味噌汁と2人の日々

濃子

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第13話 ほうれん草の出番は?

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「アキト!」
 帰ってくるなり立夏は明兎をきつく抱きしめた。
「り、立夏……」
「アキト…。アキト……」
 情熱的に抱きしめ合うと時間はかなり経っていった。
 立夏は落ち着くと明兎の目をじっと見つめた。
「オレの何がダメだった?」
 逃さないように身体を押さえ、立夏はすがるように言った。
「……」
 明兎は視線を下に向けた。
 だって、と呟いた。
「……立夏が、嘘ついたんだもの……」
「オレがか!」
 信じられないような気持ちで立夏は明兎を見た。
「何をだ!」
「………シャツの匂い、首のところから違う匂いがしたよ……。立夏の匂いじゃなかった…」
 確信をもった明兎に真っ直ぐに見つめられ、立夏は身を震わす。
「アキトはかわいい…」
 そんな言葉ではごまかされない、とでも言うかのように明兎は唇を引き結んでいる。そこに引き寄せられるように立夏はキスを繰り返す。
「アキトー」
 舌を拒まれて立夏は不満をもらした。
「だって…、僕には本当のことは言わなくていいと思ってるんでしょ?」
 拗ねた明兎に立夏はさらに熱いキスを繰り返して、根負けした明兎が唇を開くと舌をねじ込んだ。好き放題、明兎の口の中を支配していく。
 唇が離れたときには、明兎の身体から力が抜けきっていた。その姿を満足そうに立夏は見る。
「ーー冴子だよ。この間冗談で抱きつかれた」
「え?」
 明兎の目が大きく開かれた。
「わりとくっついてくるから用心はしてるんだけどな、隙をつかれた」
 立夏の説明に明兎は困ったような顔になる。
「あー、榎本さんだよね……。立夏のこと、まだ、あのー、狙ってるの?」
「さあ?誰かと付き合っているとかは聞かないな」
 狙ってるんだーー。高2のときの同級生榎本冴子、クラス1の才女で英語も堪能、さらにイタリア語を習っていた女子だ。  
 立夏のためだと聞いたときは、どうしたらいいのかわからなかったけれどーー。
「そうなんだ……。立夏、もてるもんね」
「何とも思ってない奴からもてて、何が楽しいんだか」
 真にもてる人はそういうんだよね、明兎は黙った。そんな明兎を立夏はずっと見つめている。
「う、浮気みたいなものだよね」
 明兎が少しきつい言い方をしてきた。立夏は愁眉を開いた。
「罰してくれるのか?おれを」
「え?」
「どうしたい?」
「………」
 明兎は顔を赤らめながら答える。
「ゆ、夕日を見ながら、したい、なぁ……」
 立夏は笑いだした。
「そうだな、あのマンションじゃ毎日やってたな」
 恥ずかしくなって明兎は下を向いた。
「たしかに、うちじゃ、夕日は隠れて見えないな」
 立夏はスマホを取り出してボタンを押した。
「よし、ここのホテルがいい。行くぞ」
「疲れてるでしょ?今日じゃなくていいよ」
「行くぞ」
 顔を輝かせて立夏は明兎を急かした。


「ドラッグストアに寄る」
「何か買い忘れ?」
「オイルが少なくなってる」
「あー…」
「シリコンを置いてたらいいがー」
「ーーなんでもいいけど…」
「せめて半水溶性だな」
 立夏が車を停めたのは、明兎が来たくなかった店だった。
「僕、待ってたらだめ?」
「ああ。2人で来てるのに一緒に行かないなんてありえない」
 立夏は明兎の顔が沈んでいくことに気づいた。


 夕方近くなら、いないかもしれないーー、と期待した明兎の願いは破られ、彼はレジで店員と話をしていた。2人を見て、目の動きをとめる。
「ーーどれにするか」
 潤滑ゼリーやローションのコーナーで立夏は真剣に商品のパッケージを見出す。ただ、手には取らない。イタリアでは商品に勝手に触るのはマナー違反だからだ。
「Posso toccare? 」
 クセで店員に、触っていいか、と確認する。
「日本なら大丈夫だよ……」
「ああ、そうか」
 真剣だけど使うのは僕だよね…。明兎は苦笑した。
「うーん。前のがよかったけど、もう売ってないな」
「商品ってすぐに変わるよね」
 真剣さに半ば呆れながら明兎が答えた。
 そのとき、明兎の近くを店長が通った。身を強張らせた明兎の様子に、立夏は店長の顔をよく見た。
 
 ああ。こいつかーー。

「久しぶりだな。甲斐崎」
「お、おう。立夏も元気そうだな」
 目をそらしながら甲斐崎は答えた。
「よし、これにしよう」
 立夏は商品を手に取り明兎を促した。
「行くぞ」
 明兎の腰に手をあてる。甲斐崎は目を見張った。
「う、うん」
 赤くなりながら明兎は立夏についていく。レジの店員が好奇の目で2人を見る。
「あのー、サンプルいりますか?」
「ありがとう。気に入ったのがなくなったんで、色々試したかったんだ」
 立夏がにこやかに答えた。
「俺にも使って欲しいです」
 店員は大胆な告白をした。立夏は笑ったが、明兎の目は驚きに開かれている。
「すまない、オレにはこいつだけなんだ」
 Ti amo così tanto、本当に愛してる、と囁き、立夏は明兎の頬にキスをした。
「ーー立夏……」
 ちょっと変なテンションだな、と明兎は胸がドキドキした。
「ざーんねーん。めっちゃ好みだったのに~」
 店員はおどけた。



「おもしろい店員さんだったね」
 シャワーの後、思い出したように明兎は言った。
「そうだな」
 答えながら立夏の頭の中には、悔しそうにこちらを見ていた甲斐崎がいた。
 大胆な人ってすごいなぁ、と明兎は関心したように言った。
「帰るのが面倒くさい」
 立夏がベッドに身を沈める。
「疲れているのに、ありがとう…」
 明兎の照れた顔に、立夏はそそられた。
「まだ欲しい……」
「か、帰るよー。味噌汁飲むんでしょ?」
「ルームサービスで腹は満たされた。でも、アキトが足らない」
「もう、夕日は沈んだよ…」
「そうだな、月がきれいだなー」
 
 今夜の味噌汁の具材ほうれん草は、出番がなくなり冷蔵庫で待機となったーー。
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