ふたりで居たい理由-Side H-

垣崎 奏

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H-15.プランとおにぎり

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☆☆☆


立花先生とは積極的に話す分、本が読み進められない。でも、それでいい。今は、先生と仲良くなって、学内で頼れる場所を確保する方が先だ。今読んでる本は返す必要のない、しかもお気に入りで何周もしている、話が頭に入ってる小説。時間の制約はない。

本は、土日にカフェや公園でも読める。集中して物語に入り込んでしまったら、親の物音が聞こえなくなるから、家では読まない。

今日の先生は閲覧室での作業らしく、近くのイスに座って本を開く。顔を上げると目が合って、先生が口を開く。立花先生は、割としゃべるのが好きらしい。


「…転入して二週間が経つけど、クラスには馴染めた?」
「それなりです」


どこかで聞いた言葉。基樹くんに言われたんだ。転入生に振る話題の、定番中の定番。


「まあ、昼休みにここにいる時点で、ある程度察しはするのだけど」
「そうですよね」


当然、気付いていての質問だった。ここは学校で、司書の資格を持つ教諭として、立花先生は勤務しているはず。入り浸る生徒がいれば、いろんな方面で気にかけてくれるんだろう。


「別に、ここに居たければいればいいし、無理に馴染む必要もないとは思う。修学旅行だって終わっているし。ただ、学校行事はまだあるから。文化祭と体育祭が」
「その時だけ、上手く付き合えばいいだけです」
「今までも、そうだったのね?」
「はい」


何か言いたげな先生だったけど、それ以上は言ってこなかった。

あの事件以降の学校行事は、内申点に響くしとりあえず参加はするものの、私が中心になることはなかった。当番以外は先生の目を盗んで上手くサボってたし。学園祭の時期はこっそり準備を抜けて、誰も来ない屋上へ続く階段裏で本を読んでた。ここでも、それで乗り切ろうと思ってた。

修学旅行、前の学校はこれから行くタイミングだったけど、西高はもう終わってる。私は今の高校でも経験しないことが確定。その方が、気が楽だ。





視線を振り切るように教室を出て、自転車に乗る。裏道に向かう前に、コンビニに寄った。あの時間まで一緒に過ごすとなると、流石にお腹が空く。何か、お菓子でも買っていこう。

ケーキが美味しいカフェで働いてるくらいだし、私の好きなチョコ菓子でも大丈夫だと信じて、いくつか手に取る。もし食べきれなくても、私が家で食べるなり来週に持ち越すなり、手はある。

ドリンクまで買うのは流石にやりすぎかもしれない。飲むところを見た事はないけど、歌ってるくらいだし、あのトートバッグの中に入ってるんだろう。

小袋のお菓子をいくつか買って、レジ袋ごとスクールバッグの中へしまう。見えなければ、基樹くんに気を遣わせることもない。





裏道に入って少し進めば、基樹くんの姿が見えてくる。私を見つけて手を振る動作が、いつもより大きい。


「基樹くん、何か嬉しいことでもあった?」


いつも通りにギターを抱えているように見えて、そわそわ落ち着かないのも伝わってきた。縁石に座ってすぐ聞くと、基樹くんは固まってしまった。

言い当てられたからというより、名前で呼ぶの、忘れてたのかも。学校で女子からそう呼ばれてるはずなのに、私からだと照れるらしい。


「……明日、お出掛けだからね」


(そういえば、明日か……)

基樹くんのバイト先のカフェに行く日程を、忘れていたわけじゃない。ただ、本当に連れて行ってくれるつもりなことが、実感できていなかった。

しかも、このキラキラ具合を見るに、明らかに私への好意を含んだ《デート》なんだろう。普段表情が変わらない分、少しの変化でも楽しみにしてるのがありありと伝わってくる。


「そんな楽しみなの」
「楽しみだよ? シューペ好きだし」


デートなのが、確信に変わった。一応、バイト先が好きだからと釈明してはいるけど、それだけじゃない。私はいつもこんな感じのテンションだし、明日もテンションは今のままだと思う。

冷たく映って離れたいと思われるのも困るし、好意から近づかれても困る。都合よく、ちょうどいい距離感で居て欲しい。


「明日、シューペだけ行くか、ランチ一緒に食べるか、どっちがいい?」
「お昼から?」
「うん、あ、早い方がいい?」
「ううん、無理はしなくていいよ。お昼からで」


土曜は、午前中に家事をやることが多い。親が居ない確率が高いから。むしろお昼からでよかった。


「…フロイデでご飯食べて、ちょっと広場散歩して、シューペでお茶しようかなって。シューペはケーキも美味しいし」
「うん」


完全に、デートプランとして基樹くんが主導権を握ってる。特に行きたいところもないし、時間を外で過ごせるならそれで問題ない。


「甘い物、大丈夫?」
「それなりに。甘すぎなければ」
「シューペは大人なところだし、ただ甘いってことはないかな。フルーツの酸味とか、いろんなバランス考えられてて、苦いってこともないよ」
「そう」


ケーキで思い出すのは、母親に連れられて食べたホテルのアフタヌーンティーだ。甘すぎることはなかったけど、逆に、当時小学生の私には甘さが無さすぎて、むしろケーキが苦手になった。

スーパーで売られてる二個入りケーキの方が甘くて美味しくて、ひとりになってからはたまに買ってた。最近はコーヒーとセットでも、二個入りだと食べ切るのが難しい。冷蔵庫に入れるわけにもいかないし、ケーキ屋さんでひとつだけ選ぶ事もある。高校生になった今は、甘すぎないくらいがちょうどいい。


「その後は、何か決めてるの」
「いや? 駅前には行こうかなってくらい」
「そう」
「むしろ、行きたいとこある?」


(……思いつかない)

自分のつま先を見ながら考えてみるけど、候補が何も出てこない。そもそも、駅前に興味がなくて、何があるのかあまり把握していない。


「……本屋さん、あったよね」
「あるね、他は?」


いずれ行くと決めていた本屋さんを上げてみるものの、すぐに聞き返されてしまった。同年代の女子は、きっと駅前には行きたがるだろうから、基樹くんが知りたいのも分かる。私が、例外なだけ。


「特になければ、気になったところに入る感じでもいいよ」
「基樹くんは行きたいお店ないの」
「え」


基樹くん、驚いてる。今まで関わった女子の中に、私みたいなタイプはいなかったんだろう。平日の夜、付き合ってもらってるのは私。基樹くんの希望だって、あって当然だし。


「…オレの希望、聞かれると思ってなかった」
「なんでよ。お互い、行きたいとこ行こうよ」


少し、考えるように首を傾げた基樹くん。同年代の男子が、ショッピングモールに行くなら、どんなお店に用があるんだろう。


「……じゃあ、雑貨屋さん」
「何か見たい物でも?」
「なんとなくぶらつくのが好き。インスピレーション貰いに」
「インスピレーション?」
「曲書いたりもするから、そのための刺激というか」
「自作?」
「そうだね」


(自作……?)

この人、曲、書くんだ。フロイデで見た時に、参考書なしでルーズリーフに何か書いてたのは、歌詞なんだろうか。


「今、弾ける? 基樹くんが作った曲」


自作ならきっと出やすい音域で作ってるし、良い声がもっと聴けるはず。歌のある曲なのを期待して言うと、基樹くんは顔を逸らしながら、ファイルをめくった。





陽が傾いて来て、基樹くんがギターをケースに片付ける。ファイルを閉じて、トートバッグに閉まったと思えば、巾着を出してその中身をひとつ、手渡してくれた。ラップに包まれた、お手製のおにぎりだ。


「え、いいの?」
「うん、母さんが入れてくれた」
「私のこと知ってるの?」
「いや、何も話してない。オレがふたつ食べると思ってるはず」


それが本当かは分からないし、基樹くんは別に、親にバレても気にしないタイプなのかもしれない。お菓子も持っているけど、おにぎりを先に出してくれて助かった。

ラップを持ち手に、一口頬張った。ほんのりきいた塩に、昆布が入ってた。コンビニのとは違う、あったかい味。小さくもなければ大きくもない、程よいおにぎりは、手元からすぐになくなった。


「……ごちそうさま、美味しかった」
「それはよかった」
「私も、お腹空くからと思って」


コンビニで買ったお菓子を、レジ袋のまま地面に置く。お返しとして買ったわけじゃないけど、コンビニに寄っておいてよかった。基樹くんの顔が、また明るくなった気がした。


「デザートだね」
「確かに」


意識されていると分かってるから、少し揶揄いたくなる。あまり表情が変わらないのに、テンションが高いのは漏れ出てるし。

お菓子の袋を開けて、基樹くんの方へ向けた後、一度戻す。お預けをくらったら、どうなるのか見たかった。


「はい」
「……ありがとう」


ひとつ摘んで、手の平の上に乗せてあげる。口に放り込んだ基樹くんは、やっぱり、ちょっと赤い気がした。





いつもと同じ夜なのに、今日は少し違った。明らかに好意を持たれてる相手と、ふたりで出掛けるんだから、違和感があって当然かもしれない。

誰かと出掛けることなんて、いつぶりだろう。誘われもしなかったし、誘いもしなかった。図書館や公園、カフェで本を読む以外は、必要な買い物をするためだけに外に出てた。

親が帰って来ないことを願いつつ、少し長めにシャワーを浴びた。嫌われて距離を取られるのは困るから。

明日着る予定の服を用意しておく。基樹くんの私服、一度だけ、裏道で初めて会った日に見てるけど、驚きが強くてあまり覚えてない。かといって、持ってる私服のバリエーションもなくて、選ぶほどでもないけど。ファッション誌なんか開いたことないし、多少勉強するべきだろうか。

バッグの中身も、財布と鍵だけだけど、スクールバッグからショルダーバッグへ入れ替える。紐部分にヘアクリップをつけておく。休日に髪をまとめることはしないから。

コンタクトとメイクボックスも机に並べて、鏡も手前に出しておく。これで、明日の朝に慌てることも忘れることもない。

フロイデでランチって言ってたし、朝の時間に余裕はあるけど、親に気を取られると何かが抜け落ちることだってある。前もって準備しておく方が絶対にいい。

ベッドに寝転んで、風景の写真集を眺めようと手に取って、携帯が光ったのに気付いた。通知をつけるのは、基樹くんしかいない。


「明日、十一時くらいに迎え行くから」
「分かった」


たぶん、あの曲がり角に来てくれるんだろう。予想はしてた。今までも、さらっとエスコートされてるし。

お店の名前、なんて言ってたっけ。シューペとは覚えてるけど、フルネームを忘れた。さっと携帯で検索をかけてみても、それらしきカフェは見つけられなかった。
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