上 下
58 / 107
第七章 悪役令嬢の秘密

54. お茶会の顛末①

しおりを挟む


    * * *


 ジオルグとともに、隠れ家の転移装置からロートバル邸の地下に戻ってきたのは、朝の九時頃のことだった。
 ちなみに、今日は聖女召喚の儀があった日から数えて五日目。俺が十年ぶりに目覚めた日からは、八日が経っている。
 そして、魔竜が襲来する新月の夜まではあと十日。
 王国最大の災禍が迫っているそんな重大な時期に、宰相であるジオルグの貴重な一日を奪ってしまったことが申し訳なく、謝罪の言葉を口にした俺に、

「何、そんなときの為に副宰相がいる」

 と、ジオルグはまるで取り合わなかった。

「それに、次期宰相候補には今のうちに実務経験を積ませておかないとな」
「次期宰相候補?」
「ああ、今度の事が落ち着いたら、私は宰相職を辞するつもりでいる」
「えっ? そうなんですか?」

 俺がかなり本気で驚いていると、国王陛下以外にはまだ誰にも告げていないからな、と耳元で囁くように言われた。

「……まだ秘密にしているように。いいな」


 地下からの階段を上がると、俺たちよりも先に屋敷に戻っていたクリスチャードが、サロンの扉の前に直立不動の姿勢で立っていた。

「お帰りなさいませ、旦那様。シリル様」
「ああ、今帰った。どうした、来客か?」
「はい、使者の方はつい今しがたお帰りに。シリル様。王宮より、サファイン殿下からの書状が届いております」
「え?」

 ──ルーからの手紙?

 驚いたのは、俺だけじゃなかった。

「サファイン殿下から、シリルに?」

 玄関ホールに、ジオルグの怪訝そうな声が響く。

「はい、左様でございます。実はその前にも殿下の侍従の方から、魔導通信がございまして」

 それは俺が今日、王宮に出仕するのかどうかという確認だった。昨日に引き続き今日も休暇だと伝えると、しばらくして、今度は第二王子の書状を携えた使者が屋敷までやってきたらしい。
 経緯を聞いたジオルグが振り返り、無言でじっと俺の顔を見つめる。これまで、俺とは接点がなかったはずの第二王子の意図がわからなかったのだろう。そして、クリスチャードの手から封筒を取り上げるや否や、裏返して封蝋シーリングを確認した。

「確かに、サファイン殿下の印章だな」
「……あの。読んでもかまいませんか?」

 妙な圧を感じさせる目線に晒されながら、俺は封筒を受け取り、サロンに入ってコンソール・テーブルの上に置いてあるぺーバーナイフを使って封蝋を剥がし取る。俺の後について、ジオルグもサロンに入ってきていた。
 俺はソファーに座って手紙を取り出すと、さっそくその文面を読む。

「──昨日のお茶会の件で、至急話したいことがあると書かれています。もしも都合がつくようなら、午前のうちに殿下の部屋まで来てほしいと」

 訊ねられるよりも先に手紙に書かれた内容について告げると、向かいのソファーに座ってじっと俺の様子を見ていたジオルグは眉を顰め、お茶会? と聞き返してきた。

「昨日、王妃殿下がアイリーネ様を招いてのお茶会を開かれたんです」

 そのお茶会には公爵令嬢のオリーゼも招かれたこと。しかしオリーゼの婚約者であり、場の緩衝材と成りうるエドアルド王太子の参加が見込めなかったこと。
 そんなときに、第二王子と会って話す機会があったこと。公務で多忙な王太子に代わって、アイリーネの付き添い役としてお茶会に参加してもらえるよう頼んだことなどを、当然ながら俺の前世やゲームの話は一切絡めず、差し障りのない範囲でジオルグに説明した。

「なるほど……。君がこの家を出ている間に、とあったわけだな」

 ──色々、の部分がやけに強調されていたように感じるが、気の所為だろうか。

「しかしまた……、ここでもオリーゼか」
「ええ、確かに。お茶会に行かれたルー殿下の話も気になります」
殿下?」
「あ」

 説明をしている間は注意を払っていたのだが、それで気が緩んだのか、うっかり第二王子のことをセカンドネームの愛称で呼んでしまった。

「サファインというお名前があまりお好きじゃないそうで、ルーヴェの方がまだマシだと。なので、別に深い意味はないみたいですよ?」

 慌てて言い訳をすると、ほぉ、とジオルグは半眼になった。ただでさえ怖いぐらい完璧に整いきっている美貌が、冷ややかな空気を纏ってあからさまな不満を訴えてくる。
 竜人種には馴染みのない風習だと言ったくせに、俺が誰かに対してセカンドネームで呼びかけることは気に入らないようだった。

「ジル……」

 俺を困らせるためにわざとやっているのだとはわかったが、上手く受け流す術がなくて途方に暮れていると、そんな俺の表情でようやく気が済んだのか、ジオルグが平静な顔つきに戻って言った。

「まあいい。私もそのお茶会とやらの話には興味がある」
「では、行ってもいいんですね?」
「ああ、出仕するついでに、私が君を殿下の部屋まで送ろう」

 どうせ君は、休暇だからと屋敷でじっとしているつもりはないのだろう、と勝手に決めつけられる。まあ、それはその通りだったが。

「思いつくままに動かれるよりは、所在がわかっている方がいいからな。昼食の時間になったら迎えに行く」

 ……制限がやや強いが、これで堂々と外に出かけられる理由は手に入れた。
 ただし、今日一日は護衛師団本部へ立ち入らないことも約束させられる。ヒースゲイルと彼の率いる魔法士隊が、例の魔法石にかけられている何らかの呪い、もしくは術式を解くまでは、俺をその調査には直接関わらせない為だ。
 俺としても、彼らの妨げにはなりたくないので、二つ返事でそれを了承した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

悪役令息の死ぬ前に

ゆるり
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

悪役なので大人しく断罪を受け入れたら何故か主人公に公開プロポーズされた。

柴傘
BL
侯爵令息であるシエル・クリステアは第二王子の婚約者。然し彼は、前世の記憶を持つ転生者だった。 シエルは王立学園の卒業パーティーで自身が断罪される事を知っていた。今生きるこの世界は、前世でプレイしていたBLゲームの世界と瓜二つだったから。 幼い頃からシナリオに足掻き続けていたものの、大した成果は得られない。 然しある日、婚約者である第二王子が主人公へ告白している現場を見てしまった。 その日からシナリオに背く事をやめ、屋敷へと引き篭もる。もうどうにでもなれ、やり投げになりながら。 「シエル・クリステア、貴様との婚約を破棄する!」 そう高らかに告げた第二王子に、シエルは恭しく礼をして婚約破棄を受け入れた。 「じゃあ、俺がシエル様を貰ってもいいですよね」 そう言いだしたのは、この物語の主人公であるノヴァ・サスティア侯爵令息で…。 主人公×悪役令息、腹黒溺愛攻め×無気力不憫受け。 誰でも妊娠できる世界。頭よわよわハピエン。

溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、

ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。 そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。 元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。 兄からの卒業。 レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、 全4話で1日1話更新します。 R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。

処理中です...