味噌汁と2人の日々

濃子

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第14話 しめじと舞茸と大根とにんじん

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「ここもくずれてきたね」
 屋敷の庭の奥には、杉の焼き板を張った小屋がある。昔ながらの粘土土で造った小屋だ。立夏の祖母の代からあるため、中は何もないが外側の損傷が激しい。
「壊すさ」
 立夏が言った。
「壊すの?」
「頼んである」
 それはそうか、立夏がやるわけないな、と明兎は頭をかいた。
「ここ、何にもなくなるんだ」
「不必要なものは整理しないとな」
 立夏が明兎を後ろから抱きしめた。
「掃除してるから……」
「ごまかすな。イタリアにはいつ住むんだ?」
 答えに窮する明兎は、眉を寄せながら立夏の顔を見た。
 立夏は大きく溜め息をついた。
「わかっている。母親を置いては離れられないのだろう?だが、父からは土地をもらった」
「え!?」
「アキトさえ返事をくれればすぐに家が建てられる」
 ここは程々の修繕でいい、と立夏が言った。
「あー、立夏」
「何だ?」
「うれしいんだよ、すごくうれしいけど……。僕なんかでいいのかな?」
 明兎の言葉に立夏の目尻が下がる。
「アキトでなければ嫌に決まっているだろう?」
 甘く囁やかれ、明兎の顔はさらに赤くなっていく。
 こんなカッコいい人がいい歳のおじさんにー、もったいないな、と明兎は思った。

 立夏のスマホが鳴った。通知を見て立夏は電話を取る。
「何だ?山上…」
『おい、立夏。また大学のほうに来てくれよ。いい義手ができそうなんだ!すごい精巧な動きだぞ!』
「おまえの研究は、ものはいいがコストが悪すぎる」
『いやいや、見てから言えよ!絶対来てくれ!昼前は授業がないぞ!』
「いまから来いと?」
『俺と立夏の中じゃないか!』
 電話を一方的に切られ、立夏は溜め息をついた。
「山上君?」
 大学のときから付き合いがあるロボット工学の准教授山上大翔は、立夏が公私とも仲良くしている人物だ。
「行くぞ。ついでに昼食に出よう」
 大学まで1時間かかるのにーー。立夏は車も好きだが運転も移動時間も好きなので、3時間ぐらい休憩なしで走ってしまう。
 頼むから帰ろう、と明兎がとめなければ、1日でも走ってしまう。1時間などたいした時間ではないのだろう。
「うん。洗濯物を取り込んでくるよ」
「ああ。他にやることは?」
「大丈夫…」
「じゃあ、先に車庫に行ってる」
 頬にキスをされる。

 彼の目にはおじさんが何に見えているのだろう?、と明兎は首を傾げる思いだ。



「ねえ、立夏!」
 目の前の景色が驚くほど早く変わる。
「何だ?」
 立夏はご機嫌でハンドルを握りながら、助手席に座る明兎に返事をした。
「飛ばし過ぎだよね!何キロ出てるの!」
「今日は道が空いている」
「そうじゃなくて!違反!違反だって!」
 まわりを伺いながら明兎は叫ぶ。
「ーー120ぐらいで……」
「減速!ブレーキ!おまわりさぁん!」
 速いスピードが怖い明兎は、車の中でわめき続けた。




 大学で立夏と山上が節電義手について話をする中、明兎はぼんやりと外の景色を見ていた。
「指いっぽん、これだけなめらかな動きができるんだよ。学習能力も高いし」 
 山上のプレゼンに耳を傾けながら、立夏は他に気になることなどを質問していた。

 同年代なのになー、明兎は気まずさからその場から離れたくなる。仕事を極めていく彼らを見て、自分の何もなさに落ち込まないわけがない。
「しょうもない自分……」
 ポツリと呟いた。

 山上に誘われ、昼食を大学の学食で食べる。
 懐かしい気持ちはあるが、通り過ぎたきらきらした時代を振り返りたくない気持ちもある。
「ーーカレーだな」
 立夏が感想を言った。
「美味しいだろ?俺はここでは絶対カレーなんだよ」
「カレーの味だ。カレーはすべてカレーの味になる」
 なんだよー、と山上は顔をしかめた。
「若い頃はそれでも食べられたんだがなー」
「おまえは、毎日アキトの弁当だったからな。よく作ってやってたよな、うちの嫁作ってくれないわ」
 山上は大きな声で笑った。繊細な仕事に似合わない豪快な男だ。
「おまえの身体は母親とアキトの飯でできてるんだろうな」
 研究者の顔で山上が言った。
「さ、最近は味噌汁しか作ってないよ」
 明兎が小さな声で言う。
「いやいや、それでも手作りをまったく取らないより、身体には良いことだ」

「立夏。今日の味噌汁はしめじと舞茸と大根とにんじんだよ」
「ーーあるものつっこんでないか?」
 そう言った立夏だが、具だくさんの味噌汁が美味しいことは知っている。
「あー、美味いな」
 ほっと、息をついた。
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