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第三章
09.気遣いの行方
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少しの間、荒れた気分を抑えらずにいた矢神だったが、コップ一杯の冷たい水を飲んで、何とか心を落ち着かせた。
ふと、我に返ってあることに気がつく。
コンビニにアイスを買いに行った遠野が、まだ戻ってきていないということだ。出かけてから、一時間近くは経っている。
「あいつ、どこのコンビニまで買いに行ったんだ」
少し心配になり、矢神は、遠野に連絡をしてみることにした。しかし、彼は電話には出てくれなかった。
何かあったのかと不安が過ぎり、根気よく何度もかけなおしていれば、十分後、ようやく電話が繋がったのだ。
『はい、遠野です』
「おまえ、何してんだ?」
唐突に問いかければ、申し訳ないように困った声を出した。
『すみません、アイス待ってますよね』
アイスのことは、どうでも良かった。ただ、何時間もコンビニいることが不思議で、事件や事故に巻き込まれたんじゃないかと、いろいろ悪い想像をしてしまったのだ。
「立ち読みでもしてたか?」
『いえ、今、ネットカフェにいるんです』
予想だにしない答えが返ってきた。呆れた矢神は、無意識のうちに冷たい口調になっていた。
「コンビニから、なぜネットカフェなんだ」
『今夜は、ここに泊まろうかと思って』
次々とおかしな回答が返ってくる。思いたったらすぐに行動する。遠野らしいとは思うが、心配した時間を返せと言いたくなった。
「そんなに夢中になるものがあったか?」
『えっと、そうじゃなくて……、眞由美さん、泊まるって言ってたから、オレがいたらお邪魔かなって』
「何、言ってんだよ……」
眞由美の言葉を思い出していた。彼女の言うとおり、遠野は、矢神と眞由美に気を遣い、コンビニ行くと嘘を吐いたのだろう。
『だから、アイスは、買って帰れないんですけど』
額に手を当てた矢神の口から、ため息が漏れた。
そこまで気を遣わせていたことに、全く気づかなかった。自分が情けなく、悔しくて、ぎりっと奥歯を噛みしめる。
「眞由美は、帰ったよ」
『帰っちゃったんですか?』
「ああ、だから、おまえは戻ってこい」
矢神が言った後、遠野からの返答はなく、なぜか沈黙が流れた。
「おい、聞いてるのか?」
急かすように訊ねれば、遠野は、か細い声で答えた。
『オレ……帰っていいんですか?』
心がどよめいた。彼の口からそんな言葉を聞かされるとは思っていなかったから、戸惑ったのだ。
「おかしなこと言うな。あたりまえだろ、今は、おまえの家でもあるんだから」
『はい、じゃあ、もう少ししたら帰りますね』
電話を切ってから矢神は、頭を抱えて、その場に崩れるように座り込んだ。
彼のことを何も考えていなかったと痛感する。
遠野が居候とはいえ、一緒に住んでいる以上、矢神の方がもっと気を遣うべきだったのだ。
連日、家に他人がやってくれば、休まる暇がない。現に矢神自身も、眞由美の相手に疲れ切っていたのは事実。眞由美のことをたいして知りもしない遠野なら、なおさら気疲れしていたに違いない。楽しそうにしていたのも、遠野なりの優しさだったのだろう。
帰ってきたら、何て言って謝ればいいだろうか。
そんなことを悶々と考えていたが、遠野は帰宅するなり、いつものテンションで、明るい口調だった。
「矢神さん、新商品のいちごミルクアイスがやっと手に入りましたよ! 残り一つだったので危なかったです。今、食べますか?」
「……ああ」
彼からコンビニの袋を受け取り、先ほどの話題を持ちかけようとした。
「あのさ」
しかし、何て切り出していいのか、言葉を選んでいる内に、遠野が話し始める。
「どうしたんですか? もしかして、濃厚バニラの方も気になってます? そっちもおいしそうですよね」
悩んでいるのが馬鹿らしくなるほど、当の本人はケロッとしている。
「半分こして、食べましょう。今、皿を持ってきますね」
まるで、何事もなかったかのように、普段と変わらない態度だ。
さっき、電話で話した時の遠野は、別人みたいだった。暗く淀んだ空気が漂っていたような気さえした。
深く考えない方がいいのかもしれない。
話を戻して、この場の雰囲気を壊したくなかった。
気にしないでおこう。
矢神は、そう考え直すのだった。
ふと、我に返ってあることに気がつく。
コンビニにアイスを買いに行った遠野が、まだ戻ってきていないということだ。出かけてから、一時間近くは経っている。
「あいつ、どこのコンビニまで買いに行ったんだ」
少し心配になり、矢神は、遠野に連絡をしてみることにした。しかし、彼は電話には出てくれなかった。
何かあったのかと不安が過ぎり、根気よく何度もかけなおしていれば、十分後、ようやく電話が繋がったのだ。
『はい、遠野です』
「おまえ、何してんだ?」
唐突に問いかければ、申し訳ないように困った声を出した。
『すみません、アイス待ってますよね』
アイスのことは、どうでも良かった。ただ、何時間もコンビニいることが不思議で、事件や事故に巻き込まれたんじゃないかと、いろいろ悪い想像をしてしまったのだ。
「立ち読みでもしてたか?」
『いえ、今、ネットカフェにいるんです』
予想だにしない答えが返ってきた。呆れた矢神は、無意識のうちに冷たい口調になっていた。
「コンビニから、なぜネットカフェなんだ」
『今夜は、ここに泊まろうかと思って』
次々とおかしな回答が返ってくる。思いたったらすぐに行動する。遠野らしいとは思うが、心配した時間を返せと言いたくなった。
「そんなに夢中になるものがあったか?」
『えっと、そうじゃなくて……、眞由美さん、泊まるって言ってたから、オレがいたらお邪魔かなって』
「何、言ってんだよ……」
眞由美の言葉を思い出していた。彼女の言うとおり、遠野は、矢神と眞由美に気を遣い、コンビニ行くと嘘を吐いたのだろう。
『だから、アイスは、買って帰れないんですけど』
額に手を当てた矢神の口から、ため息が漏れた。
そこまで気を遣わせていたことに、全く気づかなかった。自分が情けなく、悔しくて、ぎりっと奥歯を噛みしめる。
「眞由美は、帰ったよ」
『帰っちゃったんですか?』
「ああ、だから、おまえは戻ってこい」
矢神が言った後、遠野からの返答はなく、なぜか沈黙が流れた。
「おい、聞いてるのか?」
急かすように訊ねれば、遠野は、か細い声で答えた。
『オレ……帰っていいんですか?』
心がどよめいた。彼の口からそんな言葉を聞かされるとは思っていなかったから、戸惑ったのだ。
「おかしなこと言うな。あたりまえだろ、今は、おまえの家でもあるんだから」
『はい、じゃあ、もう少ししたら帰りますね』
電話を切ってから矢神は、頭を抱えて、その場に崩れるように座り込んだ。
彼のことを何も考えていなかったと痛感する。
遠野が居候とはいえ、一緒に住んでいる以上、矢神の方がもっと気を遣うべきだったのだ。
連日、家に他人がやってくれば、休まる暇がない。現に矢神自身も、眞由美の相手に疲れ切っていたのは事実。眞由美のことをたいして知りもしない遠野なら、なおさら気疲れしていたに違いない。楽しそうにしていたのも、遠野なりの優しさだったのだろう。
帰ってきたら、何て言って謝ればいいだろうか。
そんなことを悶々と考えていたが、遠野は帰宅するなり、いつものテンションで、明るい口調だった。
「矢神さん、新商品のいちごミルクアイスがやっと手に入りましたよ! 残り一つだったので危なかったです。今、食べますか?」
「……ああ」
彼からコンビニの袋を受け取り、先ほどの話題を持ちかけようとした。
「あのさ」
しかし、何て切り出していいのか、言葉を選んでいる内に、遠野が話し始める。
「どうしたんですか? もしかして、濃厚バニラの方も気になってます? そっちもおいしそうですよね」
悩んでいるのが馬鹿らしくなるほど、当の本人はケロッとしている。
「半分こして、食べましょう。今、皿を持ってきますね」
まるで、何事もなかったかのように、普段と変わらない態度だ。
さっき、電話で話した時の遠野は、別人みたいだった。暗く淀んだ空気が漂っていたような気さえした。
深く考えない方がいいのかもしれない。
話を戻して、この場の雰囲気を壊したくなかった。
気にしないでおこう。
矢神は、そう考え直すのだった。
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