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勝利なき勝ち戦

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 ミアの大剣が豪風のごときうなりを上げて、スーヤに襲い掛かった。

「うおっと!?」

 この戦いで初めてスーヤは焦ったようであった。紙一重で後ろに下がり、自分の首がいたところを通り過ぎる刃にひやりとした。

 それでもどこか余裕があるスーヤに対し、怒りの形相のミアは無言で剣を振るった。ミアが剣を振り抜くたびに轟音がし、風が吹きすさんだ。まるで風神が顕現したかのような有様だった。それでもスーヤは体勢を整えると、徐々にミアの剣に対応するようになった。

「よっ! ほっ!」

 ミアの剛剣に対して、スーヤは剣を平行に、しかしほんの少し角度をつけて受け流し始めた。まさに神技である。

「おいおい......」

「そんな......」

 あまりの自分たちとの差に、ラングやルルも呆然としていた。

 だが、ミアはそこからさらに剣速を上げた。自分たちの邪魔をするものすべてを排除するかのように、剣を振り回し始めた。スーヤも段々と受け流すことができなくなり、徐々に後ろへと下がり始めていた、その時である。

「食らえ」

 ミアが無慈悲に、しかし気合をこめて言葉を吐き出すと、今まで単調に攻撃をしていた剣の軌道を稲妻のように変えた。

「なに!?」

 スーヤも流石であった。完全に受け流しに徹していたにもかかわらず、瞬時に二剣をクロスさせて、防御に集中した。膂力の差は明らかで、がつんっと重い音がしたと思ったらスーヤは五メートル近く吹っ飛ばされていた。しかし、空中でくるりと体勢を変えて、ずささっと大地を滑りながらも見事に着地した。

「いてて。とんでもない力だな。そんな大剣持ってるくせに、途中で剣を持つ手を変えて、軌道も変えたのかい? なんて技だよ。名前とかあるのかい?」

「......ブラッドネイルという。私としてはこの技で倒しきれなかったものがいる方がショックだったんだがな」

「ふふっ。虎の血濡れた爪か。まさにだったね。危なかったよ」

「ぬかせ」

 そう言ってミアは大剣を肩口から地面と水平に油断なく構えた。スーヤがまだ力を隠し持っており、最大限警戒する必要があったからだ。だがそれは杞憂に終わった。スーヤは剣を鞘に納めたからだ。そして、高らかに叫んだ。

「お~い。撤退するよ~」

 スーヤの突然の宣言に、ミアは目を見開いたが事実のようであった。バリ王国の兵士たちはすぐに撤退の準備を始めていた。突然の命令にも慣れたものだという感じであった。

 ついていけないのは、ミアを含むドイエベルン側で、ミアは警戒を解くことなく問いかけた。

「何かの罠か?」

 ミアの問いにスーヤは笑って答えた。

「ん~? まさか? もう見るべきものは見たしね。用はなくなったのさ」

 そう言ってスーヤは、ミアを始めとした面々を見渡し、最後に烈をちらっと見てからまたミアに向き直った。

「それに、お互いここであまり時間を使いたくないだろう?」

 スーヤの挑発的な問いかけに、ミアはふーっと一息ついて、ゆっくりと剣を下した。無論すぐに動けるように意識の隅では警戒しつつであったが。

 そんな心の内を知ってか知らずか、スーヤはくすりと挑発的に笑ってミアに話しかけた。

「ま、応援してるよ。僕と斬り合える人は貴重だからね。『紅雌虎』?」

「貴様に応援されるとは心強いよ。『魔剣』」

 二人はさっと視線を交わすと、それからくるりと互いに踵を返した。スーヤの言う通り、ミアもスーヤもやることは山積なのだ。ここでグズグズしている暇はなかった。

 しかし、その中で一人、スーヤを引き留めるものがいた。

「待ってくれ!」

 まるで悲鳴のような叫びを上げたのは烈だった。烈の叫びに、スーヤは背中を向けたままぴたりと止まった。その背中に烈は震える声で問いかけた。

「紗矢......なのか?」

 烈の疑問は既に確信に変わっていた。姿かたちをは変われど、烈にははっきりと彼女のあるものが分かっていた。

 烈のすがるような目を感じながら、スーヤは顔だけ後ろを振り返り、悲しそうに、だが少しだけ嬉しそうに笑った。

「僕の名前はスーヤ・オブライエン。バリ王国の『三剣』の一人だ。君のいう紗矢とかではないよ」

 それからスーヤはひらりと愛馬に跨り、戦場を後にした。残された烈は何が何やら分からぬまま、茫然自失として、ただ地面に膝をつき、周りの者もそれを見守ることしかできなかった。
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