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第2章
83聖女脱走
しおりを挟むその日、王城内は落ち着きがなかった。
「どこにいらっしゃるのですかー?」
「そろそろ出てきてくださーい」
騎士や高貴な服に身をまとった者たちが木々の合間を覗いたり、もしかして上かと仰いだりと、まるで野生動物を探しているかのような姿に、書類を持ってたまたま通りかかった役人たちが目を丸くした。
「あれは迷い動物でも探しているのですか?」
「いや。聖女様がまた脱走したらしい」
「またか」
「それにしては捜索の仕方がおかしいが」
「なんとも神出鬼没な方らしいから、あらゆる可能性を視野に入れているのだろう」
「聖女護衛や関係者になるのなんて花形かと思っていたが、大変なんだな」
「……そうだな。ダルボット侯爵は激痩せされていたし、そうそう物事は簡単にはいかないということなのだろう」
「………………私たちはしっかり与えられた仕事をしよう」
「…………ああ」
ついでに髪もうっすら減ってきたっぽい侯爵の姿を思い浮かべると、役人たちは顔を合わせ苦笑いを浮かべた。
華やかな出世街道も憧れるが堅実に進んで行く方が自分たちに合っていると、少なくとも頭をハゲ散らかすようなストレスとは無縁である方がいいと、その場をあとにした。
妙な同情の視線を受けた護衛たちは、その場の一通りの捜索が終わると一度方針を合わせるために集まった。
「聖女様にも困ったものだ」
「ああ。あの能力はやはり特別だし、脱走癖……、カシュエル殿下の追っかけさえしなければあとは普通なのだが」
「まったく相手にされていないのだろう?」
「誰の目から見ても最初から微塵も望みがあるようには見えないな。殿下の周囲も早く聖女をなんとかしてくれとせっついてくるから、さすがの聖君もいろいろ溜まっているのではないだろうか。しょっちゅう仕事を止められると聞いているし、その度に丁寧に対応はしているが第二王子の側近なんかは笑顔が超怖いって言ってたからな」
「俺らからすればいつも出来すぎた王子ってだけだけど、そういうの聞くとカシュエル殿下も同じ人なんだなって逆に安心するわ」
「そういう見方もあるが、今問題なのは、その出来すぎた王子を困らす聖女の暴走を止められない俺たちがって話になってくるんだろう?」
「「「「…………はぁーーーっ」」」」
顔を合わせると一斉に長い溜息をつき、彼らはまた聖女捜索を始めた。
聖女がまた脱走した。
まあ、それはいつものことだと思う程度で少し慣れた彼らであったが、聖女が向かう一番大きな可能性の確認へと走っていた者から、どうやら第二王子のところに出没していないらしいと知らせを受けると、さてどこに行ったものかと一様に首をひねった。
王城から出ていないことは確認済みなので、関係者たちは気分転換にどこかに行ったのだろう程度に思っていた。
よく脱走はするが王城から勝手に出るようなことはないし、ある程度すれば簡単に捕まるところに姿を現すか自ら帰ってくるのである。
勝手な行動をしているようで、聖女なりの最低限のセーフラインをしっかり見極めているようだと、血眼になって探すようなことはなくなった。
勇者パーティーは聖女が脱走したと知ると、近々行われる討伐に必要な物を買い揃えてくるわとさっさと出て行ってしまったくらいである。
しばらく捜査を続けていたが、その過程でひとりの男が聖女だけではなく誰かと一緒に走っていたところを遠目だが見たと言い出し、そう言えばあれはそうだったかもと数人が声を上げた。
ただ、不思議なことに誰も鉢合わせすることなく、遠目での目撃である。
異世界から来た少女はその特異さのせいか、なぜか人の目をすり抜けるのがうまい。トレードマークの黒い髪も隠されたら気付きにくい。
脱走も隠れるのもお手の物だったので、しかも頻繁に第二王子であるカシュエル殿下の追っかけをしていたから、いつもと違う動きをしていることに気づくのが遅れることとなった。
それからそのうちのひとりが、一緒にいた人物を知っているぞと言い出したからさあ大変。
どうやら聖女が勇者パーティーの前ヒーラーを連れてどこかに消えたらしいぞーっと、しかも、カシュエル殿下の秘宝らしいと王城で働いている者たちの口の端に乗って広まっていったのは、レオラムが聖女と遭遇してしばらく経ってからのことだった。
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