上 下
15 / 94
大学3年_夏

第15話:突然の……_3

しおりを挟む

 「なんか……誰かに聞いたとかでもないみたい。……履歴書見たって」
「うぉ……わぁお。凄い執念。個人情報とか関係ないのかな、社員だと見れちゃうのか……。んで、なんだって?」
「ご飯行こう、って。前言われたの。『今度異動するから、ご飯行こう、ふたりで』って」
「……あー。やっぱ狙ってたか」
「断わるのも怖い……」
「行かないってハッキリ言って、良いと俺は思うけど?」
「だって、勝手に履歴書見て電話掛けてくるんだよ? 断わったらなに言われるか……」

 断わりたい、だが、早瀬さんが異動するまでまだ時間もある。関係が悪くなって、仕事に支障をきたしてしまったら……なんて考えると、断わるに断れなかった。

(気にしすぎなのかな……。でも、これが航河君の心配してたことだよね? 全然回避できてなかった……!)

「仕方ないなぁ。ふたりじゃなければ、千景さんまぁ行っても良いと思う?」
「……うん。でも、ふたりっきりでって言ってたから……」
「そこさ、悩むところじゃないと思うんだよね。優しいんだと思うけどさ」
「うぅ……」
「貸してみ、携帯」
「えっ、あっ、うん……」

 少し不安に思いながら、塞いでいたマイクから手を放し、航河君へ携帯を渡した。

「――あ、お疲れさまです。航河です」
『――え? 航河? え? なんで?』
「仕事帰りっす。千景さん送っていくところで」
『あっ、あー、そうなの。お疲れ』
「ちょっと聞こえましたけど、千景さんとご飯行くんすか?」
『いや、その』
「良いなー、俺も連れてってくださいよ」
『ちがっ……』
「千景さん、男性とふたりは、怖いみたいですよ? 昔変な人がいたとかって」
『へ、へぇ、そうなんだ』
「嫌われたらショックじゃないですか? だから、三人で行きましょう!」
『まだ行くと決まっ』
「良いですよね? じゃあ、俺に連絡ください。これからは。良いですよね? 別に俺は気遣わないですし」
『航河あのな』
「いやー、美味しい飯食えるんすよね? 俺楽しみだわー。店決めて良いっすか?」
『……はぁ、わかったよ』
「決まったらお店で言いますね」
『わかったから、千景ちゃんにかわっ』
「じゃあ、帰るの遅くなってもいけないんで、切りますねー。失礼しまーす」
『おいコラまだ』

 プツッ――。プープープープー――。

 一方的な会話に、電話の終了。航河君から返された形態の画面には、いつもの待ち受けが映し出されていた。

「これで良いんじゃない?」
「あ……ありがとう」
「俺も行くし、店も俺が選ぶし。帰りも送って行くから。納得いかないなら、なにかしら理由つけて断ってくるでしょ。でも、そのあとは多分ふたりきりで千景さんのこと誘いづらいと思う。俺の名前出せば良いし。心配しなくても大丈夫だよ」
「……うん」
「いやー、本当に誘ってくるとは。あの人、彼女とか彼女みたいな人が何人もいるみたいだし」
「えっ? そうだったの……? そんな話本人からは全然聞かなかったけど……。マジか……」
「マジマジ。勝手にでもそのひとりにされないよう、まだ気を付けなきゃね」
「いやいやいや。なりたくないそんなの……」
「新店舗、県外みたいなんだけど。そっちで新しく家借りて、今の家で飼ってるペット、その中の1ひとりに面倒見てもらうみたいだよ? 家はそのままで」
「へ、へぇ……。って、なんで航河君そんなこと知ってるの?」
「相崎さんが言ってた」
「口が! 軽い!」
「こういう話は、すぐ回っていくだろうね。千景さんも、ナイショの話は気をつけたほうが良いかもよ?」
「……肝に銘じておきます……」

 そのまま、いつも通り家まで送ってくれた航河君が、なぜだかいつもよりカッコ良く見えたのは、今思えば私の片思いの始まりの始まりだったのだろう。あの淡い『いいな』と思った感情が色づいたのだ。

 ありがたいことに、実際にご飯の日が来るまでのあいだも、私と早瀬さんがふたりきりになることはなかった。たまたま航河君とシフトが被り、早瀬さんとふたりきりにならないように配慮してくれたのである。早瀬さんは毎度なにか言いたそうな顔をしていたが、こちらも開き直って『どうかしましたか?』とニッコリ笑って言うと『いや、なんでも』と、バツの悪そうにその場を去って行った。そして直接連絡が来ることもなかった。

(こんなにあからさまに態度に出るなんて……。航河サマサマだな)

 お店も待ち合わせ場所も航河君がすべて決めてくれて、時間も早めの集合解散となった。

「俺が迎えに行くよ、千景ちゃん」
「俺家近いんで、一緒に行くんで大丈夫です」
「あ……そう」
「迎えに行くって、早瀬さん家どこなのか知ってるんですか?」
「まぁ、うん」
「それなら、三人で一緒に向かっても良いですよ」
「いや……いいや」

(一緒に帰ったこと無いし、詳細な場所話したこともないけど、なんで知ってるんだろう……。やっぱり電話番号と同じで、履歴書の住所チェックしたってことなのかなぁ……)

 静かな恐怖に身体を震わせたが、私がなにも言わずとも、すべて航河君が返してくれていた。申し訳ない気持ち半分と、ありがたい気持ち半分。これだけしてくれるなんて、早瀬さんの女癖はどれほど悪いのだろう。少し話に聞いたから余計に気になるが、これ以上は踏み込んではいけない気もした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

愛されない女

詩織
恋愛
私から付き合ってと言って付き合いはじめた2人。それをいいことに彼は好き放題。やっぱり愛されてないんだなと…

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...