異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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泉から 2

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  で。なんか、ユッサユッサ揺すられて、俺の意識はほぼ無理やり急浮上させられた。
  無意識に手をあげ、後頭部を触る。ああイテッ、コブになってる。もしかして、座ってた木の根で頭ぶつけた?
  けどまあ、コブですんだなら良いか、髪の中だし目立たない。ハインにダメ出しされないですむ。
  ぼーっとした頭で、そんなことを考えていると、頬に何かが触れた。
  温かい人の手……。

「気が付かはった?
 かんにん……わざとじゃないんです、でも、痛かったでしょ……本当、ごめんなさい。
 あの、気持ち悪かったり、頭がグラグラしたりしてはりませんか?
 してはったら動かんといてください、今、救急車呼びますから」
「や、ちょっと待って、大丈夫、別にそんな、大ごとになるようなものじゃないから……」

  ヨタヨタ上半身を起こした時、なんで俺、会話してるんだろうな?    という疑問が浮かんだ。
  女の子の声?なんか喋り方がちょっと変だけど、高くない、でも低いわけでもない、柔らかい声。
  頭をふって、薄眼を開けたら、思いがけないほど近くに、知らない女性がいた。
  知らないと言い切れるのは、特徴的な髪だ。見たこともない漆黒。磨き込まれた黒水晶のような、濡れた絹糸のような、艶やかな黒。
  鳶色の瞳は少々切れ長で、長い睫毛に縁取られている。
  唇はふっくらとしていて柔らかそうな桃色。形の良い鼻はちょっと低めだ。
  すっきりとした輪郭で、髪の黒が、肌の白を際立たせているようで……俺はつい見とれてしまった。
  美人。ちょっと見かけない感じの美人だ。
  なんだろう……簡潔に、ごちゃごちゃしていない顔立ちというか……社交界でよく見かけるギラギラした感じじゃない、艶のある美しさ。
  化粧をしている風でもないのに、綺麗な人ってやっぱり元から綺麗だよね。誰に言うでもなくそんなことを思う。
  だけどこの人なんか……やたらしっとりしてやしないか……。

「あの……」
「っ、あっ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

  不思議そうな顔をされ、釘付けになってた顔から慌てて視線を逸らす。咄嗟に下に。
  すると目に入るのは当然美人の服装だ。そこで俺は、驚愕の事実に遭遇した。
  ずぶ濡れ⁈    この美人ずぶ濡れだよ⁉︎    しっとりとかじゃない。ぐっしょりだ!
  し、し、しかも服が、服が透けてる!

「ちょっ、ちょっと待って、ごめんっ、悪気はないんだっっ」

  女の子の服にしては変な形だ。
 ヒダだらけになっている紺地の袴らしきものは幼女用かと突っ込みたくなるほど短くて、つるんとした膝が見えてしまっているし、足は短い靴下に踝までしかない革靴。
 男物のような水色の短衣は、首の所に赤い布が巻かれていて、胸にはどこの家紋なのか、見慣れない紋章が刺繍されてあるものの、それ以外は飾り気も何もない。
 そして、それ故に中までばっちり透けて見えている。腕やら肩やら張り付いていて、中の肌の色や、別の何かも見えている……って⁉︎
 何じっくり眺めてるんだよ俺、馬鹿じゃないの?    ホント馬鹿なんじゃないの⁉︎    もしくは変態!
  脳内で自分を全力罵倒しながら、慌てて自分の上着を脱ぎ、前からばさりと女の子の身体に掛けて、俺の視線から救出した。

「ま、まず着て、それ着て!    着終わるまで見ないから、終わったら声掛けて」
「あ、は、はいっ」

  自分でも恥ずかしいほどに慌て、俺はもう居たたまれなすぎてどうしていいか解らない。
 絶対に顔が赤い。自覚してる。火を吹けそうなくらい熱いから。
  見てない見てない、俺は何も見てないよと自分に言い聞かせ、冷静になろうと深呼吸。
  暫くごそごそ作業するような音と、吹く風に木々がそよぐ音だけが、やたら耳についた。
  うーとかあーとか唸りながら、下を向いていた俺は、ツンツンと肩を突かれ、恐る恐る顔を向けると、美人も心なしか赤い顔をしつつ「おおきに。……ありがとう」と小さく呟く様に言った。
  よ、よかった……。怒っている様子はない……よね?
  上着に腕を通し、前を掻き合わせている。膝は隠れないけれど致し方ない。まあ透けてないから良しとしよう。服の前の留め金を引っ掛けてとめてあげたいけれど、それだと近付きすぎるし触ってしまうし……考えな かったことにしよう。とりあえず見えない。うん。これ大事。
  いえ、いいんですお礼なんて。俺の心の平穏の為でもあるわけだし。

「あの、色々ご迷惑をおかけしてしもて、かんにん。私ちょっと混乱してて……あの、あなた誰ですか?留学生?この服、演劇部の衣装か何かですか?」

  ……リュウガクセイ? そしてエンゲキブとはなに……⁇
  そういえば、さっきもキュウキュウシャとか謎の呪文をつぶやいてたような……。

「あー……こっちも聞きたいんだけど、君は誰?    エンゲキブってなに?ついでにこんな早朝に、泉に浸かって何してたのかな?」
「早朝?    泉?    劇のシーンですか?    ごめんなさい。私、演劇部員やあらへんし、分からへん。それより、貴方こそ……貴方……どこにいはったんですか?    泉の中?」
「いや、泉の中にいたのは君だろ?」
「…………え?」
「え?」
「せやけど、私の手を引いたん……貴方でしたよね?」
「確かに引いたけど……、それは水の中から手を出した君が、溺れてると思ったから、引っ張ったんだよ。そもそも、俺は濡れていない。ずぶ濡れなのは君だ」
「…………え?」
「ええぇとぉぉ~」

  頭を疑問符だらけにして、二人して暫く沈黙した。
  確実に会話が噛み合っていない。うん、それだけは痛いほど理解できた。

「ひとまず、疑問を一つずつ潰してみよう。
 俺はレイシール・ハツェン・セイバーン。ここの領主代行。
 早起きしすぎたから、朝食ができるまでの暇つぶしにこの泉に来て、君が泉から手を出してたから、溺れているのかと思って引っ張ったんだ」
「私は……鶴来野 小夜。高野高の2年です。
 学校で嫌なことあったて……早めに帰るつもりで雑木林の中の近道入って……途中にある泉の底の方で、なんやキラキラしてたから……誰かの携帯かもしれへん。交番届けなあかんかな?    手ぇ届くかな?    って思って、手を入れて……引っ張られ、ました?」
「……疑問を潰してるつもりなのに……疑問が増えた気がしてるのは俺だけ?」
「いえ、私もです……」

  謎の単語だらけだった。全然意味が分からない。
  目の前の女の子が、ツルギノサヤという名前であることぐらいしか、理解できなかった。

「えー……ツルギノサヤさん」
「サヤでいいです。レイシールさん?    で、いい?    ほら、時計。今5時28分。夕方です」
「俺は半日も気絶してたの⁉︎」
「えっ、いえ……ほんの数分だけやったよ?」

  ですよね。でなければサヤさんの服乾いてるでしょうしね。
  見て。と言って差し出された腕には、金属の腕輪がある。これが時計?
  成る程……確かに時計のような形をしている部分がある。止まっているようだけど。
  細い手首だなと思いつつ、ありえないほど小さな時計にちょっとびっくりしつつ……。

「動いてない様に見えるけど?」
「あっ⁉︎    濡らしてしもたんや、壊れてしもた⁈ 」

  サヤさん、慌てて横の小さな出っ張りをいじり出す。
  それで何がどうなるというのか分からないが、とりあえずそんな小さな時計は初めて見た。聞きなれない不思議な響きの名前といい、見たことのない黒い髪といい、妙な訛りといい……国の技術の推を集めているであろう、極上の時計といい……もしかしてどこぞ他国のお嬢様か、姫君なのだろうか。

「えーと、とりあえず。ここはセイバーンって名前の村だけどね。
 君はどこかの姫君なのかな?    道に迷ったの?    従者は連れてこなかったのかい?」
「あの?    何言うてはるんですか?    ここは明王町の、高野高校裏の雑木林ですよね?
 姫君とか従者とか……あ、演技中?」

  未だ会話は噛み合う様子を見せません。
  もうどうしていいか分かんない……。
  頭を抱えて大きなため息を吐く俺。サヤさんはといえば、怪しい人を見るみたいな険しい顔。
  で、次の瞬間さっと顔色を変え、一気に二歩ほど後方に飛び退いた。

「え、どうし……」
「レイシール様……一時間程度の暇つぶしに、何故一時間半近くかかってらっしゃるんですか。早め早めの行動を、どうして心掛けて頂けないんでしょうね」

  ……分かった。凶悪な顔を見てしまったんだね。

  振り返らなくても分かる、重さすら感じる声が俺の背後から迫ってきたのだ。声の主と一緒に。

「は、ハイン。ごめん、ちょっと立て込んじゃって……」
「無駄な早起きだけでは飽き足らず、こんな早朝から女性を口説いているとは……。私は貴方という人が解らなくなりましたよ⁉︎」
「ち、違うからっ。口説いてないから!    そういうんじゃなくて、なんかもう、説明もできない様な凄いことが起こっちゃってる最中なんだっ」

  慌てて振り返ると、想像通り、悪魔の形相のハインが怒気を背後に漂わせて仁王立ちしておりました。
  怒ると黄金色の眼がギラついてほんと怖いんだよ。女性もいるし、怯えちゃってるからその顔は止めて下さい、お願いします。
  とりあえずサヤさんに、大丈夫、顔怖いけど悪い奴じゃないんだよ?と、注釈入れなきゃと思い視線をやると。

「……髪が、青⁈    染めてる⁇」

  驚きは何故か悪魔の様な形相ではなく、彼の青髪でした。
  いや、そこはそんなに驚く部分ですか?

「生憎、生まれつきこの色ですが?
 それよりも、貴女はどちら様ですか。こんな早朝から、他領の屋敷の裏山で一体何を?女性だからとて、穏便に済ませられる状況ではないこと、ご理解頂けますね?」

  そう言いつつツカツカと近寄ってきて、俺の腕を掴み引き寄せ、自分の背後に庇う。
  容赦無く引っ張られ、若干足をもつれさせる俺。ハインはその間に抜刀していて、剣先をサヤさんに向けるものだから、俺の方が慌ててしまった。

「ハイン止めてくれ!    見て分かんないかな、何も危険なものなんて無いだろう⁉︎」
「頭沸かしてるんじゃありません。まず見ず知らずの女が、早朝たった一人で彷徨いている時点で、怪しいことに気付いて下さい」
「道に迷ってるとか、願掛けに来ただけとか、ヤバくなさそうな理由を先に考えろよ!」
「危険度の高いものから対処するべきに決まっていますが」

  慌ててごちゃごちゃ始めるこっちと違って、サヤさんに反応は無い。
  表情すら動かない。
  かと思ったら、急にぺたんと座り込んでしまった。あああぁ、ほら!    凶暴な顔で、刃物とか向けられたらそうなるよね⁉︎

「早朝……本当に、今、朝なん……?    嘘、だって授業終わったし、部活あったし……。
 それに何、青い髪ってどういうこと⁇  剣持ってるて、どういうこと⁇    銃刀法違反やないの? ……それとも通り魔⁇ 」

  血の気の引いた顔で、ブツブツとそんなことを呟いたかと思うと、ジワリと目を潤ませた。繰り返される呼吸も浅い。恐怖で余計混乱させてしまっている。俺は必死でハインの背中を叩いた。

「いいからっ、大丈夫だからその物騒なのを引くんだハイン、彼女は泉から出てきただけで、怪しい人じゃないよ、武器らしいものだって持ってないだろ⁉︎」
「はあ⁈何を寝ぼけているんですか⁈
 泉から出て来たって意味を、分かって口にしてらっしゃいますか⁇」
「分かってしてる!    変なのも分かってるけど、事実なんだからそうとしか言いようがないだろ!」

  グイグイ腕を引いてなんとかサヤさんから数歩引かせて、剣の間合いから彼女を外す。
  その途端、サヤさんは振り返り、泉に駆け寄ったかと思うと、そのまま躊躇いなく踏み込み、両手を中に突っ込んで、

「嘘⁉︎    なんで⁇⁈    こないに浅ぅなかったやろ⁈」

  何度もバシャバシャと水をかき回した後、そのまま崩れる様に座り込んでしまった。

「サヤさん、大丈夫?    落ち着いて、とりあえず状況を整理し直そう」

  なんとかハインを押しやりつつ、動かなくなったサヤさんに声をかける。
  剣を仕舞えと目で必死に訴えると、ハインは渋々ながら、鞘に収めてくれた。
  ああ良かった……。剣突き付けて、冷静になれって言われても無理だからね。状況が混乱するだけで整理つかないよ、絶対。
  サヤさんの近くにしゃがみ、顔色を伺うが、虚ろな瞳で、思考が働いている様子には見えない。泉の中に座り込んだまま、ただ呆然としてる。けど、俺が根気よく声を掛けると、やっと反応が返ってきた。

「……何を、整理すればええの? 
今は朝で、ここはセイバーンって村で、貴方はレイシールって名前で、青い髪が生まれつきで、剣とか普通に持ってる……それは解った。解ったけど解らへん……。
だって、それやったら私、神隠しに遭うたってことなん? 
小説や漫画やあるまいし、異世界に来たとか?    そんな……そんなん、あるわけあらへんやん……っ!」

  拳を握って自身の頭をコンコンと叩き、膝を叩き、夢やないの?    なんで覚めへんの? と涙声でサヤさんが言う。彼女にとってものこれは、常識外れの出来事なのだ。混乱ぶりで、それは痛い程分かった。
  俺はそんな彼女が落ち着くのを暫く待ってから、もう一度声を掛ける。

「うん……、あるわけない様な事だけど、現実今、こんな状態なんだよ。
 とりあえず、うちにおいで。身体が冷えるから、そこから出ておいでよ。
 まず着替えて、きちんと温まって、落ち着いて考えよう。大丈夫。焦らなくて良いから」

  サヤさんは何度も浅い息を繰り返し、嗚咽を堪える様に背中を揺らす。湿った黒髪の間から、ぽたぽたと雫が溢れ、水面に波紋を作っていたけれど、暫くすると、それも止まった。
  膝の上の拳が、一度ぎゅっと握り締められた後、ソロソロと顔を上げ、こちらを見る。
  涙に濡れた瞳で、俺を一度ちらりと見てから視線を逸らし、小さくこくん、と、頷いた。
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