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敗北の先へ
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ミアは戦後処理をいくつか指示した後、怪我を負ったクリスの天幕を訪ねていた。従軍医により、彼の怪我が命に関わるものではないと分かると、一先ずホッとして、彼の安眠を妨げてはいけないと天幕を後にした。
外はすっかりと暗くなり、篝火が煌々と燃えて暗がりを照らしていた。ミアが考え事をしながら歩いていると、ひっそりと気配を殺して壁にもたれかかっている人の気配に気づいた。ラングであった。ミアはふっと笑って声をかけた。
「驚いたな。ここまで近づくまで気付くなかった。服装が真っ黒だから余計にな」
「よく言うぜ。もっと前からとっくに気づいてたろ?」
「さて? どうかな?」
食えないやつだとラングはんべっと舌を出した。
「クリス団長は無事なのかい?」
「ああ、命に別状はないそうだ」
「へえ、あんだけ切り刻まれてたってのに流石は王国一の騎士団の団長サマだ。頑丈だね」
「まあ、そこはクリスの技量だろうな。致命傷は一つもなかったそうだ」
「『花の騎士』の二つ名は伊達じゃないってことか」
「まあな。だが少なくとも二週間は安静だ。鉄百合団も傷ついたし、何より折角招き入れた近衛兵団の半数はフライブルク砦に入れる必要が出た。戦略は大きく見直さなければいかんだろうな」
「仲間を増やすと?」
「そういうことだ」
「だけど、あんた。敵だらけなんだろ? 心当たりはあるのかい?」
「ああ、それについては考えてある。それより......」
物事をすぱすぱと進めたがるミアにしては言い淀んだ。だが、意を決したように言葉を絞り出した。
「レツは?」
ラングも聞かれることをわかっていたようで、肩をすくめて答えた。
「怪我はほとんどしてないみたいだぜ? だが天幕から出てこねえ。ルルが飯を持って行ってもほとんど手をつけない有様だ」
「なるほどな......」
しばし沈黙が流れた。二人とも先の戦いでは考えることがあった。
「あんた、サヤって誰か知ってるかい? 『魔剣』のことをそう呼んでたが」
ラングの問いにミアは黙って首を横に振った。
「いや、初めて聞く名だ。名前から察するにレツと同郷ではありそうだが」
「っていうことは東国の?」
ミアは驚いて聞いた。
「レツの故郷を知っているのか?」
「いやいや、本人から聞いたことはねえよ? ただ名前的に東国っぽい感じだからな。何となく言ってみただけだ」
「そうか......申し訳ないが私もよく知らんのだ。生い立ちについてはレツがいつか自分で話すと思っていたからな」
「ふーん......意外だな」
「そうか?」
「ああ、なんでも話してそうなイメージだったからな」
「そうでもないさ」
言いながらミアは考えていた。
(そういえば私はレツのことを何も知らんな)
と......だがいつまでもこうしているわけにはいかない。国王とペルセウスは次の策を実行に移しているはずだった。明日にも次の行動を決めなければいけなかった。
「邪魔したな。ルルたちの相手でもしていてくれ」
ラングは露骨にゲッという表情を作った。
「勘弁してくれよ。ルルもルルでレツの力になれなかったってだいぶ落ち込んでんだぜ?」
「だからだろう? それに......」
ミアは踵を返しながら、顔を合わせず肩越しにラングに伝えた。
「お前はルルに謝らなければいけないはずだ」
「......」
「お前ほどの腕があれば、たとえ技量で劣っていようと、『魔剣』から撤退することくらいはできたはずだ」
「......」
「できなかったのは、半端だったからだろう?」
「簡単に言ってくれるな?」
ラングがやにはに殺気立つ。ミアの後ろで死神のような気配を漂わせていた。だが、ミアは振り返ることなく獰猛に笑った。
「それはそうだろう? わざわざここで情報を垂れ流しさせているんだ。それくらいの役得がなければな」
「ちっ!」
「ふふっ。とにかく、この先もあのようなことは起こりうる。今のままだとあらゆるものがその手からこぼれるぞ? どっちつかずの状態から、必要な時、自分がどうするかは早く決めておくんだな」
ミアはそう言って、とっとと言ってしまった。残されたラングはその背を見送り、見えなくなってから空を見上げた。
「わかってんだよ。俺だって......」
ラングの嘆息が星空へと消えていった。
外はすっかりと暗くなり、篝火が煌々と燃えて暗がりを照らしていた。ミアが考え事をしながら歩いていると、ひっそりと気配を殺して壁にもたれかかっている人の気配に気づいた。ラングであった。ミアはふっと笑って声をかけた。
「驚いたな。ここまで近づくまで気付くなかった。服装が真っ黒だから余計にな」
「よく言うぜ。もっと前からとっくに気づいてたろ?」
「さて? どうかな?」
食えないやつだとラングはんべっと舌を出した。
「クリス団長は無事なのかい?」
「ああ、命に別状はないそうだ」
「へえ、あんだけ切り刻まれてたってのに流石は王国一の騎士団の団長サマだ。頑丈だね」
「まあ、そこはクリスの技量だろうな。致命傷は一つもなかったそうだ」
「『花の騎士』の二つ名は伊達じゃないってことか」
「まあな。だが少なくとも二週間は安静だ。鉄百合団も傷ついたし、何より折角招き入れた近衛兵団の半数はフライブルク砦に入れる必要が出た。戦略は大きく見直さなければいかんだろうな」
「仲間を増やすと?」
「そういうことだ」
「だけど、あんた。敵だらけなんだろ? 心当たりはあるのかい?」
「ああ、それについては考えてある。それより......」
物事をすぱすぱと進めたがるミアにしては言い淀んだ。だが、意を決したように言葉を絞り出した。
「レツは?」
ラングも聞かれることをわかっていたようで、肩をすくめて答えた。
「怪我はほとんどしてないみたいだぜ? だが天幕から出てこねえ。ルルが飯を持って行ってもほとんど手をつけない有様だ」
「なるほどな......」
しばし沈黙が流れた。二人とも先の戦いでは考えることがあった。
「あんた、サヤって誰か知ってるかい? 『魔剣』のことをそう呼んでたが」
ラングの問いにミアは黙って首を横に振った。
「いや、初めて聞く名だ。名前から察するにレツと同郷ではありそうだが」
「っていうことは東国の?」
ミアは驚いて聞いた。
「レツの故郷を知っているのか?」
「いやいや、本人から聞いたことはねえよ? ただ名前的に東国っぽい感じだからな。何となく言ってみただけだ」
「そうか......申し訳ないが私もよく知らんのだ。生い立ちについてはレツがいつか自分で話すと思っていたからな」
「ふーん......意外だな」
「そうか?」
「ああ、なんでも話してそうなイメージだったからな」
「そうでもないさ」
言いながらミアは考えていた。
(そういえば私はレツのことを何も知らんな)
と......だがいつまでもこうしているわけにはいかない。国王とペルセウスは次の策を実行に移しているはずだった。明日にも次の行動を決めなければいけなかった。
「邪魔したな。ルルたちの相手でもしていてくれ」
ラングは露骨にゲッという表情を作った。
「勘弁してくれよ。ルルもルルでレツの力になれなかったってだいぶ落ち込んでんだぜ?」
「だからだろう? それに......」
ミアは踵を返しながら、顔を合わせず肩越しにラングに伝えた。
「お前はルルに謝らなければいけないはずだ」
「......」
「お前ほどの腕があれば、たとえ技量で劣っていようと、『魔剣』から撤退することくらいはできたはずだ」
「......」
「できなかったのは、半端だったからだろう?」
「簡単に言ってくれるな?」
ラングがやにはに殺気立つ。ミアの後ろで死神のような気配を漂わせていた。だが、ミアは振り返ることなく獰猛に笑った。
「それはそうだろう? わざわざここで情報を垂れ流しさせているんだ。それくらいの役得がなければな」
「ちっ!」
「ふふっ。とにかく、この先もあのようなことは起こりうる。今のままだとあらゆるものがその手からこぼれるぞ? どっちつかずの状態から、必要な時、自分がどうするかは早く決めておくんだな」
ミアはそう言って、とっとと言ってしまった。残されたラングはその背を見送り、見えなくなってから空を見上げた。
「わかってんだよ。俺だって......」
ラングの嘆息が星空へと消えていった。
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