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5.元聖女は自分のことを知る決心をしました。

134.

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 真っ赤に光る女神様の像を大神殿にいる人たちはみんな呆然と眺めていた。
 一瞬の静けさを、竜の咆哮ほうこうが打ち破った。
 絶叫が響く。

「大司教様!」

 神官たちの悲鳴に振り返ると、火竜が大司教様の左腕に深々と噛みついて、その身体を犬がおもちゃで遊ぶみたいにぶんぶんと振り回していた。ぶちっという音と共に、大司教様の身体だけが私の前に飛んでくる。

 私は思わず口を押えた。のたうつ大司教様に左腕はなくなっていて、そこからどくどくと血が流れている。神官やシスターたちが、ひっと小さく息を呑んで後ずさるのが見えた。竜は大きく口を開けて、大司教様を燃やし尽くそうと、その喉の奥から炎を出そうとしていた。

「止めてください!」

 思わず叫んで、目を閉じて手を組むと、守りの祈りの言葉を唱えながら司教様の前に飛び出る。――目の前で人が焼かれる、そう思ったら自然と身体が動いていた。
 髪に熱風を感じる。まぶたを開けると、私と大司教様を囲むように、周りが真っ黒に焦げていた。――床に転がっていた大司教様の腕は、黒く焦げた骨だけがになっていた。
 周りの神官たちが私たちを囲むように立って祈りの言葉を呟き、竜は力が抜けたように床に伏せた。

「私の……腕がぁ……」

 私は大司教様に向かって、叫んだ。

「あ、――――あの街を襲うとか、そんなことを言うから、こうなるんです。私がお世話になった方々に迷惑をかけないでください。――そんなことをするなら許しませんよ!」

 大司教様は自分の右手を傷口にあて、必死に回復魔法を唱えながら、涙か何かわからないけど、ぐちゃぐちゃになった顔で私を睨んだ。

「うるさいうるさい、うるさい! 私に指図するんじゃない! この卑しい魔族めが! 誰がお前をここまで育ててやったと思ってるんだ!」

 この人は、ずっと、いつもこんなことばかり言って……。
 ぶわっと私の周りに炎が巻き起こって、大司教様はずるずると後ろに這った。

「二言目にはそれですか? 育ててやった、育ててやった……って、あなたは私のために何をしてくれました? 自分だけ美味しいものを食べて、私には冷たい不味いものしかくれなくて、ずっとここで祈れって、外で遊んでもだめだって! 外は楽しかったです! いろんな人がいるし、いろんなものがあるし、楽しかったです!」

 一気にまくし立てて、私はうなだれた。

 ここを出て行ってから、ステファンやライガと一緒に冒険者の仕事して楽しかったなぁ。
 
 改めて周囲を見回す。

 竜が暴れたせいで、豪華な大神殿の調度品は四方八方に飛び散ってひどい有様になっていた。

 ――これが私の変な力の結果だ。
 このまま自分のことを知らずにそのままでいたら、周りに迷惑をかけてしまう。
 だけど、またこの大神殿でじっと祈って暮らす気なんて、全然ない。
 私は自分のことを知って、自由に生きるんです。
 ……別に、ひとりでも。
 私は大司教様を見つめると、大きく息を吐いてから、言った。

「――……私は、あなたが言っていたミアラという村に行きます。私の親のことがわかるかもしれないし。――道中のお金は頂きたいと思います」

 大司教様は「うるさいうるさい」と小さい声で呟き続けている。
 私は手を組むと、床に伏せた竜を見つめながら呟いた。

「――次はあなたを食べさせますよ」

「……っ、わ、わかった……っ。金なら、……やろう……」

「あと、竜を使って周りの街をどうにかしようだとか、ふざけたことは絶対にやらないと誓ってください」

「――――わか、わかった……。誓うから――、悪かったよ、レイラ……」

 ぐずぐずと鼻水をすする大司教様の姿にため息をついて、私は手を降ろした。

「――それじゃあ、金貨100枚ほどで結構ですから、すぐに準備してください。私はすぐに出発しようと思います」

 そう言って視線を外した直後、頭にドンっという鈍い衝撃を感じた。
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