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それじゃあ早速調べてみようか
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資料の劣化を防ぐためか、資料室は低い位置に換気用の小さな窓が付いているだけの薄暗い部屋だった。
オズワルド副団長がすぐに灯りをつけてくれたので、室内はそこそこ明るくなる。
「明るい場所でご覧になっていただきたいのは山々なのですが、規則でこの部屋からの持ち出しが禁止されていますのでご容赦ください」
と言いつつ一向に悪びれた様子のないオズワルド副団長は、予め探してあったようで該当する資料をすぐに棚から抜き出して持って来てくれた。それを部屋の中央にある向かい合わせになった二つの机の上にどさりと置く。
「調書や資料はこれで全てですが、後ほど当時の現場にいた騎士がこちらへ伺う事になっています」
「何から何までありがとうございます」
ぺこりと頭を下げたら、なんの、と屈託なく笑って片手をひらりと振る。
「いえいえ、これしきの事。礼には及びません」
向かい合わせの机に私とアシュレイ様が、護衛も兼ねて扉口の横にオズワルド副団長が腰を下ろした。
アシュレイ様が積まれた調書や関連資料の一番上を取って、手元に広げる。
「それじゃあ早速調べてみようか」
「はい」
私も上から取って手元に広げた。
暫く互いに黙々と調書に目を通す。
そうして積み上がったものひとつひとつに目を通し続けること数時間。
遂に探し求めていたものが見つかった。何度もその箇所を確認し、読み間違いでない事に頷く。
「――あった……」
私が知りたかったのは……、
「凶器のナイフ……刃の断面形状は……ああやはり」
思わず声に出ていたようで、アシュレイ様が「何かわかった?」と顔を上げてこちらを見てきた。扉口の側にいるオズワルド副団長も、くい、と片眉を上げて興味深げに聞き耳を立てている。
「ここをご覧ください。犯人の凶器についてですが」
どれどれ、とアシュレイ様が身を乗り出して資料を覗き込む。
「凶器のナイフですが、そもそもナイフとひと口で言ってもその刃には様々な形状がある事はご存知かと思います」
「ああ、うん」
「断面形状と言いまして、例えば刃先を鋭角に削ったもの、あるいはふくらみがあって厚みをもたせたもの、その他にも様々な形状があるのですが、この犯人の持っていたナイフの形状は両刃のものでした。 ……そしてこちらもご覧ください」
と、別の資料のある箇所を指で示すと、そこを覗き込んだアシュレイ様が、
「――これは……」
と目を大きく見開いた。
暫くじっとそこに記載されている事実を見つめていたアシュレイ様は、一度固く目蓋を閉じると、深い息を吐いて目を開き、ゆっくり顔を上げた。
「これが本当なら……私は……」
複雑な色を湛えた瞳がゆらゆら揺れる。机の上でグッと握り締めた拳に、これまでの様々な感情が去来している事が表れていた。
アシュレイ様に声をかけようと口を開きかけた時、扉を二度叩く音が部屋に響いた。
オズワルド副団長がサッと立ち上がり、来訪者の名と目的を聞き取り、扉を開ける。入って来たのはオズワルド副団長と同年代くらいの騎士が二人と、文官の制服を着た白髪混じりの壮年の男性が一人。
「第二騎士隊隊長サイラス・イーストン参上いたしました」
第二騎士隊は王都の警備や事件事故等の捜査及び調査を主に担っていて、隊服は濃紺。額から頬の下辺りまで斜めに傷痕の走るサイラス団長は、黒に近い茶髪を後方へ流し、髪と同色の瞳は何かを観察するかのように鋭い。長身で身体の厚みもあるため、威圧感が半端ない。裏社会に違和感なく潜入出来そうな外見なのだけれど、所作に品の良さが滲み出ているから貴族の可能性が高い。
ちなみに第一騎士隊は王宮全体の警備と王宮内で起こる事故や事件の捜査及び調査を担っていて、隊服は臙脂色。
第三騎士隊は団内及び災害時の救援地において医療と衛生を担う。隊服は深緑。第四騎士隊は王国主催の式典や行事での音楽演奏を担う。隊服はロイヤルブルー。第五騎士隊は情報の収集と処理、地形の把握と地図作成を担う。隊服は枯草色。そしてなぜか第六がないので終わりかと思えば、特殊任務を担う第七騎士隊というものが存在するらしい。王家直属とはまた違う諜報・工作活動が主な任務らしいのだが、隊服が黒色なことから通称鴉と呼ばれる。
そうしてその近衛騎士隊をはじめ第一から第七騎士隊の、つまり総じて王国騎士団の頂点が騎士団団長となるわけで、王都だけでなく地方を含めた国全体で数万人の騎士たちの頂点と考えるなら、どれほどのものかがわかるというものだし、オズワルド副団長なんてその頂点に最も近いところにいるのだから、親戚の明るいお兄ちゃん風なこの方も大概凄い地位にいるのである。
とまあ、王国騎士団の話はこれくらいにして。
サイラス隊長の次に挨拶してきたのは。
「近衛騎士隊副隊長クリスティアン・エルドレッド、参りました」
騎士団の話はこれくらいで、なんて言ったけれど、せっかくなので近衛騎士隊についても少しだけ。
近衛騎士隊は国の頂点におわす王族の身辺警護が任務であるゆえに、全騎士団中最も腕の立つ精鋭揃いなうえに、出自の確かさや豊かな教養も必要なので選抜されるには幾つもの難関を突破しなければならないほどの狭き門らしい。その辺りがなんだか私の受けた特待生試験にも似ている……いや、特待生試験が似ているのだろう。
ゆえに、たとえなんらかのコネによって配属されたとしても、実力が伴わなければ恐ろしく過酷な訓練に根を上げ一日すら保たないこと請け合い、とっとと尻尾を巻いて逃げ出すのがオチだ。
つまりちょっとやそっとでは到底配属されないのが近衛騎士隊なのである。
しかしそんな訓練を潜り抜けた目の前のクリスティアン様、さすが精鋭中の精鋭からなる近衛騎士なだけあってとても顔が良い。長めの銀髪を後ろでひとつに括り、鍛え上げられていながら細身の体躯に繊細な面立ちは女性人気が凄そうだ。
現に目が合うとにっこり愛想良く笑むクリスティアン様からどうも軽薄な匂いが漂って来る……さては結構遊んでるな……?
……って、いい大人のあれやこれやなどどうでも良い。
最後に挨拶してくれた三人目は、
「フランシス・コーエンでございます。現在は文官をしておりますが、以前は騎士団に身を置いておりました。どうぞなんなりとお尋ねください」
灰色の文官服を身につけ、歳の頃は四十代くらいだろうか、痩せぎすで中背、ちらほら白髪のある黒髪を丁寧に撫でつけ、銀縁眼鏡が知的で物腰柔らかな空気を持つ方だ。
当初、話を聞きたいとお願いしていた通りにアシュレイ様が手を回してくれたようだ。さすがの手際の良さである。
「各々やるべき仕事があるだろうが来てくれてありがとう。良かったらかけてくれ」
アシュレイ様の勧めに従って、オズワルド副団長が用意してくれた椅子に三人が揃って腰を下ろす。騎士団員の二人はオズワルド副団長が椅子を用意する様にぎょっとし、若干恐々としていたけど。
大丈夫だよ、オズワルド副団長めちゃくちゃニコニコしてるし。なんだか大型犬みたいな人だなあ。
「この通り資料が置いてある部屋ゆえ茶も出せずすまない。早速話を聞かせてくれるだろうか。質問はここにいる私の婚約者エメ・リヴィエールが行う」
三人が私を見て小さく頷いてくれたので、ぺこりと会釈を返した。
「ご紹介に預かりました、エメ・リヴィエールです。お初にお目にかかります、イーストン様、エルドレッド様、コーエン様。どうぞよろしくお願いいたします。 ――早速ですが、今から七年前、王都に新設されたばかりの学校でアシュレイ殿下が襲撃されたのを皆様はご存知かと思います。実際その場にいらっしゃったのがイーストン様とコーエン様でしたよね?」
二人がそれぞれしっかり頷いて肯定する。
「ではまずイーストン様に当時の様子をお聞かせ願えるでしょうか」
そう促せば、サイラス団長の目線がやや左下を向く。
「あの日、私は第一騎士隊の隊員として学校の警備に刈り出されていました。王太子殿下や各国の要人方が見学される教室の近くに配置されていたのですが、俄かに騒がしくなったと思うと悲鳴が聞こえたため許可を得てそちらへ急行したところ、一階から二階へ上がる階段の踊り場に血痕の飛び散った跡があったのです」
オズワルド副団長がすぐに灯りをつけてくれたので、室内はそこそこ明るくなる。
「明るい場所でご覧になっていただきたいのは山々なのですが、規則でこの部屋からの持ち出しが禁止されていますのでご容赦ください」
と言いつつ一向に悪びれた様子のないオズワルド副団長は、予め探してあったようで該当する資料をすぐに棚から抜き出して持って来てくれた。それを部屋の中央にある向かい合わせになった二つの机の上にどさりと置く。
「調書や資料はこれで全てですが、後ほど当時の現場にいた騎士がこちらへ伺う事になっています」
「何から何までありがとうございます」
ぺこりと頭を下げたら、なんの、と屈託なく笑って片手をひらりと振る。
「いえいえ、これしきの事。礼には及びません」
向かい合わせの机に私とアシュレイ様が、護衛も兼ねて扉口の横にオズワルド副団長が腰を下ろした。
アシュレイ様が積まれた調書や関連資料の一番上を取って、手元に広げる。
「それじゃあ早速調べてみようか」
「はい」
私も上から取って手元に広げた。
暫く互いに黙々と調書に目を通す。
そうして積み上がったものひとつひとつに目を通し続けること数時間。
遂に探し求めていたものが見つかった。何度もその箇所を確認し、読み間違いでない事に頷く。
「――あった……」
私が知りたかったのは……、
「凶器のナイフ……刃の断面形状は……ああやはり」
思わず声に出ていたようで、アシュレイ様が「何かわかった?」と顔を上げてこちらを見てきた。扉口の側にいるオズワルド副団長も、くい、と片眉を上げて興味深げに聞き耳を立てている。
「ここをご覧ください。犯人の凶器についてですが」
どれどれ、とアシュレイ様が身を乗り出して資料を覗き込む。
「凶器のナイフですが、そもそもナイフとひと口で言ってもその刃には様々な形状がある事はご存知かと思います」
「ああ、うん」
「断面形状と言いまして、例えば刃先を鋭角に削ったもの、あるいはふくらみがあって厚みをもたせたもの、その他にも様々な形状があるのですが、この犯人の持っていたナイフの形状は両刃のものでした。 ……そしてこちらもご覧ください」
と、別の資料のある箇所を指で示すと、そこを覗き込んだアシュレイ様が、
「――これは……」
と目を大きく見開いた。
暫くじっとそこに記載されている事実を見つめていたアシュレイ様は、一度固く目蓋を閉じると、深い息を吐いて目を開き、ゆっくり顔を上げた。
「これが本当なら……私は……」
複雑な色を湛えた瞳がゆらゆら揺れる。机の上でグッと握り締めた拳に、これまでの様々な感情が去来している事が表れていた。
アシュレイ様に声をかけようと口を開きかけた時、扉を二度叩く音が部屋に響いた。
オズワルド副団長がサッと立ち上がり、来訪者の名と目的を聞き取り、扉を開ける。入って来たのはオズワルド副団長と同年代くらいの騎士が二人と、文官の制服を着た白髪混じりの壮年の男性が一人。
「第二騎士隊隊長サイラス・イーストン参上いたしました」
第二騎士隊は王都の警備や事件事故等の捜査及び調査を主に担っていて、隊服は濃紺。額から頬の下辺りまで斜めに傷痕の走るサイラス団長は、黒に近い茶髪を後方へ流し、髪と同色の瞳は何かを観察するかのように鋭い。長身で身体の厚みもあるため、威圧感が半端ない。裏社会に違和感なく潜入出来そうな外見なのだけれど、所作に品の良さが滲み出ているから貴族の可能性が高い。
ちなみに第一騎士隊は王宮全体の警備と王宮内で起こる事故や事件の捜査及び調査を担っていて、隊服は臙脂色。
第三騎士隊は団内及び災害時の救援地において医療と衛生を担う。隊服は深緑。第四騎士隊は王国主催の式典や行事での音楽演奏を担う。隊服はロイヤルブルー。第五騎士隊は情報の収集と処理、地形の把握と地図作成を担う。隊服は枯草色。そしてなぜか第六がないので終わりかと思えば、特殊任務を担う第七騎士隊というものが存在するらしい。王家直属とはまた違う諜報・工作活動が主な任務らしいのだが、隊服が黒色なことから通称鴉と呼ばれる。
そうしてその近衛騎士隊をはじめ第一から第七騎士隊の、つまり総じて王国騎士団の頂点が騎士団団長となるわけで、王都だけでなく地方を含めた国全体で数万人の騎士たちの頂点と考えるなら、どれほどのものかがわかるというものだし、オズワルド副団長なんてその頂点に最も近いところにいるのだから、親戚の明るいお兄ちゃん風なこの方も大概凄い地位にいるのである。
とまあ、王国騎士団の話はこれくらいにして。
サイラス隊長の次に挨拶してきたのは。
「近衛騎士隊副隊長クリスティアン・エルドレッド、参りました」
騎士団の話はこれくらいで、なんて言ったけれど、せっかくなので近衛騎士隊についても少しだけ。
近衛騎士隊は国の頂点におわす王族の身辺警護が任務であるゆえに、全騎士団中最も腕の立つ精鋭揃いなうえに、出自の確かさや豊かな教養も必要なので選抜されるには幾つもの難関を突破しなければならないほどの狭き門らしい。その辺りがなんだか私の受けた特待生試験にも似ている……いや、特待生試験が似ているのだろう。
ゆえに、たとえなんらかのコネによって配属されたとしても、実力が伴わなければ恐ろしく過酷な訓練に根を上げ一日すら保たないこと請け合い、とっとと尻尾を巻いて逃げ出すのがオチだ。
つまりちょっとやそっとでは到底配属されないのが近衛騎士隊なのである。
しかしそんな訓練を潜り抜けた目の前のクリスティアン様、さすが精鋭中の精鋭からなる近衛騎士なだけあってとても顔が良い。長めの銀髪を後ろでひとつに括り、鍛え上げられていながら細身の体躯に繊細な面立ちは女性人気が凄そうだ。
現に目が合うとにっこり愛想良く笑むクリスティアン様からどうも軽薄な匂いが漂って来る……さては結構遊んでるな……?
……って、いい大人のあれやこれやなどどうでも良い。
最後に挨拶してくれた三人目は、
「フランシス・コーエンでございます。現在は文官をしておりますが、以前は騎士団に身を置いておりました。どうぞなんなりとお尋ねください」
灰色の文官服を身につけ、歳の頃は四十代くらいだろうか、痩せぎすで中背、ちらほら白髪のある黒髪を丁寧に撫でつけ、銀縁眼鏡が知的で物腰柔らかな空気を持つ方だ。
当初、話を聞きたいとお願いしていた通りにアシュレイ様が手を回してくれたようだ。さすがの手際の良さである。
「各々やるべき仕事があるだろうが来てくれてありがとう。良かったらかけてくれ」
アシュレイ様の勧めに従って、オズワルド副団長が用意してくれた椅子に三人が揃って腰を下ろす。騎士団員の二人はオズワルド副団長が椅子を用意する様にぎょっとし、若干恐々としていたけど。
大丈夫だよ、オズワルド副団長めちゃくちゃニコニコしてるし。なんだか大型犬みたいな人だなあ。
「この通り資料が置いてある部屋ゆえ茶も出せずすまない。早速話を聞かせてくれるだろうか。質問はここにいる私の婚約者エメ・リヴィエールが行う」
三人が私を見て小さく頷いてくれたので、ぺこりと会釈を返した。
「ご紹介に預かりました、エメ・リヴィエールです。お初にお目にかかります、イーストン様、エルドレッド様、コーエン様。どうぞよろしくお願いいたします。 ――早速ですが、今から七年前、王都に新設されたばかりの学校でアシュレイ殿下が襲撃されたのを皆様はご存知かと思います。実際その場にいらっしゃったのがイーストン様とコーエン様でしたよね?」
二人がそれぞれしっかり頷いて肯定する。
「ではまずイーストン様に当時の様子をお聞かせ願えるでしょうか」
そう促せば、サイラス団長の目線がやや左下を向く。
「あの日、私は第一騎士隊の隊員として学校の警備に刈り出されていました。王太子殿下や各国の要人方が見学される教室の近くに配置されていたのですが、俄かに騒がしくなったと思うと悲鳴が聞こえたため許可を得てそちらへ急行したところ、一階から二階へ上がる階段の踊り場に血痕の飛び散った跡があったのです」
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