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傾国の美青年
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みなさん、おはようございます。
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男、7歳です。
僕は今、我が家の食卓で朝食を食べています。
僕の右斜め前のお誕生日席には父がいて、優雅に目玉焼きを口にいれ、モグモグしています。
僕の父であるアルファのオリバー・ローミオ・グランフォルド公爵には、貴族社会あるあるの、二つ名があります。綺麗な令嬢につけられる「白百合の令嬢」、「精霊の姫君」とかいう、あれですよ、あれ。
父は「傾国の美青年」…と呼ばれています。実の父についたあだ名がこれです!クソ恥ずかしいです。言葉が乱暴になってもしょうがないです!自分の父親が「傾国の美青年」と呼ばれたことありますか?ないですよね?
あれは忘れもしない、僕のお茶会デビューの日です。母と仲の良いモンゴメリー侯爵家主催のお茶会で、僕はものすごく楽しみでした。
侯爵家の嫡男で、僕と同い年のジョージ様が「ガブリエル様のお父上って、『けいこくの美青年』なの?」と、いきなり質問されたんです!その時の僕の気持ちが分かりますか?恥ずかしくて死にそうでした。たった7年しか生きていないけど、人は無念だけでなく、羞恥心でも死ねるんだって知りました。
そのうえジョージ様は、子供特有の残酷さで「ねえ、そうなの?」と、さらに突っ込んできて、空気を読んでくれません。僕は小さな声で「…うん」と、答えるのが精一杯。
しかも、その後、さらなる公開処刑が待っていたんです!なんとジョージ様は「ねえ、『けいこくの美青年』って、どういう意味?」と、関係者である僕に文言の意味を問うてきたんです!あり得ない!まったくもってあり得ない!
家庭教師に聞けよと、下手をすると侯爵家と関係が断絶するような言葉を、必死で飲み込んだ僕。
それなのに!ジョージ様は、「ねえってば」と執拗に答えを求めてくるではありませんか?ほんとは知ってて聞いてんじゃねーの?と、若干、被害妄想的な思考回路に陥ってしまいました。
はあー。
そこで僕は、さっきよりもさらに小さな声で「広義で言えば、国家元首が、く、国が、か、傾くほど美女にいれあげ、じ、実際に国が亡ぶということで、そこから転じて、国が亡ぶほどの美女という意味で、狭義でいえば、ち、父上の場合は、国が亡ぶほどの、き、綺麗な美青年、という意味だと思う」と、最後は消え入りそうな声で呟きました。
そしたら!ジョージ様は「え?聞こえないよ!」と、言い出すではありませんか!傷口に塩を塗るがごとくの非道さです!
僕はこの時初めて、ただ泣くことで現実逃避しました。突然(というか計算して)「わあーん、母上!」と大泣きです。最初はウソ泣きのつもりでしたが、途中から本気になって、声が枯れるくらいの大声が出ました。
子供って釣られて泣くって知ってました?
僕に釣られてジョージ様まで、「わあーん、母上!」と大泣きし、はっきりいって修羅場です。せっかくのお茶会が、公爵家と侯爵家の関係者を巻き込んで「何があったの?」と大騒ぎ。結局、美味しいお菓子は食べられませんでしたが、なんとか逃避に成功しました。
はあー。
嫡男が、若干7歳にして人生の厳しさを実感し、よもやこんな苦労をしているとは露ほども知らない元凶である父は、目の前で卵の次はベーコンをモグモグしています。
父の背後から朝日が柔らかく差し込み、それが彫刻のような父の顔立ちに絶妙な陰影を醸し出しています。薄桃色に少し上気した頬、黄金比率で配置された眉に目、鼻と口、顎は角張すぎず、かといって華奢でもなく、美しい曲線を描いています。フォークを持つ長い指は、貴族的な優雅さです。
こんな父だから「傾国の美青年」と呼ばれるのかといえば、そうではありません。
実際、父が原因で戦争が起きそうだったのです。
うちは父で十代目の公爵家で、初代はオメガだった王女が降嫁し侯爵から陞爵しました。そして僕の母もオメガで王子でした。十代離れたら血の濃さなんて平気じゃねという国王の鶴の一声で、父が8歳、母が5歳の時に婚約しました。
子供の頃から天使の容貌をした父に対して、母は可もなく不可もなくという、どちらかというと平凡な顔立ちだったので(父だけは母のことを世界で一番かわいいといいますが)、父は「政略結婚の犠牲者」と、陰で言われたそうです。しかし、当時を知る執事は、二人は昔からとーっても仲が良く、政略結婚万歳だったと証言しています。
ところがです。隣国の王女が国王の名代で我が国を歴訪した時、その歓迎晩餐会で悲劇が起きたのです!
そのなんたら王女(オメガ)が、父を見るなり「運命の番!」と叫び、いきなり接吻したのです。ちなみに当時王女は18歳、父は10歳で精通もまだでした。はっきりいって犯罪です。王女といえども許されるはずがありません。それを「運命の番だから」の一言で、あろうことか母という婚約者もいる父をその場から連れ出し、王女に割り当てられた迎賓館に連れ込もうとしました!児童虐待、ダメ!絶対!
その時、父はどうしたか。
初めての晩餐会でしこたま食べた御馳走を、その王女のドレス目掛けて吐きまくり、「気持ち悪い、この人、気持ち悪い」と、唇が出血するほど手で拭ったといいます。
もはや国際問題。隣国王女に対する不敬で、あわや開戦かと思われましたが、それを救ったのが当時8歳の母でした。
母は、「オリバーは僕のこんやくしゃなの!」と叫ぶと、王女めがけて突進し、彼女を突き飛ばして父を救い出したといいます。ちなみに、このくだりを話す時の父は(100回は聞きました)、「さながらジョシュアは救国の王子様だったよ」と、うっとりしながら母を抱き寄せます。やれやれです。あ、母はジョシュアといいます。
話がそれました。
救国というより、さらなる地獄絵図。なにしろ我が国の王子が、隣国の王女を突き飛ばしたわけですから。
これを回避できたのは、国王の手腕でした。我が国としては10歳の精通前の少年に対する性的虐待を盾に、「不敬」を叫ぶ隣国を黙らせ賠償金までせしめました。
あわや開戦かというこのエピソード以来、父は「傾国の美少年」と呼ばれ、成長したら美青年に変更になりました。出世魚です。
はあー。
僕の母の話をします。
母は太陽のような人で、明るくってみんな大好き!オメガで王子の生まれですが、王子の生まれ?何それ?というくらい変わった人でもあります。
今も朝食の席にはいませんが、もう来る頃です。
「おはよう!」
母がきました。
腕まくりした母は、屋敷の前に広がる菜園にいたはずです。いつも朝起きたら、菜園にいって野菜とお話するのが日課なのです。
母は、オメガらしく全体に華奢だけど、すごい力持ちで、母より頭一つ以上も大きな父をお姫様抱っこできるって、自慢します。
王子だった時は、目ん玉が飛び出るくらい高価な服を着ていたそうですが、結婚して公爵家に降嫁してからは、もっぱらコットンシャツを愛用し、好きなだけ庭いじりと夫いじりに精を出しています。
公爵家は資産家ですが、母は「死んだら持っていけないから」と、高価な服飾品には目もくれず、国民のための学校を作ったり、食料需給率アップを目指して農地改革に援助をしています。
そのおかげで我が領地の農業需給率は国一番になりました。野菜や穀物の質が高く、形や色などクオリティの高い食材は「ブランド野菜」として王家や貴族に高額で売り、少し形のいびつな野菜は安価で市場に卸しています。
僕が「王家にも容赦ないね」と言ったら、母は「それが商売人だよ」と、商売のイロハを伝授してくれました。
商売人とはいえ、母は公爵夫人でもあるので社交シーズンには夫婦で夜会に出席しています。とっても仲良しの両親が、手に手を取って出席しているにもかかわらず、「私が『傾国の美青年』様の運命の番です」と、平気でのたまうオメガの令嬢や令息がいると聞いています。
はあー。
父が、温厚で極めて口数が少ない性格だということと、父と母は政略結婚であり、運命の番ではないことが、オメガの令嬢令息をのさばらせている一因でもあります。
僕の両親は運命の番ではないの?
運命の番って何?
僕は運命の意味が分かりません。
父の口数が少ないのは、幼少期に父の美貌に血迷った家庭教師(βの男)がストーカーになったり、同じく父の美貌が原因で誇大妄想狂へと堕ちた家庭教師(βの女)が性犯罪者になったりで、教師に恵まれず、コミュニケーション不足による感情表現の劣化が原因なのです。
今だって、絶妙な塩加減のアスパラガスを優雅に食する父は、口角が少しあがっているだけですが、内心では「このアスパラ、めっちゃうまい!ジョシュア、グッジョブ!」と、思ってます、絶対。
この父を幸せにできるのは、母だけだと思ってました。あの日までは…。
つい先日、我が家でお茶会を開きました。お茶会は貴族の社交に欠かせません。公爵家のお茶会には伯爵家以上でないと出席できませんが、伯爵家は多く、その上、父目当てのオメガの令嬢令息が出席したくて、血みどろの招待状争奪戦があったと、執事がこぼしてました。
僕は母が手塩に掛けて育てた野菜を使ったスコーンやクッキーなど、美味しい料理が所狭しと並んだテーブルを前に、食欲は天井しらずでした。
そこで事件が起きたのです。
父目当てのオメガの令嬢が、ちょっと母が父のそばを離れた隙を狙って父に近づき、図々しく「オリバー様」と、父の名前を呼んだのです。
下位貴族は、高位貴族に自分から話しかけてはいけないのは貴族社会の常識だし、ましてや高位貴族の名前を許可なく呼ぶなど言語道断です。
父は感情が劣化しているので、この時もすーと目を細めただけでした。それを拒絶なしと判断したのか、それとも厚化粧の容貌によっぽど自信があったのか、その令嬢はさらに父に近づこうとしました。
この時、僕はニンジンのスコーンを食べようとしていたけど、令嬢を前に、父を守らなければならないと、大好物を皿に置き、子供のように叫びました。
「父上!」
「どうした?ガヴィ?」
父は驚いて振り返り、僕を愛称で呼びます。
「父上は、母上が大好きですよね?もう好きで好きで、毎日、愛し合ってますよね?」
「愛し合ってる」というのは、侍女たちが嬉しそうに「公爵様と奥様は毎日のように愛し合っている」と言っていたのをドア越しに聞いていたからで、すごくいいことだと思って覚えていたのです。
父は真っ赤になりながら、「どうしたんだ、ガヴィ?当たり前だろ、ジョシュアのことは大好きだよ!」と、言ってくれました。
「母上のどこが好き?」
「全部だよ!」
「もっと具体的に!」
「化粧しなくても素顔がかわいいし、肌もすべすべ。そのうえ、性格が最高だ。好きな人だけが幸せならいいというんじゃなく、みんなで幸せになろうというところが大好きだよ!世間の常識も蔑ろにしない、賢いところも最高だ!」
よし!と、僕は思いました。父にしたらよく話したと思います。父は母のことになると、子供の前ではおしゃべりです。
僕は公爵家の嫡男です。貴族名鑑は全て頭に入っています。父に近づいた令嬢(ほしょくしゃ)に、はっきりと告げました。
「僕は、公爵家の嫡男、ガブリエルです。あなたはスペンサー子爵の令嬢ですよね?なぜ、子爵家の令嬢が公爵家のお茶会に参加しているんですか?当家は子爵家に招待状など出していません。もし招待状もなく参加したのであれば、不法侵入で訴えます。不法侵入の時点で、あなたは犯罪者です。王家を通し、スペンサー子爵家に正当な罰を要求します。さらに、貴族社会の礼儀も弁えていません。なぜ公爵閣下に声をかけられたのですか?さらに閣下の名前を呼びましたね?閣下から許可を得てますか?閣下は許可しましたか?あり得ないほどの非常識です。これも子爵家に正式に抗議します!あなたではなくあなたのお父上の子爵に抗議します!既にあなたは今日の出来事で、貴族社会、特に高位貴族の中で『非常識な犯罪者』とのレッテルを貼られました!公爵家嫡男の僕としては、これだけでも十分と思いますが、純粋に父上の息子としては、大好きな両親に対して、あなたの行為は許せないので、さらに付け加えさせてもらうと、今の父上の言葉を聞きましたよね?僕には下に妹と弟、さらに母上のお腹には四人目の子供がいます!こんなに愛し合っている僕の両親に、あなたごときが父上の『運命の番』?なはずないです!僕の父上と母上の邪魔をするな!」
ここまで一気にまくしたてられた相手の令嬢は、真っ青になってプルプルと震えてました。僕はといえば最後はちょっと涙目です。
でも容赦しません。僕たち家族の仲に入り込もうとする輩は、この場で一網打尽にしたかったのです。
「今日は、王妃様もおしのびで参加してます!王妃様!」
僕は若作りした王妃に手を振りました。王妃も「ガヴィ!頑張って!」と、手を振り返してくれました。
「見ましたよね?王妃様もあなたが不法侵入の犯罪者であり、貴族社会のルール無視の非常識な令嬢だと認識されたということです!侍従!この犯罪者を王立警備隊に差し出しなさい!」
結局、この令嬢は不法侵入の罪で30日間貴族牢で拘束ののち、5年間の王宮出禁、父親の子爵は男爵に降格になり、公爵家にも賠償金が支払われました。
5年間の王宮出禁は、そんなに厳しくなさそうに思われるかもしれませんが、そんなことないのです。王宮の催しでは既婚者や婚約者のいる貴族はパートナー同伴がルールです。もし5年も出禁の令嬢と結婚したら、その相手も出禁です。令嬢は19歳でしたから、5年たったら24歳。完全に行き遅れ。子持ちの後妻か、商家くらいしか相手はいないでしょう。そのまえに、犯罪者認定された令嬢と結婚しようなどという貴族はいません。
この一件から、父は僕でも守れるのだと分かりました。
僕は4歳の妹のアナベルにも、まだ無理かなと思いつつ、この技を伝授しました。
「いいかい、アナベル。父上に不埒者が接近したら、大声で父上を呼び止め、母上のどこが好きか言ってと叫ぶんだよ」
「兄上、しょうちしました。母上のどこがしゅきか、10こ、いってくださいっていいます!それだけでなく、母上が、いつも、こしがいたいっていってるのは、父上が原因でしょっていいます!」
アナベルは、王妃の事が大好きで、いっつも引っ付いているため、恐るべき耳年増になっていました。
「兄上、ウェスティンにもつたえるね」
「いや、ウェスティンはまだ1歳だから無理だよ」
「ううん。今からせんのうしておけば、くろうなくできるようになります!」
4歳児が洗脳という言葉を使うあたり、いつも王妃とどういう話をしているのか不安になります。
ふう。
僕は結局、運命というのは分かりません。
政略結婚であっても、互いに努力して互いを分かりあい、仲睦まじくなった両親の方が、運命とやらよりもよっぽど価値があると思います。そう思いませんか?
そうそう、貴族の子弟といえば家庭教師がついて勉強しますが、僕には普通の家庭教師がいません。僕は、実用目的から乖離した純粋な教養と言われる「自由七科」の哲学を覚えきり、論理学の分野について学びたくて、王立学院から教師を呼んで学び始めました。
僕の人生はこれからです。
余談ですが、母の兄である王太子殿下のご息女、マリー王女と僕の婚約話が出ているそうです。母は「いとこだからだめでしょ」と反対していますが、国王と王妃、それに王太子殿下は、「えー、いいじゃない」と乗り気だそうです。
ふう。
これはまた機会があったら話します。
ここまで僕の両親の話を聞いてくれてありがとうございました。
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男、7歳です。
僕は今、我が家の食卓で朝食を食べています。
僕の右斜め前のお誕生日席には父がいて、優雅に目玉焼きを口にいれ、モグモグしています。
僕の父であるアルファのオリバー・ローミオ・グランフォルド公爵には、貴族社会あるあるの、二つ名があります。綺麗な令嬢につけられる「白百合の令嬢」、「精霊の姫君」とかいう、あれですよ、あれ。
父は「傾国の美青年」…と呼ばれています。実の父についたあだ名がこれです!クソ恥ずかしいです。言葉が乱暴になってもしょうがないです!自分の父親が「傾国の美青年」と呼ばれたことありますか?ないですよね?
あれは忘れもしない、僕のお茶会デビューの日です。母と仲の良いモンゴメリー侯爵家主催のお茶会で、僕はものすごく楽しみでした。
侯爵家の嫡男で、僕と同い年のジョージ様が「ガブリエル様のお父上って、『けいこくの美青年』なの?」と、いきなり質問されたんです!その時の僕の気持ちが分かりますか?恥ずかしくて死にそうでした。たった7年しか生きていないけど、人は無念だけでなく、羞恥心でも死ねるんだって知りました。
そのうえジョージ様は、子供特有の残酷さで「ねえ、そうなの?」と、さらに突っ込んできて、空気を読んでくれません。僕は小さな声で「…うん」と、答えるのが精一杯。
しかも、その後、さらなる公開処刑が待っていたんです!なんとジョージ様は「ねえ、『けいこくの美青年』って、どういう意味?」と、関係者である僕に文言の意味を問うてきたんです!あり得ない!まったくもってあり得ない!
家庭教師に聞けよと、下手をすると侯爵家と関係が断絶するような言葉を、必死で飲み込んだ僕。
それなのに!ジョージ様は、「ねえってば」と執拗に答えを求めてくるではありませんか?ほんとは知ってて聞いてんじゃねーの?と、若干、被害妄想的な思考回路に陥ってしまいました。
はあー。
そこで僕は、さっきよりもさらに小さな声で「広義で言えば、国家元首が、く、国が、か、傾くほど美女にいれあげ、じ、実際に国が亡ぶということで、そこから転じて、国が亡ぶほどの美女という意味で、狭義でいえば、ち、父上の場合は、国が亡ぶほどの、き、綺麗な美青年、という意味だと思う」と、最後は消え入りそうな声で呟きました。
そしたら!ジョージ様は「え?聞こえないよ!」と、言い出すではありませんか!傷口に塩を塗るがごとくの非道さです!
僕はこの時初めて、ただ泣くことで現実逃避しました。突然(というか計算して)「わあーん、母上!」と大泣きです。最初はウソ泣きのつもりでしたが、途中から本気になって、声が枯れるくらいの大声が出ました。
子供って釣られて泣くって知ってました?
僕に釣られてジョージ様まで、「わあーん、母上!」と大泣きし、はっきりいって修羅場です。せっかくのお茶会が、公爵家と侯爵家の関係者を巻き込んで「何があったの?」と大騒ぎ。結局、美味しいお菓子は食べられませんでしたが、なんとか逃避に成功しました。
はあー。
嫡男が、若干7歳にして人生の厳しさを実感し、よもやこんな苦労をしているとは露ほども知らない元凶である父は、目の前で卵の次はベーコンをモグモグしています。
父の背後から朝日が柔らかく差し込み、それが彫刻のような父の顔立ちに絶妙な陰影を醸し出しています。薄桃色に少し上気した頬、黄金比率で配置された眉に目、鼻と口、顎は角張すぎず、かといって華奢でもなく、美しい曲線を描いています。フォークを持つ長い指は、貴族的な優雅さです。
こんな父だから「傾国の美青年」と呼ばれるのかといえば、そうではありません。
実際、父が原因で戦争が起きそうだったのです。
うちは父で十代目の公爵家で、初代はオメガだった王女が降嫁し侯爵から陞爵しました。そして僕の母もオメガで王子でした。十代離れたら血の濃さなんて平気じゃねという国王の鶴の一声で、父が8歳、母が5歳の時に婚約しました。
子供の頃から天使の容貌をした父に対して、母は可もなく不可もなくという、どちらかというと平凡な顔立ちだったので(父だけは母のことを世界で一番かわいいといいますが)、父は「政略結婚の犠牲者」と、陰で言われたそうです。しかし、当時を知る執事は、二人は昔からとーっても仲が良く、政略結婚万歳だったと証言しています。
ところがです。隣国の王女が国王の名代で我が国を歴訪した時、その歓迎晩餐会で悲劇が起きたのです!
そのなんたら王女(オメガ)が、父を見るなり「運命の番!」と叫び、いきなり接吻したのです。ちなみに当時王女は18歳、父は10歳で精通もまだでした。はっきりいって犯罪です。王女といえども許されるはずがありません。それを「運命の番だから」の一言で、あろうことか母という婚約者もいる父をその場から連れ出し、王女に割り当てられた迎賓館に連れ込もうとしました!児童虐待、ダメ!絶対!
その時、父はどうしたか。
初めての晩餐会でしこたま食べた御馳走を、その王女のドレス目掛けて吐きまくり、「気持ち悪い、この人、気持ち悪い」と、唇が出血するほど手で拭ったといいます。
もはや国際問題。隣国王女に対する不敬で、あわや開戦かと思われましたが、それを救ったのが当時8歳の母でした。
母は、「オリバーは僕のこんやくしゃなの!」と叫ぶと、王女めがけて突進し、彼女を突き飛ばして父を救い出したといいます。ちなみに、このくだりを話す時の父は(100回は聞きました)、「さながらジョシュアは救国の王子様だったよ」と、うっとりしながら母を抱き寄せます。やれやれです。あ、母はジョシュアといいます。
話がそれました。
救国というより、さらなる地獄絵図。なにしろ我が国の王子が、隣国の王女を突き飛ばしたわけですから。
これを回避できたのは、国王の手腕でした。我が国としては10歳の精通前の少年に対する性的虐待を盾に、「不敬」を叫ぶ隣国を黙らせ賠償金までせしめました。
あわや開戦かというこのエピソード以来、父は「傾国の美少年」と呼ばれ、成長したら美青年に変更になりました。出世魚です。
はあー。
僕の母の話をします。
母は太陽のような人で、明るくってみんな大好き!オメガで王子の生まれですが、王子の生まれ?何それ?というくらい変わった人でもあります。
今も朝食の席にはいませんが、もう来る頃です。
「おはよう!」
母がきました。
腕まくりした母は、屋敷の前に広がる菜園にいたはずです。いつも朝起きたら、菜園にいって野菜とお話するのが日課なのです。
母は、オメガらしく全体に華奢だけど、すごい力持ちで、母より頭一つ以上も大きな父をお姫様抱っこできるって、自慢します。
王子だった時は、目ん玉が飛び出るくらい高価な服を着ていたそうですが、結婚して公爵家に降嫁してからは、もっぱらコットンシャツを愛用し、好きなだけ庭いじりと夫いじりに精を出しています。
公爵家は資産家ですが、母は「死んだら持っていけないから」と、高価な服飾品には目もくれず、国民のための学校を作ったり、食料需給率アップを目指して農地改革に援助をしています。
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はあー。
父が、温厚で極めて口数が少ない性格だということと、父と母は政略結婚であり、運命の番ではないことが、オメガの令嬢令息をのさばらせている一因でもあります。
僕の両親は運命の番ではないの?
運命の番って何?
僕は運命の意味が分かりません。
父の口数が少ないのは、幼少期に父の美貌に血迷った家庭教師(βの男)がストーカーになったり、同じく父の美貌が原因で誇大妄想狂へと堕ちた家庭教師(βの女)が性犯罪者になったりで、教師に恵まれず、コミュニケーション不足による感情表現の劣化が原因なのです。
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この父を幸せにできるのは、母だけだと思ってました。あの日までは…。
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僕は母が手塩に掛けて育てた野菜を使ったスコーンやクッキーなど、美味しい料理が所狭しと並んだテーブルを前に、食欲は天井しらずでした。
そこで事件が起きたのです。
父目当てのオメガの令嬢が、ちょっと母が父のそばを離れた隙を狙って父に近づき、図々しく「オリバー様」と、父の名前を呼んだのです。
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この時、僕はニンジンのスコーンを食べようとしていたけど、令嬢を前に、父を守らなければならないと、大好物を皿に置き、子供のように叫びました。
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「母上のどこが好き?」
「全部だよ!」
「もっと具体的に!」
「化粧しなくても素顔がかわいいし、肌もすべすべ。そのうえ、性格が最高だ。好きな人だけが幸せならいいというんじゃなく、みんなで幸せになろうというところが大好きだよ!世間の常識も蔑ろにしない、賢いところも最高だ!」
よし!と、僕は思いました。父にしたらよく話したと思います。父は母のことになると、子供の前ではおしゃべりです。
僕は公爵家の嫡男です。貴族名鑑は全て頭に入っています。父に近づいた令嬢(ほしょくしゃ)に、はっきりと告げました。
「僕は、公爵家の嫡男、ガブリエルです。あなたはスペンサー子爵の令嬢ですよね?なぜ、子爵家の令嬢が公爵家のお茶会に参加しているんですか?当家は子爵家に招待状など出していません。もし招待状もなく参加したのであれば、不法侵入で訴えます。不法侵入の時点で、あなたは犯罪者です。王家を通し、スペンサー子爵家に正当な罰を要求します。さらに、貴族社会の礼儀も弁えていません。なぜ公爵閣下に声をかけられたのですか?さらに閣下の名前を呼びましたね?閣下から許可を得てますか?閣下は許可しましたか?あり得ないほどの非常識です。これも子爵家に正式に抗議します!あなたではなくあなたのお父上の子爵に抗議します!既にあなたは今日の出来事で、貴族社会、特に高位貴族の中で『非常識な犯罪者』とのレッテルを貼られました!公爵家嫡男の僕としては、これだけでも十分と思いますが、純粋に父上の息子としては、大好きな両親に対して、あなたの行為は許せないので、さらに付け加えさせてもらうと、今の父上の言葉を聞きましたよね?僕には下に妹と弟、さらに母上のお腹には四人目の子供がいます!こんなに愛し合っている僕の両親に、あなたごときが父上の『運命の番』?なはずないです!僕の父上と母上の邪魔をするな!」
ここまで一気にまくしたてられた相手の令嬢は、真っ青になってプルプルと震えてました。僕はといえば最後はちょっと涙目です。
でも容赦しません。僕たち家族の仲に入り込もうとする輩は、この場で一網打尽にしたかったのです。
「今日は、王妃様もおしのびで参加してます!王妃様!」
僕は若作りした王妃に手を振りました。王妃も「ガヴィ!頑張って!」と、手を振り返してくれました。
「見ましたよね?王妃様もあなたが不法侵入の犯罪者であり、貴族社会のルール無視の非常識な令嬢だと認識されたということです!侍従!この犯罪者を王立警備隊に差し出しなさい!」
結局、この令嬢は不法侵入の罪で30日間貴族牢で拘束ののち、5年間の王宮出禁、父親の子爵は男爵に降格になり、公爵家にも賠償金が支払われました。
5年間の王宮出禁は、そんなに厳しくなさそうに思われるかもしれませんが、そんなことないのです。王宮の催しでは既婚者や婚約者のいる貴族はパートナー同伴がルールです。もし5年も出禁の令嬢と結婚したら、その相手も出禁です。令嬢は19歳でしたから、5年たったら24歳。完全に行き遅れ。子持ちの後妻か、商家くらいしか相手はいないでしょう。そのまえに、犯罪者認定された令嬢と結婚しようなどという貴族はいません。
この一件から、父は僕でも守れるのだと分かりました。
僕は4歳の妹のアナベルにも、まだ無理かなと思いつつ、この技を伝授しました。
「いいかい、アナベル。父上に不埒者が接近したら、大声で父上を呼び止め、母上のどこが好きか言ってと叫ぶんだよ」
「兄上、しょうちしました。母上のどこがしゅきか、10こ、いってくださいっていいます!それだけでなく、母上が、いつも、こしがいたいっていってるのは、父上が原因でしょっていいます!」
アナベルは、王妃の事が大好きで、いっつも引っ付いているため、恐るべき耳年増になっていました。
「兄上、ウェスティンにもつたえるね」
「いや、ウェスティンはまだ1歳だから無理だよ」
「ううん。今からせんのうしておけば、くろうなくできるようになります!」
4歳児が洗脳という言葉を使うあたり、いつも王妃とどういう話をしているのか不安になります。
ふう。
僕は結局、運命というのは分かりません。
政略結婚であっても、互いに努力して互いを分かりあい、仲睦まじくなった両親の方が、運命とやらよりもよっぽど価値があると思います。そう思いませんか?
そうそう、貴族の子弟といえば家庭教師がついて勉強しますが、僕には普通の家庭教師がいません。僕は、実用目的から乖離した純粋な教養と言われる「自由七科」の哲学を覚えきり、論理学の分野について学びたくて、王立学院から教師を呼んで学び始めました。
僕の人生はこれからです。
余談ですが、母の兄である王太子殿下のご息女、マリー王女と僕の婚約話が出ているそうです。母は「いとこだからだめでしょ」と反対していますが、国王と王妃、それに王太子殿下は、「えー、いいじゃない」と乗り気だそうです。
ふう。
これはまた機会があったら話します。
ここまで僕の両親の話を聞いてくれてありがとうございました。
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※ムーンライトノベルズでも投稿しております
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! 時間有る時にでも読んでください
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
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