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最終章:亡花の禁足地
52日目.抱心
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現地調査を終えて帰宅した俺は、すぐに眠りに就いた。そして朝が訪れる…。
「……眠気の取れない朝だ…」
自然に目が覚めたものの、疲れは全然取れていなかった。それもそのはず、昨日は色々な事が一度に起こり過ぎた。
青空を含む複数人のTCC職員の死亡、崩落事故の原因として充分に繋がる破裂した水道管の発見、そして那緒の消滅。
純粋な疲労と精神的苦痛があまりにも酷い状況で、気持ちのいい朝など迎えられる訳がない。
「……散歩でもしよ…」
早朝六時、傘をさして俺は外へと繰り出した。
空模様と同じような心境で、俺は虚心で歩いていた。頭の整理にすらならない。
目の前で身近な人が死ぬのは二十四にしてこれで二度目。二次災害が頻発した結果、被害が拡大したショッピングモール跡地を調査する上で、その危険性は覚悟していた。しかし、いざ目の当たりにしてみれば残酷な現実が映っている。
「……青空…もしも来世というものが本当に存在するなら、君は変われる。兄さんが保証する。己を閉じ込めて、若くして命を落とす結末になんてならない。次こそは……」
俺に信じる神などいない。だけど、そう願うしか無かった。ある意味これも、自分の精神を安定化させるためにやっていると言っても過言じゃないかもしれない。けれども、他人からどう見られようとも、そうする他ない。
このまま俺が壊れてしまったら、無意識にどんな行動に出るか自分自身でも見当がつかない。彼女と交わした“最期の約束”、望みを果たすためにも、壊れて終わる訳にはいかない。
そんな葛藤を抱えつつ、見慣れた道なりをしばらく歩いていた。
「お帰りなさい。朝から何処に行っていたの?」
玄関の扉を開けると、丁度通りかかった母はそう尋ねてきた。
「散歩だよ。ちょっとね………」
俺は迷った。青空が亡くなる瞬間に立ち会ってしまったことを伝えるべきかどうか。
話によれば、彼はあまり実家に顔を出していないらしいが、それでも定期的に顔を出そうとは努力していたそうだ。音信不通だった俺とは大違いだ。
そんな彼が亡くなったのだと気付くまでにかかる時間は、そう早くはないだろう。知らぬ間に帰らぬ人となっている…どれだけ辛いことかは、俺もよく分かっている。
言葉が詰まる俺に、母は優しく言った。
「何か辛く苦しいことがあったことは分かったわ。…無理しなくてもいい。心の整理ができたら、改めて私達家族に伝えてほしいな……」
「母さん………」
ほんの少しだけ、俺は涙を零した。俺は家族のことを全然理解っていなかった。昔から、まるで他人のような距離感で、血の繋がり以外に“家族”という実感を与えてくれなかった。
今、子供の時ですら感じなかったことをようやく感じた気がした。“抱え込む錘を寄り添って、中和してくれる存在こそが、家族である”と。
「さぁ、朝食を頂きましょう!咲淋ちゃんもそこでこっそり見てないでおいで!」
「……!…気付いていたのですね……」
すると、少しだけ開いていた扉がゆっくりと開かれて、咲淋が顔を見せた。
そんな彼女の表情は、何処か物悲しそうな、羨望の眼差しを向けていた。
母さんは、彼女の違和感に気付いて、直球的に尋ねた。
「あら、どうしてそんなに物悲しそうな顔をしているの?具合でも悪かった…?」
「待って母さ……」
事情を知らないため遠慮無く尋ねる母さんを止めようとすると、咲淋は俺の口に向けて人差し指を立てる。俺の方に静止を要求してきたのだ。
優しそうに心配する母さんに対して、頭の中で靄が掛かっていたような咲淋はその靄を払って、ずっと閉ざされていたその口で告げた。
「いいなぁって思ったんです…。……私の家庭はちょっと複雑で、冷たかったんです。両親共に医者で、忙しい両親に代わって、幼い頃の私は雇われた人に家事や身の回りの世話をしてくれていました。…その人は完璧でしたが、一つだけ欠点があります。“血の繋がりがない”ことです。両親からしか得られない愛情は、他の誰からも貰えません。それを注いでもらえなかったのです……」
「咲淋……」
俺も初めて耳にする彼女の家庭事情に、驚きを隠せなかった。決して明るくはないことは想像できていたが、ここまで重いとは思いもしなかった。
少しずつまた辛そうな表情を浮かべながらも、彼女は話を続ける。
「ですが……嫌いになった訳ではありません。距離こそ遠いけれど、私だって本当は分かっています。…お互いに遠慮しているってことくらいは……。でも、やっぱり辛いものは辛いです。…だから、大人になってからでも分かり合える二人を見て感じたんです。私の絆も……まだ解けていないのかな…って……」
充分な愛情を受けられず、心友も亡くした咲淋。彼女が今、こうやって心を開いてくれていることは、とても凄いことなのだと、強く思わずにはいられなかった。
「……きっと大丈夫。今からでも届くよ。六年の空白があったとしても……解けないんだから。」
「咲淋ちゃん。親っていうのはね、内心では子を気に掛けているものなのよ。どれだけ離れていて、どれだけ心が通わなかったとしてもね……」
「……ありがとうございます!打ち明けるの、怖かったんです!」
涙を露わにして、咲淋は俺と母さんに飛びついた。そんな彼女を、俺達はそっと受け止めてあげた。
そんな時間がしばらくの間流れていた。その内に、俺の心も少しは癒える予兆が現れた気がした。
「……咲淋、母さん。もう少しだけ待ってて。全て整理できたら、必ず打ち明けるから………」
「……ということがあったんだ。」
愛と結も起きてきて五人で朝食を食べた後、俺は夕焚の家に上がっていた。朝のことについて、少し伏せながらも夕焚に話したところだ。
「愛情…ですか……。皆さん色々抱えているのですね……俺もそうかもしれませんが………」
彼にも抱えているものは少なからずあるはず。大小はともかく、二十歳を超えるまでに誰しも一つくらいはあったことだろう。
「……と、話が少し長くなってしまってね。」
「大丈夫です。有意義な時間でしたよ。」
話も一区切りついたところで、気を取り直して本題に入った。
「昨日、現地調査によって色々な形跡が見つかった。あとはこれを基にして、他角度からの事実と照らし合わせて根本を探るのみ。」
「はい。崩落事故に関しては、後は、時間をかけてゆっくり証明していくだけですね。」
彼の何か含みのある言い回しに、俺はすぐに気が付いて、その意味まで理解した。
「あとは恒夢前線と花の亡霊か……」
崩落事故の真相解明には間近に迫ったものの、何処かで再発を促す可能性のある摩訶不思議な危険要素は排除しきれていない。
そして恐らく、そちらに迫るのはリスクもハードルも比にならないの難しさだろう。
すると夕焚は、キーボードの上で動かす指を一度止めて、耳だけではなく目もしっかりと俺に向けて口を開いた。
「…以前、蓮斗さんに頼まれていた“恒夢前線生成の前後にあったこと”について、粗方見当がつきました。日時を正確に特定した上での見解です。聞いてくれますか?」
「あぁ…よろしく頼むよ。」
「はい。では……少しお時間、頂きますよ。」
ファイルを崩落事故のものから恒夢前線のものに切り替えて、彼は話し始める準備を整えた。
「……眠気の取れない朝だ…」
自然に目が覚めたものの、疲れは全然取れていなかった。それもそのはず、昨日は色々な事が一度に起こり過ぎた。
青空を含む複数人のTCC職員の死亡、崩落事故の原因として充分に繋がる破裂した水道管の発見、そして那緒の消滅。
純粋な疲労と精神的苦痛があまりにも酷い状況で、気持ちのいい朝など迎えられる訳がない。
「……散歩でもしよ…」
早朝六時、傘をさして俺は外へと繰り出した。
空模様と同じような心境で、俺は虚心で歩いていた。頭の整理にすらならない。
目の前で身近な人が死ぬのは二十四にしてこれで二度目。二次災害が頻発した結果、被害が拡大したショッピングモール跡地を調査する上で、その危険性は覚悟していた。しかし、いざ目の当たりにしてみれば残酷な現実が映っている。
「……青空…もしも来世というものが本当に存在するなら、君は変われる。兄さんが保証する。己を閉じ込めて、若くして命を落とす結末になんてならない。次こそは……」
俺に信じる神などいない。だけど、そう願うしか無かった。ある意味これも、自分の精神を安定化させるためにやっていると言っても過言じゃないかもしれない。けれども、他人からどう見られようとも、そうする他ない。
このまま俺が壊れてしまったら、無意識にどんな行動に出るか自分自身でも見当がつかない。彼女と交わした“最期の約束”、望みを果たすためにも、壊れて終わる訳にはいかない。
そんな葛藤を抱えつつ、見慣れた道なりをしばらく歩いていた。
「お帰りなさい。朝から何処に行っていたの?」
玄関の扉を開けると、丁度通りかかった母はそう尋ねてきた。
「散歩だよ。ちょっとね………」
俺は迷った。青空が亡くなる瞬間に立ち会ってしまったことを伝えるべきかどうか。
話によれば、彼はあまり実家に顔を出していないらしいが、それでも定期的に顔を出そうとは努力していたそうだ。音信不通だった俺とは大違いだ。
そんな彼が亡くなったのだと気付くまでにかかる時間は、そう早くはないだろう。知らぬ間に帰らぬ人となっている…どれだけ辛いことかは、俺もよく分かっている。
言葉が詰まる俺に、母は優しく言った。
「何か辛く苦しいことがあったことは分かったわ。…無理しなくてもいい。心の整理ができたら、改めて私達家族に伝えてほしいな……」
「母さん………」
ほんの少しだけ、俺は涙を零した。俺は家族のことを全然理解っていなかった。昔から、まるで他人のような距離感で、血の繋がり以外に“家族”という実感を与えてくれなかった。
今、子供の時ですら感じなかったことをようやく感じた気がした。“抱え込む錘を寄り添って、中和してくれる存在こそが、家族である”と。
「さぁ、朝食を頂きましょう!咲淋ちゃんもそこでこっそり見てないでおいで!」
「……!…気付いていたのですね……」
すると、少しだけ開いていた扉がゆっくりと開かれて、咲淋が顔を見せた。
そんな彼女の表情は、何処か物悲しそうな、羨望の眼差しを向けていた。
母さんは、彼女の違和感に気付いて、直球的に尋ねた。
「あら、どうしてそんなに物悲しそうな顔をしているの?具合でも悪かった…?」
「待って母さ……」
事情を知らないため遠慮無く尋ねる母さんを止めようとすると、咲淋は俺の口に向けて人差し指を立てる。俺の方に静止を要求してきたのだ。
優しそうに心配する母さんに対して、頭の中で靄が掛かっていたような咲淋はその靄を払って、ずっと閉ざされていたその口で告げた。
「いいなぁって思ったんです…。……私の家庭はちょっと複雑で、冷たかったんです。両親共に医者で、忙しい両親に代わって、幼い頃の私は雇われた人に家事や身の回りの世話をしてくれていました。…その人は完璧でしたが、一つだけ欠点があります。“血の繋がりがない”ことです。両親からしか得られない愛情は、他の誰からも貰えません。それを注いでもらえなかったのです……」
「咲淋……」
俺も初めて耳にする彼女の家庭事情に、驚きを隠せなかった。決して明るくはないことは想像できていたが、ここまで重いとは思いもしなかった。
少しずつまた辛そうな表情を浮かべながらも、彼女は話を続ける。
「ですが……嫌いになった訳ではありません。距離こそ遠いけれど、私だって本当は分かっています。…お互いに遠慮しているってことくらいは……。でも、やっぱり辛いものは辛いです。…だから、大人になってからでも分かり合える二人を見て感じたんです。私の絆も……まだ解けていないのかな…って……」
充分な愛情を受けられず、心友も亡くした咲淋。彼女が今、こうやって心を開いてくれていることは、とても凄いことなのだと、強く思わずにはいられなかった。
「……きっと大丈夫。今からでも届くよ。六年の空白があったとしても……解けないんだから。」
「咲淋ちゃん。親っていうのはね、内心では子を気に掛けているものなのよ。どれだけ離れていて、どれだけ心が通わなかったとしてもね……」
「……ありがとうございます!打ち明けるの、怖かったんです!」
涙を露わにして、咲淋は俺と母さんに飛びついた。そんな彼女を、俺達はそっと受け止めてあげた。
そんな時間がしばらくの間流れていた。その内に、俺の心も少しは癒える予兆が現れた気がした。
「……咲淋、母さん。もう少しだけ待ってて。全て整理できたら、必ず打ち明けるから………」
「……ということがあったんだ。」
愛と結も起きてきて五人で朝食を食べた後、俺は夕焚の家に上がっていた。朝のことについて、少し伏せながらも夕焚に話したところだ。
「愛情…ですか……。皆さん色々抱えているのですね……俺もそうかもしれませんが………」
彼にも抱えているものは少なからずあるはず。大小はともかく、二十歳を超えるまでに誰しも一つくらいはあったことだろう。
「……と、話が少し長くなってしまってね。」
「大丈夫です。有意義な時間でしたよ。」
話も一区切りついたところで、気を取り直して本題に入った。
「昨日、現地調査によって色々な形跡が見つかった。あとはこれを基にして、他角度からの事実と照らし合わせて根本を探るのみ。」
「はい。崩落事故に関しては、後は、時間をかけてゆっくり証明していくだけですね。」
彼の何か含みのある言い回しに、俺はすぐに気が付いて、その意味まで理解した。
「あとは恒夢前線と花の亡霊か……」
崩落事故の真相解明には間近に迫ったものの、何処かで再発を促す可能性のある摩訶不思議な危険要素は排除しきれていない。
そして恐らく、そちらに迫るのはリスクもハードルも比にならないの難しさだろう。
すると夕焚は、キーボードの上で動かす指を一度止めて、耳だけではなく目もしっかりと俺に向けて口を開いた。
「…以前、蓮斗さんに頼まれていた“恒夢前線生成の前後にあったこと”について、粗方見当がつきました。日時を正確に特定した上での見解です。聞いてくれますか?」
「あぁ…よろしく頼むよ。」
「はい。では……少しお時間、頂きますよ。」
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