亡花の禁足地 ~何故、運命は残酷に邪魔をするの~

やみくも

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5章:紅の並木道

44日目.眩惑

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 何処を見渡しても赤く染まった並木道をただひたすらに歩いていた。

 「空気が……重い…。目に映るこの光景も相まって、既に精神的疲労がすごい……」

 決して鮮やかな紅葉ではなく、血に染まったような暗い色だ。それらが絨毯じゅうたんを作り、空も同様に赤く染まっている。
 目が疲れてくるし、ただただ不気味だ。本当に、これが俺の心情を描写した空間なのかが疑わしい。だが、実際に今の俺の精神状態は不安定よりかもしれない。
 それに目が慣れてくると、これまでとは異なる違和感に気が付いた。
 
 「この空間、どこか安定していないな……。聖穂の時に近いのか……いや、あれ以上に心が反映されてない。途中までは現実と夢の区別がつかないほどには、酷似していた。……那緒が取り込まれた影響なのか…空間の被写体がクロユリ自身又は存在していない状態なのか。どちらにせよ、味方になるものは無さそうだ……」

 正直、これまでは何だかんで那緒のサポートに助けられていた節があった。彼女が行っていたのは恐らく、空間の改変と上書きだ。俺の心を描写しているのなら、自分の強い意志によって弱体化させたことも考えられる。
 だけど、この空っぽの状態では俺に干渉する手段はないように思える。主導権は呪花が握っている状況だ。
 
 「……待て待て、何考え込んでいるんだ!まだ呪花を見つけてすらいないし、危険に苛まれてもいない。まだ土俵にも上がっていないじゃないか。」

 俺は頭を横に振って、気を取り直した。この低気圧の影響もあるだろうが、やっぱり俺自身もまだ不安定のようだ。
 目をこすり、どこかに潜んでいるであろう呪花に注意しながら先へと進む。







 数十歩足を進めた頃、落ち葉のレッドカーペットの脇に一輪の花を見つけた。

 「ポピーか……本当に全部赤いな…」

 真っ赤なポピーだ。ただ、見つられたからといって簡単には摘み取らせてはくれない。まず、これが呪花という確証もないが。
 
 しばらく待ってみたが一向に動きが無かったので、周囲の様子に警戒しつつも俺は手を伸ばした。
 結果、特に危なげもなく、摘み取ることに成功した。

 「あれ…?こんなにあっさり……」

 すると瞼が重くなり、俺は目を閉じてしまった。



 「はっ!ここは……」

 目を覚まして辺りを見渡したが、まだ並木道は赤く、無限に染まっていた。しかも、落ち葉に混じってポピーも生えている。
 
 「ポピーは呪花じゃなかったか……あれ、状況悪化してる気が……。」

 先程より空気が重たくなっており、気温も体感するくらいには大きく下がっていることに気が付いた。

 「そうか……あれはトラップか。探索タイマーを縮められてしまったようだ。……急がないと。」

 急激に身体が恐怖と寒さで震えてきたが、俺は堪えて走り出した。
 元々、長居出来ない気候だとは感じていたが、その制限時間は更に縮められてしまったみたいだ。恐らく、ポピーがそのトリガーになっていたのだろう。
 どうやら、本気で息の根を止めにきているようだ。







 徐々に肺が厳しくなっていく中、俺はそれらしい花を見つけた。あれから、俺は誤って二本のポピーを摘んでしまっている。
 寒さと怠さに耐えて探しているため、判断力が鈍っていたのだ。
 それが悪手だった。最初の状態が可愛く見えるほど、今の状況は最悪だ。気温は感覚が麻痺しそうになるほど低く、過度な怠さからか視界が眩む。
 形を鮮明に認識することはままならない状態だ。しかし、唯一の識別材料である色は、一面赤一色だ。この感じだと、呪花も赤色と思うのが自然だろう。

 「はぁ…はぁ……色こそ同じだけど、遠目で見て彩度が違うものがこの辺りに……それなのに、近くで見ると違いが……」

 八輪の花が固まっているところを、俺は凝視していた。たぶん、この中の一つが呪花だ。
 しかし、一番鮮明に見える距離からでは、三輪以上視界に入れることは出来なかった。つまり、彩度の比較を記憶でするしかない。
 
 「……集中しろ。もう後はない……」

 劣悪なコンディションだが、平常心を保たなければならない。これ以上間違えれば、動ける状態ですらなくなる。
 じり貧であることを無理矢理忘れて、一輪ずつ記憶していく。

 「ッ!……駄目だ、やり直さないと…」

 順調に進んでいたその時、冷たい突風が吹いて記憶が朧げになってしまった。
 だけど、ふと俺は思い出した。

 「右寄りの五輪は確認した……彩度までは曖昧だけど、異なるものがあったら気づけたはず。……ということは三択だ。」

 左寄りの三輪の花をそれぞれ凝視して、記憶しようとした。すると、二番目の花違和感に気がついた。
 
 「これ…ポピーにしてはピンクに寄り過ぎている……この花どこかで………」

 記憶を遡ってみると、俺が学者になって最初に訪れた花畑に咲いていたコスモスを思い出した。

 「赤い……コスモスだ!」

 大体の確信がついた俺は、二番目の花をコスモスと仮定した上で、両隣の花と比較した。すると、色合いの違いが鮮明に分かった。
 迷いなく、俺はコスモスを摘み取った。すると視界が真っ白になり、ずっと耐えていた寒さなどの感覚が無くなった。


__________________

 いつも那緒と出会っていた真っ暗な空間。そこに、クロユリに似ているようで少しだけ禍々しさが薄い花の亡霊が無言で立ち尽くしていた。

 「那緒………?」

 何故だかそう感じたため、言葉を零してしまった。すると、彼女はこちらに顔を向けた。

 『………。』

 「あ、今の君はシザンサスだったか……」

 『………。』

 反応は一切ない。しかし、感情は少し動いているように見えた。表情筋も少しだけ動いている。 

 「……君からは敵意を感じないよ。クロユリに抵抗しているんだよね。……また、一緒に話せるといいな。」

 半ば独り言のように接していた。すると、シザンサスはゆっくりと、慣れていない感じで口を開いた。

 『………そ…う……だ…ね……』

 「…ッ!…ああ。」

 そう言葉を交わすと急に眠気に襲われてしまい、無意識に目を閉じた。

__________________


 目を覚ますと今度こそ現実で、並木道の端で横たわっていた。
 起き上がり、俺は空を見上げた。

 「空が赤くない……呪花を摘み取った影響で効力が弱まったのかな…?」

 空は普通の色を取り戻していた。俺が意識を失っていた間に何があったのか帰ったら咲淋に訊くことにして、俺はその場を去ろうとした。
 すると風が吹いたが、妙に冷たく感じた。風自体が寒いというよりは、夢堕ち中の感覚が若干残っているようだ。

 「冷た……感覚が引き継がれているのか…もう無理は出来なくなったな……」

 多少無理をしても、今までは帰って来られたら無傷だった。しかし、クロユリが何かを仕掛けたのか理由は分からないけど、生死のこと以外もある程度感覚として残ってしまうように変わっている。
 より慎重に立ち回る必要が出たことを頭に刻み込み、俺は帰路に着いた。
 
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