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最終章:亡花の禁足地

53日目.追求意欲

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 「蓮斗さんは“九州鉄道事故”についてご存知ですか?」

 彼の口から発せられたその言葉。それは丁度タイムリーな話題でもあり、これもまた多くの謎を残している事故の一つだ。

 「……祖父から聞いたことがある。詳しいことは疎か、概要もあまり知らないけどね…」
  
 「…俺も当事者じゃないので詳細は分かりませんが、説明します。九州鉄道事故……それは六十六年前に起きた原因不明の電車爆破事故です。その内容は乗客だけでなく、辺りの建物にも損害を与えた悲劇的なものでした。線路もしくは電車に問題があったのか……意図的に起こされたものなのかでさえ定かではありません。」

 「六十六年前の事故だろ?…真相を葬ったか……」

 崩落事故と比較しても、流れた年月が倍以上長い。復興なども考えると、一つでも痕跡が残っているかすら怪しい。
 
 「……特番がいくつか組まれているような事故なのに、真相は未だ不明。…専門家が集結して、すぐにでも迫りそうなのに……」

 「特番ですか……ここだけの話、どれも真面目に調べてなんていないですよ。都市伝説に近い扱いです。……視聴しますか?」

 「いや、大丈夫だ。」

 「そうですね。時間の無駄ですからね。」

 夕焚は淡々とそう言った。期待外れ、参考にもならなかったとでも思っている雰囲気だった。
 ひとまず九州鉄道事故の基礎知識を把握した俺は、少し踏み込んだことを訊ねた。

 「死亡者は……?」

 「推定延べ七百二十四人です。帰宅ラッシュの悲劇でした。」

 「にしても多くないか……」

 「先ほども言った通り、犠牲者は乗客だけではありません。燃焼した建物からも、死亡者は出ています。」

 「なるほど……」

 少なくとも、解明を放棄するべきではないような重大な事故であったことは分かった。

 「それで、九州鉄道事故が恒夢前線にどう繋がってくる?」

 「この事故が発生して丁度一週間後に、永遠の雨模様“恒夢前線”は不自然に、突如として生成されました。最初に恒夢前線による降水が観測された場所は、名も無き山奥でした。その場所をGlobal Earth で確認してみると、微かに何かが見えるのです。」

 「パワースポット……ということでは流石に無いか。夕焚に推察では、この九州鉄道事故により生み出された何らかの呪いが、恒夢前線を創り出した……ということだよね?」

 「はい。根拠はありませんが、時期的にはそうなるかと……」

 現時点で分かっていることは、恒夢前線と花の亡霊は関連性を持っていること。肝心な花の亡霊に関しては、ほとんどよく分かっていない。接触を続けるしかないだろう。
 ただ、クロユリの発言が正しければ、呪花は残り一輪で、恐らくその最後の花がクロユリの器だ。
 とはいえ、俺達は九州鉄道事故の真相を探っている訳ではない。全ての元凶について少しでも深く知ろうとした上で、この事故との関連性を疑ったに過ぎない。故に情報はこの程度で問題ないはず。

 「夕焚、崩落事故の原因証明は、あとは君に任せても大丈夫か?」

 「大丈夫ですが……蓮斗さん、追求する気なのですか?呪いに……」

 考えていたことは流石に読まれていたようで、彼は快く送り出してはくれなさそうな様子だった。
 科学で語れない領域であり、どんな未知なる危険があるのか予想もつかないため、当然の反応とも言えるだろう。

 「ああ。追求する。」

 「貴方にとって当初の目的は、崩落事故の真相を解明することでしたよね。未知の危険に挑戦する意味とは……」

 「…元凶、それでいて俺に接触したから。……あれを祓わない限り、負の連鎖は続くと思っている。確かに俺である必要性もない。だけど…!…ここまで来たのなら、全部晴らしたい。」

 この永遠の雨は、いつも心を溺れさせた。晴れやかな日常を、比喩表現にした。“那緒と再会できた奇跡を上書きしたこの雲”を、どうしても晴らしてから故郷を背にしたかった。
 一学者として、中途半端にはしたくないという想いが膨れ上がっていた。

 すると夕焚はため息をつき、信頼の眼差しを向けて言った。

 「貴方は凄いです。未知に飛び込む覚悟もそうですが、本当にやり遂げてしまいそうな気がして……。……無事を祈っていますよ。蓮斗さん。」

 そして彼は右手を前に差し出してきたので、俺も右手を出して握手をする。

 「ああ。そっちも任せたよ。」







 翌日の早朝、俺は置き手紙だけ部屋に残して、恒夢前線が最初に発生したと言われる山奥に向かっていた。

__________________

 「他の方にも伝えなくて大丈夫ですか?」

 昨日、帰宅時に夕焚にそう訊かれた。

 「……大丈夫。逆に心配されてしまうから……絶対に帰って来る。何があったとしても、命だけは繋ぎ留める……」

__________________

 保証できない約束を交わして、俺は送り出されてきた。不安が無い訳じゃない。一体何が眠っているのかすら分からないから。
 森林の奥へと進むにつれて、雨はいっそう強く打ち付け、辺りが暗くなる。
 
 「……ここで一旦行き止まりか…」

 しばらく進むと、ショッピングモール跡地と同じような高いフェンスが立ちはだかっていた。 
 見るからに頑丈な金属製の扉には、このようなプレートが貼られていた。『根源の禁足地』と。

 「………。」

 何故、このような名が付けられたのか分からない。“根源”その単語は、恒夢前線の始まりを知る者が居たことを暗示している。
 その不気味な名に少し驚いていた。すると、人間と非常によく似た足音が背後から耳に入った。
 警戒して背後に振り向くと、そこには見慣れた人物が立っていた。

 「来ると思ってましたよ。先輩。」

 「……聡。」

 聡だった。こんな山奥、ましてや現在の時刻は午前五時。偶然なはずがない。

 「……追ってきたのか?」

 「まさかぁ………昨日からここに居ました。僕の背負っているものを見れば信じられるでしょう?」

 確かに、彼の背中には折り畳みテントが提げられていた。だとしても、ここに居た理由が分からない。盗聴器でも仕掛けられていない限り、情報が漏れることはないはずだったから。

 「……なんで俺がここに来ると分かった?」

 「先輩のことですから、全部晴らしにくると思っただけさ。見事、それは当たったようだ。……崩落事故の件は流石としか言いようがありません。大きな犠牲は払いましたが……」

 「……青空のことは、全部終わったら家族に説明するつもり。まだ心に余裕がないんだ……」

 「それは貴方のペースにお任せします。」

 それからしばらくの間沈黙が流れた。お互い思考を巡らすように向き合って立っている。
 すると、聡が先にその沈黙を破った。

 「ここまで来たのなら……もう全力で止める気になれませんよ。……だけど、無知の状態で行かせる訳にはいかない。…根性試し……という形で阻みます。」

 そう言った後に、彼は指輪を軽く見つめて、静かに口を開いた。
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