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2巻
2-2
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彼らの故郷の料理なのに辛さ控えめが好きとは軟弱者め! とでも思ったのだろう。料理長は単純だからなぁ。
結果、辛さ控えめなのが好物だったのは坊っちゃんで……
婿殿達は久々の刺激に喜ぶし、坊っちゃんは延々とあーんして二人に食べさせるし。挙げ句の果てに、辛さ控えめが食べたければ婿殿に作ってもらうからいい、ですって。
もー、このバーマンはあれだけでお腹いーっぱいでございます。
今日は皆変なことをしないでくださいね……? 全部返ってきちゃいますよ?
ああ、ロレンツォ様と旦那様のあのお通夜のような表情……
お可哀想に。料理長があんなことをしなければ、あんなイチャイチャを見せ付けられることもなかっただろうに……。今日の朝のご様子では、胃薬か気分を落ち着かせるお茶を用意しなければ。
鏡で身なりを確認し、私は自室から執務室に向かう。
はぁ、私もお薬を頂こう。一晩中、四方八方から使用人達の歯軋りやすすり泣きが聞こえて寝不足だ。アマンダの鳴き声は物の怪の叫びみたいに妖しく響くし……
ふ、と執務室に入る直前、三体の見慣れぬローズヒップがテコテコと歩いているのを見る。
「おやおや、ダメですよ? バレバレです」
逃げようとするローズヒップにまち針を飛ばす。それはポトポトと薔薇の花になって落ちた。
当家のものではない白薔薇……
本当に毎日懲りないお人だ。とうとうローズヒップまで見よう見真似で習得して。
通りかかった使用人に、薔薇を庭師に届けるよう言付けて執務室に入る。
植物を愛する庭師は、どんな理由であっても花が捨てられることが耐えられないのだ。
さて。軽く今日の仕事をリストアップしながら湯が沸くのを待つ。沸いたところで仕事の手を止め、紅茶を淹れた。
モーニングティーの苦味が、寝不足の体を少し軽く……
バタァン!!
「うわぁぁん! バーマン様ぁ!!」
「!! ぐっ……ごほっ!」
アマンダが駆け込んできた。
早朝、突然のアマンダは、ちょっと老体にはキツい。まったくアマンダは元気ですね……
私は驚いて噎せた口許を拭い、紅茶を置いて白手袋を浄化する。
「ぇほっ! ェホン!……おはよう、アマンダ……ェホン……何事です?」
まあ、どうせ、婿殿達のことなんでしょうけど……アマンダも懲りないお人だ……
アマンダはのしのしと近寄ってきて、ずいっと私の鼻先に腫れた手の甲を出した。
「おやまぁ、痛そう」
真っ赤になった手の甲を擦りながら、アマンダが涙目で訴える。
どうやら、三人を起こそうと部屋に行き、三人仲良く抱き合って寝ているのを発見。とても腹を立て、よせば良いのに、キュルフェ殿の肩をミシッと掴んだらしい。スヤスヤと眠っているキュルフェ殿はそのアマンダの鋼鉄の手の甲を「キュッ!」とつねって……
こうして私に泣きついてきた、と。
「というか、それはアマンダ、貴方の自業自得ではないですか……。そもそもキュルフェ殿もスーロン殿も坊っちゃんの大好きな方なんですよ? そんなことして坊っちゃんに嫌われたらどうするんです?」
私の言葉にアマンダがしょんぼりと俯く。
「分かれば良いんです……。さて、そろそろ本当に起きていただかないといけないお時間ですから、私も一緒に起こしに行きます。今日は沢山することがありますからね……」
そうして、アマンダと一緒に坊ちゃんの部屋に行ったものの――
「はぁ……これはちょっと……アマンダの気持ちも分かりますねぇ……」
坊っちゃんは二人の腕を抱き締め、そんな坊っちゃんにキュルフェ殿が腕を絡ませて、そして、二人をスーロン殿の片手が包み込んで……三人はスヤスヤと密着して眠っている。
うーーん。とても腹立たしい。ヂェラシィです。ヂェラシィ……
ヒュッ………ピシュン! トストス……
おお、このバーマンとしたことが……。ついつい耐えきれずにまち針を投げてしまった……
しかし、婿殿達は私のまち針を寝ながら手で軽く払って弾き返した。
流石です。坊っちゃんの婿ならこうでなきゃ。
私は壁に刺さったまち針を回収し、そっと頬骨と耳にできた傷に回復魔法を掛ける。
「さて、坊っちゃん方! おはようございます。朝でございます。起きてくださいまし!」
「んふぁ……。ばーまん……おはよぉ……」
「パン!」と手を叩いてお声掛けすると、坊っちゃんがムクリと起き上がった。
お小さい頃から私とアマンダに起こされてきただけあって、体に染み着いとりますな♪
私はちら、とアマンダを見る。最初から、坊っちゃんを起こせば良かったのですよ、と。
「んー……キュルフェー、まだ眠いからシャワーしたいー」
「んー……キュルフェはまだ眠いです……。すぐに起きますから少しだけ待っ……て……」
「んー」
私の声で目覚めた坊っちゃんがのそのそとベッドから這い出した。目を擦りながら、なんと、私達の目の前でパジャマを脱ぎ始める。
ぱさり、とパジャマを床に落として、ズボンをするすると脱ぎ捨てた。
中から出てきた坊っちゃんのボディはすべすべの艶々で、滑らかな皮膚の下に程好く筋肉の付いた靭やかな肉体は、少年のあどけなさを残しつつ何処か熟れた果実を思わせて……
……何が言いたいかと言いますと、非常にアマンダが心配。
そっとアマンダを見ると、やはり、へにゃへにゃと腰を抜かしていた。顔は真っ赤、声も出ないようだ。目を覆った手の指の隙間から坊っちゃんを凝視しつつ、口だけパクパクと動かしている。
床にへたり込んでいるせいか、パンツ一丁の坊っちゃんがそんなアマンダに気が付いた。
「あ……、アマンダそれ、懐かしい!」
ペタペタと近付く坊っちゃんに、アマンダはへたり込んだままカサカサと後ろに這い壁に突き当たる。
まぁ、そうなりますよね。坊っちゃんパンツ一丁ですからね。
アマンダの深緑の目が皿のよう。坊っちゃんのピンクのストライプにイチゴ柄のボクサーパンツから目が離せないみたいだ。丁度へたり込んだ目の高さだから、余計に。
私も思わず見てしまった。
キュルフェ殿、このパンツはあざとすぎやしませんか?
最後に坊っちゃんのお風呂の世話をしたのは四年前。その時の坊っちゃんは赤ちゃん体型からのどすこい体型。この靭やかボディは乙女なアマンダには刺激が強すぎるだろう。
「ねぇ、アマンダ。それ、……ふぁぁ、それ、一番最初に贈った髪留めでしょ? 懐かしいなぁ、それ見た時、アマンダ絶対気に入るやつだぁって思ってさぁ……ふゎゎ」
ワーォ、坊っちゃんがなんだか、アマンダが感動しそうなことを言っている。だが、アマンダはそれどころじゃない。
私は震える腹筋と口角を抑え、固唾を呑んで二人を見守った。
「そういえば、髪の毛染めたんだね、すごく似合ってるよ♪」
坊っちゃんがねむそーな顔でペタペタとアマンダに近寄り、そっと淡い赤銅色に染まった髪に飾られた髪留めを撫でる。
「ふふ、アマンダって可愛いものがよく似合うよね♪」
多分今、頭真っ白だろうアマンダの代わりに、坊っちゃんが言ったことを覚えていてあげよう。
「んー……。ミュー、俺もシャワー浴びるから一緒に入ろう」
のそり、とベッドから出たスーロン殿の声に、坊っちゃんのパンツを凝視していたアマンダがやっと視線を外す。が、その先も、隆々とした褐色の肉体美で。
おやおや、アマンダが湯が沸いたヤカンのように湯気を立ててガタガタ揺れている。
上半身裸だったスーロン殿は、その場でスウェットとパンツを脱ぎ捨て浴室に向かう。
とてとてと後を追い掛ける坊っちゃんも脱衣所に着く前にパンツをひょひょいと脱ぐ。白い桃尻を晒して浴室に吸い込まれた。
うーーん。家出中にどれだけ自由に過ごしていたかが分かりますなぁ。後でお行儀のおさらいをしましょうかね。
もぞ、と動く音がする。今度はキュルフェ殿が大あくびと共に起き出して、やはり、パジャマを脱ぎながら脱衣所に向かった。
二人が脱ぎ散らかした服を拾い、気怠げに髪を掻き上げて浴室に向かう姿は大変妖艶だ。
ああ、とうとうアマンダが鼻血を……
「ふぁぁ、人に起こされると眠いなぁ……。あ、おはようございます……バーマンさん、……もー、二人とも! 服は脱衣所で脱いでください!」
いえ、貴方もですよ、キュルフェ殿。
おおアマンダよ……可哀想に、息はできてるかい? 刺激が強すぎる三人でしたね……
私は溜め息を吐き、ローズヒップを出して、彫像のように動かなくなったアマンダを引き摺って執務室に戻った。
アマンダはその後、知恵熱を出して三日寝込んだ。
私は特別休暇の手配と共に美味しいチョコトリュフと見舞いの花束を贈り……三日ほど、思い出し笑いに苦しんだ。
第二章 十七歳は嵐の復学生
一 元婚約者と腹黒ショタ令息と白豚令息の噂
「おい、聞いたか? サミュエル・コートニーが復学するらしいぞ」
「おお、とうとう帰ってくるのか! ……フッ……相変わらず脂肪の塊なんだろうなぁ……」
昼休みの教室。興奮を隠しきれない口調で言う黒髪短髪のクラスメイトに、アゼル・トラフト侯爵家三男が斜に構えた口調で返した。
肩までの赤い猫っ毛を後ろで一つ括りにした彼は、ソバカスとエメラルドグリーンの瞳が特徴の、学園でも指折りの人気者だ。身長は百七十センチ後半と伸び悩んだが、可愛い見た目とワルな言動、少し粗い仕草で周りを魅了している。
彼は「受け入れる側」にも人気だが、「攻め入る側」のインフルエンサー的存在で、しょっちゅう今みたいな話で周囲を盛り上げていた。
「ハハハ……! そんなこと言って、目の前にしたら途端に猛アプローチするんだろ??」
「当たり前じゃないか! あの性格だぞ!? ちょっと優しくして惚れさせたら後はこっちのもんさ、ちょちょっとダイエット指導すれば、あっという間に綺麗で健げで可愛い伴侶の出来上がり♡ だ。逃す手はないだろ??」
傍にいたクラスメイトからの問いかけにアゼルが返した言葉を聞いて、俺、ビクトール・ユトビアは耳を疑った。
何故なら、アゼルは俺に、サミュエルみたいな醜いデブと婚約しているのは不幸だと言い続けて馬鹿にし、サミュエルを嫌わせた張本人だからだ。
別に、サミュエルを嫌いになったことに対する恨み言を言うつもりはない。彼に影響されたとはいえ、サミュエルを嫌ったのは俺自身だし、俺の責任だ。
それに、それがなくても、エンゼリヒトを愛したと思うし……
ただ、あれだけサミュエルを醜いデブで婚約してもマイナスにしかならないと俺に言っていたアゼルが、婚約者の座を狙っているというのが信じられない。
「まぁなぁ、サミュエル・コートニーは次男以下の攻め入る側には垂涎の的だからなぁ。……ほんと、婚約破棄したと聞いた時は小躍りするほど喜んだが、まさか四年も領地に籠っちまうなんて……。領地に突撃しても誰も会えなかったんだろ?? ほんと、ガード固いよなー。あー……早く会いたい」
なんだって!? アゼルだけじゃなく、他の令息達もサミュエルの婚約者になりたがっているのか……?
「くそ、やっぱ皆、狙ってんのかよ……」
「当たり前だろー? 家柄良し、性格良し、見た目も脂肪さえなくせば美少年♡ だぞ? てかさ、どうする? もう既に痩せてたら! あの健げな性格ならそれもあり得るくないか??」
知らなかった、いつから皆サミュエルをそんなふうに評価していたんだ?
「なぁ、おい、見ろよ! 元婚約者のユトビア侯爵令息様が聞き耳立ててるぞ! おい、ビクトール、こっち交ざれよ! サミュエル・コートニーのタイプとか好みの食べ物とか教えてくれ!」
勝ち誇ったように俺を呼ぶアゼルの声には、しっかりと悪意が感じられた。
「ひでー! そんなの聞いてやるなよ!」
「いーだろ! ビクトールは愛しのエンゼリヒトとラブラブなんだ。今更サミュエルが誰とくっつこうと気にするかよ。てか、気にする資格もないだろ。ハハハ!」
「そりゃ、確かにそーだ! ハハハ!」
グサグサと心を突き刺すような嘲笑に、俺は静かに唇を噛み締めた。
「おい、ビクトール、なんだよその顔。俺を騙したのか、って言いたげな顔だな、おい。まぁ、俺もあんなに上手く行くとは思わなかったけどな……。いや、五年かかってんだ、あんま上手くもねーや。けど、俺に言われたからってその気になったのはビクトールだぜ? ちょっと考えれば、サミュエルが超超優良物件だなんてすーぐ分かるはずなのによー。へへっ、まぁ、このアゼル様がサミュエルを超超可愛がって幸せにしちゃうからよ、お前はションベン垂れのエンゼリヒトとお幸せにな♡」
「うっわ! アゼルもう婚約者気取りかよ! 腹立つなぁ、俺らも狙ってんだぞ!」
「はー? お前らなんざ敵じゃねーよ。こっちは九歳の時からサミュエル狙ってたんだ。最大のライバルはこーんなブサメンになるしよ♪ へへっ、いい様だよな、ビクトール。国一番の美少年って言われてたのに、今じゃ指も顔もボコボコで傷だらけだ」
アゼルが近付いてきて、敵意と侮蔑を込めたエメラルドグリーンの瞳で俺を見つめる。そして、肩をポンポンと叩いた。
(ああ、そうか……アゼルが本当に嫌っていたのは、俺だったのか……)
「なんとか言ってみろよ……元、顔だけビクトール」
元、顔だけビクトールか。
悔しくて、俺はアゼルを見下ろし、昔のように傲然と言い放つ。
「サミュエルは甘いものならなんでも好きだ。大好物がある、というよりは、あいつ自身は外に行かないんで、新しい店だとか、流行の食べ物だとか、そういったことを話しながらあげた菓子を喜ぶ傾向にあった」
「へぇ……マジで教えてくれるんだ?」
ニヤニヤ笑うそのエメラルドグリーンの瞳を視線で殴り付けつつ、続ける。
「好きにすれば良いだろう? お前の言う通り、俺にはもう、サミュエルが誰とくっつこうと気にする資格はない。……ただ、気を付けろよ……? コートニー家はもう、サミュエルを本気で愛さない婿は取らない」
それに一応、俺はサミュエルの幼馴染みで、騎士見習いだ。アゼルの性格の悪さを、サミュエルの兄である副団長に伝えておくくらいはできる。
そう心の中で呟いて、アゼルと暫し睨み合った。
「……自分が愛さなかったからって、一緒にするなよ……。美貌に胡座かいてサミュエルの良さを見ようともしなかったお前とは違って、俺も、こいつらも、……一生デロデロに愛して甘やかしてやれる自信はあるさ」
気が付くと、先程まで軽薄に笑っていた令息達が皆、射貫くような冷たい視線で俺を見ている。その餓えた狼の群れみたいな雰囲気に、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「おせーな、毎回。早よ来て早よ食って早よ出てけよ、元婚約者殿」
学園で一番大きな食堂。
のろのろと扉を開けて入った俺に、変わらぬ小言が飛んできた。料理人のテートだ。
本人は俺を嫌っているみたいだが、毎回なんやかんや言って食事をとっておいてくれる。俺からしたら、今学園で一番仲の良い人物だ。今日も彼は俺を待ち構えていた。
今日の昼飯は、俺の嫌いなピーマソが沢山入った野菜炒めとチキンソテーと、固くて臭くて酸っぱい雑穀のパン。……毎度毎度、嫌いなものが多いが、栄養バランスは完璧だ。
残したらテートが怒るから呑み込んでいるうちに、偏食が直ってきた。
「どうした、その顔? 何かあった顔だな。まーた誰かにイビられたのか? ザマーミロだ。で? 何言われたんだ?」
麦藁みたいな薄茶色の艶のない髪をポニーテールにした、浅黒く日に焼けたソバカスだらけのテートが、ニヤニヤ笑いながら孔雀緑の瞳で見つめてくる。身長は百七十センチ半ばと、先程のアゼルと似た雰囲気だが、その瞳には敵意も悪意もない。
彼はサミュエルが好きだったから、俺を憎んでいるはずなのに……
いつの間にか彼は、カースト最下位になった俺に一番優しく接してくれる奴になってしまった。
今後無視でもされたらと思うと怖くて耐えられず、テートには言っていないが、実はかなり感謝している。
エンゼリヒトと離れ離れになり、この学園でまともに会話してくれるのは彼だけだから……
俺の感謝なんて迷惑だろうけど。
もう、テーブルは全部拭いちまったからここで食え、とテートはカウンターのレジ横に食事のプレートを置く。
魔法で椅子が一脚現れ、俺は素直に座って頂いた。
テートと俺以外は誰もいない食堂に、カチャカチャと鍋を片付けたり、次の仕込みをしたりする音が響く。
俺は先程のアゼルとのやり取りを彼に話した。
テートはサミュエルが帰ってくると聞いて、すごく嬉しそうにする。情報料だ、とゼリーを一つ付けてくれた。更に紅茶とクッキーまで出てくる。
俺は久々の甘味を噛み締めるように味わった。
「ふーーん、へーーぇ、成る程ね……。つまり、そのアゼルって性悪野郎がサミュエルを狙ってるから、変なことしないように見張れってんだな? オッケー!」
「一番アイツを傷付けた俺が言う資格はないけど、それでも、幼馴染みだし、狙われてるって知ったからには、少しでも防いでやりたいんだ。罪滅ぼしになるとは思ってない。……ただ、……心配」
「罪滅ぼしのつもりなら思い違いも甚だしいけどよ、そうじゃないんなら、お前にだって心配する自由くらいはあるんじゃないか? ヨリ戻そうとか、周りをウロチョロしようとかは考えてないんだろ? あ、おい、ピーマソ全部食えよ。その欠片もだ。残すんじゃねぇ」
テートの言葉に頷く。彼は騎士見習いらしくなったなぁなんて言ってカラカラと笑った。
まさかサミュエルが、ゴロツキ相手にくそ重い特注のドワーフ製スレッジハンマーをブンブンぶん回すようなタフガイに育っているなんて露ほども知らない俺達は、彼が帰ってきたら陰から守ってやろうと約束したのだった。
二 鬱屈男爵令息の秘密と後悔
どうしてこうなったんだろう。
なんでこんなことに……
僕、エンゼリヒト・パインドは鏡に映る身長百七十二センチの骨張った青年を見つめ、静かに涙した。
僕には前世の記憶がある。……といっても、殆ど何も覚えていないんだけど。
自分の性別、何をしていた人物か、年齢、家族構成、全部思い出せない。
ただ、この世界が大好きなBLゲームで、自分が主人公になっているっていうのだけを知っていた。
前世でいたのは日本という国だったと思う。僕はそのゲームの中の絶世の美青年ビクトール様が一番好きで、何度もゲームをプレイし、グッズを手当たり次第買っていた。本当に好きで、ビクトール様は僕の全てだった。
だから、前世を思い出した時、絶対ビクトール様と一緒になろうと決めたんだ。
そのゲームの中ではビクトール様は侯爵家の次男で、騎士になろうと頑張っていた。他の攻略対象より愛の言葉やえっちなシーンは控えめで、それが良くて……
エンディングの台詞は、他の攻略対象が皆、幸せにするとか、一生離さないという系統なのに、ビクトール様だけ、君と二人でならどんな困難も乗り越えていけるという二人三脚で生きていくもので……
彼のルートはライバルからの酷いいじめや過剰な断罪もない。ビクトール様ファンから苛められて、それをビクトール様に助けられ絆が深まる、の繰り返し。
白豚令息な婚約者は婚約解消と宣言され、「ええ、そんなぁ……」って言って領地に帰っちゃうだけだったし。
だから、僕は何も考えずに、行動し始めたんだ。
本当は十六の時に男爵に引き取られる、それまでは孤児で商家でこき使われ続けていた、って設定だ。実際、僕はその時、商家に丁稚に入ったばかりだった。
でも、痛いのとか辛いのが嫌だったから、すぐに男爵に会いに行った。
男爵はアンティークローズの瞳と髪を持つ僕を一目で気に入り、すぐに庶子として認めてくれた。僕の父は確かに彼なのだけれど、彼はその事実を重要とは思っていないようだ。
そうして僕は、ゲームのシナリオより二年早く学園に中途入学して、ビクトール様に猛アタックし、そして、あのサミュエル婚約破棄騒動になった。
……今だから分かる。…………僕が全て壊したと。
ユトビア家はサミュエルから貰ったポーションで陞爵した。
ゲームだと僕とビクトール様は出会っていないからあの騒動は起きず、ポーションで陞爵してもサミュエルが許すので特にペナルティもなく、ユトビア家は成り上がれた。
なのに、僕が二年出会いを早めたせいでサミュエルが家出し、解消となるはずだった婚約はユトビア家有責の破棄となり、キツいペナルティを負う結果に。
そもそもサミュエルが家出をしたのだって、ゲームより痩せていて行動力がまだあったからだろう。
……今なら分かる。
君と二人でならどんな困難も乗り越えていけるという台詞は、ビクトールルートのエンディング後に待ち受ける茨の道を示唆していたんだ。
それでも、侯爵家としてそれなりに安定していたゲームの中のユトビア家と、十七歳になった逞しいビクトール様なら、僕と一緒に乗り越えられたかもしれない。だが、陞爵して税率が上がったところに多額の賠償金で、ユトビア家は火の車。ビクトール様も十四歳でいきなり騎士団に放り込まれてしまった。
しかも、魔法薬なし。
きっと、ビクトール様の怪我はサミュエルがキレイに治していたんだと思う。
そうやってキレイなまま、剣の腕を上達させた十七歳のビクトール様ではなく、未熟な十四歳のビクトール様に、僕は茨の道を歩かせてしまったんだ。
(ごめんなさい、ビクトール様……)
婚約破棄騒動後、僕とビクトール様は離れ離れになった。三年半、僕達は手紙でやり取りをしている。
手紙には時々、ビクトール様が顔を怪我したと書かれていた。団員の喧嘩のとばっちりだったり、模擬戦で喰らった一撃だったり。少しずつ傷が増え、その度にビクトール様は怯える。僕はそれが辛かった。
ビクトール様にとって、美しさは武器であり鎧であったらしい。
僕から見れば、ビクトール様は文武両道で優しく、美貌以外も非の打ちどころがないのに。
でも、学業も武術も魔法も一番じゃない彼にとって、国一番と言われた美貌だけが父親や周りの大人達に褒められた唯一の長所だったようで。
その唯一の長所が崩れていく恐怖と、醜くなっても嫌わないでほしいという言葉が何度も綴られていた。
正直言って、僕はどんなビクトール様でも愛す自信がある。
でも、本来なら絶世の美青年なはずの彼を、苦しめていることが申し訳ない。
「――ちょっと! おっせーよ!! まだかよぉ!」
「うわっ??」
鏡の前でぼんやりしているところに勢い良く「バァン!」とドアを開けられ、僕は飛び上がった。
振り返ると、怒りの形相のアンリ・キューアンジー子爵令息が立っている。少しうねった赤毛の短髪に、深緑の瞳。日焼けした肌にはあちこち傷があり、手も節くれだっている。百七十八センチのちょい悪令息だ。
婚約破棄騒動の時は華奢でふわふわ赤巻き毛が可愛いキャピキャピオネエだったのに、今はもう、別人のようだ。
「はぁ~!? お前、人が待ってんのに、まぁたメソメソメソメソ泣いてたわけ??」
「ぅ、ぁ、ごめ……」
「おどおどしてたらカワイーのは昔のお前だけ! シャキッとする、シャキッと! 毎度毎度ウザいよ? やっちまったんだからしゃーねーだろ! 俺もお前もビクトールも! 大体、手紙では毎回、どんな姿になっても愛してる♡ って書き合ってんだろ!? だったら取り敢えずそれを信じとけ! メソメソしても目が腫れてブスになるだけ! それより、折角、学園に帰ってきたんだ、会えることを喜べよな!」
怒りながら魔法でそっと目元を冷やしてくれるアンリに、僕はこそばゆい気持ちになる。
ここは王立学園の学生寮。練兵合宿所送りになった僕とアンリとジェインは先日、なんとか練兵試験をクリアし、今日、学園に戻ってきたのだ。
ビクトール様にやっと逢えると、学園に着くまではワクワクしていたのだけれど……
「こ、こんなゴツくなっちゃって、……幻滅されたら……」
「テメ、この耳節穴野郎……だから、信じとけって言ってんだろが!」
またもやネガティブモードに入る僕をアンリが叱咤する。軽く荷物を整理したら出てこいと言われていたのに泣いていたから、結構怒っている。ホントにごめん。
「てゆーかさ、ビクトールも大袈裟よねぇ。顔が醜いって書いてるけどサー、聞いた話じゃおばさま方に大人気なんでしょ? 短髪で傷だらけだけどハンサムで男臭くてとか、そんな感じの魅力に溢れてるらしいじゃない? そりゃ、昔は美少年だったけどサー。悪くなさそーじゃんね」
「ジェイン、言葉」
後から部屋に入ってきたジェインがのほほんと言うのに、アンリがピシャリとオネエ言葉を窘める。
「さてと! じゃあ、三人でミカにお礼参りだ! 練兵合宿所上がりの武力でギャフンと言わせてやろうぜ!」
「おーー!」
(えーー……僕は嫌なんですけどー)
でも、練兵合宿所でいっぱいアンリに世話になっていたので、仕方なく僕は二人の後に続いた。
……ヤバそうなら止めよう。
Θ Θ Θ
「ミカエル! ミカエル・ハンソン! 出てこいやぁ!!」
「バァン!」と観音開きの扉を蹴り開けて、アンリが怒鳴る。
アンリの作戦では、僕達ヴィラントリオは、貴族の坊っちゃん共をワルな迫力で威圧し、怯えるか弱いミカエル・ハンソンを校舎裏に連れ込んでボコボコリンチの上、陵辱の限りを尽くすってことだった。……まぁ、アンリの性格からして、どっちもできるとは思えないけど。
実は、ミカエルとアンリとジェインが本来のヴィラントリオで、ゲームでは華奢な三人がどの攻略対象の時も僕に陰湿な苛めをしてきたのだけど……
まさか、僕がヴィラントリオになるなんて。しかも、中途半端にゴツい。
もう僕のゲームの知識なんて一つも役に立たなくなってるな……
「はぁい♡ 誰~? アタシを呼んだのは……あら?」
野太い声に思考が止まる。
「……はぁ!? アンタ、ミカァ!?」
のっそりと現れた身長百九十センチ超えのムッキムキ雄ネエに、思わずアンリが声をあげる。
「……やだぁ、誰かと思ったら、アンリ!? あらやだ! ジェインも!! 二人ともゴツくなっちゃったのねぇ……」
(いや、一番ゴツくなってるのミカエルだし……)
僕は心の中でそっとツッコミを入れた。
アンリとジェインはか弱いミカエルを想像していたせいで、目の前の現実に驚きすぎているのだろう、口をパクパクさせるだけの置物になっている。
「あら、可愛かったエンゼリヒトもそんだけ育つと、髪と瞳の色以外は凡人ねぇ……」
僕に気付いたミカエルが一言で心を抉る。流石、本来のヴィラントリオのリーダー格、攻撃力が段違いだ……
ミカエルの黒い睫毛に縁取られた金の瞳が攻撃的に僕を見つめる。
「ちょっとアンタ! 一体どうしてそんなムッキムキに育ってんのよ!」
すっかり口調がオネエに戻ってしまったアンリが、ぎゃいぎゃいと喚く。
「そーよそーよぉ」
「別にぃ……? なんにもしてないのに、こうなっちゃったのよねぇ……。やっぱり、そういう家系なのかしらねぇ……」
ジェインがアンリに追従し、ミカエルはしなっと考える仕草をした。
「アンタねぇ、なんにもしてなくてその体なワケ……あ! さてはアンタ! 美容のために体操とかしてるでしょ! それも、家族の誰かから教えてもらったやつ!」
アンリが指を弾いて言う。ミカエルは長い黒髪を弄びながら頷いた。
「母方の従兄弟の奥さんがやってるっていう美容体操を毎朝してるわね。結構全身に効くのよ♡」
「プッ……アンタは毎度毎度騙されるわねー。賭けてもイイワ、それ、一般的に鍛練とか修行って呼ばれるヤツだから♪ あーあ、アンタが家族から美容に効くって騙されて鍛練させられる度、止めてあげてたのに、アタシを練兵合宿所送りにするからそんなことになるのよー。イイ気味だわ♪ 一人だけ可愛いままだったらどうしてやろうかと思ったけどね」
「さっすがアンリ! アンリ賢ーい♪」
「はぁ!? 嘘でしょ!? ちょっとぉ! なんでもっと早く帰ってきて止めてくんなかったのよぉ!」
嬉しそうに言うアンリに、ジェインがキャッキャと囃し立て、ミカエルがぎぃぎぃと野太く呻く。
久し振りのオネエトリオは、僕のことなど忘れて嬉しそうにじゃれ合い始めた。もうアンリが変な行為をすることはなさそうだったし、僕はそっとその場を後にする。
「それにしても、アンリ、言葉がオネエに戻ってるけど、いいの?」
「あ? 良くねえ! そーだ! じゃれ合いに来たんじゃねぇ、ジェイン! ヘラヘラすんな! ミカをボコるぞ! ぁあ? エンゼリヒトは何処行きやがった!?」
角を曲がった辺りで、後ろからそんな声が聞こえたけど、僕は戻らなかった。
「やだぁ、じゃあ、ちょっと人の来ない所に行きましょうか? 返り討ちにしちゃうんだから♡」
なんて、ミカエルの楽しそうな声が聞こえて、やっぱり三人組はあの三人じゃないとね、なんて一人笑う。
…………そして向かった教室に、ビクトール様はいなかった。何処にいるんだろう。
行き交う生徒達が僕を見てヒソヒソと囁き合う。凡庸な顔でもアンティークローズの髪と瞳は目立つからな。
僕はビクトール様を探して学園中を彷徨い歩いた。
結果、辛さ控えめなのが好物だったのは坊っちゃんで……
婿殿達は久々の刺激に喜ぶし、坊っちゃんは延々とあーんして二人に食べさせるし。挙げ句の果てに、辛さ控えめが食べたければ婿殿に作ってもらうからいい、ですって。
もー、このバーマンはあれだけでお腹いーっぱいでございます。
今日は皆変なことをしないでくださいね……? 全部返ってきちゃいますよ?
ああ、ロレンツォ様と旦那様のあのお通夜のような表情……
お可哀想に。料理長があんなことをしなければ、あんなイチャイチャを見せ付けられることもなかっただろうに……。今日の朝のご様子では、胃薬か気分を落ち着かせるお茶を用意しなければ。
鏡で身なりを確認し、私は自室から執務室に向かう。
はぁ、私もお薬を頂こう。一晩中、四方八方から使用人達の歯軋りやすすり泣きが聞こえて寝不足だ。アマンダの鳴き声は物の怪の叫びみたいに妖しく響くし……
ふ、と執務室に入る直前、三体の見慣れぬローズヒップがテコテコと歩いているのを見る。
「おやおや、ダメですよ? バレバレです」
逃げようとするローズヒップにまち針を飛ばす。それはポトポトと薔薇の花になって落ちた。
当家のものではない白薔薇……
本当に毎日懲りないお人だ。とうとうローズヒップまで見よう見真似で習得して。
通りかかった使用人に、薔薇を庭師に届けるよう言付けて執務室に入る。
植物を愛する庭師は、どんな理由であっても花が捨てられることが耐えられないのだ。
さて。軽く今日の仕事をリストアップしながら湯が沸くのを待つ。沸いたところで仕事の手を止め、紅茶を淹れた。
モーニングティーの苦味が、寝不足の体を少し軽く……
バタァン!!
「うわぁぁん! バーマン様ぁ!!」
「!! ぐっ……ごほっ!」
アマンダが駆け込んできた。
早朝、突然のアマンダは、ちょっと老体にはキツい。まったくアマンダは元気ですね……
私は驚いて噎せた口許を拭い、紅茶を置いて白手袋を浄化する。
「ぇほっ! ェホン!……おはよう、アマンダ……ェホン……何事です?」
まあ、どうせ、婿殿達のことなんでしょうけど……アマンダも懲りないお人だ……
アマンダはのしのしと近寄ってきて、ずいっと私の鼻先に腫れた手の甲を出した。
「おやまぁ、痛そう」
真っ赤になった手の甲を擦りながら、アマンダが涙目で訴える。
どうやら、三人を起こそうと部屋に行き、三人仲良く抱き合って寝ているのを発見。とても腹を立て、よせば良いのに、キュルフェ殿の肩をミシッと掴んだらしい。スヤスヤと眠っているキュルフェ殿はそのアマンダの鋼鉄の手の甲を「キュッ!」とつねって……
こうして私に泣きついてきた、と。
「というか、それはアマンダ、貴方の自業自得ではないですか……。そもそもキュルフェ殿もスーロン殿も坊っちゃんの大好きな方なんですよ? そんなことして坊っちゃんに嫌われたらどうするんです?」
私の言葉にアマンダがしょんぼりと俯く。
「分かれば良いんです……。さて、そろそろ本当に起きていただかないといけないお時間ですから、私も一緒に起こしに行きます。今日は沢山することがありますからね……」
そうして、アマンダと一緒に坊ちゃんの部屋に行ったものの――
「はぁ……これはちょっと……アマンダの気持ちも分かりますねぇ……」
坊っちゃんは二人の腕を抱き締め、そんな坊っちゃんにキュルフェ殿が腕を絡ませて、そして、二人をスーロン殿の片手が包み込んで……三人はスヤスヤと密着して眠っている。
うーーん。とても腹立たしい。ヂェラシィです。ヂェラシィ……
ヒュッ………ピシュン! トストス……
おお、このバーマンとしたことが……。ついつい耐えきれずにまち針を投げてしまった……
しかし、婿殿達は私のまち針を寝ながら手で軽く払って弾き返した。
流石です。坊っちゃんの婿ならこうでなきゃ。
私は壁に刺さったまち針を回収し、そっと頬骨と耳にできた傷に回復魔法を掛ける。
「さて、坊っちゃん方! おはようございます。朝でございます。起きてくださいまし!」
「んふぁ……。ばーまん……おはよぉ……」
「パン!」と手を叩いてお声掛けすると、坊っちゃんがムクリと起き上がった。
お小さい頃から私とアマンダに起こされてきただけあって、体に染み着いとりますな♪
私はちら、とアマンダを見る。最初から、坊っちゃんを起こせば良かったのですよ、と。
「んー……キュルフェー、まだ眠いからシャワーしたいー」
「んー……キュルフェはまだ眠いです……。すぐに起きますから少しだけ待っ……て……」
「んー」
私の声で目覚めた坊っちゃんがのそのそとベッドから這い出した。目を擦りながら、なんと、私達の目の前でパジャマを脱ぎ始める。
ぱさり、とパジャマを床に落として、ズボンをするすると脱ぎ捨てた。
中から出てきた坊っちゃんのボディはすべすべの艶々で、滑らかな皮膚の下に程好く筋肉の付いた靭やかな肉体は、少年のあどけなさを残しつつ何処か熟れた果実を思わせて……
……何が言いたいかと言いますと、非常にアマンダが心配。
そっとアマンダを見ると、やはり、へにゃへにゃと腰を抜かしていた。顔は真っ赤、声も出ないようだ。目を覆った手の指の隙間から坊っちゃんを凝視しつつ、口だけパクパクと動かしている。
床にへたり込んでいるせいか、パンツ一丁の坊っちゃんがそんなアマンダに気が付いた。
「あ……、アマンダそれ、懐かしい!」
ペタペタと近付く坊っちゃんに、アマンダはへたり込んだままカサカサと後ろに這い壁に突き当たる。
まぁ、そうなりますよね。坊っちゃんパンツ一丁ですからね。
アマンダの深緑の目が皿のよう。坊っちゃんのピンクのストライプにイチゴ柄のボクサーパンツから目が離せないみたいだ。丁度へたり込んだ目の高さだから、余計に。
私も思わず見てしまった。
キュルフェ殿、このパンツはあざとすぎやしませんか?
最後に坊っちゃんのお風呂の世話をしたのは四年前。その時の坊っちゃんは赤ちゃん体型からのどすこい体型。この靭やかボディは乙女なアマンダには刺激が強すぎるだろう。
「ねぇ、アマンダ。それ、……ふぁぁ、それ、一番最初に贈った髪留めでしょ? 懐かしいなぁ、それ見た時、アマンダ絶対気に入るやつだぁって思ってさぁ……ふゎゎ」
ワーォ、坊っちゃんがなんだか、アマンダが感動しそうなことを言っている。だが、アマンダはそれどころじゃない。
私は震える腹筋と口角を抑え、固唾を呑んで二人を見守った。
「そういえば、髪の毛染めたんだね、すごく似合ってるよ♪」
坊っちゃんがねむそーな顔でペタペタとアマンダに近寄り、そっと淡い赤銅色に染まった髪に飾られた髪留めを撫でる。
「ふふ、アマンダって可愛いものがよく似合うよね♪」
多分今、頭真っ白だろうアマンダの代わりに、坊っちゃんが言ったことを覚えていてあげよう。
「んー……。ミュー、俺もシャワー浴びるから一緒に入ろう」
のそり、とベッドから出たスーロン殿の声に、坊っちゃんのパンツを凝視していたアマンダがやっと視線を外す。が、その先も、隆々とした褐色の肉体美で。
おやおや、アマンダが湯が沸いたヤカンのように湯気を立ててガタガタ揺れている。
上半身裸だったスーロン殿は、その場でスウェットとパンツを脱ぎ捨て浴室に向かう。
とてとてと後を追い掛ける坊っちゃんも脱衣所に着く前にパンツをひょひょいと脱ぐ。白い桃尻を晒して浴室に吸い込まれた。
うーーん。家出中にどれだけ自由に過ごしていたかが分かりますなぁ。後でお行儀のおさらいをしましょうかね。
もぞ、と動く音がする。今度はキュルフェ殿が大あくびと共に起き出して、やはり、パジャマを脱ぎながら脱衣所に向かった。
二人が脱ぎ散らかした服を拾い、気怠げに髪を掻き上げて浴室に向かう姿は大変妖艶だ。
ああ、とうとうアマンダが鼻血を……
「ふぁぁ、人に起こされると眠いなぁ……。あ、おはようございます……バーマンさん、……もー、二人とも! 服は脱衣所で脱いでください!」
いえ、貴方もですよ、キュルフェ殿。
おおアマンダよ……可哀想に、息はできてるかい? 刺激が強すぎる三人でしたね……
私は溜め息を吐き、ローズヒップを出して、彫像のように動かなくなったアマンダを引き摺って執務室に戻った。
アマンダはその後、知恵熱を出して三日寝込んだ。
私は特別休暇の手配と共に美味しいチョコトリュフと見舞いの花束を贈り……三日ほど、思い出し笑いに苦しんだ。
第二章 十七歳は嵐の復学生
一 元婚約者と腹黒ショタ令息と白豚令息の噂
「おい、聞いたか? サミュエル・コートニーが復学するらしいぞ」
「おお、とうとう帰ってくるのか! ……フッ……相変わらず脂肪の塊なんだろうなぁ……」
昼休みの教室。興奮を隠しきれない口調で言う黒髪短髪のクラスメイトに、アゼル・トラフト侯爵家三男が斜に構えた口調で返した。
肩までの赤い猫っ毛を後ろで一つ括りにした彼は、ソバカスとエメラルドグリーンの瞳が特徴の、学園でも指折りの人気者だ。身長は百七十センチ後半と伸び悩んだが、可愛い見た目とワルな言動、少し粗い仕草で周りを魅了している。
彼は「受け入れる側」にも人気だが、「攻め入る側」のインフルエンサー的存在で、しょっちゅう今みたいな話で周囲を盛り上げていた。
「ハハハ……! そんなこと言って、目の前にしたら途端に猛アプローチするんだろ??」
「当たり前じゃないか! あの性格だぞ!? ちょっと優しくして惚れさせたら後はこっちのもんさ、ちょちょっとダイエット指導すれば、あっという間に綺麗で健げで可愛い伴侶の出来上がり♡ だ。逃す手はないだろ??」
傍にいたクラスメイトからの問いかけにアゼルが返した言葉を聞いて、俺、ビクトール・ユトビアは耳を疑った。
何故なら、アゼルは俺に、サミュエルみたいな醜いデブと婚約しているのは不幸だと言い続けて馬鹿にし、サミュエルを嫌わせた張本人だからだ。
別に、サミュエルを嫌いになったことに対する恨み言を言うつもりはない。彼に影響されたとはいえ、サミュエルを嫌ったのは俺自身だし、俺の責任だ。
それに、それがなくても、エンゼリヒトを愛したと思うし……
ただ、あれだけサミュエルを醜いデブで婚約してもマイナスにしかならないと俺に言っていたアゼルが、婚約者の座を狙っているというのが信じられない。
「まぁなぁ、サミュエル・コートニーは次男以下の攻め入る側には垂涎の的だからなぁ。……ほんと、婚約破棄したと聞いた時は小躍りするほど喜んだが、まさか四年も領地に籠っちまうなんて……。領地に突撃しても誰も会えなかったんだろ?? ほんと、ガード固いよなー。あー……早く会いたい」
なんだって!? アゼルだけじゃなく、他の令息達もサミュエルの婚約者になりたがっているのか……?
「くそ、やっぱ皆、狙ってんのかよ……」
「当たり前だろー? 家柄良し、性格良し、見た目も脂肪さえなくせば美少年♡ だぞ? てかさ、どうする? もう既に痩せてたら! あの健げな性格ならそれもあり得るくないか??」
知らなかった、いつから皆サミュエルをそんなふうに評価していたんだ?
「なぁ、おい、見ろよ! 元婚約者のユトビア侯爵令息様が聞き耳立ててるぞ! おい、ビクトール、こっち交ざれよ! サミュエル・コートニーのタイプとか好みの食べ物とか教えてくれ!」
勝ち誇ったように俺を呼ぶアゼルの声には、しっかりと悪意が感じられた。
「ひでー! そんなの聞いてやるなよ!」
「いーだろ! ビクトールは愛しのエンゼリヒトとラブラブなんだ。今更サミュエルが誰とくっつこうと気にするかよ。てか、気にする資格もないだろ。ハハハ!」
「そりゃ、確かにそーだ! ハハハ!」
グサグサと心を突き刺すような嘲笑に、俺は静かに唇を噛み締めた。
「おい、ビクトール、なんだよその顔。俺を騙したのか、って言いたげな顔だな、おい。まぁ、俺もあんなに上手く行くとは思わなかったけどな……。いや、五年かかってんだ、あんま上手くもねーや。けど、俺に言われたからってその気になったのはビクトールだぜ? ちょっと考えれば、サミュエルが超超優良物件だなんてすーぐ分かるはずなのによー。へへっ、まぁ、このアゼル様がサミュエルを超超可愛がって幸せにしちゃうからよ、お前はションベン垂れのエンゼリヒトとお幸せにな♡」
「うっわ! アゼルもう婚約者気取りかよ! 腹立つなぁ、俺らも狙ってんだぞ!」
「はー? お前らなんざ敵じゃねーよ。こっちは九歳の時からサミュエル狙ってたんだ。最大のライバルはこーんなブサメンになるしよ♪ へへっ、いい様だよな、ビクトール。国一番の美少年って言われてたのに、今じゃ指も顔もボコボコで傷だらけだ」
アゼルが近付いてきて、敵意と侮蔑を込めたエメラルドグリーンの瞳で俺を見つめる。そして、肩をポンポンと叩いた。
(ああ、そうか……アゼルが本当に嫌っていたのは、俺だったのか……)
「なんとか言ってみろよ……元、顔だけビクトール」
元、顔だけビクトールか。
悔しくて、俺はアゼルを見下ろし、昔のように傲然と言い放つ。
「サミュエルは甘いものならなんでも好きだ。大好物がある、というよりは、あいつ自身は外に行かないんで、新しい店だとか、流行の食べ物だとか、そういったことを話しながらあげた菓子を喜ぶ傾向にあった」
「へぇ……マジで教えてくれるんだ?」
ニヤニヤ笑うそのエメラルドグリーンの瞳を視線で殴り付けつつ、続ける。
「好きにすれば良いだろう? お前の言う通り、俺にはもう、サミュエルが誰とくっつこうと気にする資格はない。……ただ、気を付けろよ……? コートニー家はもう、サミュエルを本気で愛さない婿は取らない」
それに一応、俺はサミュエルの幼馴染みで、騎士見習いだ。アゼルの性格の悪さを、サミュエルの兄である副団長に伝えておくくらいはできる。
そう心の中で呟いて、アゼルと暫し睨み合った。
「……自分が愛さなかったからって、一緒にするなよ……。美貌に胡座かいてサミュエルの良さを見ようともしなかったお前とは違って、俺も、こいつらも、……一生デロデロに愛して甘やかしてやれる自信はあるさ」
気が付くと、先程まで軽薄に笑っていた令息達が皆、射貫くような冷たい視線で俺を見ている。その餓えた狼の群れみたいな雰囲気に、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「おせーな、毎回。早よ来て早よ食って早よ出てけよ、元婚約者殿」
学園で一番大きな食堂。
のろのろと扉を開けて入った俺に、変わらぬ小言が飛んできた。料理人のテートだ。
本人は俺を嫌っているみたいだが、毎回なんやかんや言って食事をとっておいてくれる。俺からしたら、今学園で一番仲の良い人物だ。今日も彼は俺を待ち構えていた。
今日の昼飯は、俺の嫌いなピーマソが沢山入った野菜炒めとチキンソテーと、固くて臭くて酸っぱい雑穀のパン。……毎度毎度、嫌いなものが多いが、栄養バランスは完璧だ。
残したらテートが怒るから呑み込んでいるうちに、偏食が直ってきた。
「どうした、その顔? 何かあった顔だな。まーた誰かにイビられたのか? ザマーミロだ。で? 何言われたんだ?」
麦藁みたいな薄茶色の艶のない髪をポニーテールにした、浅黒く日に焼けたソバカスだらけのテートが、ニヤニヤ笑いながら孔雀緑の瞳で見つめてくる。身長は百七十センチ半ばと、先程のアゼルと似た雰囲気だが、その瞳には敵意も悪意もない。
彼はサミュエルが好きだったから、俺を憎んでいるはずなのに……
いつの間にか彼は、カースト最下位になった俺に一番優しく接してくれる奴になってしまった。
今後無視でもされたらと思うと怖くて耐えられず、テートには言っていないが、実はかなり感謝している。
エンゼリヒトと離れ離れになり、この学園でまともに会話してくれるのは彼だけだから……
俺の感謝なんて迷惑だろうけど。
もう、テーブルは全部拭いちまったからここで食え、とテートはカウンターのレジ横に食事のプレートを置く。
魔法で椅子が一脚現れ、俺は素直に座って頂いた。
テートと俺以外は誰もいない食堂に、カチャカチャと鍋を片付けたり、次の仕込みをしたりする音が響く。
俺は先程のアゼルとのやり取りを彼に話した。
テートはサミュエルが帰ってくると聞いて、すごく嬉しそうにする。情報料だ、とゼリーを一つ付けてくれた。更に紅茶とクッキーまで出てくる。
俺は久々の甘味を噛み締めるように味わった。
「ふーーん、へーーぇ、成る程ね……。つまり、そのアゼルって性悪野郎がサミュエルを狙ってるから、変なことしないように見張れってんだな? オッケー!」
「一番アイツを傷付けた俺が言う資格はないけど、それでも、幼馴染みだし、狙われてるって知ったからには、少しでも防いでやりたいんだ。罪滅ぼしになるとは思ってない。……ただ、……心配」
「罪滅ぼしのつもりなら思い違いも甚だしいけどよ、そうじゃないんなら、お前にだって心配する自由くらいはあるんじゃないか? ヨリ戻そうとか、周りをウロチョロしようとかは考えてないんだろ? あ、おい、ピーマソ全部食えよ。その欠片もだ。残すんじゃねぇ」
テートの言葉に頷く。彼は騎士見習いらしくなったなぁなんて言ってカラカラと笑った。
まさかサミュエルが、ゴロツキ相手にくそ重い特注のドワーフ製スレッジハンマーをブンブンぶん回すようなタフガイに育っているなんて露ほども知らない俺達は、彼が帰ってきたら陰から守ってやろうと約束したのだった。
二 鬱屈男爵令息の秘密と後悔
どうしてこうなったんだろう。
なんでこんなことに……
僕、エンゼリヒト・パインドは鏡に映る身長百七十二センチの骨張った青年を見つめ、静かに涙した。
僕には前世の記憶がある。……といっても、殆ど何も覚えていないんだけど。
自分の性別、何をしていた人物か、年齢、家族構成、全部思い出せない。
ただ、この世界が大好きなBLゲームで、自分が主人公になっているっていうのだけを知っていた。
前世でいたのは日本という国だったと思う。僕はそのゲームの中の絶世の美青年ビクトール様が一番好きで、何度もゲームをプレイし、グッズを手当たり次第買っていた。本当に好きで、ビクトール様は僕の全てだった。
だから、前世を思い出した時、絶対ビクトール様と一緒になろうと決めたんだ。
そのゲームの中ではビクトール様は侯爵家の次男で、騎士になろうと頑張っていた。他の攻略対象より愛の言葉やえっちなシーンは控えめで、それが良くて……
エンディングの台詞は、他の攻略対象が皆、幸せにするとか、一生離さないという系統なのに、ビクトール様だけ、君と二人でならどんな困難も乗り越えていけるという二人三脚で生きていくもので……
彼のルートはライバルからの酷いいじめや過剰な断罪もない。ビクトール様ファンから苛められて、それをビクトール様に助けられ絆が深まる、の繰り返し。
白豚令息な婚約者は婚約解消と宣言され、「ええ、そんなぁ……」って言って領地に帰っちゃうだけだったし。
だから、僕は何も考えずに、行動し始めたんだ。
本当は十六の時に男爵に引き取られる、それまでは孤児で商家でこき使われ続けていた、って設定だ。実際、僕はその時、商家に丁稚に入ったばかりだった。
でも、痛いのとか辛いのが嫌だったから、すぐに男爵に会いに行った。
男爵はアンティークローズの瞳と髪を持つ僕を一目で気に入り、すぐに庶子として認めてくれた。僕の父は確かに彼なのだけれど、彼はその事実を重要とは思っていないようだ。
そうして僕は、ゲームのシナリオより二年早く学園に中途入学して、ビクトール様に猛アタックし、そして、あのサミュエル婚約破棄騒動になった。
……今だから分かる。…………僕が全て壊したと。
ユトビア家はサミュエルから貰ったポーションで陞爵した。
ゲームだと僕とビクトール様は出会っていないからあの騒動は起きず、ポーションで陞爵してもサミュエルが許すので特にペナルティもなく、ユトビア家は成り上がれた。
なのに、僕が二年出会いを早めたせいでサミュエルが家出し、解消となるはずだった婚約はユトビア家有責の破棄となり、キツいペナルティを負う結果に。
そもそもサミュエルが家出をしたのだって、ゲームより痩せていて行動力がまだあったからだろう。
……今なら分かる。
君と二人でならどんな困難も乗り越えていけるという台詞は、ビクトールルートのエンディング後に待ち受ける茨の道を示唆していたんだ。
それでも、侯爵家としてそれなりに安定していたゲームの中のユトビア家と、十七歳になった逞しいビクトール様なら、僕と一緒に乗り越えられたかもしれない。だが、陞爵して税率が上がったところに多額の賠償金で、ユトビア家は火の車。ビクトール様も十四歳でいきなり騎士団に放り込まれてしまった。
しかも、魔法薬なし。
きっと、ビクトール様の怪我はサミュエルがキレイに治していたんだと思う。
そうやってキレイなまま、剣の腕を上達させた十七歳のビクトール様ではなく、未熟な十四歳のビクトール様に、僕は茨の道を歩かせてしまったんだ。
(ごめんなさい、ビクトール様……)
婚約破棄騒動後、僕とビクトール様は離れ離れになった。三年半、僕達は手紙でやり取りをしている。
手紙には時々、ビクトール様が顔を怪我したと書かれていた。団員の喧嘩のとばっちりだったり、模擬戦で喰らった一撃だったり。少しずつ傷が増え、その度にビクトール様は怯える。僕はそれが辛かった。
ビクトール様にとって、美しさは武器であり鎧であったらしい。
僕から見れば、ビクトール様は文武両道で優しく、美貌以外も非の打ちどころがないのに。
でも、学業も武術も魔法も一番じゃない彼にとって、国一番と言われた美貌だけが父親や周りの大人達に褒められた唯一の長所だったようで。
その唯一の長所が崩れていく恐怖と、醜くなっても嫌わないでほしいという言葉が何度も綴られていた。
正直言って、僕はどんなビクトール様でも愛す自信がある。
でも、本来なら絶世の美青年なはずの彼を、苦しめていることが申し訳ない。
「――ちょっと! おっせーよ!! まだかよぉ!」
「うわっ??」
鏡の前でぼんやりしているところに勢い良く「バァン!」とドアを開けられ、僕は飛び上がった。
振り返ると、怒りの形相のアンリ・キューアンジー子爵令息が立っている。少しうねった赤毛の短髪に、深緑の瞳。日焼けした肌にはあちこち傷があり、手も節くれだっている。百七十八センチのちょい悪令息だ。
婚約破棄騒動の時は華奢でふわふわ赤巻き毛が可愛いキャピキャピオネエだったのに、今はもう、別人のようだ。
「はぁ~!? お前、人が待ってんのに、まぁたメソメソメソメソ泣いてたわけ??」
「ぅ、ぁ、ごめ……」
「おどおどしてたらカワイーのは昔のお前だけ! シャキッとする、シャキッと! 毎度毎度ウザいよ? やっちまったんだからしゃーねーだろ! 俺もお前もビクトールも! 大体、手紙では毎回、どんな姿になっても愛してる♡ って書き合ってんだろ!? だったら取り敢えずそれを信じとけ! メソメソしても目が腫れてブスになるだけ! それより、折角、学園に帰ってきたんだ、会えることを喜べよな!」
怒りながら魔法でそっと目元を冷やしてくれるアンリに、僕はこそばゆい気持ちになる。
ここは王立学園の学生寮。練兵合宿所送りになった僕とアンリとジェインは先日、なんとか練兵試験をクリアし、今日、学園に戻ってきたのだ。
ビクトール様にやっと逢えると、学園に着くまではワクワクしていたのだけれど……
「こ、こんなゴツくなっちゃって、……幻滅されたら……」
「テメ、この耳節穴野郎……だから、信じとけって言ってんだろが!」
またもやネガティブモードに入る僕をアンリが叱咤する。軽く荷物を整理したら出てこいと言われていたのに泣いていたから、結構怒っている。ホントにごめん。
「てゆーかさ、ビクトールも大袈裟よねぇ。顔が醜いって書いてるけどサー、聞いた話じゃおばさま方に大人気なんでしょ? 短髪で傷だらけだけどハンサムで男臭くてとか、そんな感じの魅力に溢れてるらしいじゃない? そりゃ、昔は美少年だったけどサー。悪くなさそーじゃんね」
「ジェイン、言葉」
後から部屋に入ってきたジェインがのほほんと言うのに、アンリがピシャリとオネエ言葉を窘める。
「さてと! じゃあ、三人でミカにお礼参りだ! 練兵合宿所上がりの武力でギャフンと言わせてやろうぜ!」
「おーー!」
(えーー……僕は嫌なんですけどー)
でも、練兵合宿所でいっぱいアンリに世話になっていたので、仕方なく僕は二人の後に続いた。
……ヤバそうなら止めよう。
Θ Θ Θ
「ミカエル! ミカエル・ハンソン! 出てこいやぁ!!」
「バァン!」と観音開きの扉を蹴り開けて、アンリが怒鳴る。
アンリの作戦では、僕達ヴィラントリオは、貴族の坊っちゃん共をワルな迫力で威圧し、怯えるか弱いミカエル・ハンソンを校舎裏に連れ込んでボコボコリンチの上、陵辱の限りを尽くすってことだった。……まぁ、アンリの性格からして、どっちもできるとは思えないけど。
実は、ミカエルとアンリとジェインが本来のヴィラントリオで、ゲームでは華奢な三人がどの攻略対象の時も僕に陰湿な苛めをしてきたのだけど……
まさか、僕がヴィラントリオになるなんて。しかも、中途半端にゴツい。
もう僕のゲームの知識なんて一つも役に立たなくなってるな……
「はぁい♡ 誰~? アタシを呼んだのは……あら?」
野太い声に思考が止まる。
「……はぁ!? アンタ、ミカァ!?」
のっそりと現れた身長百九十センチ超えのムッキムキ雄ネエに、思わずアンリが声をあげる。
「……やだぁ、誰かと思ったら、アンリ!? あらやだ! ジェインも!! 二人ともゴツくなっちゃったのねぇ……」
(いや、一番ゴツくなってるのミカエルだし……)
僕は心の中でそっとツッコミを入れた。
アンリとジェインはか弱いミカエルを想像していたせいで、目の前の現実に驚きすぎているのだろう、口をパクパクさせるだけの置物になっている。
「あら、可愛かったエンゼリヒトもそんだけ育つと、髪と瞳の色以外は凡人ねぇ……」
僕に気付いたミカエルが一言で心を抉る。流石、本来のヴィラントリオのリーダー格、攻撃力が段違いだ……
ミカエルの黒い睫毛に縁取られた金の瞳が攻撃的に僕を見つめる。
「ちょっとアンタ! 一体どうしてそんなムッキムキに育ってんのよ!」
すっかり口調がオネエに戻ってしまったアンリが、ぎゃいぎゃいと喚く。
「そーよそーよぉ」
「別にぃ……? なんにもしてないのに、こうなっちゃったのよねぇ……。やっぱり、そういう家系なのかしらねぇ……」
ジェインがアンリに追従し、ミカエルはしなっと考える仕草をした。
「アンタねぇ、なんにもしてなくてその体なワケ……あ! さてはアンタ! 美容のために体操とかしてるでしょ! それも、家族の誰かから教えてもらったやつ!」
アンリが指を弾いて言う。ミカエルは長い黒髪を弄びながら頷いた。
「母方の従兄弟の奥さんがやってるっていう美容体操を毎朝してるわね。結構全身に効くのよ♡」
「プッ……アンタは毎度毎度騙されるわねー。賭けてもイイワ、それ、一般的に鍛練とか修行って呼ばれるヤツだから♪ あーあ、アンタが家族から美容に効くって騙されて鍛練させられる度、止めてあげてたのに、アタシを練兵合宿所送りにするからそんなことになるのよー。イイ気味だわ♪ 一人だけ可愛いままだったらどうしてやろうかと思ったけどね」
「さっすがアンリ! アンリ賢ーい♪」
「はぁ!? 嘘でしょ!? ちょっとぉ! なんでもっと早く帰ってきて止めてくんなかったのよぉ!」
嬉しそうに言うアンリに、ジェインがキャッキャと囃し立て、ミカエルがぎぃぎぃと野太く呻く。
久し振りのオネエトリオは、僕のことなど忘れて嬉しそうにじゃれ合い始めた。もうアンリが変な行為をすることはなさそうだったし、僕はそっとその場を後にする。
「それにしても、アンリ、言葉がオネエに戻ってるけど、いいの?」
「あ? 良くねえ! そーだ! じゃれ合いに来たんじゃねぇ、ジェイン! ヘラヘラすんな! ミカをボコるぞ! ぁあ? エンゼリヒトは何処行きやがった!?」
角を曲がった辺りで、後ろからそんな声が聞こえたけど、僕は戻らなかった。
「やだぁ、じゃあ、ちょっと人の来ない所に行きましょうか? 返り討ちにしちゃうんだから♡」
なんて、ミカエルの楽しそうな声が聞こえて、やっぱり三人組はあの三人じゃないとね、なんて一人笑う。
…………そして向かった教室に、ビクトール様はいなかった。何処にいるんだろう。
行き交う生徒達が僕を見てヒソヒソと囁き合う。凡庸な顔でもアンティークローズの髪と瞳は目立つからな。
僕はビクトール様を探して学園中を彷徨い歩いた。
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お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
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