亡花の禁足地 ~何故、運命は残酷に邪魔をするの~

やみくも

文字の大きさ
43 / 60
5章:紅の並木道

43日目.屋根下

しおりを挟む
 扉をノックすると、咲淋は慌てた様子で扉を開いた。

 「丁度良かった。見て欲しいものが……!」

 咲淋に部屋の中へと入れられ、俺は彼女がパソコンを準備するのを窓の外の雲の様子を見て待っていた。
 すると準備が終わったようで、彼女は普段観測結果を記録しているファイルを開いて見せてきた。

 「これは……!」

 「そうなの。雲が赤く染まった付近の時刻から、降水量が上がっているだけでなく、平均気温が下がっているの。そのうち息絶える動植物も出てくるかもね。……厄介なのは、原因が突き止められないこと。」

 「………。」

 摩訶不思議な事故こそ何度も起こってきたが、これほどまでに顕著なものは初めてだ。
 
 「ここまで頑張って調査してきたけど……そろそろ怖くなってきたわね。私達が海や宇宙について探索が進んでいないように、これも迷宮化している。何世紀も先の技術がないと手に負えないものだったのかも……」

 「……そんなことないよ。化学に基づいているはずなのに、不可解なことも起こったりする不思議なもの。それが咲淋にとっての天気だって言ってた。だけど、一歩も進まなかった訳じゃないでしょ。近づけてるよ、確実に。」

 「近づけてるのは私だって分かってる。これ以上触れていいものなのかが分からないの。好奇心で勝手に独り歩きしていいのかが……」

 彼女の心境は大体察した。不思議とは言っても、今の恒夢前線は前例の型から大きく外れているため、流石に恐怖心を煽られているのだろう。あまりにも現実とは思えない事態が目の前で発生しているため、下手に動けないと感じているはず。
 花の亡霊の存在を認知しているから未知の恐ろしさを感じていないだけであって、俺も現状には怖さを感じている。大多数は俺以上に恐怖心を抱いているはずだ。
 
 とはいえ、俺も恒夢前線と花の亡霊が関係していることが分かっているだけで、詳細は知らない。咲淋の力を借りたい場面はまだあるはず。
 
 「咲淋、実は………」

 俺は呪いのことについて、伏せるところは伏せつつも出来る限り詳細に話した。



 「花の亡霊………オカルトチックになってきたわね…。」

 「やっぱり信じられない?」

 「いいえ、目の前の景色が全部物語ってる。海外だと実際にポルターガイストとかあるからね。」

 どうやら信じてはもらえたようだ。

 「そうか。……多少なりとも危険が伴うかもしれないけど…大丈夫か?」

 「ええ。あの赤い雲は精神的にも良くない。原因が分からなければ、解決策も出せない。それにやっぱり……好奇心が勝る!」

 「咲淋はどんな時も咲淋だなぁ……」

 この状況でも彼女はブレない。だが、今はそれが頼もしい。

 「頼りにしてるよ。……さて、俺は夕焚や野村さんにもこの話をしてくる。引き続きよろしくね。」

 「行ってらっしゃい。」

 俺は部屋を後にして、夕焚の家に向かった。







 家に到着した後、俺は夕焚に今の状況を説明した。

 「なるほど……それが赤い雲の正体で、恒夢前線にも関係があると…。副作用とかは大丈夫なのですか。最悪の場合が想定されるのなら、本部を通して住民の避難要請を出しますが……」

 「場合によっては…な。まだ副作用の有無も分かっていないし、元々有害かもしれない。毒性とかみたいな直接的なものではないけど、見ての通り豪雨だ。気温も低下している。把握してるのはそれくらいだけど、これだけとも考えにくい。それも含めて、咲淋からの続報待ちだ。とりあえずは現状維持で、市長の判断に委ねる。」

 唐突伝えられた非現実的な事実に彼は驚きながらも、すぐに平常心を取り戻して対応策について訊ねてきた。
 理解が早いのは、俺としては助かる。

 「というか、すぐに信じてくれたね。現実主義者はもう過去の君か?」

 「…今は信じる他ありえない状況なだけです。恒夢前線が異常な停滞前線であることは前提として頭に入っています。これ関連の話なら、“呪い”も視野に入りますよ。実際、恒夢前線はある日突然姿を現したと聞いているでしょう。」

 「ああ。だけど、詳細な日時は闇の中。少なくとも、俺達の親世代に物心が芽生えた時には存在していたらしいけどね。」

 そうこう話しながら夕焚は片手でパソコンを準備しており、ネットワークが繋がったようだ。

 『やぁ、昨日ぶりだね。……今日は不穏な朝だ。』

 すると、野村さんとリモートで繋がったようだ。

 「やっぱりサイキッカーはお見通しですか?今の状況も……。」

 『勿論さ。この動きは全く想定出来なかったが、掴み所がない訳じゃない。ただ、少し時間が必要になる。それまでの間、待てる余裕はあるかい?』

 「余裕があるかは分かりません……。ですが、あれの効力を弱める術を俺は知っているかもしれません。それを試してみたいので、時間はあまり気になさらず。野村さんは、呪いの解明に尽力してください。」

 そう言うと野村さんは何か察したのか、急に瞑想をした。



 五秒ほどかかり、野村さんは目を開いて俺に伝えた。

 『君の探しているものへの鍵は、ショッピングモール跡地を横切る並木道にあるようだよ。早瀬君、頑張れ。』

 「はい。野村さんこそ。」

 そうして、野村はリモートを切った。
 すると、夕焚はパソコンを閉じて、俺に言った。

 「貴方達がそれぞれにしか出来ないことをやっている中、俺だけ何もしない選択肢なんてありません。蓮斗さん、何かお手伝いが必要なことはありますか?」

 「いいや、特別なことは望んでいない。皆これまで通りに動けばいいんだ。夕焚には引き続き、崩落事故のヒントを探ってほしい。それと……恒夢前線の生成時期の特定もお願いしたい。これは過去の情報量が豊富な君にしかできないことだ。」

 恒夢前線の所出にこそ、何かヒントが隠されていると俺は睨んでいる。クロユリの情報が少なすぎるため、それに何か繋がれば良い。
 
 「分かりました。解明に結び付くような出来事を見つけ出してみせます。」

 彼はやる気充分なようで、快く引き受けてくれた。

 「住民の様子はTCCが伺ってくれているはずです。彼らは我々にとっては弊害ですが、悪ではありませんから。なので心配せずに、我々は我々のすべきことをしましょう。」

 「そうだな。夕焚の言う通りだ。」

 TCCは自治の延長線上に位置していて、治安維持も担当している真っ当な組織だ。この状況に対するケアなどもしてくれているはず。
 聡も青空も、人間味はちゃんと残っているため、緊急時なら信頼しても大丈夫だ。

 「……じゃあ、お互い頑張るぞ。」

 「はい。健闘を祈ってますよ、蓮斗さん。」

 士気を上げるためにも俺達は拍手を交わして、その場を別れた。







 長く広い道路。そこから枝分かれした一本の並木道の入口に立ち、俺は呟いた。

 「ほぼ毎日のように通ってきた道だけど、帰郷後は行ってなかったから高校卒業以来かな…?……全部、色褪せてしまったけどね。」

 ロケットペンダントの中身をチラ見しては、俺の中で様々な感情が交差した。守れなかったという後悔と、三度は同じ過ちを繰り返さないという意志が。

 「那緒……君との再会を思い描いて、俺は戦うよ。」

 そう口に零して並木道へと一歩踏み出すと、枯れ木は紅葉に彩られた。
 後ろを確認すると、まるでバリケードのように瓦礫の山が立ち塞がっていた。これまで同様、後戻りはできない。後戻りする気もない。
 右足から前に出し、俺は紅の並木道を前進した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...