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第三章: リタ、奪還
其の四十一話:リタが、いない
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リタが、いない……
リタが消えた……
こころあたりは、探した……
けれど……
見つからないんだ……
まだ少ないながらも探せるところは探し尽くし、それでも見つからず、心身ともにボロボロになった和穂がアンの元を訪れたのは次の日の早朝だった。
朝食前、リビングで寛ぐアンとカミューラに和穂がリタの失踪を告げた。
「攫われたね」
「えっ」
いとも簡単にアンが言った。
その呆気なさに和穂の方が驚いた。
「リタが攫われたって、どういうこと……ですか」
「言葉通りだよ、和穂」
自分用の椅子に腰掛け、執事のダークレイの淹れたお茶を受け取りながらアンが言った。
モノアイの深い淵のような黒い瞳が和穂を見上げた。
何だろう、このアンの落ち着きようは。
リタがいなくなったというのに……
和穂にはこのアンの異様な落ち着き具合の方が不気味に見えた。
「見当がついているんですか」
心の動揺を抑えながら和穂が尋ねた。
もしかしたら……
アンは既に手を打ってくれているのかもしれない。普段、あれだけリタを溺愛しているの彼女のこと、ありうる。
しかし、その返事は更に和穂の期待を裏切るものだった。
「見当? さぁ、皆目」
ティーカップを宙空に止め、大きく両手を広げ首を振る。それに合わせ、トレードマークの胸も揺れた。
「ほんとに」
思わず和穂が聞き返した。やはり、今日のアンは変だ。いつものアンじゃない。
「本当さ。それに」
「それに?」
「これは君の役目だよ、和穂」
飲み干したティーカップをテーブルに置いたアンが、改めて和穂を下から見据えた。
「僕の?」
そうだよ。アンが大きく頷いた。
「リタは君の妻だ。君は自分の大事な伴侶がいなくなったのに、それを他人に任せるのかい。だとするなら、私は今からでも君たちの結婚を許す気はないよ」
アンが立ち上がり、和穂の両肩を軽く叩き、微笑んだ。
「取り返して来なさい、自分の半身を。三坂和穂・スカンディナ」
「リタ……はい、アンさん」
厳しくもありがたいアンからの励ましを受けて、ようやく動き出す気力が戻る。
よし! 一礼してリビングを出ようとする和穂をアンが呼び止めた。
「和穂」
「はい、なにか」
足を止め、振り返る。
「そこは〝お姉ちゃん〟でしょ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーと音が聞こえてきそうな迫力でアンが迫る。
「あ、あー、で、ですね。お姉ちゃん」
「困った子ね。もう間違っちゃ、ダメだぞー」
えい、と軽いデコピン。
「あ、あは、あはははーー」
この人はこんな時にまで。
ぶれないアンに、心折れそうになりながら和穂は苦笑した。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、吉報を待ってるよ」
リビングを出ていく和穂の後ろ姿を目で追いながらダークレイがアンに声をかけた。
「いいのですか?」
「良いも悪いも、今回は私の出番はないから」
椅子に預けた身体がため息と共に弛緩し、スライムよろしくだらしなく床にずり落ちる。
めくれたスカートから白い太腿が露わになる様子にダークレイが顔をしかめる。
「御主人」
だらしないですよ、と嗜なめるダークレイに、天井を呆けた顔で見上げるアンが〝ぶう〟っと不貞腐れた声を出す。
「だーあってさぁー」
アンの大きな黒い瞳からは虚脱感が感じられる。
「へえー、そこまでいうとはね。よほどあの和穂を信頼しているのね」
何か言ってあげてください御神祖、と目で訴えるダークレイに促されて、仕方ないわねとお茶を受け取りながらカミューラが言う。
「そんな訳ないでしょう」と言うように、アンがこれ見よがしに深いため息を吐いた。
「和穂を信頼? 信頼はしてるさ、リタの婿殿だからね。でも、まだまだ無理だよ。足取りすら掴めないだろう。今頃はどうしたらいいのか思案中だよ。エンゲージの効果も消されて、頼みの綱の堕落の門との交信もままならないようだしね。
ただ、完全じゃない。あれの力でも、そう簡単に相殺できるほど、リタとの結びつきはやわじゃない。それにだ」
身体を起こし座り直す。
「私も怒ってない訳じゃない!」
アンの声と共に目の前のテーブルが浮き、グシャ! と音を立てて潰れた。
更にリビングに闇が降り、壁のあちこちに切り裂かれたような亀裂が走った。
おっとっとーー
お茶とスイーツを持ってカミューラがダークレイと共にリビングの隅に避難する。
「八つ当たりはやめてよね」
カミューラが顔をしかめる。
冗談だよ。ため息と共にアンが手を一つ叩く。何事もなかったように全てが元に戻った。
ダークレイがカミューラを促すように椅子を引く。乱暴に腰掛けたカミューラが足を組み、持っていたティーカップの中身を一気に飲み干し、そのまま紙のように握り潰した。
手の中で砂粒よりも細やかに砕かれ消えていくそれを見て、アンが呟いた。
「あー、お気に入りのカップが……」
「あなたが先にやったんじゃない」
紅い髪が炎のように逆立つ。
あなたの不機嫌に私を巻き込まないで!
わざとらしいアンの声に、カミューラが渋い顔で握りこぶしをつくった。
ごめんごめん、冗談冗談。
そう言いつつも、カミューラに「目が笑ってないわよ」と突っ込まれたアンが「そぉおー」と戯け、続けた。
「けど、私より怒ってる奴がいるから、仕方ないじゃない」
「あんたより怒ってる……」
言われて思案するカミューラがはたと思い当たった。あーそう言うこと。
「はああ、そりゃぁ、アンタの出番、ないわよねぇ」
「ふん、いいさ、そのあとで千回程、灼いてやるさ。あのくそエルフめ! ふふふふふふふふふーー」
なんならリタ以外のエルフ、ハイエルフは皆んな根絶やしにしてくれる!
「バカなこと、考えるんじゃないわよ。戦争でも起こすつもり……いや、相手にもならないか」
カミューラの目に浮かぶのは一方的な虐殺の風景だ。
その気になれば今ここで指一本動かすだけで事足りるのが、それが現在のアンの立場だ。
あーあ、なんか朝から一杯飲みたい気分だわ。
「ところで今は誰が里長をしてるの? まだオベロンは健在なの」
〈大賢者〉オベロンか……
気高いハイエルフの王にして偉大なる賢者、か。
しかしそれは、奴が〝宇宙記憶〟の一部に接続出来るってだけの話だ。
いや、だったと言うべきかな。
「オベロンはすでに他界してるよ。今の里長はその息子だ。アルベロン、ただ齢を重ねただけの愚か者だ」
「それはあなたの愛娘を攫ったからって意味?」
「オベロンも愚かだったが、息子は更に輪を掛けている。〈黒の竜〉に怯え、酒に逃げるただの飲んだくれだ」
言葉の点と点が線となり結びつき、ピン! と音を立てる。
何かに思い至ったカミューラが呆れ顔で一つ目の伴侶を見た。
「アン、もしかして、あなた謀った?」
「なんのことだか」
腰掛け直したアンの唇が含み笑いに歪み、天井を見上げながらゆったりとした動作で艶めかしく脚を組む。
うふん……って誘ってんの? ばーか!
ため息と共にカミューラがやれやれといった風に肩をすくめ、頭を抱える。
少し考えればわかる事だ。いま彼女の邸や浮遊島、〈黒の森〉のリタの家に張られている結界を誰が破れるだろうか。
あの〈黒の竜〉ですら無理だと思われるものを、彼女が愚かと呼ぶ者が突破できるとは考えられない。
ということは、和穂がフェリアと交信出来ないってのも、こいつの仕業か。
まったく……邪神か、あんたは。
「知らないわよ。あとでとんでもないのが来訪したって」
「その時は愛娘に泣きつくさ」
「愛娘を取られた腹いせにしはてはやり過ぎじゃない。和穂もこんなのを義母に持たされて可哀想に」
「ふん、この程度、簡単に済ませてもらわなくっちゃ」
カミューラは心底、和穂に同情した。
「先が思いやられるわね」
「……リタ」
とりあえず〈黒の森〉のリタの家に戻った和穂だったが、〈マザーツリー〉の初めてリタに会ったベンチの前に立ち、途方に暮れていた。
「どこを探せばいいんだ」
縋るようにフェリアを呼んでみるがやっぱり応答がない。
普段は呼びもしないのに現れ、話しかけられ、時に鬱陶しいくらいなのに、どうしたのか、幾ら呼び掛けても姿どころか交信すらとれなかった。
昨日からおかしなことばかりだ。
リタはいなくなる、そしてフェリアとも。
どういうことだろう?
アンの言葉に促され、つい返事をしてしまったが、こうして一人でいると、一体何処から手をつけたらいいのかすら、わからなかった。
頼れる者もなく、和穂は泣きたい気分でベンチに腰掛けた。
ーーーー和穂。
「リタ」
リタの声が聞こえたような気がして、和穂が横を振り向いた。
しかし、そこには誰もーー
「なんだね、婿殿。しょげた顔をして」
深淵のモノアイと目があった。
「アンさん!」
やっぱり来てくれたんですね!
そんな希望的観測に思わず声を上げ、思い出したように身構えた。
さっき「そこは〝お姉ちゃん〟でしょう」と修正を強要されたばかりだ。
が、しかしアンは何も言ってはこなかった。
逆に「君は何をしてるんだ」とでも言うような怪訝な表情で和穂を見ている。
「あ、あの、アンさん」
「そこは〝義母様〟ではないかね」
「えっ……? 〝義母様〟ですか? あの〝お姉ちゃん〟ではなく」
「お姉ちゃん? リタは我の妹ではなく娘だ。その伴侶たる君から何故、我が〝お姉ちゃん〟と呼ばれなければならない」
『我』? アンさんの一人称って『私』じゃなかったっけ……?
その突っ込みが何故か自らを窮地に追い込んでいくような気がして、和穂は口を閉じる。
「あ、あー、そ、そうですよね。その通りです〝義母様〟」
リタと同じ呼び方に和穂が照れる。何処となくはずかしくて頬が火照った。
どうしたのかね?
アンが首を捻った。
「君はリタを娶ったという自覚が足りないようだね、婿殿」
婿殿? いつもは和穂って、まぁいいか?
「すいません」
「まあいい。では、行こうか」
歩きだすアンを慌てて追いかける。
「行くって、何処へですか」
言って落雷のような一喝を受けた。
「戯けたことを。娘を取り戻しにだ」
リタが消えた……
こころあたりは、探した……
けれど……
見つからないんだ……
まだ少ないながらも探せるところは探し尽くし、それでも見つからず、心身ともにボロボロになった和穂がアンの元を訪れたのは次の日の早朝だった。
朝食前、リビングで寛ぐアンとカミューラに和穂がリタの失踪を告げた。
「攫われたね」
「えっ」
いとも簡単にアンが言った。
その呆気なさに和穂の方が驚いた。
「リタが攫われたって、どういうこと……ですか」
「言葉通りだよ、和穂」
自分用の椅子に腰掛け、執事のダークレイの淹れたお茶を受け取りながらアンが言った。
モノアイの深い淵のような黒い瞳が和穂を見上げた。
何だろう、このアンの落ち着きようは。
リタがいなくなったというのに……
和穂にはこのアンの異様な落ち着き具合の方が不気味に見えた。
「見当がついているんですか」
心の動揺を抑えながら和穂が尋ねた。
もしかしたら……
アンは既に手を打ってくれているのかもしれない。普段、あれだけリタを溺愛しているの彼女のこと、ありうる。
しかし、その返事は更に和穂の期待を裏切るものだった。
「見当? さぁ、皆目」
ティーカップを宙空に止め、大きく両手を広げ首を振る。それに合わせ、トレードマークの胸も揺れた。
「ほんとに」
思わず和穂が聞き返した。やはり、今日のアンは変だ。いつものアンじゃない。
「本当さ。それに」
「それに?」
「これは君の役目だよ、和穂」
飲み干したティーカップをテーブルに置いたアンが、改めて和穂を下から見据えた。
「僕の?」
そうだよ。アンが大きく頷いた。
「リタは君の妻だ。君は自分の大事な伴侶がいなくなったのに、それを他人に任せるのかい。だとするなら、私は今からでも君たちの結婚を許す気はないよ」
アンが立ち上がり、和穂の両肩を軽く叩き、微笑んだ。
「取り返して来なさい、自分の半身を。三坂和穂・スカンディナ」
「リタ……はい、アンさん」
厳しくもありがたいアンからの励ましを受けて、ようやく動き出す気力が戻る。
よし! 一礼してリビングを出ようとする和穂をアンが呼び止めた。
「和穂」
「はい、なにか」
足を止め、振り返る。
「そこは〝お姉ちゃん〟でしょ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーと音が聞こえてきそうな迫力でアンが迫る。
「あ、あー、で、ですね。お姉ちゃん」
「困った子ね。もう間違っちゃ、ダメだぞー」
えい、と軽いデコピン。
「あ、あは、あはははーー」
この人はこんな時にまで。
ぶれないアンに、心折れそうになりながら和穂は苦笑した。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、吉報を待ってるよ」
リビングを出ていく和穂の後ろ姿を目で追いながらダークレイがアンに声をかけた。
「いいのですか?」
「良いも悪いも、今回は私の出番はないから」
椅子に預けた身体がため息と共に弛緩し、スライムよろしくだらしなく床にずり落ちる。
めくれたスカートから白い太腿が露わになる様子にダークレイが顔をしかめる。
「御主人」
だらしないですよ、と嗜なめるダークレイに、天井を呆けた顔で見上げるアンが〝ぶう〟っと不貞腐れた声を出す。
「だーあってさぁー」
アンの大きな黒い瞳からは虚脱感が感じられる。
「へえー、そこまでいうとはね。よほどあの和穂を信頼しているのね」
何か言ってあげてください御神祖、と目で訴えるダークレイに促されて、仕方ないわねとお茶を受け取りながらカミューラが言う。
「そんな訳ないでしょう」と言うように、アンがこれ見よがしに深いため息を吐いた。
「和穂を信頼? 信頼はしてるさ、リタの婿殿だからね。でも、まだまだ無理だよ。足取りすら掴めないだろう。今頃はどうしたらいいのか思案中だよ。エンゲージの効果も消されて、頼みの綱の堕落の門との交信もままならないようだしね。
ただ、完全じゃない。あれの力でも、そう簡単に相殺できるほど、リタとの結びつきはやわじゃない。それにだ」
身体を起こし座り直す。
「私も怒ってない訳じゃない!」
アンの声と共に目の前のテーブルが浮き、グシャ! と音を立てて潰れた。
更にリビングに闇が降り、壁のあちこちに切り裂かれたような亀裂が走った。
おっとっとーー
お茶とスイーツを持ってカミューラがダークレイと共にリビングの隅に避難する。
「八つ当たりはやめてよね」
カミューラが顔をしかめる。
冗談だよ。ため息と共にアンが手を一つ叩く。何事もなかったように全てが元に戻った。
ダークレイがカミューラを促すように椅子を引く。乱暴に腰掛けたカミューラが足を組み、持っていたティーカップの中身を一気に飲み干し、そのまま紙のように握り潰した。
手の中で砂粒よりも細やかに砕かれ消えていくそれを見て、アンが呟いた。
「あー、お気に入りのカップが……」
「あなたが先にやったんじゃない」
紅い髪が炎のように逆立つ。
あなたの不機嫌に私を巻き込まないで!
わざとらしいアンの声に、カミューラが渋い顔で握りこぶしをつくった。
ごめんごめん、冗談冗談。
そう言いつつも、カミューラに「目が笑ってないわよ」と突っ込まれたアンが「そぉおー」と戯け、続けた。
「けど、私より怒ってる奴がいるから、仕方ないじゃない」
「あんたより怒ってる……」
言われて思案するカミューラがはたと思い当たった。あーそう言うこと。
「はああ、そりゃぁ、アンタの出番、ないわよねぇ」
「ふん、いいさ、そのあとで千回程、灼いてやるさ。あのくそエルフめ! ふふふふふふふふふーー」
なんならリタ以外のエルフ、ハイエルフは皆んな根絶やしにしてくれる!
「バカなこと、考えるんじゃないわよ。戦争でも起こすつもり……いや、相手にもならないか」
カミューラの目に浮かぶのは一方的な虐殺の風景だ。
その気になれば今ここで指一本動かすだけで事足りるのが、それが現在のアンの立場だ。
あーあ、なんか朝から一杯飲みたい気分だわ。
「ところで今は誰が里長をしてるの? まだオベロンは健在なの」
〈大賢者〉オベロンか……
気高いハイエルフの王にして偉大なる賢者、か。
しかしそれは、奴が〝宇宙記憶〟の一部に接続出来るってだけの話だ。
いや、だったと言うべきかな。
「オベロンはすでに他界してるよ。今の里長はその息子だ。アルベロン、ただ齢を重ねただけの愚か者だ」
「それはあなたの愛娘を攫ったからって意味?」
「オベロンも愚かだったが、息子は更に輪を掛けている。〈黒の竜〉に怯え、酒に逃げるただの飲んだくれだ」
言葉の点と点が線となり結びつき、ピン! と音を立てる。
何かに思い至ったカミューラが呆れ顔で一つ目の伴侶を見た。
「アン、もしかして、あなた謀った?」
「なんのことだか」
腰掛け直したアンの唇が含み笑いに歪み、天井を見上げながらゆったりとした動作で艶めかしく脚を組む。
うふん……って誘ってんの? ばーか!
ため息と共にカミューラがやれやれといった風に肩をすくめ、頭を抱える。
少し考えればわかる事だ。いま彼女の邸や浮遊島、〈黒の森〉のリタの家に張られている結界を誰が破れるだろうか。
あの〈黒の竜〉ですら無理だと思われるものを、彼女が愚かと呼ぶ者が突破できるとは考えられない。
ということは、和穂がフェリアと交信出来ないってのも、こいつの仕業か。
まったく……邪神か、あんたは。
「知らないわよ。あとでとんでもないのが来訪したって」
「その時は愛娘に泣きつくさ」
「愛娘を取られた腹いせにしはてはやり過ぎじゃない。和穂もこんなのを義母に持たされて可哀想に」
「ふん、この程度、簡単に済ませてもらわなくっちゃ」
カミューラは心底、和穂に同情した。
「先が思いやられるわね」
「……リタ」
とりあえず〈黒の森〉のリタの家に戻った和穂だったが、〈マザーツリー〉の初めてリタに会ったベンチの前に立ち、途方に暮れていた。
「どこを探せばいいんだ」
縋るようにフェリアを呼んでみるがやっぱり応答がない。
普段は呼びもしないのに現れ、話しかけられ、時に鬱陶しいくらいなのに、どうしたのか、幾ら呼び掛けても姿どころか交信すらとれなかった。
昨日からおかしなことばかりだ。
リタはいなくなる、そしてフェリアとも。
どういうことだろう?
アンの言葉に促され、つい返事をしてしまったが、こうして一人でいると、一体何処から手をつけたらいいのかすら、わからなかった。
頼れる者もなく、和穂は泣きたい気分でベンチに腰掛けた。
ーーーー和穂。
「リタ」
リタの声が聞こえたような気がして、和穂が横を振り向いた。
しかし、そこには誰もーー
「なんだね、婿殿。しょげた顔をして」
深淵のモノアイと目があった。
「アンさん!」
やっぱり来てくれたんですね!
そんな希望的観測に思わず声を上げ、思い出したように身構えた。
さっき「そこは〝お姉ちゃん〟でしょう」と修正を強要されたばかりだ。
が、しかしアンは何も言ってはこなかった。
逆に「君は何をしてるんだ」とでも言うような怪訝な表情で和穂を見ている。
「あ、あの、アンさん」
「そこは〝義母様〟ではないかね」
「えっ……? 〝義母様〟ですか? あの〝お姉ちゃん〟ではなく」
「お姉ちゃん? リタは我の妹ではなく娘だ。その伴侶たる君から何故、我が〝お姉ちゃん〟と呼ばれなければならない」
『我』? アンさんの一人称って『私』じゃなかったっけ……?
その突っ込みが何故か自らを窮地に追い込んでいくような気がして、和穂は口を閉じる。
「あ、あー、そ、そうですよね。その通りです〝義母様〟」
リタと同じ呼び方に和穂が照れる。何処となくはずかしくて頬が火照った。
どうしたのかね?
アンが首を捻った。
「君はリタを娶ったという自覚が足りないようだね、婿殿」
婿殿? いつもは和穂って、まぁいいか?
「すいません」
「まあいい。では、行こうか」
歩きだすアンを慌てて追いかける。
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