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前編
しおりを挟む圭太は極々平凡な高校生だった。どこにでもいるような普通の顔で、目立つ事なく地味に普通の生活を送っていた。
この先変わらず平凡な人生を送り続けるのだと思っていたのに、何故か異世界の勇者に選ばれてしまった。その世界の女神によって平和な日本から魔王が存在し魔物によって平和が脅かされる危険な世界へと転移させられた。
しかも顔を美少年に変えられた。黒髪は金髪に、黒目は碧眼にされた。女神曰く、勇者には人々が敬い応援したくなるようなカリスマ性が必要なのだという。圭太のド平凡顔ではそれは皆無。なので人々が好ましいと思うような美しい顔に変えた。失礼極まりない話である。
そもそも何で自分が縁も所縁もない世界を救わなくてはならないのだ。
そうは思うものの、世界を救う勇者という存在に憧れる気持ちも確かにあった。
モブでしかなかった自分が、主人公になれるのだ。魔王を倒せば勇者の役目は終わり、また平凡な生活へと逆戻りだ。
だからこそ、一時でも主人公になってみたい。そんな思いに駆られ、圭太は勇者として魔王を倒す使命を受け入れる事にした。
女神の導きにより、美少年へと変えられた勇者圭太は王城に現れた。王と王妃、騎士や従者に迎え入れられた。
勇者に選ばれたとはいえ、圭太は平和な世界の平和な環境で育ち、殴り合いの喧嘩すらした事がない。圭太は魔王を倒す旅に出る前に、戦闘訓練を行う事になった。
基本的な剣の握り方など、一から教えてもらう。
武器を手にするなどはじめてなのに、恐怖心を感じなかった。教えられればすんなりと飲み込む事ができ、その通りに体が動く。
圭太は決して運動神経が抜群というわけではなかった。人並みだったはずなのに、少し教えられただけで剣の扱いに慣れてしまった。
勇者になったので、その辺の感覚も変わっているようだ。
だからといって調子に乗らず、圭太はきちんと訓練を重ねた。慎重で心配性なのだ。ゲームでもキャラは限界まで育てるタイプだ。アイテムも山ほど用意しておかなければ気が済まない。
そんな圭太に付きっきりで指導してくれているのが騎士のスヴェンだ。
二十代でまだ若いが、騎士団の中で随一の実力者である彼は、魔王討伐の旅に同行する事が決まっている。
これから一緒に旅をする相手と親交を深めるという理由もあり、彼が圭太の指導役となった。
口数は多くないが、的確なアドバイスでド素人の圭太にもわかりやすく戦い方を教えてくれる。
赤銅色の髪に深い緑色の瞳。切れ長の双眸にすっと通った鼻筋、輪郭はシュッと整っていて、どこぞの王子様かと思うほど綺麗な顔立ちをしている。
笑顔は少ないけれど冷たいとか愛想が悪いというわけでは決してなく、優しく誠実な人柄だ。
スヴェンのような人こそが勇者に相応しいのではないかと、彼と接していると本気でそう思う。
城での訓練の日々も終わりに近づき、出発の日は翌日に迫っていた。
緊張で部屋でじっとしていても落ち着かず、圭太は訓練所で一人素振りしていた。そこへスヴェンが現れた。
「今日は体を休めていろと言っただろう。明日からは満足に休息が取れない事もあるだろう。それに備えて、今は休むべきだ」
「う……ご、ごめん……。ソワソワして、体動かしてないと落ち着かなくて……」
窘められ、素直に謝る。
しゅんと肩を落とせば、スヴェンは仕方なさそうに小さく苦笑を浮かべた。こちらが勝手にそう感じているだけだが、多分彼にとって自分は弟のように思われているのではないか。自分にとって彼が頼れる兄のような存在なのと同じように。
なのでつい、スヴェンには甘えてしまう事が増えた。
「もう休むよ。寝坊したら大変だ」
「そうだな。勇者が旅立ちの日に寝坊なんて、いい笑い者だ」
「うう……何かホントに寝坊しそうだな」
「心配しなくても、俺が起こしてやる」
スヴェンとの和やかな会話に緊張も解れてくる。
彼とのツーショットは端から見るときっと目の保養なんだろうなー、なんて事を頭の隅で思った。何せ今の自分は女神が太鼓判を押すほどの美少年なのだから。
天然美形のスヴェンと並べばそれはもう凄い事になっているはずだ。是非客観的に見てみたい。
そんなアホな事を考えていると、スヴェンが眩しいものを見るような目でこちらを見ていた。
「なんだよ、じっと見て……」
「いや……お前はすごいなと思って感心していた」
「え? 急に何を……」
「お前は自分の意志で勇者になったわけではない。しかも、ここはお前にとって何の関係もない世界だ。それなのに、毎日遅くまで特訓して……投げ出す事もなく真面目に取り組んでいるお前の姿を見ると感心せずにはいられない」
恥ずかしい事を恥ずかしげもなく言われ、圭太は顔を真っ赤に染めた。
「いやいやいやいや、そんなカッコいいもんじゃないから!」
最初は何で俺が? と思ったし、主人公になってみたいとかそんな自分本意な理由で勇者になる事を受け入れたのだ。スヴェンに感心されるような事ではない。
「スヴェンの方がスゴいって!」
「俺が……?」
「そうだよ! 騎士は危険な仕事だろ。俺は勇者に選ばれたからやってるけど、スヴェンは国や人を守る騎士を自分で選んだんだから。スヴェンの方がずっとカッコいいし、尊敬するよ」
もし圭太がこの世界で生まれたとしたら、騎士は選ばない。絶対もっと危険のない仕事を選ぶ。人々を守る為に、何て考えない。
彼の方がよっぽど尊敬に値する人間だ。
「顔もめちゃくちゃカッコいいし、体格もがっしりして筋肉も綺麗だし、声もいいし、優しいし、面倒見いいし、ホント憧れるよ」
「そ、それはさすがに褒めすぎだろう……っ」
べた褒めしたら、珍しく照れている。はにかむスヴェンは可愛い。圭太が女だったら、きっと惚れていただろう。
スヴェンと一緒なら、この先の過酷な旅も心強かった。心身共に支え合えるはずだ。
そうして旅ははじまった。女神の導きにより、仲間を引き入れながら旅を続ける。
新たに仲間になったのは、修道女に魔法使いに弓使いだ。全員女性で、全員可愛くて美人だった。
正直、圭太はまともに目も合わせられなかった。彼女達は勇者様、と圭太を慕ってくれるが、緊張で会話もままならない。
旅の途中立ち寄った町で黄色い歓声を受ける事もあるが、喜びよりも戸惑いの方が大きい。
生まれてから十七年間、非モテ人生を送ってきたのだ。女子と会話した事など数えられるほどしかない。いきなり美少年になって見惚れられたりワーキャー言われるようになっても、どうしていいかわからないのだ。
女の子にモテたいと思った事はある。しかしいざこんな扱いを受けると、ただただ困惑してしまう。モテたいだなんて、自分には過ぎた願いだったようだ。
女性に声をかけられてもガチガチに緊張して言葉も出なくなってしまう。そんな時は、いつもスヴェンが間に入って助けてくれた。
「あ……」とか「う……」とかしか言えない圭太を見兼ねて、彼が代わりに対応してくれた。
女性に慣れてなさすぎて情けない圭太を馬鹿にする事もなく、スマートに気遣ってくれる。
スヴェンもスヴェンで美女からアプローチを受ける事があるが、そつなくあしらっていた。彼は圭太とは違い、今までモテモテの人生を送ってきたのだろう。慣れたものだ。
折角美少年になってモテているのだから可愛い女の子と恋愛してみたい。そんな気持ちもないわけではないが、早々に無理だと悟った。恋人の一人もできたことがない自分が、魔王討伐の旅の道中に女の子と恋愛なんて器用な事はできない。恋愛なんてしていたら、魔王討伐に集中できなくなってしまう。
それに、魔王を倒せば勇者としての役目も終わる。役目を終えれば、圭太は元の世界へ帰るのだ。
それならば、恋をしても結局別れる事になり辛いだけだ。
だから圭太は勇者の使命を果たす事だけを考えて旅を続けていた。
けれど、その旅が終盤に差し掛かった頃。
思わぬ相手から告白される事になった。
「お前が好きだ」
「す……スヴェン……」
「俺の恋人になってほしい。そしてゆくゆくは家族になってほしい」
無数の星が輝く夜空の下、向かい合うスヴェンはまっすぐにこちらを見つめている。熱の籠った眼差しは真剣だ。
この世界では同性との恋愛は自由で、さして珍しくもない。ここに来るまでに、同性同士の夫婦にも出会った。
偏見はないが、圭太の恋愛対象は女性だ。スヴェンの事も信頼できる仲間としか見ていない。
兄のように思っていた相手から告白され、圭太は内心動揺しまくっていた。
自分を美少年顔にした女神を恨んだ。元の平凡な顔だったら、彼のような完璧な人間が自分に惚れるわけがない。ただの仲間として旅を終える事ができたのに。
告白されるのもはじめてで、しかもその相手が男で、決して嫌いではないが受け入れる事もできない。恋愛経験皆無の圭太はどう応えるのが正解なのかわからなかった。
断って気まずくなるのは嫌だ。かといって、告白を受け入れるわけにもいかない。
どうする? どうすればいい?
ぐるぐると思考がフル回転する。
そして圭太が出した答えは逃げだった。
「その……返事は待ってくれ……。今は、魔王を倒す事に専念したいから……」
「確かに、そうだな。魔王を倒した後で、改めて俺の気持ちを伝える」
「う、うん。その時に、俺もちゃんと返事をするよ」
と言いながら、圭太は返事をするつもりはなかった。
魔王を倒したら。きちんと勇者としての役目を全うしたら、女神が願いを叶えてくれる事になっている。常識の範囲内で、女神に叶えられる願いだ。
圭太は、魔王を倒したらすぐに元の世界に帰してほしいと頼んだ。倒した後、仲間達と喜びを分かち合う事なく、すぐにだ。
スヴェンに対し、最低な事をしているという自覚はある。しかし、うやむやにする以外、他にどうすればいいのかわからないのだ。
そもそも、スヴェンが好きなのはこのキラキラ美少年の勇者であって、地味で平凡な本当の圭太ではない。言ってしまえば、彼が好きになった美少年など存在しないのだ。
スヴェンには申し訳ないが、美少年勇者の事は忘れて新たな恋を見つけてほしい。
彼に罪悪感を抱きながらもその気持ちには蓋をして、今まで通り旅を続けた。
そして遂に魔王城に辿り着く。全員レベルはMAXで最強の武器に最強の防具を装備し、アイテムも持てる限り用意した。
万全の状態で魔王城に乗り込み、戦いを挑んだ。全員の力を合わせ、魔王を倒す事ができた。
魔王の姿が塵となって消滅し、次の瞬間圭太の体が光に包まれた。眩しさに目を瞑りながら、女神が願いを叶えてくれるのだと圭太はすぐに察した。
「ケイタ!?」
「勇者様……!?」
仲間達の声を聞きながら、圭太は別の場所へと転送された。
目を開ければ、そこは元の世界。平凡な日常に帰って来たのだ。
と思ったのに。
圭太がいたのは見知らぬ家の中。
「え、どこここ……?」
呆然と視線を巡らせる圭太の脳内に女神の声が響く。
『ごめんねー。なんか、元の世界に帰せないみたい?』
「え、何それ。何でそっちが疑問系?」
疑問をぶつけたいのは圭太の方だ。
『だってこんな事はじめてで……。今までの勇者はちゃんと元の世界に帰せたのよ』
「じゃあ、何で俺は帰れないんですか……?」
『うーん……。あなたの魂がこっちの世界に馴染んじゃったのかな~? 多分、そんな感じ?』
「そんな感じって……。え、俺、帰れないんですか? この先もずっと? こっちの世界にいるしかないって事ですか?」
『そうね。だって帰せないんだもの』
「そ、そんな……」
女神の無情な一言に、圭太はガクリとその場に膝をつく。
「酷い、無責任ですよ……。ちゃんと元の世界に帰れるって言うから、勇者として頑張ったのに……」
『それは悪いとは思ってるけど、でもあなたの自業自得でもあるのよ?』
「はあ? 俺が悪いって言うんですか!?」
『だって、時間かけすぎなのよ。歴代の勇者は半年くらいで魔王を倒してるのに、あなたは一年かかったでしょ。多分、そのせいよ』
「ええっ……!?」
『魔王を倒すまでの準備に時間をかけすぎ。慎重なのが悪いとは言わないけどね。結構あっさり魔王倒せちゃったでしょ。アイテムもたんまり余らせて』
「うっ……」
確かにその通りだった。魔王は強かったが、正直拍子抜けするくらい時間もかからずに倒せた。懸命にお金を稼いで買い込んだアイテムも殆ど使わなかった。
『もっと早い段階で充分倒せたのよ。それなのに、あなたが慎重になりすぎるから……』
「だ、だって……だって……っ」
魔王を倒すのだ。入念に準備をする必要があるだろう。負けたら命を落とすかもしれない状況で、準備を怠るなどあってはならない。自分だけでなく、仲間達が怪我を負うのも嫌だ。
そう考えて準備に時間をかけたのだが、それが間違っていたというのか。
誰一人大きな怪我を負う事もなく、全く苦戦する事なく魔王を倒せたのは良かったが、その結果がこれだ。
石橋を叩いて渡る圭太の性格が今の状況を招いてしまったという事なのか。
「でも……どうすれば……。俺、これからこの世界で一人で生きていけと……?」
頼れる人もいない。まだ十代で、一人で生きていく術など持ち合わせていない。
これからの事を考えて不安で泣きそうになる圭太に女神が言う。
『さすがに無一文で放り出したりはしないわよ。今あなたがいる家、それをあげるわ』
「えっ、この家を……?」
圭太は立ち上がり、改めて家の中を見る。
『必要な家具もちゃんと揃えてあるから、今日からそのまま住めるわよ』
あちこち見て回れば、確かに生活に必要な物が既に用意されている。新品なのか全て綺麗だ。
「俺一人で住んでいいって事?」
『もちろん。あと、一生働かずに生きていけるだけのお金もあげるわよ』
「ええっ!? いいの!?」
『私だって一応責任は感じてるから、それくらいのフォローはするわ』
「ありがとうございます!!」
とりあえず、生活に困る事はなさそうだ。
ふと壁にかけられた鏡が目に入る。見ると、元の黒髪黒目の平凡な顔に戻っていた。
「顔は戻ってるんだ……」
『魔王を倒して役目は終わったからね。あなたはもう勇者ではないのよ』
「あっという間だったなー……俺のモテモテ期……」
しんみりした気持ちで懐かしい自分の顔を見つめる。
ふと気づけば、持っていた最強武器も身に付けていた防具もなくなっている。圭太が着ているのは地味な服にズボン。
鏡で自分を見ると、どこにでもいる村人Aという感じだ。
切ないけれど、この姿の方がしっくりくる。
『それから、あなたは今日から圭太ではなく「ケイ」という名前だから。これからは「ケイ」として生きていくのよ』
そうして、元の世界に帰れなくなった圭太はこの世界で生きていく事となった。
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