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H-3.プロローグ 3
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賑やかな駅前を通って並木道に入ると、急に静かになる。住宅街が続くエリアだ。団地の入口の坂を上って、目指すはあの喫茶店。
改めて見ても、小さな洋館のようで雰囲気がある。生垣の前に用意された場所に自転車を停めて、階段を上がる途中でドアが開いた。
少し驚いて顔を上げると、エプロン姿の女性がいた。バンダナも巻いていて、ここの店員さんなんだろう。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
平日の昼間で、店内は会話を楽しむ主婦さんや老夫婦で比較的埋まっていたけど、特に問題にならなかった。私が好きなのは、邪魔をされないカウンター席だ。
ゆったりしたジャズが流れる店内で、先に携帯と文庫本を取り出す。用意されていた荷物入れにバッグを置いてから、席に着いた。読書をするにはちょうど良さそうだ。
「ご注文、決まりましたらお呼びください」
ランチメニューと書かれたバインダーと、水の入ったグラスを置いて、女性が離れた。若者もいないし、うるさくおしゃべりするような人もいない。このまま印象が変わらなければ、休みの日はここでお昼を過ごしたい。
手書きの文字と写真で紹介されたメニューには、オムライスやパスタが並び、サラダやスープ、ドリンクとのセットも書かれてある。
(……どうする?)
基本的に、どんなカフェへ行っても共通して、食べる物を選ぶことだけは苦痛に感じることが多い。普段、数通りしかない冷凍食品で生活しているから、メニューが多いと目移りして、戸惑ってしまう。
定番、人気メニューと書かれた中から、一番に目に入ったデミグラスオムライスを頼むことにした。だいたいどこにでもあって、美味しいのが確定している。
長居するためのアイスカフェオレを一緒に頼む。カフェオレはオンラインで箱買いして家にストックがあるし、選択肢としては一択だった。
バインダーを女性に返す。物腰柔らかなお姉さんって感じで、三十代前半といったところか。店内の雰囲気そのままの人だ。
料理を待っている間、少し振り返って見回してみる。お手洗いの位置を確認しつつ、壁面に飾られたティーカップに目が留まる。ドリンクメニューはほぼ見なかったけど、紅茶が美味しいお店なのかもしれない。
本を開くのは料理が来てからと、決めている。そうしないと、読んでるところに店員さんの声が入るから。邪魔だと感じてしまうのは申し訳ないし、まだ開かない。
本は、一方的に情報をくれる。今までの知識とか経験とか、組み合わせて考えた時に、また新しい発見がある。学校の授業も、同じだ。
(じゃあ、友達は?)
転校する度に、考えてしまう。たくさん友達がいたところで、有益とは限らない。むしろ、余計な話を聞かされるだけで時間を無駄にしている気さえする。
合わせたくもない人のペースに合わせるのは、負担になるだけだ。マイペースで居られるひとりが、何より楽。
でも、それだけじゃ生きていけないのも分かってる。同じ学校でも、同年代じゃなくてもいいから、何かあった時に頼れる人は作っておいた方がいい。
私と、価値観の共有ができる人。
あの日から、人間関係が面倒だと思うようになった。友達だと思ってても、完全に分かり合えるわけじゃないし、無理して合わせる必要もない。
今まで、仲良くなった人が全くいなかったわけじゃない。でも、学校で出会ったわけでもない。毎日顔を合わせないといけない人じゃなくて、カフェとか図書館とか、自分から行かないと会えない人たちだった。
「お待たせしました」
苦い思い出を振り返っているうちに、写真通りのふわふわ卵が乗ったオムライスが到着した。料理には全く明るくなくて、なんと表現するのかは分からないけど、とにかくふわふわで美味しそうだ。
一口食べて、確信する。きっとここの料理は、どれを食べても外れない。
普段、自分の部屋で食べる物は日持ちするパンか、キッチンで温めた冷凍食品か、カップ麺。コンロなんて使わない。電子レンジと電気ポットがあれば生活できる。
家の共有部分にいる時間は、なるべく減らしたい。それが、親と顔を合わせる確率を下げるから。親に絡まれないのは、自室に引きこもっている時だけ。
中央駅前は発展してたし、タワーマンションなんかもある都市だ。お弁当屋さんがあれば、図書館の帰りに寄ってもいいのかもしれない。手作りが食べたい時もあるし。
☆
オムライスの最後の一口をゆっくり飲み込んでから、水を一口。目の前の庭で揺れる緑を眺める。階段状に並べられたプランターには名札も刺してあって、もしかしたら料理にも使われているのかもしれない。
「お下げしますね」
「ありがとうございます」
その声と共に、アイスカフェオレが運ばれてきた。カウンター席で後ろは見えないけど、食べ終わったのは気付かれていた。自分で店員さんを呼ばなくていいのは、ストレスフリーだ。
これで、私だけの時間が始まる。ゆっくりと本を読む時間だ。もう何度読み返しているか分からない、シリーズもの。このカフェなら、誰にも邪魔されずに集中できる。
☆
一章読み進めたところで、物音がして、少し顔を上げる。誰かがカウンターに座ったんだろう。荷物の位置を確認しつつ、反対側を見た。
(……ひとりで来たおじいちゃんだと思ったのに)
その席にいたのは、私の制服とは違う赤い校章入りのシャツで、長めの茶髪の男子だった。こういうカフェにはまず来なさそうな、中央駅前のファーストフード店なんかで、騒いでそうな人だ。
特にバインダーを見る事なく注文を済ませていて、どうやらここには来た事があるらしい。店員の女性も、慣れた雰囲気で応対してた。
横目で見るには少し遠いけど、気になって仕方なかった。運動部系で、もしクラスメイトにいればとりあえず避けておくタイプの男子が、私の好みのカフェの常連っぽく、何やらルーズリーフと筆箱を取り出してる。テキストを出すわけでもなく、ただ何か書いているだけらしい。
今までいくつか、転校先の土地で落ち着けるカフェを見つけて、店員さんに名前を覚えられるくらいの常連になってきたけど、同年代を見かけるのは初めてだった。
注目しすぎるのも変だから、本に目を戻してみても、内容が入って来ない。ただ文字を追う作業になってしまう。
時々ペンを回しながら何かを書いている彼。
(っ……)
覗き見ていたら、目が合った。すぐに手元に目を落としたけど、相手にも分かっただろう。
彼にとっても居心地が悪いだろうし、先に来ていた私が席を立つのがセオリーだと思った。カフェオレを飲み切って、荷物をまとめる。
「ありがとうございます」
伝票が見当たらず、バッグを持って席を立つと声がして、レジへ向かう。注文はそこで管理されていたらしく、示された代金を千円札二枚で支払う。
レジ前で小銭を探して時間を掛けてしまうのは、嫌だ。こういうカフェだと、他にもやる仕事はあるはずで、私ひとりの接客に時間を割かないでほしいと思ってしまう。今だと、きっと彼がご飯を待っているし。
「また来てくださいね」
「はい」
ドアを開けて、見送ってくれた。カウンターに座っていたから、どのお客さんにもやってたのは分からないけど、余裕があればしてるんだろう。
私の自転車の横には、後輪のカバーに東高の赤いステッカーの貼られた自転車が停まってた。そういえば担任から、似たような青色のステッカーをもらったのを忘れていた。同じ場所に貼ってから、カフェを後にした。
ここに、よく居るんだろうな。せっかく、私に合うカフェを見つけたと思ったのに。
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