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第1章

9無気力守銭奴ヒーラー③

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 勇者よ。あなたの魔力は尋常ではないんだから、こんなところで放たないでもらいたい。

 邪険にしておきながら、動向が気になるってどういう了見なのだろうか。
 あれか? レオラムが視界から消えるまでしっかり見張って安心したいということなのだろうか。

 そう思って、レオラムは追加する。これ以上、無駄に絡まれるのは遠慮したい。

「日付が変われば18になります。つまり法的に成人しますので、できることが増えるでしょう? そのためにはまず先立つものはお金ですから」
「誕生日?」
「ええ。これ以上は言いません。それに勇者さまには関係のないことですので」

 お金に反応するかと思えば、誕生日に反応した勇者を訝しく思いながらも、レオラムは話を切り上げるように言い捨てる。
 むっ、と明らかに機嫌を悪くした勇者がじろりと睨んできたが、レオラムは言葉通り関係ないよと涼しい顔で見返した。

「でも、さっきは少しって」
「はい。少しは少しです」

 どこまで絡んでくるんだと、もうこれ以上は話さないとレオラムは口を噤んだ。今更、こちらの事情を知ったところで関係ないだろうとの意思表示。
 ぐっと相手を見つめ、静かに佇む。

 これで最後という思いは気を大きくさせるんだなと、自分と違ってがっしりした勇者の体格はいつも怖かったが、今はもう気にならない。
 ……嘘です。気にならなくはないが、前ほど怖くはないかなって思った。

 威圧するように不機嫌をぶつけられるといつもならびくっと身を竦めるレオラムだが、今夜は身体は反応しない。

 病は気から。

 なるほど。己で体験して納得する。

 どうしても反応する身体。
 幼い頃に染み付いたそれだったが、解放と後十数分で成人という思いが気を強くしたようだ。それとも、数々の魔物との戦いのせいか。

 文字通り屍を越えてレオラムは今こうして生きている。変わらない方がおかしいし、いつまでも幼い頃のままではないのだ。


 ──わかっていたようで、わかっていなかった。


 波風立たずと思いながら、違った方向で波風立ちまくっていたけれど、レオラムが嫌う方向に流れなければそれで良かった。
 どうにかしたいと思う気持ちがなかったわけではないが、ずっとそのこと過去を避けていた。

 だけど、思ったより自分は大丈夫だったようだ。
 これなら相手をはっきりと視界に入れ視線を合わせても、今までのようにびくつくことなく、多少は胸を張って生きて行けるだろう。

 図らずしも、勇者がまた現れたことで知れた。嫌っていても、嫌われていても、勇者という奴は多少なりとも人を救うらしいとしみじみ思う。
 嫌いは変わらないけれど、レオラムの中で勇者の存在価値は少しばかり上がった。

「あと、18だと?」

 時間差で疑問が上がってきたようだ。
 じろじろと上下に視線をやって嘘だろとばかりに目を見開く。小さいのは自覚しているが、改めて反応されるとムカつく。

「何かおかしいところでも?」
「ああ、いや、悪い。そうか……、普通そうだよな。経歴を考えるとギルド登録できる14から活動していたということか。法的?」
「そこはどうでもいいでしょう」

 謝られても気まずいし、態度が気に食わないとか言い返されると思い身構えていたが、それよりも前にするりと冷たい何かがレオラムの目を隠した。

「ひぃっ」

 気配もなくされたことに、情けない声が漏れる。


 ──何? いや、これは手だ。勇者は目の前にいるのだから、勇者ではない。なら誰の?


 広い草原のような爽やかな香りの中に、かすかな甘い匂いがする。
 嫌な気配ではないので、抵抗するのを忘れパシパシと瞬きを繰り返しながら、己の現状をじわじわと把握していると、後ろにいるであろう人物がくすりと笑った。

 それに対し、ぞわぞわと悪寒のようなものを感じ、全神経が背後に引っ張られる感覚。
 強烈だった。抗い難い重力のように、必然と引き寄せられていく。

 あまりのことに、レオラムは身体を強張らせた。さっきから、冷や汗が止まらない。鼓動もドキドキと落ち着かない。
 視界が塞がれているから悪いんだと知らぬ手に手をかけ剥がそうとしたら、ふふっとくすぐるように笑う気配と共に耳元で囁かれた。

「そうだよね。話さなくていいよ」

 ビクゥッと身体が跳ねる。
 鼓膜に男性の声がとろりと甘く響く。肌が、神経が、ぞわぞわと落ち着かない。

「殿下」

 勇者の声が相手を示す。
 見えないけれど、目の前で勇者が跪く気配。身分の高い相手が現れたらそうするよなぁ、ではなくって。

「……でん、か?」

 レオラムは信じられない思いで、勇者の言葉を繰り返した。


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