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第4章 ナターシャ
4-10 光
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「おーし、できたぞー。俺達はさっき食べたばかりだが、動いたから腹へっちまったよな」
ドドは僕達の前にある小さな折り畳みテーブルの上に料理を並べた。
スキレットには蛤のパエリア。そして鍋にはシチュー。こちらにはキノコや山菜が入っている。先生の所で頂いたものだ。そして、蛤の酒蒸し、鹿の干し肉もある。
「本当に、わたくしも、頂いていいのでしょうか?」
パエリアが入ったお椀と、シチューが入ったお椀を目の前のテーブルの上に置かれ、ミルちゃんはしばらく目をくりくりさせていた。不思議そうにその料理を見つめていたが、やがてドドを見上げながらそう言った。
「おう? いいよ? ミルちゃんに食べてもらうつもりで作ったしな」
ドドにとってはそれが当たり前なんだ。
「ドドはイタリアンのシェフなんですよ? 美味しいですよー?」
「ははっ、今日はイタリア料理1つもないけどな!」
そう言ってドドも腰を下ろす。ミルちゃんは、目の前の料理をまだじっと見つめていたが、シチューのお椀を手に取り、スプーンで掬ってそうっと口に運ぶ。
「はふっ!? お、美味しいですわ……いつも家で食べてるディナーよりも、ずっと……」
ミルちゃんの様子を見て安心し、僕とドドは顔を見合わせて笑う。
「ミルちゃんの家、確か厳しい家庭なんですよね? ご両親には今晩の事言ってあるんですか?」
お父さんの方がすごい厳しいらしいからな。
「『しばらく出かける』と、手紙を書いてきました。わたくし、自分の家庭が厳しいのかどうかはよくわかりません。でも、姉様の話を聞いたり、外に出かけて人々の暮らしを見ていると、何かが違うのではと思っておりました」
そうか。確か、一颯さんも「初めはそれが当たり前だと思っていた」と言っていたな。
「俺ァ、どんな家庭だったのかなんて知らねぇし、聞こうとも思わねぇ。ただ、その家庭でも、幸せを感じる事ができるなら、それでもアリなんじゃねぇかと思う」
ドドはゆっくり言葉を選ぶように語った。
「わたくしは……まだわかりません。でも、こうやってお外で火を囲んで、家族でもない人とお食事をするなんて初めての体験で。よくわからないのですけど、いつもの食事とは全く違う味がするのです」
そう言ってから、ミルちゃんは小さく微笑んだ。
「あっ、あっ、この酒蒸しすごい美味しいよ! ワイン使ってるの?」
僕はミルちゃんの話を聞きながら、無意識に蛤の酒蒸しを食べていた。そして、それを口に入れた時の味に衝撃が走り、つい興奮してしまった。
「あぁ、そうだぜ。確かにこの蛤は身が締まってて美味しいな」
その通りだ。こんなに美味しい蛤は初めてだ。
「想様に喜んで頂けて何よりですわ! お酒が入ってますのね。わたくしも1つ頂きます」
その時、僕とドドに危機感が走り、ミルちゃんを見つめる。
「ダメです! ミルちゃんは食べちゃダメです!」
「え!? 想様どうしてですの!? わたくし、20歳だからお酒は大丈夫ですわよ? 少し、酔いやすいですけれど」
あぁ、やっぱりそうか。姉の一颯さんと同じだな。と、ドドは慌てて焚き火の網の上で余っていた蛤をそのまま焼く。
「大丈夫だ。今から焼くからな。待ってろよ」
険しい表情をしながら蛤を一心に見つめている。
「一颯さん、いつもお酒少し飲んだだけですごかったんです。あ、もしかして、ミルちゃんもよく食べるんですか?」
僕がそう言うと、酒蒸しは諦めてくれたようだったが、口を押さえながら恥ずかしそうに笑い出す。
「嫌ですわ想様ったら! わたくしは姉様のように大食らいではありませんわ。夕食のライスは2杯までと決めておりますので」
よかった、2杯か。ならまだ安心だ。女の子で2杯というのはなかなかの量だが。やはり完全に姉妹だな。
「ほい、蛤焼き上がったぞ。想も食べるか?」
ドドは焼き蛤をお皿に乗せて渡してくれる。熱そうだが、蛤のためなら多少の熱さなど苦ではない。
「んー! すごい、プリプリしててジュワーって汁が溢れてくるよ!」
僕は隣のミルちゃんと顔を見合わせる。
「本当ですわ! すごく美味しいです!」
酒蒸しも美味しかったが、味付けせずに素焼きにした蛤はまた素材の味がダイレクトに伝わってくる。
僕はパエリアも食べてみた。前にシクスが作ってくれたブイヤベースも美味しかったが、このパエリアは蛤の旨みが染み込んでいて、まさに僕好みの味だ。
「今日は想様大満足だな! はははっ!」
ドドはそう言ってミルちゃんに新しいシチューを装っていた。いつの間にか食べ終わっていたらしい。
「なんでドドまでその呼び方なんだよー」
「そうですわよ! 想様を想様と呼んでいいのは世界でただ1人、このわたくしだけですわ!」
いや、できればミルちゃんもやめてほしいんですけどね。
「しかし、さっきの里は異常だったよな。あそこはつまり、なんかの宗教の集まりだったわけか?」
ドドもパエリアを食べながらその疑問を口にする。僕は先程の事件をもうすっかり忘れてしまっていた。
「あの里は、恐らく悪魔を崇拝していた宗教のようでございますね。あの生け贄にされた女性、催眠術か薬でほとんど意識がないようでしたし」
ミルちゃんは冷静にそう言う。普段は明るいので、たまに真面目になると僕は少しびっくりする。
「なんて言ってたっけ。確か、『ナイトサイド・エクリプス』? ゼブルムの傘下の宗教と見て間違いなさそうだね」
ナイトサイド・エクリプス、直訳すれば「月蝕」。不吉なイメージが漂う言葉だ。
「その『ゼブルム』という組織は、想様達がずっと戦ってきた組織でございますよね? 宗教にまで手を付けているなんて、一体何を考えているのでしょう?」
「うーん、今までの奴らの行動からすると、『人間の洗脳』と考えるのが妥当ですかね。そして、それを利用しての暴動を引き起こす」
いかにもアイツらが考えそうな事だ。
「はっ、くだらねぇな。あのブルヘリアっておっさんも巫山戯た奴だったよな」
ブルヘリアか。結局、エイシストと一緒に逃げてしまったな。
「あの、オレンジ色の髪をしたお方、未来予知ができると言っておりましたよね? 何者なんですの?」
ミルちゃんはまだパエリアとシチューを食べ足りないようで、お代わりをしていた。あの時には既にミルちゃんは現場にいたのか。
「アイツと会うのは2回目、3回目か? それでもよくわかんねぇ奴だよな。敵のくせに想の事を気に入ってるみたいだけどよ」
ドドがそう言うと、ミルちゃんが敏感に反応する。
「想様を狙っているんですの? 絶対にあんな危ない男には渡しませんわ」
どこか怒っているようなミルちゃんは、なんだか少し怖い。
「あー、あはは……、狙ってはいないと思います。ただ、何を考えているのかわからない人なんですよね」
ゼブルム内でもエイシストを慕っている人間は多いらしく、ブルヘリアもその1人なのだろう。
ドドは鹿の干し肉を食べ始めたので、僕もそれに手を伸ばす。独特の風味が効いていて、以前食べた鹿肉とは全く別物になっている。美味しい。
「あ! そうですわ、実はアイスもありますの。想様、食後のデザートにいかがですか?」
ずっと物思いにふけていたミルちゃんは、ふと思い出してそう言った。
「お、アイスか! いいねぇ! 俺にもくれるのか?」
「想様のためにと用意していましたが、いいでしょう。堂島さんにはご馳走になりましたからね」
そう言うと、ミルちゃんの手元にカップアイスが3つ現れた。高級メーカーのアイスだ。
「あ、じゃあ僕はブルーベリーバニラをもらっていいですか? ありがとうございます。ミルちゃんすごいですね。家にある物を持ってきているんですか?」
僕はミルちゃんからアイスとスプーンを受け取るとそう聞いた。
「殆どの物は倉庫からです。倉庫と言っても、わたくし個人が所有しているマンションでして、そこに服や食べ物を置いてありますの。なんでも出しますので、想様なんなりとおっしゃってくださいませ!」
ミルちゃんの迫力に僕は苦笑いしながら礼を言う。しかし、その歳でマンションを所有しているなんてやはりお金持ちなのか。
そして、3人でアイスを食べる。焚き火の熱で程よくアイスが溶け始め、高級アイスは濃厚でとても美味しい。
「ここから見る星も綺麗ですね。先生の所で見た星には敵わないですけど」
僕はアイスを口にしながら、頭上の星空を見上げる。周りに木があるものの、それでも充分に大きな夜空が視界を埋める。
「本当ですわ……とても、美しいですわ。眩しいくらいに。ミモザ姉様は、昔から星になりたいと言ってました。姉様が亡くなってから、わたくしは毎日悲しくて、寂しくてたまりません。でも、この幾つもある星の1つが姉様なんだと思うと、少し元気が出ますの。姉様が、わたくしを見守ってくれているようで」
ミルちゃんは、一颯さんに似て強いんだな。
「そうですね。僕も、そう思うようにして、これからも星を見上げたい。一颯さんは、僕に光をくれた。そして、今も光を送ってくれていると、そう思っています」
一颯さんと仲良くなったあの日から全てが変わった。いい事も嫌な事も経験した。
でも、どっちが多いかなんて問題じゃない。たった1つでもある素敵な事が、僕の中で光り輝いている。それは、嫌な出来事も巻き込んで、光に変えてしまうくらいに。それ程に彼女から与えられた光は大きく、眩しい。
「ミモザちゃんの事はぜってぇ忘れねぇさ。後ろを振り返りながらでも前に進もう。あの子の思いも、持って行こう。それが、残された俺達に出来る事だ」
ドドはそう言って、食後のコーヒーを淹れてくれた。
「もしかして、一颯さんの遺体を運んでくれたのもミルちゃんだったんですか?」
僕のシャツをミルちゃんが持っていたという事は、そういう事になる。ちょうど今僕が着てるシャツがあの時のシャツだった。
「はい、あの時、わたくしは急いで姉様を病院に運んだのですが、既に手遅れでした。想様のお召し物を返した時も何も言わずに申し訳ございませんでした」
「事件の翌日でしたし、無理もないですよ。それなのに丁寧に洗ってくれてありがとうございました」
僕がお礼を言うと、ミルちゃんは弱々しく微笑みながら首を振る。
「想様こそ、姉様のためにいつもありがとうございました。姉様とはたまに電話でも話していたのですが、想様と知り合ってからの姉様は本当に毎日楽しそうでした。そして、姉様が想様と初めてカフェに行った翌日、姉様はその日の事をとても楽しそうに、わたくしに話してくれました。その日からの姉様はまたさらに毎日を幸せそうにしておりましたわ。なので、想様、本当にありがとうございました」
ミルちゃんはそう語った後、深々とお辞儀をした。
「いえ、いつも救われたのは僕の方です。むしろ、彼女を守れなくて本当にすみませんでした」
「いえ、想様に責任はありませんわ。誰も想様を責めません」
ミルちゃんのその言葉だけでも、僕は少し救われる。
そして、一颯さんと行った峡峰での話を聞きたいと言われ、僕はその時の話をした。もちろん、あの「お布団侵入事件」については黙っていた。
「オルゴールの音っていいですよね。落ち着くって言うか」
峡峰で作ったオルゴールをミルちゃんに聞かせていた。と、そのミルちゃんは途中で寝てしまったようだ。オルゴールの音色が心地よかったのかもしれない。
僕はブランケットを取り出して、それをミルちゃんに掛けてあげた。
「姉様……」
と、ミルちゃんの口から寝言が漏れた。僕は彼女をブランケットに包んで抱きかかえ、テントの中で広げた寝袋の上に寝かせて、その上に毛布を掛けてあげた。
ドドと2人で外の片付けを済ませて、その夜は1つのテントの中に、3人で川の字になって眠りについた。
ドドは僕達の前にある小さな折り畳みテーブルの上に料理を並べた。
スキレットには蛤のパエリア。そして鍋にはシチュー。こちらにはキノコや山菜が入っている。先生の所で頂いたものだ。そして、蛤の酒蒸し、鹿の干し肉もある。
「本当に、わたくしも、頂いていいのでしょうか?」
パエリアが入ったお椀と、シチューが入ったお椀を目の前のテーブルの上に置かれ、ミルちゃんはしばらく目をくりくりさせていた。不思議そうにその料理を見つめていたが、やがてドドを見上げながらそう言った。
「おう? いいよ? ミルちゃんに食べてもらうつもりで作ったしな」
ドドにとってはそれが当たり前なんだ。
「ドドはイタリアンのシェフなんですよ? 美味しいですよー?」
「ははっ、今日はイタリア料理1つもないけどな!」
そう言ってドドも腰を下ろす。ミルちゃんは、目の前の料理をまだじっと見つめていたが、シチューのお椀を手に取り、スプーンで掬ってそうっと口に運ぶ。
「はふっ!? お、美味しいですわ……いつも家で食べてるディナーよりも、ずっと……」
ミルちゃんの様子を見て安心し、僕とドドは顔を見合わせて笑う。
「ミルちゃんの家、確か厳しい家庭なんですよね? ご両親には今晩の事言ってあるんですか?」
お父さんの方がすごい厳しいらしいからな。
「『しばらく出かける』と、手紙を書いてきました。わたくし、自分の家庭が厳しいのかどうかはよくわかりません。でも、姉様の話を聞いたり、外に出かけて人々の暮らしを見ていると、何かが違うのではと思っておりました」
そうか。確か、一颯さんも「初めはそれが当たり前だと思っていた」と言っていたな。
「俺ァ、どんな家庭だったのかなんて知らねぇし、聞こうとも思わねぇ。ただ、その家庭でも、幸せを感じる事ができるなら、それでもアリなんじゃねぇかと思う」
ドドはゆっくり言葉を選ぶように語った。
「わたくしは……まだわかりません。でも、こうやってお外で火を囲んで、家族でもない人とお食事をするなんて初めての体験で。よくわからないのですけど、いつもの食事とは全く違う味がするのです」
そう言ってから、ミルちゃんは小さく微笑んだ。
「あっ、あっ、この酒蒸しすごい美味しいよ! ワイン使ってるの?」
僕はミルちゃんの話を聞きながら、無意識に蛤の酒蒸しを食べていた。そして、それを口に入れた時の味に衝撃が走り、つい興奮してしまった。
「あぁ、そうだぜ。確かにこの蛤は身が締まってて美味しいな」
その通りだ。こんなに美味しい蛤は初めてだ。
「想様に喜んで頂けて何よりですわ! お酒が入ってますのね。わたくしも1つ頂きます」
その時、僕とドドに危機感が走り、ミルちゃんを見つめる。
「ダメです! ミルちゃんは食べちゃダメです!」
「え!? 想様どうしてですの!? わたくし、20歳だからお酒は大丈夫ですわよ? 少し、酔いやすいですけれど」
あぁ、やっぱりそうか。姉の一颯さんと同じだな。と、ドドは慌てて焚き火の網の上で余っていた蛤をそのまま焼く。
「大丈夫だ。今から焼くからな。待ってろよ」
険しい表情をしながら蛤を一心に見つめている。
「一颯さん、いつもお酒少し飲んだだけですごかったんです。あ、もしかして、ミルちゃんもよく食べるんですか?」
僕がそう言うと、酒蒸しは諦めてくれたようだったが、口を押さえながら恥ずかしそうに笑い出す。
「嫌ですわ想様ったら! わたくしは姉様のように大食らいではありませんわ。夕食のライスは2杯までと決めておりますので」
よかった、2杯か。ならまだ安心だ。女の子で2杯というのはなかなかの量だが。やはり完全に姉妹だな。
「ほい、蛤焼き上がったぞ。想も食べるか?」
ドドは焼き蛤をお皿に乗せて渡してくれる。熱そうだが、蛤のためなら多少の熱さなど苦ではない。
「んー! すごい、プリプリしててジュワーって汁が溢れてくるよ!」
僕は隣のミルちゃんと顔を見合わせる。
「本当ですわ! すごく美味しいです!」
酒蒸しも美味しかったが、味付けせずに素焼きにした蛤はまた素材の味がダイレクトに伝わってくる。
僕はパエリアも食べてみた。前にシクスが作ってくれたブイヤベースも美味しかったが、このパエリアは蛤の旨みが染み込んでいて、まさに僕好みの味だ。
「今日は想様大満足だな! はははっ!」
ドドはそう言ってミルちゃんに新しいシチューを装っていた。いつの間にか食べ終わっていたらしい。
「なんでドドまでその呼び方なんだよー」
「そうですわよ! 想様を想様と呼んでいいのは世界でただ1人、このわたくしだけですわ!」
いや、できればミルちゃんもやめてほしいんですけどね。
「しかし、さっきの里は異常だったよな。あそこはつまり、なんかの宗教の集まりだったわけか?」
ドドもパエリアを食べながらその疑問を口にする。僕は先程の事件をもうすっかり忘れてしまっていた。
「あの里は、恐らく悪魔を崇拝していた宗教のようでございますね。あの生け贄にされた女性、催眠術か薬でほとんど意識がないようでしたし」
ミルちゃんは冷静にそう言う。普段は明るいので、たまに真面目になると僕は少しびっくりする。
「なんて言ってたっけ。確か、『ナイトサイド・エクリプス』? ゼブルムの傘下の宗教と見て間違いなさそうだね」
ナイトサイド・エクリプス、直訳すれば「月蝕」。不吉なイメージが漂う言葉だ。
「その『ゼブルム』という組織は、想様達がずっと戦ってきた組織でございますよね? 宗教にまで手を付けているなんて、一体何を考えているのでしょう?」
「うーん、今までの奴らの行動からすると、『人間の洗脳』と考えるのが妥当ですかね。そして、それを利用しての暴動を引き起こす」
いかにもアイツらが考えそうな事だ。
「はっ、くだらねぇな。あのブルヘリアっておっさんも巫山戯た奴だったよな」
ブルヘリアか。結局、エイシストと一緒に逃げてしまったな。
「あの、オレンジ色の髪をしたお方、未来予知ができると言っておりましたよね? 何者なんですの?」
ミルちゃんはまだパエリアとシチューを食べ足りないようで、お代わりをしていた。あの時には既にミルちゃんは現場にいたのか。
「アイツと会うのは2回目、3回目か? それでもよくわかんねぇ奴だよな。敵のくせに想の事を気に入ってるみたいだけどよ」
ドドがそう言うと、ミルちゃんが敏感に反応する。
「想様を狙っているんですの? 絶対にあんな危ない男には渡しませんわ」
どこか怒っているようなミルちゃんは、なんだか少し怖い。
「あー、あはは……、狙ってはいないと思います。ただ、何を考えているのかわからない人なんですよね」
ゼブルム内でもエイシストを慕っている人間は多いらしく、ブルヘリアもその1人なのだろう。
ドドは鹿の干し肉を食べ始めたので、僕もそれに手を伸ばす。独特の風味が効いていて、以前食べた鹿肉とは全く別物になっている。美味しい。
「あ! そうですわ、実はアイスもありますの。想様、食後のデザートにいかがですか?」
ずっと物思いにふけていたミルちゃんは、ふと思い出してそう言った。
「お、アイスか! いいねぇ! 俺にもくれるのか?」
「想様のためにと用意していましたが、いいでしょう。堂島さんにはご馳走になりましたからね」
そう言うと、ミルちゃんの手元にカップアイスが3つ現れた。高級メーカーのアイスだ。
「あ、じゃあ僕はブルーベリーバニラをもらっていいですか? ありがとうございます。ミルちゃんすごいですね。家にある物を持ってきているんですか?」
僕はミルちゃんからアイスとスプーンを受け取るとそう聞いた。
「殆どの物は倉庫からです。倉庫と言っても、わたくし個人が所有しているマンションでして、そこに服や食べ物を置いてありますの。なんでも出しますので、想様なんなりとおっしゃってくださいませ!」
ミルちゃんの迫力に僕は苦笑いしながら礼を言う。しかし、その歳でマンションを所有しているなんてやはりお金持ちなのか。
そして、3人でアイスを食べる。焚き火の熱で程よくアイスが溶け始め、高級アイスは濃厚でとても美味しい。
「ここから見る星も綺麗ですね。先生の所で見た星には敵わないですけど」
僕はアイスを口にしながら、頭上の星空を見上げる。周りに木があるものの、それでも充分に大きな夜空が視界を埋める。
「本当ですわ……とても、美しいですわ。眩しいくらいに。ミモザ姉様は、昔から星になりたいと言ってました。姉様が亡くなってから、わたくしは毎日悲しくて、寂しくてたまりません。でも、この幾つもある星の1つが姉様なんだと思うと、少し元気が出ますの。姉様が、わたくしを見守ってくれているようで」
ミルちゃんは、一颯さんに似て強いんだな。
「そうですね。僕も、そう思うようにして、これからも星を見上げたい。一颯さんは、僕に光をくれた。そして、今も光を送ってくれていると、そう思っています」
一颯さんと仲良くなったあの日から全てが変わった。いい事も嫌な事も経験した。
でも、どっちが多いかなんて問題じゃない。たった1つでもある素敵な事が、僕の中で光り輝いている。それは、嫌な出来事も巻き込んで、光に変えてしまうくらいに。それ程に彼女から与えられた光は大きく、眩しい。
「ミモザちゃんの事はぜってぇ忘れねぇさ。後ろを振り返りながらでも前に進もう。あの子の思いも、持って行こう。それが、残された俺達に出来る事だ」
ドドはそう言って、食後のコーヒーを淹れてくれた。
「もしかして、一颯さんの遺体を運んでくれたのもミルちゃんだったんですか?」
僕のシャツをミルちゃんが持っていたという事は、そういう事になる。ちょうど今僕が着てるシャツがあの時のシャツだった。
「はい、あの時、わたくしは急いで姉様を病院に運んだのですが、既に手遅れでした。想様のお召し物を返した時も何も言わずに申し訳ございませんでした」
「事件の翌日でしたし、無理もないですよ。それなのに丁寧に洗ってくれてありがとうございました」
僕がお礼を言うと、ミルちゃんは弱々しく微笑みながら首を振る。
「想様こそ、姉様のためにいつもありがとうございました。姉様とはたまに電話でも話していたのですが、想様と知り合ってからの姉様は本当に毎日楽しそうでした。そして、姉様が想様と初めてカフェに行った翌日、姉様はその日の事をとても楽しそうに、わたくしに話してくれました。その日からの姉様はまたさらに毎日を幸せそうにしておりましたわ。なので、想様、本当にありがとうございました」
ミルちゃんはそう語った後、深々とお辞儀をした。
「いえ、いつも救われたのは僕の方です。むしろ、彼女を守れなくて本当にすみませんでした」
「いえ、想様に責任はありませんわ。誰も想様を責めません」
ミルちゃんのその言葉だけでも、僕は少し救われる。
そして、一颯さんと行った峡峰での話を聞きたいと言われ、僕はその時の話をした。もちろん、あの「お布団侵入事件」については黙っていた。
「オルゴールの音っていいですよね。落ち着くって言うか」
峡峰で作ったオルゴールをミルちゃんに聞かせていた。と、そのミルちゃんは途中で寝てしまったようだ。オルゴールの音色が心地よかったのかもしれない。
僕はブランケットを取り出して、それをミルちゃんに掛けてあげた。
「姉様……」
と、ミルちゃんの口から寝言が漏れた。僕は彼女をブランケットに包んで抱きかかえ、テントの中で広げた寝袋の上に寝かせて、その上に毛布を掛けてあげた。
ドドと2人で外の片付けを済ませて、その夜は1つのテントの中に、3人で川の字になって眠りについた。
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