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5.元聖女は自分のことを知る決心をしました。
108.(そのころのノア)
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そのころ、ノアは前を進む狼系の獣人の男の跡を追って暗くなった森の中を歩いていた。足元に問題はないが腕が身体の前で鎖で縛られているので歩きにくい。
ノアの後にもう1人、同じ年くらいの獣人の同じように手を縛られた少年が続くが、その少年は足をもつらせ木の根に足を引っかけて転んでしまった。
「おい『兎』! トロトロしてると山の中に置いてくぞー!」
狼男は振り返ると呆れたような声で呼びかけた。
ノアをどこかへ連れ去ったこの男やその仲間はノアともう1人の少年を『兎』と呼ぶ。
王都の裏路地で二人組の男に袋に入れられたノアは、そのままガタゴトと揺れる馬車のようなものへ放り込まれ、どこかの木の壁の粗末な小屋の中へ運ばれた。
小屋の中には、自分の他にこの少年がいた。
ノアを袋に放り込んだ男とは別の、見張りらしい獣人の男は二人を見て、面白そうに笑って言った。
『お前らが新しい『兎』だな。――お前らは獣になれるといいな。前の『兎』はなれずに死んじまったよ』
『兎』の意味をノアは察した。
それは、『狩られる者』という意味だ。
(あいつ――、食事食べてなかったもんな)
小屋の中で、見張りの獣人はノアたちに生肉を食事として差し出した。少年はそれに口をつけようとしなかった。
肉食系の獣人は生肉を食べても、人間のように腹を壊すことはない。
けれど人間社会の中で暮らしている獣人は普段の生活の中で生のまま肉を食べることはほとんどない。しかも、それが何の肉だかわからない、血の付いたままのものならなおさらだ。
けれど、ノアはそれに齧りついた。
連れ去った彼らは自分を連れて行った目的を言わなかったが、最初に言った男の台詞、『お前らは獣になれるといいな』という言葉が頭にひっかかっていた。
――こいつらは、俺に何かさせる気だ。役割は『兎』? ――だけど、それには、抜け道がある。
とにかく、すぐ殺したり痛めつけたりする気はないっぽい。
どうにか、ここから抜け出す機会を狙わないと……!
母さんや父さんや親方たちのとこに戻らないと……!
(――俺、半分人間だけど、生肉食って腹壊さないかな……)
そんなことを考えながら肉を齧っていると、見張りは何やら愉快そうに笑った。
『お前は耳の位置が変だけど、『獣』の素質がありそうだな』
「掴まれよ」
ノアは少年に駆け寄って自分の肩を差し出した。
彼は縛られたままの両手で何とかノアの肩を掴むとよろよろと立ち上がる。
「お前やっぱり、素質あるかもな。頑張れよ」
見張りの狼男はそうノアに言って先に歩いて行く。
(頑張る? 何をだよ)
ノアは地面の土を蹴飛ばすと、小さい声で呟いた。
「――お前らのことなんて、母さんたち冒険者ギルドが放っておかないはずなんだからな……」
――そのまま歩いて行くと、やがてノアたちは、森の中の開けた広場のようなところに出た。何やら騒々しい音が聞こえる。
「――何やってんだ、これ」
ノアは思わず呟いた。広場の中心の舞台では獣人同士が殴り合いをしていて、それを囃し立てるように幾人もの獣人と人間が取り巻いている。
ノアたちをここへ連れてきた狼男は、手を縛る鎖の鍵を外すと、二人の背中を前へ押して囁いた。
「戦え。勝てば立派な『獣』だ。そしたら仲間だな」
「――は?」
そう聞き返したときには、別の狼男が広場の中央で殴り合いをしている獣人を吠え声で止めて、周囲に向かって叫んだ。
「今回の『兎』を連れてきたぞ! 立派な『獣』になりたいやつは出てこい!」
広場を囲む階段から、吠え声と共に数人の獣人が立ち上がってこちらへ下ってくる。
ノアと少年は広場の中央へと押し出された。
「ひぃ」と横で少年が息を呑むのが聞こえた。
(戦えって……、そのまんま戦えってことか……?)
ノアは身体を低くして頭を抱える少年を背後に隠すように身構えると周囲を見回した。
――そして、広場の隅からこちらを見つめる視線を見つけ、目を見開いた。
「と、父さん――と、レイラ??」
思わず声が出る。広場の隅には、黒い神官服を着たテオドールとレイラが見えた。
……ということは。
視線を泳がすと、階段の上からこちらへゆっくり向かってくる自分と同じ金色の毛に黒模様の耳の獣人が見えた。
(母さん!)
瞳を輝かせると、ノアは爪をじゃきっと音を立てて尖らせた。
目を凝らすと、ライガとステファンがいるのもわかる。
(やっぱり、母さんたちはこんなこと放っておかないよな!)
いち早く広場に到着したのは、少し年上に思える獣人だった。テオドールの祈りを受けるとすぐにその獣人はノアたちに向かって牙と爪を向けてくる。
ノアは背後に隠した少年をかばったまま、襲ってくる相手を拳で殴りつけた。うめき声を上げて、相手は後ろへ飛ぶ。
ひゅう、とノアたちを連れてきた狼男が口笛を吹いた。
ノアはそれを睨むと吐き捨てた。
「俺は『獣』なんかになる気はないからな! 冒険者になるつもりだ!」
ノアの後にもう1人、同じ年くらいの獣人の同じように手を縛られた少年が続くが、その少年は足をもつらせ木の根に足を引っかけて転んでしまった。
「おい『兎』! トロトロしてると山の中に置いてくぞー!」
狼男は振り返ると呆れたような声で呼びかけた。
ノアをどこかへ連れ去ったこの男やその仲間はノアともう1人の少年を『兎』と呼ぶ。
王都の裏路地で二人組の男に袋に入れられたノアは、そのままガタゴトと揺れる馬車のようなものへ放り込まれ、どこかの木の壁の粗末な小屋の中へ運ばれた。
小屋の中には、自分の他にこの少年がいた。
ノアを袋に放り込んだ男とは別の、見張りらしい獣人の男は二人を見て、面白そうに笑って言った。
『お前らが新しい『兎』だな。――お前らは獣になれるといいな。前の『兎』はなれずに死んじまったよ』
『兎』の意味をノアは察した。
それは、『狩られる者』という意味だ。
(あいつ――、食事食べてなかったもんな)
小屋の中で、見張りの獣人はノアたちに生肉を食事として差し出した。少年はそれに口をつけようとしなかった。
肉食系の獣人は生肉を食べても、人間のように腹を壊すことはない。
けれど人間社会の中で暮らしている獣人は普段の生活の中で生のまま肉を食べることはほとんどない。しかも、それが何の肉だかわからない、血の付いたままのものならなおさらだ。
けれど、ノアはそれに齧りついた。
連れ去った彼らは自分を連れて行った目的を言わなかったが、最初に言った男の台詞、『お前らは獣になれるといいな』という言葉が頭にひっかかっていた。
――こいつらは、俺に何かさせる気だ。役割は『兎』? ――だけど、それには、抜け道がある。
とにかく、すぐ殺したり痛めつけたりする気はないっぽい。
どうにか、ここから抜け出す機会を狙わないと……!
母さんや父さんや親方たちのとこに戻らないと……!
(――俺、半分人間だけど、生肉食って腹壊さないかな……)
そんなことを考えながら肉を齧っていると、見張りは何やら愉快そうに笑った。
『お前は耳の位置が変だけど、『獣』の素質がありそうだな』
「掴まれよ」
ノアは少年に駆け寄って自分の肩を差し出した。
彼は縛られたままの両手で何とかノアの肩を掴むとよろよろと立ち上がる。
「お前やっぱり、素質あるかもな。頑張れよ」
見張りの狼男はそうノアに言って先に歩いて行く。
(頑張る? 何をだよ)
ノアは地面の土を蹴飛ばすと、小さい声で呟いた。
「――お前らのことなんて、母さんたち冒険者ギルドが放っておかないはずなんだからな……」
――そのまま歩いて行くと、やがてノアたちは、森の中の開けた広場のようなところに出た。何やら騒々しい音が聞こえる。
「――何やってんだ、これ」
ノアは思わず呟いた。広場の中心の舞台では獣人同士が殴り合いをしていて、それを囃し立てるように幾人もの獣人と人間が取り巻いている。
ノアたちをここへ連れてきた狼男は、手を縛る鎖の鍵を外すと、二人の背中を前へ押して囁いた。
「戦え。勝てば立派な『獣』だ。そしたら仲間だな」
「――は?」
そう聞き返したときには、別の狼男が広場の中央で殴り合いをしている獣人を吠え声で止めて、周囲に向かって叫んだ。
「今回の『兎』を連れてきたぞ! 立派な『獣』になりたいやつは出てこい!」
広場を囲む階段から、吠え声と共に数人の獣人が立ち上がってこちらへ下ってくる。
ノアと少年は広場の中央へと押し出された。
「ひぃ」と横で少年が息を呑むのが聞こえた。
(戦えって……、そのまんま戦えってことか……?)
ノアは身体を低くして頭を抱える少年を背後に隠すように身構えると周囲を見回した。
――そして、広場の隅からこちらを見つめる視線を見つけ、目を見開いた。
「と、父さん――と、レイラ??」
思わず声が出る。広場の隅には、黒い神官服を着たテオドールとレイラが見えた。
……ということは。
視線を泳がすと、階段の上からこちらへゆっくり向かってくる自分と同じ金色の毛に黒模様の耳の獣人が見えた。
(母さん!)
瞳を輝かせると、ノアは爪をじゃきっと音を立てて尖らせた。
目を凝らすと、ライガとステファンがいるのもわかる。
(やっぱり、母さんたちはこんなこと放っておかないよな!)
いち早く広場に到着したのは、少し年上に思える獣人だった。テオドールの祈りを受けるとすぐにその獣人はノアたちに向かって牙と爪を向けてくる。
ノアは背後に隠した少年をかばったまま、襲ってくる相手を拳で殴りつけた。うめき声を上げて、相手は後ろへ飛ぶ。
ひゅう、とノアたちを連れてきた狼男が口笛を吹いた。
ノアはそれを睨むと吐き捨てた。
「俺は『獣』なんかになる気はないからな! 冒険者になるつもりだ!」
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