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第六章 ジオルグの求愛

46. 寄り道

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     * * *


 ……すまない、と囁くようにジオルグが詫びた。
 俺は強く抱きしめられたまま、小さく頷きを返す。まだまともに口がきけるような状態ではなかった。
 ロートバル邸の地下にある空間転移装置によって、予期せぬをさせられた俺は、地面に降り立った途端、強い目眩と嘔吐感に襲われた。
 いわゆる魔力酔いだ。こんなことになったのは初めてで、ようやく俺にもジオルグやルーの強い魔力にあてられて酔ってしまうカイルの辛さがわかった。
 幸い、先刻のヒースゲイルの治療と……ジオルグのキスのおかげで、また不甲斐なく意識を失ったりはしなかった。実際、魔力量が底なしのジオルグと触れ合っているだけで、魔力の回復が尋常じゃなく早い。

「……もう大丈夫です。えっと、ここは?」

 ジオルグの腕の中で、視線を転じた俺は小さく息を呑む。
 互いにゆっくりと身を離し、手だけは繋ぎ合ったままで横に並んで立つ。
 小高い丘の上、その眼下。

 ──森? いや、違う。

 見たことのない光景だった。
 見渡すかぎりの緑が、海のように広がっている。
 冷たく乾いた風が、淡く霞んだ蒼空から吹きつけてくる。その風になびかれて擦れ合う枝葉の音は、絶えることのない波音のようだった。
 空を飛ぶ鳥以外の生物の姿はなく、建造物がひとつもない無人の原野がただ広がっている。雄大で美しいが、見る者によっては寂しいと思うかもしれない。でも……。

「すごい……!」

 思わず感嘆の声を上げる。

「我が領地内にある荒れ野だ。人間はおろか、同胞の中にもここに定住する者はない」
「領地……、ではここが」

 ──カルヴァラ。王室直轄領ランスのさらに北にある竜人種のさと

 初めて来た。そして、ゲーム世界のシリルが生涯知り得なかった場所。なんともいえない感情が胸に押し寄せてくる。

「今は見てのとおり、低木だらけの荒れ野だが」

 前を向いたままでジオルグが言った。

「秋になると、一面に花が咲いて絶景となる。そのかわり、冬になれば全て枯れ落ちてそれは陰鬱いんうつな景色にもなるが」

 それがまた良いのだと、言葉にはせず胸裡きょうりでそう続けたような気がした。

 ……今は七月の中旬、パノン王国はちょうど夏の季節を迎えたところだ。
 とはいえ俺が知る日本の夏に比べたら、湿度がずっと少なく、気温もやや低いため、かなり過ごしやすい。
 そしてカルヴァラは王国の北端に位置しているために、王都よりさらに涼しい気候だった。

「今の景色も綺麗ですけど、花が咲いたところもぜひ見てみたいです。それから、冬も……」

 ──きっと、あなたの心を一番に揺さぶる光景がそれなのだとわかるから。

 俺の気持ちを読んだのか、繋がれた手が強く握られる。

「無論、必ず」

 ふいにきびすを返したジオルグに、そのまま手を引かれ、二人で丘の上をずんずん歩いていく。
 どこに向かっているのかはわからないが、ただただついていくしかなかった。やがてある地点で立ち止まり、念の為だ、と謎の言葉を呟くと、さも当然のように唇を塞がれた。

「……ん、」

 それを避けもせずに受けたどころか、好きなだけ唇を食まれた挙句、離れるときには甘えるように鼻を鳴らしてしまい、ちょっと居た堪れない気持ちになる。
 だがジオルグは平然として、またもや難解な術式を指先で宙に書き出し始めた。なんと、口の中でも高速で別の呪文を唱えている。
 どれだけ……、とさすがに引いて見ていると、目の前の景色が瞬く間に濃い霧のようなものに覆われ出した。

「え?」

 やがて霧の中に、くっきりとその輪郭が現れる。屋根の真ん中に大きな煙突がひとつ据えられた二階建ての家屋だ。
 外壁はどっしりとした煉瓦造りで、俺は一目で好きだと思ったが、これがもしジオルグに関係する建物だとするなら、あまりに素朴すぎるとも思った。

隠蔽いんぺい解除? 難しい呪文ですね。この家が何か?」

 家が現れると、霧は瞬時に消える。ジオルグはわずかに口の端を上げると、俺に向かって手を差し伸べてきた。

「私のだ。さっきの転移装置は本来、この家の居間と
「え、そうなんですか?」
「ああ。君には先に荒れ野の景色を見せたくて。気に入ると思ったからな」

 それでわざと着地点を少しずらしたと言われ、俺は唖然とする。
 つまり。本来、解く必要がなかった強力な隠蔽結界を、これまた強い解放呪文を使ってわざわざ外から家に入り、そしておそらくはまた同じ結界をこれから張り直すのだ。
 いちいち手間がかかりすぎている。そう言うと、これぐらいの消費をせねば体に溜まった魔力がと言われた。

「そんな話は後でもいいだろう、シリル」

 言われた意味を考えようとし始める俺に、ジオルグが眉を寄せて釘を刺してきた。

「何の為に、君を隠れ家ここに連れてきたと思っている?」

 腕を掴まれて強引に家の中に連れ込まれ、睨むような目で迫られた俺は、だって、と口答えをした。

「だって。先に寄り道をしたのはあなたでしょう? ジル」

 返す言葉の代わりにか、壁に背中を押し付けられた俺は、そのまま貪るように口づけられた。
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