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第六章 ジオルグの求愛

45. 【あの夜】

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 厳かな声音は、まるで逃れえぬ宣告のように地下室内に響いた。

「二度と?」
「ああ。最期のときまで君を離さない。だから、選んでもらいたい。この先へ、私と共に進むのか否かを」

 思いがけない強さで返された言葉に、俺は心臓を撃たれたような衝撃を受けた。

「でももう父上と呼んでは駄目だと……」
「本当に、私を慕ってくれていたのだな……」

 私は君のことを我が子だと思ったことはない、と苦くわらわれ、俺の心はまたきゅうっとしぼむ。

「どんなに愛しくとも、我が子をめとることは出来ぬゆえな」
「──え?」

 目に溢れかけていたものがピタッと止まる。言われた言葉の意味が飲み込めず、きょとんと見返してしまった俺に、ジオルグはなるほどな、とひとり頷いた。

「やはり月精ラエルに対する我が心象が、いささか偏っていたようだ」
「ジル?」
「そう呼んでくれるのか? 本当は『父上』のほうがいいのだろう?」
「それは……」

 自嘲ぎみに言われ、俺は言葉に詰まって俯く。

「……だって、俺はまだ十八で。あなたと出会ったのは子供のときで。いつからそんな……?」

 しかも、俺は男だ。いくらシリルが綺麗な顔だちをしていたとしても。
 あ……。それとも、ひょっとしてこれは何かの冗談なのだろうか。からかわれているのだろうか。俺が知っている宰相閣下がそんな性質タチの悪いことを言うわけがないと思いつつ、逆に笑われる覚悟で小さく告げてみる。

「あなたと結婚するのは、無理です」
「ならば行かぬと?」
「……あ」

 無表情に返され、我に返る。
 そうだった。
 この青く光る壁の向こうにジオルグと共に転移するのか否か、今はそれを尋ねられているのだ。微塵もふざけてなどなく、至って真剣に。
 だが、そのことと俺を娶るということが何故同一なのかが解せなかった。必死に考えようとしても、思考と感情がうまく繋がらず、バラバラになって、結局答えを求め縋るようにジオルグを見つめるしかない。

「まだ色々と、腑に落ちていない顔だな?」

 ふいに一歩詰められた。腰を抱かれてそのまま引き寄せられる。頬を包むように手を添えられ、上から覗きこまれた。

「まったく、君は無垢で強情で……、出会ったときはまだ子供だった? それがどうした。赤子だったとしても関係ない。あまり竜人種を見くびらぬことだ」
「竜人種をって……何の関係が?」
の君にならわかるはずだ。出会ったあのときに、この私を選んだのはシリル、君のほうだと」

 ──選んだ? 十年前のあの夜に、俺が、ジオルグを……?

 そのときふと、仄青く発光する壁が、ジオルグの顔も淡く照らし出しているのに気づく。その様はまるで……。

 ──あ……。

「まあ、君はあの夜のことは忘れてしまって……」
「なに、これ……、月の精みたいに、きれい……」

 二人ほぼ同時の発声だった。
 ジオルグが、愕然と俺を見下ろす。

「今、なんと言った?」
「あなたを、初めて見たときに言った……」
「あの日のことを、思い出したのか?」
「はい」

 ──正確には、のだが。

「いつだ?」
「月精の徴が現れる、三日前……っ」

 その瞬間、激しく掻き抱かれた。ぎゅうぎゅうと胸に顔を押しつけられて苦しい。

「ちょ……、強すぎる、ジルッ」

 驚いたのと苦しいのとで、このときになって涙が溢れた。
 すると腕が緩められ、目元に宥めるような口づけが降りてくる。

「ならばもう訊ねる必要はないな。君がなんと言おうと、連れて行くまでだ」
「え?」

 また折れるほどの力で抱きすくめられたかと思うと、俺の唇にジオルグの唇が重なってきた。
 あまりのことに驚いて、びくっと肩が震える。
 それはすぐに離れ、ほっとしかけたところで、今度は噛みつくように奪われた。

「うっ……んぅ」
  
 何度も唇を舐められたり吸われたりするうち、とうとう割り開かれて強引に舌と舌とを絡め合わされる。口の端から唾液が溢れても、なかなか離して貰えなかった。

 ……ここまでされれば、経験のない俺にもわかってしまう。これはただのキスじゃなく、魔力を持った恋人、或いは伴侶同志が行う、熱烈な愛情が伴った魔力の譲渡手段だった。
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