上 下
15 / 62

鞄の持ち手ってそんな音出るんだね!?

しおりを挟む
 

 アシュレイ様とひとしきり喋って校門を潜ったところで、前方にセシル様がいるのを発見した。隣には見知らぬ令息が立っている。
 ダークブラウンの短髪に同色の瞳、中背で痩身のこの方は誰だろうセシル様の同級生かな、と思った時、おっとり擬態のセシル様がこちらに気づいて片手をひらりと振った。
 
「おはよう。アシュレイ、リヴィエール君」
「ああ、おはようセシル」
「おはようございます、ハンコック様」
「ああ、そうだリヴィエール君。僕のことは名前で呼んでくれる?」
「承知しましたセシル様。では私のこともエメ、とお呼びください」
「了解、エメ君。 .......ところでそれ、ずっと気になってるんだけど。君たち恋人繋ぎで登校だなんて、どうしたの? 昨日あれから何かあった?」
 
 品を損なわないニヤニヤ笑いを初めて見たし、ずっと手を繋いだままだったことに私は今、ここでようやく気づいた。カフェ開業の話に夢中ですっかり忘れていた。

 ドッと背中に変な汗が吹き出る。

「ま……まさかですが……もしかしなくても、浮かれに浮かれきったお馬鹿な恋人同士なんてものに見えてます……?」

 恐る恐る訊ねたら、それはもうイイ笑顔で頷かれてしまった。親指をぐっと立てられながら。

「ヒエッ……」

 顔から火が出る、とはこのことだ。

 なんてことだ! 恥ずかし過ぎる……! これが俗に言う「恥ずか死ぬ」というやつか……!? 

 付き合いたての恋人達というのは、大抵、頭の中に花々が咲き乱れ、正常な思考力は低下し、浮かれきった心のままに数年後には羞恥で叫び転がり回りたくなるような恋の詩歌を相手へ捧げると言う……第三者の目線からは明らかにお馬鹿に見えると言うそれに! まさかの私達が! 見えると言うのか……!

 今すぐ! 転がりたい!
 
 泡を食って手を離そうとするのに……くっ、 ……は、離れん! ガッチガチやぞ! 絡んだ指が! ガッチガチで離れない! ちょっとアシュレイ様!?

 必死で見上げれば、爽やかお兄さん顕現で眩しいほどの笑顔を返された。なのに背中にドス黒い靄が見える……! あれっ!? なぜ!? なに!? なんなの!? こ、これはもしやアレか……!? ヤンのデレか!? ヤンのデレなのか……!? どうしようわからない! 頭突き? 頭突きいっとく? いや待て相手は王子、いのちだいじに、だ!

 混乱してぐるぐる目も頭もまわしそうになったものの、一周回ってスン……となった。わからないことを考えても仕方ない。とりあえず何も見なかったことにしておこう。私は何も見なかった。

 私は切り替えの早い女なのである。ということで、速攻で話題を変えた。

「ところで、セシル様のお隣の方は……」

 どなた、と言う前に初対面のはずの令息にギロリと睨みつけられた。射殺さんばかりのそれに困惑する。
 えっえ~なんで......ふと蘇る既視感。再びニコルの顔が思い浮かんだが、こちらの令息は彼と違って殺意増し増しに睨みつけるばかりで自己紹介してくれず、妙に攻撃的な空気感がビシバシ漂ってくる。 

 ……いやほんと、なんで?

 そんなあなたは誰ぞ、なご令息だが、今も顔は凶悪に歪んで……と、なんだったかなあ......母様が言っていた......えーっと、メ、メ、 ......ああそうだ、「メンチを切る」だ。私はどうもメンチを切られているようだ。ううむ、はじめましてのご挨拶すらまだなはずなのだけど。あれか? あの、ギザギザになった心を抱えて盗んだ馬車で走り出し、触れたものみな傷つけたくなる、例のあの時期のことだろうか。

 つまりこれはあれだ。学園には一定数そういう輩がいると母様が言っていた、

不良ヤンキー
「あ゛あ゛?」

 早速、凄まれました。
 なぜだ。
 理不尽だとは思うけれど、おそらく先輩だろうから色々逆らわないようにしようと、私は深々と礼をする。

「初めまして、新入生のエメ・リヴィエールと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「あ゛? 誰がお前みたいな田舎臭い芋野郎とよろしくするか、ボケ」

 おっと。初っ端から取り付く島もない。しかしこれは不良ヤンキー確定かな。何せ肩を怒らせめちゃくちゃイキりまくっている。自己紹介しただけで罵倒されたのは初めてかもしれない。新鮮だ。一体、彼の何がそうさせているのか。やはりそういうお年頃なのだろうか。

 とはいえ学園内とはいえここは小さな貴族社会、触るものみな傷つけていたら、あまつさえうっかり高位貴族に牙でも剥こうものなら、むしろこの御令息は既にこの学園に存在していないだろう。ということは、私にだけそういう態度ということか? 対私ヤンキー。 なるほどなるほど。
 なら問題ない。うん。

「無礼が過ぎるよ、エメ君に謝罪して」

 擬態とはいえおっとり笑顔が標準装備のセシル様もさすがに厳しい顔で御令息を咎める。
 けれどご令息ときたら大きな舌打ちと共に「うぜえ」とか言っちゃってるぞ。

 仮にも侯爵家のご令息にそんな口を利けるとは命が惜しくないのか、勇者か? いや、単に無謀なだけだろうけど。自暴自棄という感じでもなさそうだし。

 ひょっとしてお家が侯爵家以上の爵位なのかな? ってそれを言ったらもう残すは公爵家か王族しかないのだけど、いまいち言動が洗練されていないし、セシル様の口調を鑑みると身分はハンコック家よりは格下の侯爵家以下というところかな。
 
 あ、洗練といえば。そういえばアシュレイ様は大丈夫だろうかと、ちら、と視線だけ見上げたら。

 無言でにっこり微笑みながらも額とかこめかみとかに! ビッキビキに青筋が! 立ってらっしゃる!! 繋いでいない方の鞄の持ち手を握り締める手が! どれだけ力を入れてるんだというくらい腕に! 筋が! 持ち手がメキメキって! メキメキって鳴ってる!! 鞄の持ち手ってそんな音出るんだね!?




 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者の彼から彼女の替わりに嫁いでくれと言われた

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:13,817pt お気に入り:425

悪役令嬢?何それ美味しいの? 溺愛公爵令嬢は我が道を行く

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,946pt お気に入り:5,738

“その後”や“番外編”の話置き場

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:830pt お気に入り:689

結婚式後夜

現代文学 / 完結 24h.ポイント:745pt お気に入り:6

さようなら旦那様

恋愛 / 完結 24h.ポイント:24,388pt お気に入り:572

生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:350

処理中です...