50 / 107
第六章 ジオルグの求愛
46. 寄り道
しおりを挟む* * *
……すまない、と囁くようにジオルグが詫びた。
俺は強く抱きしめられたまま、小さく頷きを返す。まだまともに口がきけるような状態ではなかった。
ロートバル邸の地下にある空間転移装置によって、予期せぬ長距離転移をさせられた俺は、地面に降り立った途端、強い目眩と嘔吐感に襲われた。
いわゆる魔力酔いだ。こんなことになったのは初めてで、ようやく俺にもジオルグやルーの強い魔力にあてられて酔ってしまうカイルの辛さがわかった。
幸い、先刻のヒースゲイルの治療と……ジオルグのキスのおかげで、また不甲斐なく意識を失ったりはしなかった。実際、魔力量が底なしのジオルグと触れ合っているだけで、魔力の回復が尋常じゃなく早い。
「……もう大丈夫です。えっと、ここは?」
ジオルグの腕の中で、視線を転じた俺は小さく息を呑む。
互いにゆっくりと身を離し、手だけは繋ぎ合ったままで横に並んで立つ。
小高い丘の上、その眼下。
──森? いや、違う。
見たことのない光景だった。
見渡すかぎりの緑が、海のように広がっている。
冷たく乾いた風が、淡く霞んだ蒼空から吹きつけてくる。その風に靡かれて擦れ合う枝葉の音は、絶えることのない波音のようだった。
空を飛ぶ鳥以外の生物の姿はなく、建造物がひとつもない無人の原野がただ広がっている。雄大で美しいが、見る者によっては寂しいと思うかもしれない。でも……。
「すごい……!」
思わず感嘆の声を上げる。
「我が領地内にある荒れ野だ。人間はおろか、同胞の中にもここに定住する者はない」
「領地……、ではここが」
──カルヴァラ。王室直轄領ランスのさらに北にある竜人種の郷。
初めて来た。そして、ゲーム世界のシリルが生涯知り得なかった場所。なんともいえない感情が胸に押し寄せてくる。
「今は見てのとおり、低木だらけの荒れ野だが」
前を向いたままでジオルグが言った。
「秋になると、一面に花が咲いて絶景となる。そのかわり、冬になれば全て枯れ落ちてそれは陰鬱な景色にもなるが」
それがまた良いのだと、言葉にはせず胸裡でそう続けたような気がした。
……今は七月の中旬、パノン王国はちょうど夏の季節を迎えたところだ。
とはいえ俺が知る日本の夏に比べたら、湿度がずっと少なく、気温もやや低いため、かなり過ごしやすい。
そしてカルヴァラは王国の北端に位置しているために、王都よりさらに涼しい気候だった。
「今の景色も綺麗ですけど、花が咲いたところもぜひ見てみたいです。それから、冬も……」
──きっと、あなたの心を一番に揺さぶる光景がそれなのだとわかるから。
俺の気持ちを読んだのか、繋がれた手が強く握られる。
「無論、必ず」
ふいに踵を返したジオルグに、そのまま手を引かれ、二人で丘の上をずんずん歩いていく。
どこに向かっているのかはわからないが、ただただついていくしかなかった。やがてある地点で立ち止まり、念の為だ、と謎の言葉を呟くと、さも当然のように唇を塞がれた。
「……ん、」
それを避けもせずに受けたどころか、好きなだけ唇を食まれた挙句、離れるときには甘えるように鼻を鳴らしてしまい、ちょっと居た堪れない気持ちになる。
だがジオルグは平然として、またもや難解な術式を指先で宙に書き出し始めた。なんと、口の中でも高速で別の呪文を唱えている。
どれだけ……、とさすがに引いて見ていると、目の前の景色が瞬く間に濃い霧のようなものに覆われ出した。
「え?」
やがて霧の中に、くっきりとその輪郭が現れる。屋根の真ん中に大きな煙突がひとつ据えられた二階建ての家屋だ。
外壁はどっしりとした煉瓦造りで、俺は一目で好きだと思ったが、これがもしジオルグに関係する建物だとするなら、あまりに素朴すぎるとも思った。
「隠蔽解除? 難しい呪文ですね。この家が何か?」
家が現れると、霧は瞬時に消える。ジオルグはわずかに口の端を上げると、俺に向かって手を差し伸べてきた。
「私の隠れ家だ。さっきの転移装置は本来、この家の居間と直接繋がっている」
「え、そうなんですか?」
「ああ。君には先に荒れ野の景色を見せたくて。気に入ると思ったからな」
それでわざと着地点を少しずらしたと言われ、俺は唖然とする。
つまり。本来、解く必要がなかった強力な隠蔽結界を、これまた強い解放呪文を使ってわざわざ外から家に入り、そしておそらくはまた同じ結界をこれから張り直すのだ。
いちいち手間がかかりすぎている。そう言うと、これぐらいの消費をせねば体に溜まった魔力が循環しないと言われた。
「そんな話は後でもいいだろう、シリル」
言われた意味を考えようとし始める俺に、ジオルグが眉を寄せて釘を刺してきた。
「何の為に、君を隠れ家に連れてきたと思っている?」
腕を掴まれて強引に家の中に連れ込まれ、睨むような目で迫られた俺は、だって、と口答えをした。
「だって。先に寄り道をしたのはあなたでしょう? ジル」
返す言葉の代わりにか、壁に背中を押し付けられた俺は、そのまま貪るように口づけられた。
126
お気に入りに追加
377
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、
ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。
そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。
元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。
兄からの卒業。
レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、
全4話で1日1話更新します。
R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。
使い捨ての元神子ですが、二回目はのんびり暮らしたい
夜乃すてら
BL
一度目、支倉翠は異世界人を使い捨ての電池扱いしていた国に召喚された。双子の妹と信頼していた騎士の死を聞いて激怒した翠は、命と引き換えにその国を水没させたはずだった。
しかし、日本に舞い戻ってしまう。そこでは妹は行方不明になっていた。
病院を退院した帰り、事故で再び異世界へ。
二度目の国では、親切な猫獣人夫婦のエドアとシュシュに助けられ、コフィ屋で雑用をしながら、のんびり暮らし始めるが……どうやらこの国では魔法士狩りをしているようで……?
※なんかよくわからんな…と没にしてた小説なんですが、案外いいかも…?と思って、試しにのせてみますが、続きはちゃんと考えてないので、その時の雰囲気で書く予定。
※主人公が受けです。
元々は騎士ヒーローもので考えてたけど、ちょっと迷ってるから決めないでおきます。
※猫獣人がひどい目にもあいません。
(※R指定、後から付け足すかもしれません。まだわからん。)
※試し置きなので、急に消したらすみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる