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第1章
61君に出会って(カシュエルSIDE)③
しおりを挟む一向に視線が合わないままであったが、寂しいという言葉に少年は反応し、おずおずとカシュエルの横に立った。
物言いはぶっきらぼうであり、視線を合わせないなど警戒心が強く人嫌いな気もありそうだが、年上の寂しいという言葉を放っておけないのは根っこの部分は優しい子なのだろう。
しばらく無言で階段から見えるなんの変哲もない景色を眺めていたが、カシュエルはちらりと少年へと視線を投じた。
ただ一心に景色を眺める少年は、なにを考えているのだろうか。
怪我をしていても気丈な姿と、眼前へとまっすぐに注がれる視線。その横顔からは何もうかがい知れなくて、カシュエルは無性に少年のことが知りたくなった。
「名前はなんていうの?」
「……レオラム」
「レオラムはどうして怪我をしてるの?」
「…………」
そう訊ねると、レオラムはぎゅっと唇を引き結び、遠くの方を見つめた。
完全なる拒絶の姿勢にカシュエルは眉を寄せ、そっとレオラムの袖を引っ張った。
「ごめん。聞かれたくない?」
「…………」
「レオラム」
何度かつんつんと引っ張り名を呼ぶと、引っ張られた方の腕に視線をやり、レオラムは困惑気に瞳を揺らした。
手負いの野良猫のようで、人と距離を取りたいけれど優しさから人を嫌いになりきれないそんなちぐはぐな印象に、本当に彼になにがあったのかと気になった。
だが、これ以上追求すれば逃げられてしまうだろう。
「ね、詮索はしないから手当てさせて?」
「……大丈夫。だいたい、治ってきているから」
はっきりと詮索しないことを告げると、ようやく答えてくれた。
「そういうなら見せて。いろいろ訊ねないし、レオラムが嫌なら答えなくていいから」
「…………わかった」
なんとかそう言って見せてもらった背中や腕は、古いものから新しいものと傷があちこちにあった。
肩甲骨のあたりに鞭で叩かれたようなミミズ腫れがあり、それがシャツに擦れて血がにじみ出ている。おびただしい量の傷跡であるが、確かに治ってきているものも多くあって、治りきらないうちに傷が増え続けたそれらは日常的に虐待を受けているようだった。
「……レオ……」
そこでカシュエルは言葉を切った。明らかに肩が強張り拒絶の意思を背中で語られ、口をつぐむ。
「……痛そうなのだけど大丈夫?」
「慣れた」
「……そう」
痛みなんて慣れるわけなんてないのに、レオラムは気丈に流そうとする。
レオラムに気づかれないように護衛が置いていった消毒液をかけ、ガーゼや包帯は困ると言われ薬を塗るだけの手当てになった。
「レオラム。しんどいなら私が保護することもできるよ」
「いい」
簡潔に断られ、どんな境遇でもそれを受け入れなければならないと思えるレオラムの事情があるのだろうことはわかったが、カシュエルの気持ちに影が差した。
自分にもどうにもならないそれに、カシュエルは眉を寄せる。
なにもできない。させてもらえない。
権力があっても、できる力があっても、拒絶されては救えない。聖君という大層な名で呼ばれているが、決して己は万能ではないのだと痛感させられる。
何事も適材適所であり、持てないものを無駄に焦がれても仕方がないと合理主義なカシュエルであったが、この時に初めて魔力があっても治癒魔法が使えないことが悔やまれた。
レオラムは脱いでいたシャツを着なおすと、で、とカシュエルに話しかけてきた。
これ以上詮索されないようにもあるだろうが、カシュエルの厚意を断ったことや気落ちした様子を心配してなのだろう。
根っこは本当に優しい子だなと思う。そんな子がと思うと胸が痛いが、これ以上は近づけさせてもらえないのはわかるので下手なことは言えない。
「なにを話す?」
「そうだね。なにを話そうかな……」
年下の子に気遣われそれに返答する自分の声が、思ったより気落ちしている。
それに気づいたカシュエルは驚きとともに微苦笑を浮かべ、複雑な気持ちでレオラムを見つめた。
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