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7.元聖女は辺境の地を訪れました。

180.

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 平たいお屋敷は横に広い。フィオナさんとヴィクトリアさんの後を追って長い廊下をついていく。

「この部屋はどうかしら」

 フィオナさんは一室の扉を開けてくれた。
 広いお部屋ですね。窓からは裏庭らしきところの花壇も見えますし、それに、何より、べッドには天蓋がついてますよ。一気に気分が上がります。

「こんなに広いところ、良いんですか!」

 思わずベッドに駆け寄ろうとすると、フィオナさんは私のローブのフードを掴んだ。

「まず、ローブを脱ぎなさいね」

「あ、ごめんなさい」

 慌てて上に羽織っていたローブを脱ぐと、フィオナさんは驚いた顔をした。

「泥だらけじゃないの……」

 私は「あ」と自分の服を見て、恥ずかしくて顔が熱くなった。辺境民の方のテントが崩れた時に、横に置いていた服が泥だらけになっちゃって、それをそのまま着てたんでした……。

「着替えはある? それは、洗濯しましょう。――全く、ステファンお兄様とライガは駄目ね。女の子をこんな泥だらけで置いておくなんて」

 フィオナさんは杖の先で床をどん、っと叩いた。

「――そうだ、お風呂も入る? どうせだったら、すっきりしちゃいなさい」

「お風呂……、ですか」

 首を傾げると、フィオナさんは驚いた顔をした。

「お風呂よ、お風呂。お湯を溜めて、浸かるの。……入ったことない?」

 お湯に浸かる……。
 神殿や、今までの宿屋なんかだと、お湯をもらってそれで身体を拭いたり、顔を洗ったりして終わりで、お湯に浸かるなんて発想はありませんでした……。
 何となく、気恥ずかしくなって、黙ったまま頷くと、フィオナさんは「よし」と手と手を叩いた。

「いいわ。準備してあげるから……入るといいわ。荷物を置いて、着替えを持ってついてきて頂戴」

 それから、はっとしたように出口のところに立っていたヴィクトリアさんを振り返った。

「お義姉ねえ様、すいません、お義姉様のお風呂も、すぐ準備しますね。――ああ、もう、お兄様がメイドたちを家に帰しちゃったから、手が足りないわ……」

 ヴィクトリアさんは申し訳なさそうな顔で答える。

「……私のことは構わなくていいわ。レイラさんに、先に準備してあげてください」
 
「メイドさんたち……いないんですか?」

 そういえば、このお屋敷は広さの割に閑散としている気がする。
 執事さんと、お茶を入れてくれたメイドさんはいたけど、見かけた使用人の人はそれくらいだった。マルコフ王国の貴族のホッブスさんのお屋敷なんかはもっと人がいた覚えがありますけど……。
 
 フィオナさんはため息をつきながら言った。

「――ほら、鬼が周辺に増えているから、もしもの時のために、ってね。魔法が使えない使用人は危ないから、内地の方に帰ってもらっているのよ。だから、今は人手がなくて……魔法が使える人は、周辺の警備だとか、お母様がお休み中にお父様の面倒を見たりだとか……。だから、何かあれば、用件は私に伝えてね」

「そうなんですか……、ありがとうございます」

 フィオナさんはとてもてきぱきした人みたいですね。
 ……というか、このお屋敷に残っている使用人さんは、みんな魔法が使えるんですか。
 
 私はちょっとびっくりした。
 マルコフ王国だと魔法が使えるのは魔法使いの人くらいしかいませんでしたけど。
 ステファンが辺境付近は土地柄魔法を使える人が多いって言ってましたもんね。

 私は荷物から、着替えを出した。
 何はともあれ、お風呂、楽しみです……!

 ***

 また二人のあとをついてお屋敷を移動する。
 案内された先は、タイル張りの部屋で、部屋の端の方に陶器の大きい箱?みたいなものが置いてあった。……これがお風呂ですか。

 フィオナさんは壁際の鏡が貼ってある洗面台のところに置いてあった、青く光る水晶を手に取って、お風呂の中に入れた。

 それに杖をかざしてから、ふと、私を見る。

「あなたも、魔法を使うのよね……? 杖、持ってるし……、それ、杖で良いのよね」

 視線は、私が腰にベルトで差してる、黒く焦げたような色の短い杖を見て言った。
 私はまた恥ずかしくなった。
 エドラさんから分けてもらった杖、炎の精霊の力与えすぎたせいで真っ黒になったままなんですよね。

「杖……です、一応」

「――――まだ、魔法を習いはじめかしら? 最初、そうなっちゃうのよね。私も、主属性が火だから、わかるわ……」

 フィオナさんはくすりと笑った。
 主属性が火……。私は耳を澄ました。

「そういえば、フィオナさんのまわり、火の精霊サラマンダー集まってますね。ぺたぺた足音してる……」

「ぺたぺた?」

「火の精霊の足音です」

「面白いわねぇ。エルフは精霊の足音が聞こえるのね……」

 そう興味深げに呟いてから、彼女は私を手招きして、「水晶に魔力を与えてみて」と言った。

 近づいて、青く光る水晶に手をかざして魔力を与えると、ザァァァという水の精霊ウンディーネの移動音と共に、お風呂の中に水がどんどん溜まる。そして瞬く間に溢れた。

「きゃあ、止めて、止めて」

 フィオナさんがびっくりした顔で私の手を掴んだ。

「――――あなた、魔力、すごいわね。まぁ、いいわ。次は水をお湯にしましょうか。火の精霊を集めて……」

 私は言われるがまま、自分の黒い杖をかざして、火の精霊をお風呂に集めた。ぶくぶくっと水が沸騰を始めて……、

「きゃあ、止めて、止めて!!」

 フィオナさんはまた私の手を掴んで制止した。
 目の前では、お湯がぶくぶくと沸騰して、室内は蒸気でもくもくしている。

 フィオナさんは呆気にとられたように呟いた。

「……魔法のコントロールを、もう少し、練習しましょうね……」

 私は、また恥ずかしくなってしまった。
 こんな沸騰してるのに浸かったら、茹で卵みたいになっちゃいますね。

 そんな私たちの後ろで、ヴィクトリアさんは何やら深いため息を吐いた。
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