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では僭越ながら

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「それじゃ、僕たちの自己紹介は済んだから今度は君たちね」

 私たち三人は顔を見合わせると、小さく頷き合ってから前へ向き直った。

「では僭越ながら。エメ・リヴィエールです。この度特待生制度試験に受かり、隣国エストーラより留学生として参りました。家はエストーラの西端、アデライ帝国との境にあたる辺境伯領、リヴィエール辺境伯家です。至らない点も多々あるかと思いますが最善を尽くせるよう努めて参りますので、皆さまどうぞ宜しくお願いいたします」

 最も早く反応したのは意外にもセヴラン様で、僅かに目を見開くと、何に納得したのかひとつ頷いた。
 ……え、何に納得したの? 教えて? ふむ、じゃないんですよ。武門の家のお方だから、なんかそういう繋がりなのかなあ……まあ、うち、仲のよろしくない帝国との関係で王国騎士団より強いと謳われる精鋭騎士たち揃い踏みの騎士団抱えてるからなあ……うーん、でもわからん。

「リヴィエール辺境伯領と言えば、長年、帝国の侵略を食い止めているだけでなく、治水や交通など下部構造の整備と拡充、それに乗じた輸送や観光業など随分多岐に渡る事業や改革を推し進めているそうですね」

 財務大臣の娘ジュディス様の縁なし眼鏡がキラリと光る。お家が商会を営むケイトも言わずもがな、意外にもその他の面々も興味津々だ。
 
 ていうか皆さん、よくご存知で。
 うちの領地、隣国とはいえこの国から遥か西にあってめちゃくちゃ遠いのに。一番速い馬車でもの凄く急いでも片道二ヶ月半はゆうに掛かるんだけどなあ。普通の速度なら三ヶ月は掛かるし。片道だけで一年の四分の一を消費するとかどんだけ。移動じゃなくてもはや旅だ、旅。

 いやあ、私も学園まで来るの大変だった。 ……というのは嘘で、いや、嘘でもないし馬車の日数はその通りなんだけど、先ほどジュディス様が言っていたように、実は去年、我が国においては東西を貫く鉄道が開通したんですよ。我がリヴィエール領主導で。そのおかげで、まあ時間の短縮が出来ること出来ること。

 乗車券が高額なので、まだ裕福な貴族や商人向けではあるのだけど、いずれは平民でも気軽に比較的安価で乗れるようにするのが目標だ。素晴らしい技術開発だよね。

 そんなわけで、寝台列車に乗って快適に旅すること十日、降りて従兄弟の伝手で待ち受けていた馬車に揺られること三日、そこから国境を越えてさらに学園のある王都まで馬車を乗り継ぎ約一ヶ月。大体ひと月半でやって来られたので、時間的には約半分を短縮出来た計算になる。
 たった半分、されど半分。サウスフェリにも鉄道が通ればさらに短縮出来るだろうなあ。いつかそうなれば良いな。

 今はまだ帝国に行く方が近いのだけど、あそことは未だに国境付近で小競り合ってるからねえ。それに比べるとサウスフェリは同盟国だから小競り合いもなく、だからそこと隣接する領は人の行き来もあって平和なんだよね。良いなあ。

 とまあ、そんなこんなで実家まではとても遠いから長期休暇も帰れないだろうなあ。何せ帰るだけで休暇が殆ど終わっちゃうし。三年間帰れない可能性大。うう……そう思うとちょっと寂しい。自分で留学を選んだんだけど。
 あっと、いけない。寂しがってる場合ではかなった。我が領についてだったか。
 
「ええ、はい。領民の皆様の協力もあって、なんとか」

 これくらいのさらっとした受け答えが無難だろう。

 さて、私の自己紹介が終わったので、次はニコルだ。

「あー、ニコル・オトニエル。子爵家嫡男、です。よろしく……お願いします」

 さすがに王子と高位貴族たちを前に辿々しくも敬語を使うニコル。微笑ましい。

「オトニエル様のお祖父様は、ひょっとしてエドウィン・オトニエル子爵でいらっしゃる?」

 小首を傾げるクレア様のその仕草がまあ、なんと様になること。波打つ蜂蜜色の髪がさらりと肩に流れてとても麗しい。

「じいちゃ……あ、えっと祖父を知っ、 ……ご存知なんですか!?」

 おっと、ニコル? クレア様の質問に目が輝いたぞ? さては君、お祖父様大好きっ子だな?

「ふふ、ええ。二十数年前に起きた大規模災害で子爵様と奥方様が行った領民への人道的支援は有名ですもの」

 途端、ニコルの顔がパアッと光り輝いた。笑顔全開。

「そうなんだよ! じいちゃんとばあちゃんはすげーんだ……っ、あ、いや、えっと、すごい……んです」

 大好きなお祖父様お祖母様を褒められて、嬉しさのあまり興奮してしまったことに気付いたニコルが慌てて言い直す。
 いやあ、和むなあ。

 でも、そう感じたのは私だけではなかったようで、言われたクレア様も他の皆も幼い子供が「ぼく、これだーいすき!」と満面の笑みで言うのを見た時のように、ニコルのピュアピュア成分を浴びてほっこりとした表情をしている。
 うんうん、癒されるよねえ。早くも空気清浄機能を発揮したニコルに、クレア様もくすくす笑う。

「まあ。お祖父様もお祖母様もオトニエル様にこれだけ尊敬されて幸せですわね」

 うーん、こちらはとても可愛い。外見は可愛いより華やか美人さんなクレア様だけど、すごくおっとりしている雰囲気がする。笑い方とか口調なんかもそうだし、纏う空気がとにかくふんわり柔らかい。マシュマロみたい。
 たぶん、この方天然物の可愛い人だ。作られた可愛さじゃなくて可愛いを抱っこして産まれて来た人だ。おっとり偽装(間違いないと思う)のセシル様と違う、正真正銘のおっとりさんだ。

 わー可愛い~。なにあのくすくす笑い。仕草からもう可愛いんだけど。美人なのに可愛いとか最強じゃないか。

 ニコルとクレア様の組み合わせ、癒ししかない。二人まとめてぎゅーってしたくなる。なんて不埒なことを考えていたら、ふと見ると、二人を見るセヴラン様の眉間にほんの僅か皺が刻まれているのを発見した。

 ……あれ? あれれ、これはもしや……? と怪しんだ瞬間、くしゅ、と可愛いくしゃみをしたので、なーんだ、と自分の勘違いに息を吐く。
 紛らわしいけどくしゃみの音が意外にも可愛らしい、というセヴラン様のギャップについてどうでも良い情報を知ってしまった私である。

 和やかな雰囲気になったところで、最後にケイトが自己紹介をする。

「ケイト・シモンズでございます。家は商会を営んでおりまして、最近男爵に叙爵されました。ご用命がございますればなんなりと。生徒会の執務につきましては不慣れなことも多いかと存じますが、先輩方の胸をお借りしながら精一杯努めさせていただきたく思います。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」

 ケイトがぴんと伸ばした背筋も美しく、微笑みを浮かべながら泰然と挨拶する。

「今最も勢いのあるシモンズ商会のご令嬢だったんだね。どうりで肝が据わっている」
「恐れ入りますわ、殿下」

 感心して頷く王子に、これもまた臆することなく綺麗なお辞儀を見せた。
 

 こうしてひとまず顔合わせも終わり、生徒会の執務は明日からということで、解散となった。
 ニコルとケイトとこれからどうする? という話をしながら生徒会室を出ようとしたら、王子に呼び止められた。

「エメは残ってくれるかな?」
「……承知しました」

 ええ......なんだろう。

 とは思ったけれど、婚約の件も意味もなく引き延ばすよりさっさと話した方が今のうちならなんとか出来るだろうし賢明なはずだ。王子が声をかけてくれて丁度良かったと思おう。



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