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大学3年夏

第15話:突然の……_3

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 「なんか……誰かに聞いたとかでも無いみたい。……履歴書見たって」
「うぉ……わぁお。凄い執念。個人情報とか関係ないのかな、社員だと見れちゃうのか……。んで、なんだって?」
「ご飯行こう、って。前言われたの。『今度異動するから、ご飯行こう、2人で』って」
「……あー。やっぱ狙ってたか」
「断わるのも怖い……」
「行かないってハッキリ言って、良いと俺は思うけど?」
「だって、勝手に履歴書見て掛けてくるんだよ? 断わったら何言われるか……」

 断わりたい、だが、早瀬さんが異動するまでまだ時間もある。関係が悪くなって、仕事に支障をきたしたら、なんて考えると、断わるに断れなかった。

(気にしすぎなのかな……。でも、これが航河君の心配してたことだよね? 全然回避出来てなかった……!)

「仕方ないなぁ。2人じゃなければ、千景さんまぁ行っても良いと思う?」
「……うん。でも、2人っきりでって言ってたから……」
「そこさ、悩むところじゃないと思うんだよね。優しいんだと思うけどさ」
「うぅ……」
「貸してみ、携帯」
「えっ、あっ、うん……」

 少し不安に思いながら、塞いでいたマイクから手を放し、航河君へ携帯を渡した。

「――あ、お疲れ様です。航河です」
『――え? 航河?』
「仕事帰りっす。千景さん送っていくところで」
『あっ、あー、そうなの。お疲れ』
「ちょっと聞こえましたけど、千景さんとご飯行くんすか?」
『いや、その』
「良いなー、俺も連れてってくださいよ」
『ちがっ……』
「千景さん、男性と2人は、怖いみたいですよ? 昔変な人がいたって」
『へ、へぇ、そうなんだ』
「嫌われたらショックじゃないですか? だから、3人で行きましょう!」
『まだ行くと決まっ』
「良いですよね? じゃあ、俺に連絡ください。これからは。良いですよね? 別に俺は気遣わないですし」
『航河あのな』
「いやー、美味しい飯食えるんすよね? 俺楽しみだわー。店決めて良いっすか?」
『……はぁ、分かったよ』
「決まったらお店で言いますね」
『分かったから、千景ちゃんにかわっ』
「じゃあ、帰るの遅くなってもいけないんで、切りますねー。失礼しまーす」
『おいコラまだ』

 プツッ――。プープープープー――。

 一方的な会話に、電話の終了。航河君から返された形態の画面には、いつもの待ち受けが映し出されていた。

「これで良いんじゃない?」
「あ……ありがとう」
「俺も行くし、店も俺が選ぶし。帰りも送って行くから。納得いかないなら、何かしら理由つけて断ってくるでしょ。でも、そのあとは多分2人きりで千景さんのこと誘いづらいと思う。俺の名前出せば良いし。心配しなくても大丈夫だよ」
「……うん」
「いやー、本当に誘ってくるとは。あの人、彼女とか彼女みたいなの何人もいるみたいだし」
「えっ? そうだったの……? そんな話本人からは全然聞かなかったけど……。マジか……」
「マジマジ。勝手にでもその1人にされないよう、まだ気を付けなきゃね」
「いやいやいや。なりたくないそんなの……」
「新店舗、県外みたいなんだけど。そっちで新しく家借りて、今の家で飼ってるペット、その中の1人に面倒見てもらうみたいだよ? 家はそのままで」
「へ、へぇ……。って、なんで航河君そんなこと知ってるの?」
「相崎さんが言ってた」
「口が! 軽い!」
「こういう話は、すぐ回っていくだろうね。千景さんも、ナイショの話は気をつけた方が良いかもよ?」
「……肝に銘じておきます……」

 そのまま、いつも通り家まで送ってくれた航河君が、何故だかいつもよりカッコ良く見えたのは、今思えば私の片思いの始まりの始まりだったのだろう。

 その後、実際にご飯の日が来るまでの間も、私と早瀬さんが2人きりになることはなかった。たまたま航河君とシフトが被り、早瀬さんと2人にならないように配慮してくれたのである。
 早瀬さんは毎度何か言いたそうな顔をしていたが、こちらも開き直って『どうかしましたか?』とニッコリ笑って言うと、『いや、なんでも』とバツの悪そうにその場を去って行った。

(こんなにあからさまに態度に出るなんて……。航河サマサマだな)

 お店も待ち合わせ場所も航河君がすべて決めてくれて、時間も早めの集合解散となった。

「俺が迎えに行くよ、千景ちゃん」
「俺家近いんで、一緒に行くんで大丈夫です」
「あ……そう」
「迎えに行くって、早瀬さん家どこなのか知ってるんですか?」
「まぁ、うん」
「それなら、3人で一緒に向かっても良いですよ」
「いや……いいや」

(一緒に帰ったこと無いし、詳細な場所離したことも無いけど、何で知ってるんだろう……。やっぱり電話番号と同じで、履歴書チェックしたってことなのかなぁ……)

 静かな恐怖に身体を震わせたが、私が何も言わずとも、全て航河君が返してくれていた。申し訳ない気持ち半分と、ありがたい気持ち半分。これだけしてくれるなんて、早瀬さんの女癖はどれほど悪いのだろう。少し話に聞いたから余計に気になるが、これ以上は踏み込んではいけない気もした。
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