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1.元聖女は冒険者になりました。

10.

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  ――おとーさーん
 
 暗闇に向かって私は呼びかける。
 
 ここはどこ? ――神殿じゃない別の場所だ。

 お腹も減ってるし、寒いし、辛い気持ちがこみ上げてきて、私は大声で泣いた。

 ――わぁぁぁぁ、おとーさーーん、どこーーー

 ごちんっ

 誰かが頭を殴る。

 ――うるせぇんだよ! 黙れクソガキ!!

 怒鳴られて、怖くて、また泣き声を上げると、その人が再び拳を振り上げた。

 ワンワン!

 だけど、どこからか犬の鳴き声がして、私に振り下ろされる手に、噛みつく。

 ――ぎんっ、ありがと、ぎん

 私はその犬の首を抱きしめて、ふわふわした銀色の毛を撫でる――

 そうだ、毛が銀色だから、名前がぎんにしたんだ。

「痛ぇ、痛っ」

 ――え?

 私はそこで急に現実に戻った。

 今、確かにふわふわした銀色の毛が生えた犬っぽいものの首を力いっぱい絞めつけている。

 これは、えっと、そうだ、狼男の首――、

「わぁぁぁ、ごめんなさいっ、私、首を」

 ぱっと手を離すと、体がぐらっと傾いた。
 そう、私は今、狼男――ライガの背中に背負われている。

「背中で暴れるなっ」

 ライガはよいしょっと私を背負いなおした。

 そうだ、兵士さんたちに帰ってもらって、二人と一緒にさあ行くぞってなった時に、急に頭痛がして――そこから記憶がなかった。

「魔法の使い過ぎ、かな?」

 横から声がした。剣を腰に差したステファンさんがにっこり笑っている。

「僕も少し魔法使えるけど、使いすぎると頭痛くなりますよね」

 私は周囲を見回した。
 馬が二頭いて、一頭は燃え残った積み荷をいっぱいぶら下げてて、もう一頭は上に手を縛って口輪をしたおじさんが乗せられている。その横を私を背負ったライガとステファンさんが歩いている。

「『元』です。あ、ライガありがとう、もう歩けると思う……」

 私はライガの背中から降りようとしたけど、ふさふさした手はそれをさせてくれない。
 彼はまた牙を出して唸った。
 
「どうせ歩いたってゆっくりだろ、迷惑なんだよ」

「その顔……怖いから止めて……」

 私はそう言ってから、ステファンさんの方を向いた。

「すいません、ご迷惑かけて……。ステファンさんも魔法使えるんですか?」

「少しだけね。――あ、少しだけです。レイラさんほどはとても」

 言い直したステファンさんに、私は手をぶんぶん振った。

「そんな丁寧な口調にしないでください。私のことはレイラで結構です」

「じゃあ僕のこともステファンで。旅仲間だしね」

 ステファンはにっこり笑った。

 私は思わず照れた。

 今まで、私の視界に入る男性って大司教様か、国王様くらいで、若い人って、たまに王太子のエイダン様くらいで、あんまり比較対象はいないんだけど、ステファンはそれでもかなり整った顔立ちなんじゃないかな。

「おい」

 私の前でライガが不機嫌そうな声を出す。

「お前、何でステファンにだけさん付けなんだよ。俺のことは初めから呼び捨てにしてただろ」

「ご、ごめんなさい、狼だから……つい……」

 彼は振り返ると牙を出した。

「あー、出ました、人間様の差別発言。聖女様ともあろうお方が他種族差別ですか」

「元、だから、元! ごめんなさい、つい、でもその顔止めてってばっ」

「ライガ、めろよ」

 めながらもステファンの顔は笑っていた。
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