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4.元聖女を追い出した元王子が謝罪に来ました。
83.(キアーラ王国に向かう街道の外れで)
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「エ、エイダン様ぁ……」
ハンナは身体の前で縛られたままの手でエイダンの粗末な上衣を掴んだ。エイダンは森を睨んだまま立ち上がると、同じく縛られた手でハンナを立ち上がらせ、大司教たちが乗った馬車が走って行った方――街道の方へ向かって押し出し、顎で「走れ」と促した。
また、獣の遠吠えが聞こえた。それは、先ほどよりもはっきりと聞こえ、しっかり狼の声だと判別できた。
不安そうに時々振り返りながら街道へ向かって走るハンナの姿と森を交互に見比べながら、エイダンも駆け出した。
(――こんなところで、狼の餌になってたまるか――!)
エイダンはぎりりと口に回されたロープを噛み締めた。
再度森を見ると――暗闇の中なお暗いその木々の中から、それぞれ灰色と白い毛を月に照らされた狼が二匹、こちらに向かって走ってくる。
(――速いっ)
そう思った時にはタタッタタッと四つ足で軽快に地面を蹴る獣の足音が耳元に聞こえた。
(畜生、間に合わないか――)
「ンンン、ンンッ!」
エイダンは少し先で彼を振り返り硬直しているハンナに、「ハンナ、行け」と叫ぶと、狼の方へ向かって逆走した。
「エイダン様っ!?」
ハンナの金切り声が草原に響く。自分たちの方へ向かってくるエイダンを見た狼たちは、一定の距離を保って彼の周りを取り囲んだ。
(一人喰えば満足するだろう)
エイダンは心の中でため息をついた。
――こうなったのは全部自分の責任だ。
ハンナの言葉を信じレイラを追い出したのは、レイラが大司教の私生児か何かで――、大司教の命令のとおりに動く彼の手駒だと思ったからだ。彼の手駒ならば大司教の目的を叶えるために、恋人のハンナに嫌がらせをするだろうと思ったし、ハンナが自分に嘘をつくとは思っていなかったから、カッとなって追い出したのだ。
――しかし、嫌がらせは嘘だったし、レイラも大司教の操り人形というわけではなさそうだった。
狼たちはじりじりと間合いを詰めてくる。
(まさか、父上が僕をこのように切り捨てるとは)
牙を光らせた灰色の狼がぐるると喉を鳴らして身をかがめ、地面を蹴って自分に向かって飛び掛かってきた。身体がふさふさとした塊に押し倒される。エイダンは目を瞑って心を落ち着かせようとして――、沸き立つ怒りを抑えきれずカッと瞳を見開いた。
(実の息子より、あのクソジジイを選びやがって、あのクソ親父!)
喉を狙ってくる牙に向かって縛られた腕を前に出す。牙が皮膚を切り裂き、腕を突き抜けた。そして――激しい痛みが身体を駆け巡ると同時に縛められていた腕がふわりと解放された。灰狼の牙が腕を縛っている縄の結び目を噛み切っていた。
エイダンは痛いやら腹立たしいやらいろいろな感情が渦巻いて笑い出した。
(――こんな荒野で次期キアーラ国王の僕が死んで堪るかッ!)
彼は腕から牙を抜き、再度噛みついて来ようとする灰狼の首に掴みかかると、解けた縄をその首に巻き付け、絡めとりながら振り向き、後ろから飛び掛かってきた白狼の口の中にそれを押し込んだ。
――ギャウ!
仲間に頭を噛み砕かれた灰狼の断末魔が響く。エイダンは縄を緩め、口まわりを仲間の血で赤くした白狼の首に巻き付けると、その身体を地面に押し倒して縄を締め上げた。白狼は強い力で抵抗し、暴れまわる。
最初に噛まれたエイダンの腕の傷から血が噴き出して、痛みで狼を押さえつける力が緩んだ。これ幸いにと白狼は縄を抜け、エイダンめがけて噛みつこうと体制を整えた。
(――まずいッ)
その刹那――、
「エイダン様っ」
金切り声のようなハンナの叫び声とともに、彼女が投げつけた石礫が白狼の頭に直撃した。白狼は鳴き声を上げて、バランスを崩す。
「ン――ッ!」
エイダンは口輪の奥から叫びながら傍に落ちた拳大の石を拾い上げ、思いっきり何度も狼の頭を殴りつけた。石は狼の頭蓋を潰し、断末魔が響き渡った。
エイダンは相手が動かなくなったのを確認すると、大きく息を吐きながら立ち上がり、口輪を外した。
「――エイダン様ぁ、無事ですかぁ……」
顔を上げると、ハンナが泣きながら腰を抜かしている。
エイダンは彼女に近寄ると、腕を縛っている縄を解いて抱きしめた。
「――――逃げろと言ったつもりだったのに」
「生きてて良かったですぅ……」
服を割いて腕の傷を縛ると、ハンナを立ち上がらせた。
「早く街道に向かおう。――キアーラには戻れぬ。ひとまずマルコフ王国に戻るぞ」
ハンナは身体の前で縛られたままの手でエイダンの粗末な上衣を掴んだ。エイダンは森を睨んだまま立ち上がると、同じく縛られた手でハンナを立ち上がらせ、大司教たちが乗った馬車が走って行った方――街道の方へ向かって押し出し、顎で「走れ」と促した。
また、獣の遠吠えが聞こえた。それは、先ほどよりもはっきりと聞こえ、しっかり狼の声だと判別できた。
不安そうに時々振り返りながら街道へ向かって走るハンナの姿と森を交互に見比べながら、エイダンも駆け出した。
(――こんなところで、狼の餌になってたまるか――!)
エイダンはぎりりと口に回されたロープを噛み締めた。
再度森を見ると――暗闇の中なお暗いその木々の中から、それぞれ灰色と白い毛を月に照らされた狼が二匹、こちらに向かって走ってくる。
(――速いっ)
そう思った時にはタタッタタッと四つ足で軽快に地面を蹴る獣の足音が耳元に聞こえた。
(畜生、間に合わないか――)
「ンンン、ンンッ!」
エイダンは少し先で彼を振り返り硬直しているハンナに、「ハンナ、行け」と叫ぶと、狼の方へ向かって逆走した。
「エイダン様っ!?」
ハンナの金切り声が草原に響く。自分たちの方へ向かってくるエイダンを見た狼たちは、一定の距離を保って彼の周りを取り囲んだ。
(一人喰えば満足するだろう)
エイダンは心の中でため息をついた。
――こうなったのは全部自分の責任だ。
ハンナの言葉を信じレイラを追い出したのは、レイラが大司教の私生児か何かで――、大司教の命令のとおりに動く彼の手駒だと思ったからだ。彼の手駒ならば大司教の目的を叶えるために、恋人のハンナに嫌がらせをするだろうと思ったし、ハンナが自分に嘘をつくとは思っていなかったから、カッとなって追い出したのだ。
――しかし、嫌がらせは嘘だったし、レイラも大司教の操り人形というわけではなさそうだった。
狼たちはじりじりと間合いを詰めてくる。
(まさか、父上が僕をこのように切り捨てるとは)
牙を光らせた灰色の狼がぐるると喉を鳴らして身をかがめ、地面を蹴って自分に向かって飛び掛かってきた。身体がふさふさとした塊に押し倒される。エイダンは目を瞑って心を落ち着かせようとして――、沸き立つ怒りを抑えきれずカッと瞳を見開いた。
(実の息子より、あのクソジジイを選びやがって、あのクソ親父!)
喉を狙ってくる牙に向かって縛られた腕を前に出す。牙が皮膚を切り裂き、腕を突き抜けた。そして――激しい痛みが身体を駆け巡ると同時に縛められていた腕がふわりと解放された。灰狼の牙が腕を縛っている縄の結び目を噛み切っていた。
エイダンは痛いやら腹立たしいやらいろいろな感情が渦巻いて笑い出した。
(――こんな荒野で次期キアーラ国王の僕が死んで堪るかッ!)
彼は腕から牙を抜き、再度噛みついて来ようとする灰狼の首に掴みかかると、解けた縄をその首に巻き付け、絡めとりながら振り向き、後ろから飛び掛かってきた白狼の口の中にそれを押し込んだ。
――ギャウ!
仲間に頭を噛み砕かれた灰狼の断末魔が響く。エイダンは縄を緩め、口まわりを仲間の血で赤くした白狼の首に巻き付けると、その身体を地面に押し倒して縄を締め上げた。白狼は強い力で抵抗し、暴れまわる。
最初に噛まれたエイダンの腕の傷から血が噴き出して、痛みで狼を押さえつける力が緩んだ。これ幸いにと白狼は縄を抜け、エイダンめがけて噛みつこうと体制を整えた。
(――まずいッ)
その刹那――、
「エイダン様っ」
金切り声のようなハンナの叫び声とともに、彼女が投げつけた石礫が白狼の頭に直撃した。白狼は鳴き声を上げて、バランスを崩す。
「ン――ッ!」
エイダンは口輪の奥から叫びながら傍に落ちた拳大の石を拾い上げ、思いっきり何度も狼の頭を殴りつけた。石は狼の頭蓋を潰し、断末魔が響き渡った。
エイダンは相手が動かなくなったのを確認すると、大きく息を吐きながら立ち上がり、口輪を外した。
「――エイダン様ぁ、無事ですかぁ……」
顔を上げると、ハンナが泣きながら腰を抜かしている。
エイダンは彼女に近寄ると、腕を縛っている縄を解いて抱きしめた。
「――――逃げろと言ったつもりだったのに」
「生きてて良かったですぅ……」
服を割いて腕の傷を縛ると、ハンナを立ち上がらせた。
「早く街道に向かおう。――キアーラには戻れぬ。ひとまずマルコフ王国に戻るぞ」
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