7日間彼氏

里崎雅

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2巻

2-1

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   プロローグ ~美雪~


「七日間、お前の彼氏になってやるよ」

 つい八日前に言われた言葉を思い出し、駅のホームにたたずんでいた藤崎美雪ふじさきみゆきは顔を赤らめた。
 意味深なそのセリフを言ったのは、美雪にとってずっと憧れの上司でしかなかった松沢大輔まつざわだいすけ。彼とは、昨夜本当の恋人になったばかりだ。
 新年三日目のホームには、帰省を終えて戻ってきたと思われる家族連れの乗客がちらほら見られる。まだ早い時間帯なせいか、あまりその数は多くないが、これから時間を追うごとにUターンの乗客で溢れていくだろう。
 美雪も今日と明日で、少し離れた実家に帰るところだった。本当は、大輔のそばで昨日の余韻よいんひたりたかったのだけれど……正月休み中に帰省することを両親と約束していたから、すっぽかす訳にもいかない。
 駅まで車で送ってくれた大輔とは、入口で別れたばかりだ。ほんの少しの時間でも離れることは寂しいけれど、大輔は「あせる必要も、不安に思う必要もない」と言ってくれた。別れ際にされたキスを思い出し、美雪は笑みをこらえるように唇をきゅっと引き締めた。
 気を取り直して顔をまっすぐに上げた時、聞いたことのある声が背後から聞こえた。

「あれ? 美雪じゃない?」

 驚いてうしろを振り向くと、そこにいたのは短大時代の友人、理子りこだった。結婚を決めた彼女の隣には、婚約者の佐々木ささきが寄り添っている。

「やっぱり。奇遇だね~」
「本当、こんなところで偶然だね。二人でどこか行くの?」
「えー? 昨日、結婚報告の挨拶あいさつ回りに行くって教えたじゃない。ひとまずこれから私の実家に行って、それから両親と一緒に親戚のところだよ」

 昨夜に短大仲間が開いてくれた飲み会は、新年会とは名ばかりで、実際は初めて彼氏ができた美雪の「彼氏お披露目会」だった。理子もそこに婚約者を連れてきていて、たしかに帰り際、そんなことを言っていたような気がする。

「あ、ごめん。そう言ってたよね」

 あまりに色々なことがありすぎて、美雪は理子が言っていたことをすっかり忘れていた。誤魔化ごまかすように笑ってみせると、理子の隣に立っていた佐々木が美雪にしゃくした。

「美雪ちゃん、昨日はどうも。理子、ちょっと飲み物と新聞を買いに行ってくるよ。何かいる?」
「じゃあ、カフェオレをお願い~」

 わかった、と言い売店へと歩き出した佐々木の姿を見送った後、改めて理子が美雪に向き直った。

「美雪は一人でどこ行くの?」
「理子と同じく実家だよ。大晦日と元旦、うちの親は温泉に行ってたから、お土産を取りに来いって言われて。お正月休みを逃しちゃうと、次はいつ帰れるかわかんないし」
「そっか。それにしても昨日は驚いたなー。美雪の彼氏が、あんなにカッコイイなんて!」

 本当は、昨夜の飲み会の段階では、大輔はまだ正式な彼氏ではなく「契約彼氏」でしかなかった。そのことを思うと、少しだけうしろめたい気持ちになる。
 そもそも、美雪と大輔の関係が変わったのはわずか八日前のことだ。それまでは、お互いの胸のうちは別として、ただの上司と部下の関係でしかなかった。
 それは、美雪が久しぶりの友人たちとの飲み会の席で些細ささいな意地から「彼氏がいる」と、嘘をついてしまったことから始まった。美雪に生まれて初めて彼氏ができたと信じた友人たちは大いに盛り上がり、強引にお披露目の場をセッティングされてしまったのだ。
 身から出たサビとはいえ、落ち込みながら帰宅の途についた美雪の前に現れたのが――何故だか道端で泥酔状態の八歳年上の上司、大輔だった。彼の友人に頼み込まれ、軽い気持ちで大輔を引き受けたはいいが、彼の家がわからずどうすることもできなくて、結局美雪は自分の家に連れて帰った。それは大輔にとって嬉しい誤算であったことを、知るはずもなく――
 目覚めた時、別の布団に寝かせたはずの大輔はいつの間にか一緒のベッドの中にいて、しかも美雪は彼の腕の中だった。二人の間に何もないのはわかりきっていたが、何故彼が美雪と一緒に寝ていたのかは謎なまま。
 それから大輔は、ふとしたことから美雪の事情を知り、一晩世話になったお礼として、彼氏お披露目をかねた飲み会までの七日間、彼氏役を買って出てくれたのだった。

「昨日も言ってたけど、松沢さんの方から美雪に付き合おうって言ったって本当なの?」
「今の言い方、何かビミョーに失礼な気がするんだけど……」
「ごめんごめん。でも『俺が彼氏になってやるよ』って言われたんでしょ?」
「まあ……それは嘘ではないけど……」

 嘘ではないが、それは七日間だけの契約の言葉で、実際に告白したのは美雪の方だった。
 練習のためにと連れ出してくれたデートや一緒に過ごす時間の中で、美雪はどんどん大輔に魅かれていった。これは恋の練習、男性に免疫めんえきのない自分に機会をくれているだけ――そう思って気持ちを押し込めようとしても、止めることはできなかった。
 年も離れ、女性にもモテる彼を好きになってもつらくなるだけ。気持ちにふたをして、ただ七日間の彼女気分を堪能すればいい。そうは思っても自覚してしまった気持ちはどうしようもなく、デートの最後にプレゼントされたダイヤのネックレスをまといながら、いつしか本当の彼女になれることを望んでしまっていた。
 彼の気持ちが見えないままされたキスに、美雪の気持ちはなおつのった。結局、約束の期間終了を待たずに勇気を出して大輔へと告白するものの、はっきりとした返事のないまま七日目の飲み会を迎える。
 でも、不安に揺れる美雪を待っていたのは、スペシャルな八日目だった。

『俺はこの七日間で、絶対にお前を落とそうって決めてたよ』

 美雪を抱いた後に大輔が言ったその言葉は本当なのか、今でも信じられない。

「美雪? どうしたの、ぼーっとしちゃって」

 ぼんやりとこれまでの日々に想いをせていた美雪の顔を、理子が不思議そうにのぞき込んだ。

「え、あ、ごめ……きゃっ!」

 慌てて答えようとした瞬間、突然ホームを強い風が吹き抜けた。電車を待つ人々も口々に驚いたような声をあげ、美雪と理子も慌てて衣服を押さえる。

「わ、びっくりしたー」

 乱れた髪の毛を手櫛てぐしで整えていると、ふいに首元に理子の視線を感じた。

「美雪、昨日はお泊まりだったんだ~」
「え? なんで?」

 含み笑いで指摘され、不思議に思ってそこに手をあて――昨夜、大輔から首元を執拗しつように愛撫されていたことを思い出した。と同時に、それに伴ういろんなシーンがよみがえり、顔が一気に赤くなる。

「そんなとこに堂々とキスマークつけて! 飲み会の時は絶対なかったよね!? 意外と松沢さんって、独占欲強いタイプ?」
「ち、ちがっ、これは」

 必死に言いつくろおうとしたが、事実なだけに言い訳が思いつかない。

「私に言われたくらいで慌てちゃって、そんなんで実家帰って大丈夫ー? 親にバレないように気をつけなよっ」
「うん……気をつける」

 首元を手で隠したまま思わずうつむいた美雪の背中を、理子が笑いながらポンポンと叩いた。

「次のゴールインは、きっと美雪だねー」
「そんなことないってば!!」

 反論しようとしたところで、こちらへ歩いてくる佐々木の姿が見えた。これ以上失態をさらすわけにもいかず口をつぐむと、なおさら理子は可笑しそうにしていた。

「あ、美雪の乗る電車、来たんじゃない?」

 電車の到着を告げるアナウンスが流れ、遠くに青い車両の姿が見えた。

「そうみたい。じゃあ理子、またね。挨拶あいさつ回りがんばって」
「ありがとっ。松沢さんを交えて、今度飲みにでも行こうねー!」

 ひらひらと手を振りながら理子は佐々木のもとへと駆けて行き、佐々木もまた遠くから美雪に軽く手を振った。
 幸せそうな友人のうしろ姿を見つめながら、想うのはやっぱり大輔のことだ。
 昨夜、別れた時間が随分遅かったのに、実家に帰る予定のある美雪を彼は早朝から迎えに来てくれていた。ちょっとの時間でも会いたくて、少しだけでもそばにいたい。そんな気持ちを、わかってくれているのだろうか。

(もしかして、大切にされてる? なーんて……)

 身体に残るどこか甘い痛みと違和感は、昨夜の出来事が夢ではないことを証明している。火照ほてった顔を冷ますように、美雪は深呼吸して冷たい手の甲を頬にあてた。



   1 彼女のいない間に ~大輔~


 駅の構内へと消えていく美雪の姿を、大輔は車の中でハンドルにもたれながら見送っていた。
 昨夜、手に入れたばかりの愛しい存在なのに、この手に抱いたのはほんのわずかな時間だけ。もどかしい気もするが、仕方ない。

(さすがにねぇ……親と約束だって言われたら、何も言えないっつうの)

 今までの遊びの恋愛ではなく、大切にしたいと思う。だからこそ、彼女のことは尊重したいし家族が絡むことには慎重になる。
 まぶたの裏には昨夜の美雪の姿がちらつき、ニヤけそうになった口元をさり気なく手でおおった。
 七日間の約束をした時から、その期間中に絶対に自分のモノにすると決めていた。まさかモノにした途端に、こんなおあずけを食らうとは思ってもみなかったけれど。大人しくて何でも思い通りになりそうに見えるが、美雪は意外としんの強いところがある。けれども、そんなところもいいと思っている自分がいる。それは今までの恋愛では抱いたことのない感情で、正直驚いていた。
 今日の予定がすっかり狂ってしまったことに少しだけ落胆らくたんしながら、大輔は軽くアクセルを踏み、ゆっくりと車を発進させた。
 走り出して間もなくすると、携帯が鳴った。美雪からかと思い急いで車を路肩に寄せて携帯を開くが、ディスプレイには、学生来の友人である『平岡ひらおか』の文字が浮かんでいた。

「もしもし」
『おっ、めずらしく出るのが早いな』
「そうか?」
『そうだよ。誰かからの連絡を待ってた、とか?』

 その言い方には、何やら含みがある。

「待ってねーよ」
『……美雪ちゃんは?』

 結局のところ、それを聞きたいのだろう。

「いないよ。実家に帰った。つうか、今、駅まで送ってった帰り」
『へ? そうなんだ!』

 妙に嬉しそうな声が、携帯の向こうから聞こえてくる。

『なあ、今日の夜時間があったら、飲みに行かないか?』
「……なんでだよ」
『まあ色々、話したいし』

 美雪のことを色々と聞かれるのだろうと思うと、少し気が重かった。でも、これもいい機会なのかもしれない。

「わかったよ。じゃあ十九時にいつものところで」

 学生時代からよく飲みに行っている場所で約束し、電話を切った。

「なんだか飲み会続きだなぁ……」

 思わず独り言が漏れた。少しだけ面倒ではあったけれど、美雪に会えない日の予定が埋まったので救われた気もする。本当ならば今日は、デートでもしようと密かに思っていた。
 それさえも約束の七日間が終わる前から予定に組んでいたと知ったら、美雪はどんな顔をするだろう。大輔の顔に、知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいた。


「俺さ……大輔に、ずっと謝らなくちゃいけないと思ってたんだ」

 乾杯も終わり一通り注文したものを平らげたところで、ボソリと平岡がつぶやいた。ビールを飲み終え、次は焼酎のロックを口に運ぼうとしていた大輔の手が止まる。

「何のことだ?」
「……麻友まゆのこと」

 麻友は平岡の妻であり、大輔と平岡の高校時代の同級生でもある。結婚六年目にしてようやく待望の子宝に恵まれて、今はまさに幸せいっぱいのはず。それなのに何を言い出すというのか。

「そういえば! お前、この間美雪に変なこと言っただろ」

 契約彼氏六日目の日、偶然美雪に街で出会った平岡は彼女に「俺は大輔から女を奪った」と言ったらしい。そのことがあったから、自分は美雪に過去の恋を引きずる男として同情されているのではないかと大分疑ったのだ。

「変なことって何だよ。俺は本当に、お前には悪いことをしたってずっと思ってたんだ」

 うめくように平岡が言った。
 平岡と麻友とは、高一の時に同じクラスになった。グループ発表をきっかけに仲良くなった三人は、いつの間にか一緒にいることが当たり前になっていき、それと同時に大輔は明るく前向きな麻友に魅かれていった。視線の先が同じだったから、平岡が自分と同じく麻友に好意を寄せていることにはすぐ気付いた。
 麻友のことが、本当に好きだった。それは平岡も同じだというのも充分にわかっていて、だからお互い軽はずみに手は出せなかった。三人のバランスが崩れるのが、怖かったのかもしれない。
 大輔と平岡が地元の北海道を出て偶然にも同じ大学を第一志望に決めた頃、実家がケーキ屋の麻友は製菓の道へ進むためにフランスへの留学を決めていた。

『アイツが自分で帰ってくるまで、俺たちは見守ってやろう』

 二人でそう誓い合ったはずだったのに――大学三年の夏、平岡はひとりで麻友のもとへと会いに行っていた。大輔は、何も知らなかった。
 大学の卒業式の時、麻友が目の前に現れた時には心底驚いた。フランスでの修行が終わって帰ってきたのだと思い、本当に嬉しかった。そして、懐かしかった。
 高校を卒業した時よりも、ずっと長い髪。りんとした表情。その顔は、この四年間での成長を容易よういに想像させた。
 綺麗になったな――言いかけた言葉が喉の奥で止まってしまったのは、当たり前のように麻友が平岡の腕を取ったからだった。

「大輔、卒業おめでとう」

 自分の顔には、きっと戸惑いの表情が浮かんでいたのだろう。平岡がわずかに大輔から視線を逸らした。

「修行、終わったのか?」
「うん。春からは、こっちで働かせてもらう予定」

 目をくりくりとさせながら、まぶしいくらいの笑顔で麻友が言った。

「知ってるんでしょう? 私たち、もうすぐ結婚するの」

 平岡の隣で微笑む花のような笑顔に、大輔はただひきつった笑みを浮かべるしかなかった。


「抜け駆けみたいなきょうなことをして、ずっと謝ろうと思っていたんだ。でも言いたくても言えなかった。お前がまだ、麻友を好きだったら……。そう思うと怖くて」

 うなだれながら、平岡がさらに言葉を続けた。

「知ってた? 高校ん時は、麻友、お前のこと好きだったんだぞ」

 平岡の言葉に、目を丸くする。

「……全然知らなかった」

 大輔は高校時代も割とモテる方で、ちょっとでも可愛い子から告白されると気軽に付き合っていた。その度に麻友は「こんな軽い男は絶対にイヤだ!」と言っていたのに。

「だから……お前を誘うのが怖くて、一人でフランスまで会いに行ったんだ。今でもたまに不安になることがあるよ。あの時、会いに行ったのが、俺じゃなくて大輔だったら麻友は……って」

 大輔は冷たい焼酎を口に含みながら、ふと自分は本当に麻友を好きだったのかと考えた。
 たしかに急に二人から婚約を報告された時には、置いていかれたような気分になった。少しだけ、裏切られたような気持ちがあったのも否定はしない。
 でも――大学生活をそれなりに満喫まんきつしていた大輔と、平岡はまったく違っていた。いつも、どこか寂しげで、いないはずの麻友の姿を追っていた。大学四年間で、言い寄られることはたくさんあったはずなのに、彼女を作ることもなかった。想いの差は、歴然だ。

「お前がどう思うかは勝手だけど、俺を巻き込むのはやめてくれ」

 ぶっきらぼうな言葉が口をついて出ていた。

「美雪に余計なこと言って不安にさせないでくれよ。まだ二十歳の、しかも恋愛初心者なんだから」
「大輔、でも……」
「俺は奪われたなんて思ってねえよ」

 平岡の話をさえぎって、そう続けた。

「お前の方が、麻友を想ってたってことだよ。俺はわざわざ言葉も通じない国に一人で行こうなんて思わなかった。だから、麻友だってお前を選んだんだよ」
「……ありがとう、大輔」
「俺に変な遠慮してないで、麻友と子供を幸せにしてやれよ」

 おもむろにテーブルに置かれたままの平岡のグラスに自分のグラスをぶつける。カチン、と軽やかな音が響き、二人で顔を見合わせて笑う。二人の結婚以来、少しだけお互いの心に残っていたわだかまりが、グラスの氷とともに溶けていくようだった。

「実はさあ……俺、美雪ちゃんからお前らの七日間の約束のこと聞いてたんだよね」
「は?」

 平岡の思いがけない言葉に、間抜けな声が出た。

「本当は美雪ちゃんに頼まれて、彼氏のフリをしてただけなんだろ?」
「お前、そんなことまで美雪から聞き出してたのか?」
「聞き出したなんて人聞きが悪いな。相談にのったんだよ」

 彼氏役のことまで、美雪が打ち明けていたとは思わなかった。

「俺は……最初から彼氏のフリだけで終わるつもりはなかったよ」
「だったらきちんと言ってあげればよかったのに。美雪ちゃん、大輔は優しいから彼氏のフリを引き受けてくれてるだけだって言ってたぞ」
「……」

 美雪は、どんな気持ちでその言葉を平岡に伝えたのだろう。そう思うと胸が痛んだ。

「あの晩、酔っぱらった大輔を美雪ちゃんに押し付けたのは俺だからさ、色々と気にしてたんだよ。でも、俺らの仲間に美雪ちゃんを紹介した段階で、本気なんだなって思ってたけど。まあでも、ちゃんと付き合うことになってよかったよ」

 平岡の言葉になんと答えていいかわからず、大輔は黙ったまま焼酎を喉に流し込んだ。

「よっ! お二人さん♪」

 と、聞き覚えのある声とともに背中を強く叩かれた。顔をしかめて振り向くと、そこには案の定、大学時代からの友人のばやしがいた。美雪の友人から「友達もぜひ一緒に」と言われ、昨夜の飲み会にも連れていった一人だ。

「なんで二日連続でお前に会わなきゃいけないんだ……って、アレ?」

 ニヤニヤと締まりのない顔をする小林の隣には、見覚えのある女性がいる。

「たしか君は美雪の友達の……?」
尚美なおみです。松沢さん、昨日はどうも!」

 昨日会った美雪の友人の一人だ。昨夜の飲み会で二人が仲良さそうに話していることには気付いていたが、まさかもう一緒に飲みに来るような間柄になっているとは思わなかった。

「小林、偶然だなあ。美雪ちゃんの友達って?」

 平岡が、驚いたように小林と尚美を交互に見比べている。

「昨日、美雪ちゃんたちと飲み会をしてさ。ま、俺は大輔にくっついて行っただけなんだけど。そこで、紹介してもらったというかなんというか」

 小林の隣でぺこりと頭を下げた尚美が、少し困ったように微笑んだ。

「実は先週、私の誕生日だったんですけど、特に何もしないまま終わっちゃって……。それを昨日の飲み会の時に小林さんに話したら、お祝いしてくれるって言うんで」
「そうなんだ」
「誕生日が年末だと、みんな忙しくてなかなか祝ってもらえないんですよ~」

 尚美の隣の小林をちらりと見ると、何故だか得意気な顔をしている。やることが抜け目ない……そう思いながら適当に相槌あいづちを打っていると、ハッとあることに気付いた。

「尚美ちゃん」
「はい?」
「美雪の誕生日って、いつか知ってる?」

 小林と尚美が驚いた顔で大輔をぎょうした。

「お前、彼女の誕生日も知らないの?」
「……まだ付き合って日が浅いんだよ。早生まれだっていうのは聞いてるんだけど」

 くすくすと笑いをこらえる平岡を軽く小突いてそう答えると、尚美は携帯を取り出しカチカチといじりだした。

「ええっと、たしかプロフィールに入ってたような……あ、美雪の誕生日は一月二十四日ですよ」

 大輔も咄嗟とっさに携帯を開き、カレンダーを確認する。土曜日だ。運がいい。

「誕生日が知らない間に終わってなくてよかったなー。俺らに感謝しろよ」
「あーハイハイ」
「素っ気ないなあ……大ちゃんってば冷たいっ」

 泣きまねをした小林の頭を、尚美が笑いながらヨシヨシと撫でた。


「じゃあ、また。今日はありがとな」
「ああ。麻友によろしく」

 小林と尚美を交えて少しだけ飲んだ後、会計を済ませて店の外に出た。互いにあっさりと別れを告げ、くるりと背を向ける。しかし、駅に向かって数歩歩きだした時、

「大輔!」

 と、大声で平岡に呼び止められて振り返った。

「なんだ?」

 何故だか顔を緩ませながら、小走りで近づいてくる。

「すっかり聞くの忘れてた。大輔、あの日……」
「は?」
「あの日だよ。お前がしこたま飲んで酔っぱらって……美雪ちゃんが連れて帰ってくれた日!」

 触れられたくない話題に触れてきやがった。思わず表情がキツくなるのが、自分でもわかる。

「そ、そんな顔すんなよ」

 大輔の無愛想な顔など見慣れているはずの平岡ですら、少しひるんで口ごもる。ひどい顔をしているのだろう。だが、そんなことはどうでもいい。

「麻友のことを勝手に話した時みたいに、今度こそ美雪に余計なこと言うなよ」

 にらみをきかせて低い声でそう言うと、平岡が途端に、にやっと口角を上げた。

「やっぱり図星か。あの日は風邪気味だって言ってたのに、やけにピッチが速いからおかしいと思ってたんだ。あんな風に酔っ払う大輔は見たことがなかったし、そうまでして飲みたいなんて、何があったんだろうと思って。今日、確信したよ。今のお前が心乱される原因なんて、一つしかない」

 たしかに、あの日は風邪気味で体調も悪く、飲みに行くには適していなかったことは認める。それでも飲まずにいられなかったのは――

「何があったかは詳しく聞かないけど……あの日のヤケ酒の理由は、美雪ちゃん、なんだろ?」

 思わず無言で睨みつける。

「本・当・に、美雪に余計なこと言うなよ」

 平岡は美雪のメールアドレスはおろか、電話番号も知っている。そのことが余計に大輔をあせらせていた。

「なんでだよ? 美雪ちゃん、知りたがってたぞ」
「……知ってる」
「大輔、それを言ったからって、別に美雪ちゃんはひけらかしたり優位に立ったりとかは……」
「あー! いいんだよ! そのうち……気が向いたら言う」

 無理矢理話を打ち切りそう言ったものの、自ら美雪に告げる気などさらさらなかった。それは平岡だってわかっているに違いない。ぽん、と軽く大輔の肩を優しく叩いた。

「まあ、俺はお前らの幸せを祈っているよ」

 何が幸せだ。わざとらしいセリフにふんと鼻を鳴らして横を向いた。

「じゃあ本当に、またな」

 軽く手を上げて、平岡が大輔に背を向けた。軽いため息をついた後に、大輔も駅へと歩き始めた。なんだかどっと疲れが出て、美雪の声が聞きたくなった。


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