っていない者は多かった。父上と母は領地管理に忙しく、会わない日の方が多かった……。
だから俺はよく屋敷を抜け出しては、ここに来ていたのだ。
背の高い麦の間に潜ってしまえば、小さな子供の俺は目につかない。追いかけて来た兄上も諦めてしまう。
そして、隠れる俺を、農民たちはそっとしておいてくれるのだ。
遊んでくれる子供や、ふかした芋を分けてくれる農民や、擦り傷を洗ってくれる夫人がいた。
俺がどこの誰かを知っていて、それでもそっと、優しくしてくれたのだ。
だから俺は、彼らが好きだった。
彼らの中の一人になりたかった。
「もう少し勉強できてればなぁ……。
あと二年いれたなら、もっと役に立つ事が、できてたかな……」
「そうですね……。でも、成人すれば、好きな場所に行けます。また学ぶことも、できるのでは?」
「そう……だといいな」
成人するまでは、俺は父上の庇護下にいなければならない。母がもういないから。俺の庇護者は父上だけになってしまったから。
サヤが自分の場所に帰れたなら、もう一度王都に行くのも良いかもな…。けど、ハインは嫌かもしれない…あそこがそんなに良い思い出の場所ではないと思うから。
それならば、もっと南の、暖かい地方に行ってみるのも良いんじゃないかな。
航海術とか、船に乗る方法を学ぶことができたら、異国にも行けるかもしれないし。
とはいえ、俺はきっと父上の元で助手を続けるだろうから、そうであるならここに居続けることになる。ただ貴族ではなく、一領民として。
「そろそろ戻るか。サヤが心配になってきた」
「そうですね」
村を一回りして、異常がないことを確認したから、並足で歩かせていた馬を急かし、館に戻ることにする。
その途中でカミルを見つけ、手綱を引いた。
先日足を怪我した農民の子どもなのだ。怪我の具合が気になった。
「カミル、怪我の具合はどうだ?膿んだりしてないか?」
「あ、レイ様。大丈夫、血は止まった」
まだ多少足を引きずっているように見えるが、包帯は血が滲んだりはしていないようだ。だが、泥汚れが気になってしまった。きっともう働いている……。だから包帯が、泥で汚れていたのだ。
「カミル……包帯は毎日変えているか?」
「ええ?……二日にいっぺんは変えてるって」
「駄目だ。毎日変えなさい。膿んでしまったら、もっと治りが遅くなる。余計ユミル姉さんを心配させることになるんだぞ」
「ええ~……そりゃそうだけど……」
「もし、家計的に厳しいと思うなら、余計しっかり治せ。
…………それから……」
ちらりとハインを見てから、やっぱり口にすることにする。
「包帯を、泥で汚さない様にしなさい。
その方が治りが早まるって、学舎で習ったんだ」
「えっマジで?」
「泥で汚してると神の加護が退くのかもな」
「そっか~。じゃあ気をつける。ありがとレイ様」
「おぅ……ほんと、早く治す様に気をつけるんだぞ。それが一番ユミル姉さんの為だ」
「分かってるって」
馬を再び進め出すと、ハインのこれ見よがしな溜息が視界に入る。
分かってるさ。でも……。
「カミルの所は家計が苦しい……。怪我を悪化させたくなかったんだ」
「そうですね。……知ってしまうと、黙っていられないとは、思ってましたよ」
ハインの言葉に、俺も苦笑するしかない。
そうだな……知ってしまうと、それはもう無かったことになんて出来ない。
怪我が悪化するかもしれないのを分かってて、黙っておけるはずがなかったのだ。
「まあ、いいんじゃないですか。
サヤから得た知識だと分からなければ問題ない。経験則からこうした方が良いなんてことは、いくらでもあります。
まじないや、言い伝えとして、誤魔化しながら少しずつ、知識を浸透させていくという手段もあります」
しらっとそう言ったハインに、俺はまた苦笑する。ハインも知らなかったことにはしないと言ったのだ。そして、自然である風に装って自身の糧にして行けば良いと、強かに言ってのけた。当然、サヤに習った料理や調味料も、無かった事にはしないつもりでいるだろう。食べさせる相手は選ぶんだろうが……。
厩に馬を返してから別館に戻ると、サヤは玄関広間で待機していた。
「おかえりなさいませ」と、笑顔で迎えてくれる。
まさかずっと玄関で待ってたんじゃないよね?と、確認すると「部屋の窓を開けておいたので、お二人が帰って来たのは聞こえましたよ」とサヤが言う。
おおう……ちなみにどの辺まで聞こえるんだろう……。
「そうですね…窓を開けておいて、耳を澄ませば馬の嘶きとかも、聞こえますよ。たまに人の声っぽいのもありますけど、さすがに何を言ってるかまでは分かりません」
条件が良ければ、距離にして三十米は分かるってことか……やはり凄いな、サヤの耳。
「さあ、それでは夕飯の準備を致しましょう。
夕食は、こちらの料理にしますよ。サヤはまだ、ここの料理を食べていません。
これからは、こちらの味にも慣れてもらわなければなりませんから」
ハインがそう言い、サヤを調理場に促す。
俺はそれを見送ってから自室に戻り、部屋の片付けをする事にした。
明日から数日空けるのだから、机の上に出しているものを片付けたり、持ち出していた資料を執務室に返したりして過ごす。
日も暮れて暫くした頃、夕飯ができたとサヤが呼びに来たので、二人で食堂に向かった。
ハインは配膳を行なっていて、席に着いてすぐに食事となる。
今日の夕食は野菜の汁物に、焼いた肉と麵麭(パン)。正しくいつもの味というやつだ。
サヤに、ハインの横で仕事するのは大変じゃない?と、質問しつつ、食事を進める。
何せ時間配分の鬼だからな、こいつは。
「えっと……今の所、大丈夫ですかね?」
小首を傾げてサヤが言う。まだハインに怒られるに至っていないのかな……ほんわかとした反応だ。怒られてたらこんな風じゃないよな……きっと泣く。怖いし。サヤは女の子だし。
「サヤはレイシール様と違って、包丁さばきの基礎ができています。
ですから、思ったより時間を使わず仕事をこなしますよ。たまに力加減に難がありますが、それも少しずつ改善されるでしょう」
調理道具を曲げてしまったりしたらしいが、それも逆に折り返して戻したらしい。若干歪になってしまったが問題ないという。
あと、鉄串を起用な持ち方で使い、湯の中のものを取り出す技術が凄いと言い出した。
聞くと、サヤの国では二本の棒で食事をするのだという。
調理中、二本の棒の変わりに鉄串を二本持って、器用に肉をひっくり返したりしたそうだ。
「大抵のことを棒二本でこなしてしまうのですから凄いと思います。
あと、調理器具をいちいち持ち直さなくても良いのが効率良いですね」
……あれは、その二本の棒を用意する気だな……ハインめ……サヤの特殊な部分を隠したほうが良いと言ったのに……忘れてないか?
俺がジト目で見ていると、ハインは平気な顔をして「調理場に二本の棒が置いてあったとして、それが何か分かる者がいるとでも?」と、平気な顔をして言った。
……バレなきゃいいってことだな。
俺はハインと村の見回りだ。
明日から数日空けることになるので、当分いないことを村人たちにも伝えておかねばならない。
「日が沈むまでに戻りますから、そこからは夕食の準備をします。
サヤは必要なものの書き出しが終われば、休憩していて構いません。
私たちが戻りましたら、夕食の準備を手伝ってもらいます」
「はい。ではいってらっしゃいませ」
「うん、行ってくる」
三人揃って俺の部屋を出て、ハインが鍵の束からサヤの部屋の鍵を手渡す。
失くしてしまったら変えはありませんよと前置きするのも忘れない。
サヤは、その鍵を手に握りこんでから、俺たちを玄関まで見送ってくれた。
玄関を出た俺たちは、本館側に進み、途中にある厩で馬を調達する。
厩番に村の見回りであると告げ、チラリと様子を見るが、普段と変わった様子は見えない。極力俺たちと口を利く回数を減らし、視線も合わさない。サヤの事は、バレてなさそうだ……。
「ああ、そうだ……。
明日はメバックに視察に行くことにした。
川の水位の話と、アギー領の情報を確認してくる。
早朝発つから、二人用の馬車を準備しておいてくれ」
「畏まりました」
厩番に馬車の準備をお願いして、本館に立ち寄る。
留守を任されている使用人を呼び、同じことを伝え、状況次第で支援をお願いする事になる大店たちを集めて会議をする事になるから、その場合はまた連絡をすると伝えておく。異母様や兄上が帰還するまでには必ず帰るようにすると伝えるのも忘れない。
それを済ませてから馬にまたがり、坂道を下る。
領主の館は裏山の麓、なだらかな坂を少しだけ登った場所にあるのだ。
氾濫が起こった時も、この館だけば水に飲み込まれることはない。
麓に降りると、使用人や騎士たちの住居と、少しの店が並ぶ。
店といっても、雑貨店が一つ、鍛冶屋が一つ程度。そして、麦を収めるための倉庫が並ぶ。そこを過ぎると川があり、木造の橋を渡ると畑が連なる地帯となり、畑の間に農家がぽつぽつと点在するようになる。
この畑側の土地は、使用人たちの住む地域よりまた少し、低くなっている。だから水害は、もっぱらこちら側に被害を出すのだ。
今の時期は、一帯が小麦色だ。
間も無く収穫を迎える麦が、風に揺られてザザザと音を立てる。
その間を農民たちが歩き回ったり、雑草を抜いたり、水路の掃除をしていたり、子供が駆け回っていたり……牧歌的な風景だ。この時期はもっぱら、鳥を見かけては追い払ういたちごっこが繰り広げられている。収穫前の麦をついばみにやってくるのだ。だから、日が昇るとすぐに農民たちは畑に向かう。
馬で歩く俺たちに、村人は気楽に声を掛けてくれ、挨拶をしてくれる。
俺もそれに答えつつ、数日村を空ける。川の状態を聞いてくるからと告げていく。
今は異母様たちも居ないから、農民達の反応はゆるいものだ。
女性の心配より麦の心配が先に立つようで、今年はもう水位が高いんじゃないかと聞いてくる村人すらいる。それには、確かなことを確認してくるから、気だけ急いても仕方がないよと言っておく。収穫は間もなくだ。流石に十日かそこらで氾濫したりはすまい。収穫には問題ないと思うし、もし危険と思えば、飛んで帰ってきて収穫を早めるからと伝える。
それを聞くと、農民は少しだけホッとした顔をする。
収穫前に氾濫した例は少ないが、無いわけではない。老人の中には幼い頃にその経験がある者もいるのだ。
もしそうなってしまえば、税も納められず、畑も無くし、家も無くす事態になる。それが一番最悪なのだ。
俺も水位は高い気がしているけれど、不安を煽っても良くない。
万が一の場合は、麦を捨てても良いから、命を優先するようにと伝えておく。
命を繋ぐための糧を守って、命を捨てたのでは意味がない。
俺はそう考える。
麦を育てている地方はここだけではない。畑は整備すればまた麦を育てられるが、無くした命は帰らないのだ。
まあ……なにかしらの責任は取る事になると思うけれど、それは貴族の俺が担う部分だ。農民たちには関係ない。
「麦の状態は良いようですね……。今年も氾濫がなければ良いのですが……」
俺の横を馬で行くハインがポツリと呟く。
俺はそれに同意しつつ、黄金色の広がる大地を見渡した。
この風景が好きだ。見渡す限りの黄金の海。なんて素晴らしい景色だろうと、思う。
俺は子供の頃、よくあの間に隠れていた。
兄上の拳から逃れる為に。
屋敷にいると息が詰まりそうだった。
庶民から貴族となって間もなかった俺は、貴族としての良識が無く、やってはいけない事が分からなかったのだ。何かするたびに失敗し、叱責が飛び、躾と言う名の暴言や暴力を浴びる日々だった。
兄上や異母様はいつも冷たい目をしていて、使用人たちの中にも、俺たちをよく思っていない者は多かった。父上と母は領地管理に忙しく、会わない日の方が多かった……。
だから俺はよく屋敷を抜け出しては、ここに来ていたのだ。
背の高い麦の間に潜ってしまえば、小さな子供の俺は目につかない。追いかけて来た兄上も諦めてしまう。
そして、隠れる俺を、農民たちはそっとしておいてくれるのだ。
遊んでくれる子供や、ふかした芋を分けてくれる農民や、擦り傷を洗ってくれる夫人がいた。
俺がどこの誰かを知っていて、それでもそっと、優しくしてくれたのだ。
だから俺は、彼らが好きだった。
彼らの中の一人になりたかった。
「もう少し勉強できてればなぁ……。
あと二年いれたなら、もっと役に立つ事が、できてたかな……」
「そうですね……。でも、成人すれば、好きな場所に行けます。また学ぶことも、できるのでは?」
「そう……だといいな」
成人するまでは、俺は父上の庇護下にいなければならない。母がもういないから。俺の庇護者は父上だけになってしまったから。
サヤが自分の場所に帰れたなら、もう一度王都に行くのも良いかもな…。けど、ハインは嫌かもしれない…あそこがそんなに良い思い出の場所ではないと思うから。
それならば、もっと南の、暖かい地方に行ってみるのも良いんじゃないかな。
航海術とか、船に乗る方法を学ぶことができたら、異国にも行けるかもしれないし。
とはいえ、俺はきっと父上の元で助手を続けるだろうから、そうであるならここに居続けることになる。ただ貴族ではなく、一領民として。
「そろそろ戻るか。サヤが心配になってきた」
「そうですね」
村を一回りして、異常がないことを確認したから、並足で歩かせていた馬を急かし、館に戻ることにする。
その途中でカミルを見つけ、手綱を引いた。
先日足を怪我した農民の子どもなのだ。怪我の具合が気になった。
「カミル、怪我の具合はどうだ?膿んだりしてないか?」
「あ、レイ様。大丈夫、血は止まった」
まだ多少足を引きずっているように見えるが、包帯は血が滲んだりはしていないようだ。だが、泥汚れが気になってしまった。きっともう働いている……。だから包帯が、泥で汚れていたのだ。
「カミル……包帯は毎日変えているか?」
「ええ?……二日にいっぺんは変えてるって」
「駄目だ。毎日変えなさい。膿んでしまったら、もっと治りが遅くなる。余計ユミル姉さんを心配させることになるんだぞ」
「ええ~……そりゃそうだけど……」
「もし、家計的に厳しいと思うなら、余計しっかり治せ。
…………それから……」
ちらりとハインを見てから、やっぱり口にすることにする。
「包帯を、泥で汚さない様にしなさい。
その方が治りが早まるって、学舎で習ったんだ」
「えっマジで?」
「泥で汚してると神の加護が退くのかもな」
「そっか~。じゃあ気をつける。ありがとレイ様」
「おぅ……ほんと、早く治す様に気をつけるんだぞ。それが一番ユミル姉さんの為だ」
「分かってるって」
馬を再び進め出すと、ハインのこれ見よがしな溜息が視界に入る。
分かってるさ。でも……。
「カミルの所は家計が苦しい……。怪我を悪化させたくなかったんだ」
「そうですね。……知ってしまうと、黙っていられないとは、思ってましたよ」
ハインの言葉に、俺も苦笑するしかない。
そうだな……知ってしまうと、それはもう無かったことになんて出来ない。
怪我が悪化するかもしれないのを分かってて、黙っておけるはずがなかったのだ。
「まあ、いいんじゃないですか。
サヤから得た知識だと分からなければ問題ない。経験則からこうした方が良いなんてことは、いくらでもあります。
まじないや、言い伝えとして、誤魔化しながら少しずつ、知識を浸透させていくという手段もあります」
しらっとそう言ったハインに、俺はまた苦笑する。ハインも知らなかったことにはしないと言ったのだ。そして、自然である風に装って自身の糧にして行けば良いと、強かに言ってのけた。当然、サヤに習った料理や調味料も、無かった事にはしないつもりでいるだろう。食べさせる相手は選ぶんだろうが……。
厩に馬を返してから別館に戻ると、サヤは玄関広間で待機していた。
「おかえりなさいませ」と、笑顔で迎えてくれる。
まさかずっと玄関で待ってたんじゃないよね?と、確認すると「部屋の窓を開けておいたので、お二人が帰って来たのは聞こえましたよ」とサヤが言う。
おおう……ちなみにどの辺まで聞こえるんだろう……。
「そうですね…窓を開けておいて、耳を澄ませば馬の嘶きとかも、聞こえますよ。たまに人の声っぽいのもありますけど、さすがに何を言ってるかまでは分かりません」
条件が良ければ、距離にして三十米は分かるってことか……やはり凄いな、サヤの耳。
「さあ、それでは夕飯の準備を致しましょう。
夕食は、こちらの料理にしますよ。サヤはまだ、ここの料理を食べていません。
これからは、こちらの味にも慣れてもらわなければなりませんから」
ハインがそう言い、サヤを調理場に促す。
俺はそれを見送ってから自室に戻り、部屋の片付けをする事にした。
明日から数日空けるのだから、机の上に出しているものを片付けたり、持ち出していた資料を執務室に返したりして過ごす。
日も暮れて暫くした頃、夕飯ができたとサヤが呼びに来たので、二人で食堂に向かった。
ハインは配膳を行なっていて、席に着いてすぐに食事となる。
今日の夕食は野菜の汁物に、焼いた肉と麵麭(パン)。正しくいつもの味というやつだ。
サヤに、ハインの横で仕事するのは大変じゃない?と、質問しつつ、食事を進める。
何せ時間配分の鬼だからな、こいつは。
「えっと……今の所、大丈夫ですかね?」
小首を傾げてサヤが言う。まだハインに怒られるに至っていないのかな……ほんわかとした反応だ。怒られてたらこんな風じゃないよな……きっと泣く。怖いし。サヤは女の子だし。
「サヤはレイシール様と違って、包丁さばきの基礎ができています。
ですから、思ったより時間を使わず仕事をこなしますよ。たまに力加減に難がありますが、それも少しずつ改善されるでしょう」
調理道具を曲げてしまったりしたらしいが、それも逆に折り返して戻したらしい。若干歪になってしまったが問題ないという。
あと、鉄串を起用な持ち方で使い、湯の中のものを取り出す技術が凄いと言い出した。
聞くと、サヤの国では二本の棒で食事をするのだという。
調理中、二本の棒の変わりに鉄串を二本持って、器用に肉をひっくり返したりしたそうだ。
「大抵のことを棒二本でこなしてしまうのですから凄いと思います。
あと、調理器具をいちいち持ち直さなくても良いのが効率良いですね」
……あれは、その二本の棒を用意する気だな……ハインめ……サヤの特殊な部分を隠したほうが良いと言ったのに……忘れてないか?
俺がジト目で見ていると、ハインは平気な顔をして「調理場に二本の棒が置いてあったとして、それが何か分かる者がいるとでも?」と、平気な顔をして言った。
……バレなきゃいいってことだな。
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