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2章:滑轍ハイウェイ
23日目.対立
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崩落事故が起きた日の翌日、地域に衝撃が走った。まさか完成目前のショッピングモールが倒壊し、大勢の人が犠牲になるとは。
隣接する道路は大通りかつ渋滞、住宅地にも商業地にも繋がるこの町の道路の幹のようなものだ。そんなピークのタイミングだった。
悲しみに明け暮れ、心が廃り、色褪せる人々。そんな中、また別の理由で嘆き、悲しむ人が居た。
「何故だ…何故なんだ!……あと一ヶ月あまりで完成だったというのに……俺らの建築物で人を笑顔にさせたかったのに…!」
「お兄ちゃん……。」
ただ人々の笑顔を求めていたのに、自分の建築物で多くの命を奪った現実に嘆く西城兄とどう励ませばいいかも分からない弟聡。
設計図は完璧だった。これは言わば想定外の事故。誰も悪くない偶然の厄災。この地域の不可解な呪行。
だけど、西城兄にとってそれは精神的に傷を負う出来事だった。
「納得がいかない……何の不備があったのか……知っておくのが設計者の務め。多くの命が消えた現実は決して拭えない。だからせめて、再建しなければ!」
西城兄は焦りと責任を感じていたのかもしれない。コンビの相方に連絡を入れて、後日から瓦礫の撤去作業と土台の解体を行うことに決めた。
しかし、その後の作業は決して順調とは言えなかった。ある解体工事では二次災害が起き、何とか回収を終えて修復工事に取り掛かったものの、半分程度のところでまたしても事故が起きた。
小規模なものも含めれば崩落事故発生から半年以内で十四回アクシデントがあり、死傷者は約二万人にまで増えた。
事実上最後の事故で経過を見に来ていた西城兄の相方が死亡し、もう携わっている人々の精神状態はズタボロだった。
「お兄ちゃん……!しっかり!」
「聡……か……、今日もすまない…な……」
過度な不安とショックからか、彼は精神が壊れて病にかかり、寝たきりになっていた。医師によると、余命一ヶ月以内。異例の事態のため治療法が確立されていなかったようだ。
カウンセリングも最早意味を成さず、かろうじてまだ喋れる程度だ。そうは言っても思考はままならず、消えない想いを伝えることが限界のようだ。
「聡……俺は……救えない……」
その言葉に聡は何も言えずに唇を噛んだ。兄が運命を悟り、早く楽になりたいと本能的に感じていることは、ずっと前から分かっていた。
脈拍が上がり呼吸が限界になりそうな容態の中、兄は言った。
「原因不明……いくら探しても…だ。あれはもう呪われている。そうとしか思えない……。聡……強く、慎重に生きろ……過度な追求は……悲劇を招く………俺の教訓は…………」
「……!お兄ちゃん!」
崩落事故から半年が経ち、負った傷は平均的には癒えていた。依然として永遠にフラッシュバックを起こしている人々も居るが。
そして、そこにまた新たな悲しみが生まれた。いや、悲しみなんて生ぬるい表現かもしれない。
何に対してでもない過度な憎しみ。憧れを壊し、弱音を吐かせ、最後には奪った。向けようのない刃物は、彼の人生の柱となるだろう。
__________________
きっと不安で不安で仕方がない。他人を思ってこのような事をしているということは凄くよく分かっている。
だけど、これは俺の人生だ。他人に制限される筋合いはない。かと言って異端者になりたい訳じゃない。
真実を突き止めて、納得したいだけなんだ。だから、俺はこいつを説得することに決めた。
「もし、俺が謎を解明するためのキーパーソンだったとしても、お前は俺を止めるか?」
挑発混じりの口調でそう問うと、聡は虚無から少し機嫌が悪いような表情に変わった。
「止めるさぁ。今更辿り着いたところで、もう遅い。失ったものは失ったままだからな。」
「そんな事、俺も痛いほどよく分かってんだよ!」
久しぶりに、本心が理性を上回るほどに熱くなった。俺は勢いのまま想いをぶつける。
「……那緒が死んだあの日から、俺は壊れた。お前や青空、夕焚に言われたように、俺は逃げた。根拠も何もないトラブル体質を口実に、全部責任を自分のものにした。……それが逆に首を絞めてるってこの六年間ずっと気が付かなかったんだよ。これもある種の現実逃避だってようやく自覚した。そんな弱い心はさっさと淘汰されるべきだ。君達も、俺自身も!」
「……はは、分からない。じゃあ、どうして今まで気が付かなかった。精神の傷は上書きしなければ自然に淘汰されない。先輩は!何故急に心を変えられる!」
「……出会ったんだよ。俺の邪心を否定してくれる人達に……。素通りせずに、面と向き合ってくれる人達に!……俺はまだ一生お前と同類のままだ。だから……俺達の弱い心を淘汰するために、真相を暴く!どれだけ危険に苛まれたとしても。」
ヒートアップした言葉のぶつかり合いは一度熱が冷めた。
すると、聡は一つ溜息をついた。
「今日は警告だけで済ませておくつもりでしたが……流石に気が変わった。ただ、もうこっちも疲れたわ。あ、見逃す訳ではないので勘違いしないでくださいね。」
そう言って彼は扉を開けて、振り向いてこう言った。
「勝手にやればいいじゃないですか。その代わり、我々TCCは全力で先輩の邪魔をします。にしても……同じ経験を経て、人はここまで信念がすれ違うものなんですね。先輩が僕達を淘汰するのか、はたまた先輩がこちらに堕ちるのか……結果が意外にも分かりません。実際、先輩は上京して勉強をしていたのでね。」
「それは認めてくれるんだな。」
確かに俺は上京してから故郷に連絡を取っていない。その点では逃げていたが、上京した理由は進学するためだ。それも、ずっと前から決めていた事だ。
元々は化学を学びたかったが、事故をキッカケに地理に取り憑かれたのはそうだが。
「ほんの僅かだけは期待してますよ。行くぞ青空。」
「はい。」
そうして、二人はその場を去って行った。
面倒なことにはなったが、誓った以上は対立するしかない。
「……こっちは半端な覚悟で言ってるんじゃない。六年格闘した末に決心したんだよ。」
そう口に零し、俺は建物の外に出て夕焚に連絡を入れた。
崩落事故が起きた日の翌日、地域に衝撃が走った。まさか完成目前のショッピングモールが倒壊し、大勢の人が犠牲になるとは。
隣接する道路は大通りかつ渋滞、住宅地にも商業地にも繋がるこの町の道路の幹のようなものだ。そんなピークのタイミングだった。
悲しみに明け暮れ、心が廃り、色褪せる人々。そんな中、また別の理由で嘆き、悲しむ人が居た。
「何故だ…何故なんだ!……あと一ヶ月あまりで完成だったというのに……俺らの建築物で人を笑顔にさせたかったのに…!」
「お兄ちゃん……。」
ただ人々の笑顔を求めていたのに、自分の建築物で多くの命を奪った現実に嘆く西城兄とどう励ませばいいかも分からない弟聡。
設計図は完璧だった。これは言わば想定外の事故。誰も悪くない偶然の厄災。この地域の不可解な呪行。
だけど、西城兄にとってそれは精神的に傷を負う出来事だった。
「納得がいかない……何の不備があったのか……知っておくのが設計者の務め。多くの命が消えた現実は決して拭えない。だからせめて、再建しなければ!」
西城兄は焦りと責任を感じていたのかもしれない。コンビの相方に連絡を入れて、後日から瓦礫の撤去作業と土台の解体を行うことに決めた。
しかし、その後の作業は決して順調とは言えなかった。ある解体工事では二次災害が起き、何とか回収を終えて修復工事に取り掛かったものの、半分程度のところでまたしても事故が起きた。
小規模なものも含めれば崩落事故発生から半年以内で十四回アクシデントがあり、死傷者は約二万人にまで増えた。
事実上最後の事故で経過を見に来ていた西城兄の相方が死亡し、もう携わっている人々の精神状態はズタボロだった。
「お兄ちゃん……!しっかり!」
「聡……か……、今日もすまない…な……」
過度な不安とショックからか、彼は精神が壊れて病にかかり、寝たきりになっていた。医師によると、余命一ヶ月以内。異例の事態のため治療法が確立されていなかったようだ。
カウンセリングも最早意味を成さず、かろうじてまだ喋れる程度だ。そうは言っても思考はままならず、消えない想いを伝えることが限界のようだ。
「聡……俺は……救えない……」
その言葉に聡は何も言えずに唇を噛んだ。兄が運命を悟り、早く楽になりたいと本能的に感じていることは、ずっと前から分かっていた。
脈拍が上がり呼吸が限界になりそうな容態の中、兄は言った。
「原因不明……いくら探しても…だ。あれはもう呪われている。そうとしか思えない……。聡……強く、慎重に生きろ……過度な追求は……悲劇を招く………俺の教訓は…………」
「……!お兄ちゃん!」
崩落事故から半年が経ち、負った傷は平均的には癒えていた。依然として永遠にフラッシュバックを起こしている人々も居るが。
そして、そこにまた新たな悲しみが生まれた。いや、悲しみなんて生ぬるい表現かもしれない。
何に対してでもない過度な憎しみ。憧れを壊し、弱音を吐かせ、最後には奪った。向けようのない刃物は、彼の人生の柱となるだろう。
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きっと不安で不安で仕方がない。他人を思ってこのような事をしているということは凄くよく分かっている。
だけど、これは俺の人生だ。他人に制限される筋合いはない。かと言って異端者になりたい訳じゃない。
真実を突き止めて、納得したいだけなんだ。だから、俺はこいつを説得することに決めた。
「もし、俺が謎を解明するためのキーパーソンだったとしても、お前は俺を止めるか?」
挑発混じりの口調でそう問うと、聡は虚無から少し機嫌が悪いような表情に変わった。
「止めるさぁ。今更辿り着いたところで、もう遅い。失ったものは失ったままだからな。」
「そんな事、俺も痛いほどよく分かってんだよ!」
久しぶりに、本心が理性を上回るほどに熱くなった。俺は勢いのまま想いをぶつける。
「……那緒が死んだあの日から、俺は壊れた。お前や青空、夕焚に言われたように、俺は逃げた。根拠も何もないトラブル体質を口実に、全部責任を自分のものにした。……それが逆に首を絞めてるってこの六年間ずっと気が付かなかったんだよ。これもある種の現実逃避だってようやく自覚した。そんな弱い心はさっさと淘汰されるべきだ。君達も、俺自身も!」
「……はは、分からない。じゃあ、どうして今まで気が付かなかった。精神の傷は上書きしなければ自然に淘汰されない。先輩は!何故急に心を変えられる!」
「……出会ったんだよ。俺の邪心を否定してくれる人達に……。素通りせずに、面と向き合ってくれる人達に!……俺はまだ一生お前と同類のままだ。だから……俺達の弱い心を淘汰するために、真相を暴く!どれだけ危険に苛まれたとしても。」
ヒートアップした言葉のぶつかり合いは一度熱が冷めた。
すると、聡は一つ溜息をついた。
「今日は警告だけで済ませておくつもりでしたが……流石に気が変わった。ただ、もうこっちも疲れたわ。あ、見逃す訳ではないので勘違いしないでくださいね。」
そう言って彼は扉を開けて、振り向いてこう言った。
「勝手にやればいいじゃないですか。その代わり、我々TCCは全力で先輩の邪魔をします。にしても……同じ経験を経て、人はここまで信念がすれ違うものなんですね。先輩が僕達を淘汰するのか、はたまた先輩がこちらに堕ちるのか……結果が意外にも分かりません。実際、先輩は上京して勉強をしていたのでね。」
「それは認めてくれるんだな。」
確かに俺は上京してから故郷に連絡を取っていない。その点では逃げていたが、上京した理由は進学するためだ。それも、ずっと前から決めていた事だ。
元々は化学を学びたかったが、事故をキッカケに地理に取り憑かれたのはそうだが。
「ほんの僅かだけは期待してますよ。行くぞ青空。」
「はい。」
そうして、二人はその場を去って行った。
面倒なことにはなったが、誓った以上は対立するしかない。
「……こっちは半端な覚悟で言ってるんじゃない。六年格闘した末に決心したんだよ。」
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