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第1章

12離してもらえない①

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 レオラムが身体を反らせたことに気づいた王子は、すぐに抱き上げている位置を変えて距離を詰めてくる。
 先ほどより頭の位置を少し下げられ、鼻と鼻が触れ合いそうな位置にレオラムはカチコチに固まった。

 レオラムのどこにでもある平凡そのものの茶の髪だけが揺れ動き、カシュエル殿下の美しい銀糸の髪と重なる。
 それに釣られるよう徐々に視線が王子の顔へと移動し、そこでレオラムは我に返って慌てて視線を逸らした。

「どうして視線を外すの?」
「その、……不快にさせてはいけないと」

 不服そうな声に、レオラムは肩を揺らした。
 習慣的な咄嗟の行動であったが、その行動こそが相手の不況を買ってしまったようで、慌ててもごもごと言い訳をする。

「目を合わすだけで?」
「……はい。瞳の色、間近で見ると少し変わっているようで」

 気持ち悪いと言われていたと、続く言葉は言えなかった。
 ぼそぼそと告げると、抱かれている腕に力が込められる。

 言葉にするのはまだしんどい。
 ここ数年はできるだけ相手と視線を合わせないでいいように立ち回っていたので、レオラムの瞳に関して言及する人はいなかったが、長く言われてきた言葉の刃は抜けきれないままだ。

 勇者たちには最後だったからどう思われてもという気持ちもあって勇気を出せたし、自分より大柄な人もさほど怖くなくなったと、自分の身体の反応にさっき自信を持てた。
 そのことで、自分より大きな相手と目を見て話す度に、身体が余計な反応をすることはもう少ないはずだと踏んでいる。

 今後は今までと違った意味で人の目を気にせずに生きていこうと決意しているし、冒険者となり様々な経験をしたことで、前ほど瞳にこだわる必要はないと頭ではわかっている。
 わかっているが、すぐさま意識を変えて行動できるかと言われると別ものだ。

「見せて」
「でも……」
「大丈夫だから」
「……はい」

 請われては、逸らすことが逆に不敬になる。
 レオラムはおずおずと視線を合わせた。

 カシュエル殿下の水晶のように神秘的な紫の瞳は、聡明さとともに独特の色香を放つ。
 ひたと据えて揺るぎない視線は、レオラムの中に広がる全ての不安さえも見透かし拾うかのように奥底まで浚うようだった。

 互いに互いの眼を見ることで、色が曖昧になっていく。
 たった数秒のことがとてつもなく長く感じ、これ以上はもう限界だと感じる前に、王子がふっと微笑しわずかに視点が逸れる。
 それにほっとしたレオラムは、気づかれないように視線を下げた。

「誰がなんと言おうと、レオラムの瞳はとても美しいよ」
「…………」

 どう答えていいのかわからずレオラムが曖昧に苦笑を漏らすと、王子は露骨に眉をひそめ苦々しげに言った。

「レオラム。どこの誰が君を蔑んだのかは知らないが、そんな奴の言うことを真に受けてはいけない。私は君の瞳が綺麗だと思う」
「ほんとう、ですか?」
「ああ。だから、逸らすなんてしないで。むしろ逸らされる方が私は嫌だ」
「うっ、……はい」

 あまりにも真摯な色を滲ませた低音ではっきり告げられ反射的に視線を上げると、まだ見ていたらしいカシュエル殿下と再度ばっちりと視線が合う。
 そわそわと視線を彷徨わせたが、じっと見つめてくる王子の視線が外れないことに観念してレオラムは見つめ返した。

「焦点を合わそうとすると色が濃くなるみたいだな。どちらの色も変わらず綺麗だ」
「…………」

 綺麗とは言いすぎであるが、王子のその言葉も双眸も厭いが見えず、レオラムは反応に困った。
 むずむずしながら自嘲的な笑いを浮かべるレオラムに対して、王子はどこまでも穏やかに告げ、ふっ、と優雅な微笑とともにコツンと額を押し付け瞳を覗いてくる。

「恐れるな。誰かが何かを言ったのならば、その者はレオラムのその綺麗な瞳を直視できないやましいことがあったからだ」

 レオラムの自信のなさを見透かし、信じろとばかりの行動に、さすがのレオラムも頑ななままではいられなかった。
 目の前の綺麗な人に褒められるのはくすぐったいが、からかう気もなく断言するとばかりに告げられたそれは本音だと思える。

「ありがとう、ございます」

 ぶわっと熱が這い上がり、頬が熱くなるのが自分でもわかった。
 王子と視線が合うと言うことは間近で顔を付き合わせるということで、吐息がかかるほど顔と顔が近いのも問題だ。

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