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第4章 ナターシャ
4-9 ストーカー その2
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もう、嫌なのです。絶対に。目の前で大切な人が死んじゃうなんて。
あれから、毎日毎日泣き続けて、毎日毎日後悔した。
だから、わたくしは、今この時、誓う。
大切な人を守るためになんでもする。
あの人の前に姿を現すのは、すごく、すごく恥ずかしいけど、でも、その人がいなくなっちゃうのは、もっと、もっと嫌。
大切な人を守るためになんでもする。
例え、人を殺す事になろうとも。この手を血で紅く染める事になろうとも。
わたくしは、そのためなら……あなたのためなら、この心を悪魔に変える。
◆◆◆◆
「君は……あの……時の……?」
僕は言葉を振り絞るようにそう言った。間違いない。このゴスロリワンピースを着た真紅の髪の少女は、あの時僕にシャツを返してくれた少女だ。と、その瞬間に少女が消えた。
「想様! 大丈夫でございますか!? わたくしの手をお握りくださいませ!」
声が、目の前で聞こえた。先程まで10m程離れた位置にいたはずの真紅の髪の少女が今、僕の目の前でしゃがみこんでいる。
間近で見ると少女の耳にはピアスがいくつも付いている。僕は動揺しながらも、彼女が差し出した手を握る。
次の瞬間、僕は空中にいた。真紅の少女は空中で下にいる白塗りの男達に向かって銃を連発した。その命中精度はラウディさんと同じくらいだ。
落ちる――そう思った瞬間にまた別の場所にいた。ドドが目の前に倒れている。少女は周りの男に向かって銃を撃ち、その銃を持った手でドドに触れる。すると、今度はどこかの建物の上に来た。
「君は、いったい……?」
僕がそう聞いても、少女は答えず、眼下の白塗り男達に向けて銃を撃っていた。あの男達は何が起きてるのか理解が追いつかず、混乱しながら撃たれてその場に倒れていく。
「この集落を、爆破します」
少女は呟き、消えた。数十秒後にまた現れ、僕とドドに触れる。そして、僕達はどこかまた別の場所に来た。丘の上だ。
その直後、爆発が遠くで起きた。その方向を見ると、先程までいたあの里が燃えていた。
「お荷物は予め運んでおきました。ご安心くださいませ」
見ると確かに僕らの荷物がすぐ近くにあった。
「うっ……生き、てるのか? どう……なったんだ?」
ドドが意識を取り戻した。そのドドに真紅の少女が、水の入ったペットボトルをどこからか取り出し渡した。同じ物を僕にもくれる。
「君は、もしかして、瞬間移動ができるんですか?」
僕は今までの現象を頭で整理しながら質問する。「瞬間移動」とそう考えると、全ての事に納得がいく。が、少女は答えずに俯きながらモジモジしている。
「瞬間移動、だって? 本当にできるのか? なら、こっちの方角、1kmくらいの所に平地がある。そこでゆっくり話をしないか?」
ドドも僕も麻痺薬が解けてきて、水も飲んだためか身体が楽になってきた。
少女は無言で頷くと、僕ら2人の手を取り、そして森の中の広々とした場所に来た。
「驚いた。本当にワープしちまったぞ。嬢ちゃん、ありがとう。さっきも危ない所を助けてくれて」
ドドは身体を起こして、頭を下げながら言った。
「わたくしは嬢ちゃんではありませんわ! ミルティーユ! 一颯・ミルティーユ・ルヴィエですわ!」
その少女は、どこかむきになりながらそう名乗って、その後すぐにハッとした表情をする。
「え……、一颯? 君は、もしかして、一颯さんの、ミモザさんの御家族の方なんですか?」
僕がそう聞くと、彼女――ミルティーユさんは恥ずかしがりながら頷く。
「はい、わたくしは、その、ミモザお姉様の……妹でございます」
「妹ー!?」
僕とドドは思わず声が重なる。一颯さんに妹がいたなんて。いや、以前一颯さんの部屋をちらっと覗いた時、確かあの時見えたあの写真で一颯さんと並んでいた女性。あれが、この少女だったのではないだろうか。
「そうか。ミモザちゃんに妹がいたのは驚いた。助けてくれて本当にありがとう。今日はここでキャンプするつもりだったから、俺は支度を始めるよ」
ドドはそう言って、荷物からテントを出す。
「ミルティーユさん、本当に危ない所を助けてくれてありがとうございました。もう駄目だと諦めていたので」
僕は近くに転がる丸太を2本持ってきて、それに腰を下ろす。ミルティーユさんも怖ず怖ずとその丸太にタオルを敷いて座った。
「い、いえ! わた、わたくしは当然の事を……したまでですわ。その、想様にもしもの事があったら、天国の姉様が悲しみますし、わたくしも、その、悲しいので……」
ミルティーユさんは恥ずかしがり屋さんなのだな。俯きながらもキョロキョロと視線を動かしながら話す。
「ありがとうございます。でも、そのー、『想様』って言うのはやめてくれませんか? 僕、そんな偉い人でもないので」
「嫌です! 想様は想様ですわ! やめません!」
さっきまで恥ずかしがっていたのが嘘だったかのように、ミルティーユさんは身を乗り出しながら僕のお願いを拒否した。そして、すぐまた俯き出す。
「あー、あはは……ミルティーユさんの瞬間移動はグラインドなのかな? すごい能力ですね」
僕は少し気まずくなりながらも、彼女に問い掛けた。
「グラインド……と呼ぶそうですね。このような能力の総称を。わたくしはこの力を『テリファイア』と呼んでいます。人だけでなく物体も転移させる事ができます」
そうか、それであの時、白塗りの男から銃を奪ったのか。そして、僕達の荷物もこうして運んでくれたわけか。
「すごいな、瞬間移動なんて。ミモザちゃんも知っていたのか?」
ドドはいつの間にかテントの組み立てを終えており、石を積み上げて竈を作っている。
「堂島さんでございますね。はい、知ってました。わたくしは小さい頃からこの不思議な力を使えました。両親には黙っていたのですが、姉様にだけは打ち明けていました。姉様と一緒に2人で旅行に行った事もありましたのよ」
そうだったのか。一颯さんはそれを内緒にしていたんだな。妹のミルティーユさんを巻き込みたくなかったのかもしれない。
「そっかー! なぁ、俺たちはこれからここでメシを食うんだが、よければミルフィーユちゃんも一緒にどうだ? 助けてくれたお礼だ」
ドドは竈に火をつけながら言った。
「わたくしの名前はミルフィーユではございませんわ! ミ・ル・ティ・イ・ユ! 女性の名前を間違えるなんて失礼ですわよ! 堂島さん!」
ミルティーユさんはドドに厳しいな。だが、ドドはその厳しい口調にもめげずに笑いながら謝ってる。
「『ミルティーユ』って、確かフランス語で『ブルーベリー』の事でしたよね? お姉さんの一颯さんはブルーベリーが大好きでした」
そうだ。一颯さんはブルーベリーが大好きだった。それは、きっと妹のミルティーユさんの事が大好きだったからではないだろうか。
「流石想様! 博識でございますわね! そうです、姉様はブルーベリーが昔から大好きでした。わたくしはラズベリーの方が好きなんですが」
「お、ラズベリー好きなのか? ちょうどさっき山道で見つけたのあるぞ」
ドドはそう言って、荷物の中からタッパーを出し、それをミルティーユさんに渡した。
「え? 頂いていいのですか? ありがとうございます! んー!? 甘酸っぱくて美味しいですわー! すごく新鮮ですわね!」
ミルティーユさんは頬に手を当てて喜んでいる。ドドはその様子を見て笑い、夕食の準備を始める。
「よかったですね、ミルティーユさん。でも、僕の名前もドドの名前も知ってたって事は、一颯さんから聞いていたんですか?」
ミルティーユさんはラズベリーをぱくぱく食べていた手を止め、頷く。
「姉様とは毎日メッセージのやり取りをしていましたの。その、ずっと前から想様の話も聞かされており、わたくしも姉様に内緒で、何度か想様を見に行ってましたの」
そうだったのか。僕を見に行ってたのか。全然気付かなかったな。
「ん? 待てよ……それって、どのくらい前からですか?」
「そうですねー、えーと1年くらい前からでしょうか? 初めは一目見るだけと思っていたのですが、姉様が心を寄せる殿方にもしもの事があったらと思い、このミルティーユ、影からずっと想様を見守っていましたわ!」
まさか、ひょっとして……。
「おーい嬢ちゃん! それじゃあ、ストーカーじゃねぇか!」
「はぁ!? わたくしはストーカーなんかじゃありません! 堂島さんこそ、何度か想様の後を尾けておりましたよね?」
そうか……そういう事だったのか。
「くっ、くくっ……、あははっ、あははははっ!」
突然笑い出した僕をドドとミルティーユさんが不思議そうに見ている。
なんて事はない。璃風で暮らしていた時にずっとストーカーにつきまとわれていると思っていた。1人はドドだった。そして、ストーカーはもう1人いた。それが、このミルティーユさんだったのだ。
目の前の2人のストーカーは、こんなに笑い続ける僕を見て呆気にとられ、口をぽかんと開けている。
「いや、ごめんごめん。そうか、ミルティーユさんがもう1人のストーカーだったんですね」
「想様!? だから、わたくしはストーカーなんかじゃありませんことよ!? 想様を見守る存在でございます!」
僕は安心したからか、また少し笑ってしまう。
「そうだったんですね。僕の事、ずっと見守ってくれてありがとうございます」
僕はミルティーユさんに向かって、改めて礼を言う。すると、彼女は透き通るような白い頬を桃色に染めて俯く。
「い、いえ……その、礼には及びませんので……当然の事を、したまでです」
僕はそんな彼女を微笑ましく見る。やはり、どことなくあの人に似ている。姉妹なんだな。
「俺も見守ってたし! 男として当然の事をしたまでだ」
ドドは珍しく張り合っている。話をしながらも、手元は休まずに、すでにいい匂いが辺りを包んでいる。
「はいはい。ドドもありがとう」
僕がそう言うと、彼はフッと笑ってコーヒーを淹れ、それを僕とミルティーユさんに渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。……あ! そうでしたわ! わたくし、想様にお渡ししたい物がありましたの!」
なんだろう。と、ミルティーユさんの手の上にお皿が現れる。その上に乗っているものは……。
「こ、これは……蛤! 大きい! え、僕が貝好きな事知ってたんですか?」
僕は目を見開いてその蛤を見つめている。手の平程の大きさだ。
「はい、姉様から想様は『貝マニア』だと聞いておりましたの。昨日お取り寄せしたばかりなので、お召し上がりくださいませ!」
「貝マニア……でも、嬉しいです! ありがとうございます! ドド、これ今からでも焼けるかな?」
僕は今すぐにでもこの蛤を食したくてたまらない。
「おう! 素焼きでも美味しいけど、せっかくだからパエリアも作るか! 嬢ちゃん、蛤もらっていいか?」
先程からの良い香りはどうやらシチューのようで、それとは別にドドはちょうど米を用意していた所だった。
「堂島さん! わたくしの名前を間違えてしまうからって、『嬢ちゃん』などと呼ぶのはやめてくださいませ。これでも、わたくし20歳なんですのよ!」
ミルティーユさんはドドに蛤を渡しながらそう言った。幼い印象があったので、高校生くらいかと僕は思っていたが、それを口に出さなくてよかった。
「わかったわかった。じゃあ、ミルちゃんな! 20歳かー。若いなー。俺が27で、想が25だから少し離れてるなー」
なるほど、『ミルちゃん』なら名前を間違える事もないな。
「『ミルちゃん』だなんていきなり馴れ馴れしいですわね……別に、かまいませんけども……」
彼女は少しずつ小声になっていった。
「うん! ミルちゃん、よろしくね」
僕はそう言って彼女に手を差し出す。ラウディさんの影響か、握手をする習慣がついてしまったようだ。
「は、はい。想様、よろしくお願いいたします」
ミルちゃんは頬を染めながら、どこか嬉しそうに、僕の手をそっと握った。
あれから、毎日毎日泣き続けて、毎日毎日後悔した。
だから、わたくしは、今この時、誓う。
大切な人を守るためになんでもする。
あの人の前に姿を現すのは、すごく、すごく恥ずかしいけど、でも、その人がいなくなっちゃうのは、もっと、もっと嫌。
大切な人を守るためになんでもする。
例え、人を殺す事になろうとも。この手を血で紅く染める事になろうとも。
わたくしは、そのためなら……あなたのためなら、この心を悪魔に変える。
◆◆◆◆
「君は……あの……時の……?」
僕は言葉を振り絞るようにそう言った。間違いない。このゴスロリワンピースを着た真紅の髪の少女は、あの時僕にシャツを返してくれた少女だ。と、その瞬間に少女が消えた。
「想様! 大丈夫でございますか!? わたくしの手をお握りくださいませ!」
声が、目の前で聞こえた。先程まで10m程離れた位置にいたはずの真紅の髪の少女が今、僕の目の前でしゃがみこんでいる。
間近で見ると少女の耳にはピアスがいくつも付いている。僕は動揺しながらも、彼女が差し出した手を握る。
次の瞬間、僕は空中にいた。真紅の少女は空中で下にいる白塗りの男達に向かって銃を連発した。その命中精度はラウディさんと同じくらいだ。
落ちる――そう思った瞬間にまた別の場所にいた。ドドが目の前に倒れている。少女は周りの男に向かって銃を撃ち、その銃を持った手でドドに触れる。すると、今度はどこかの建物の上に来た。
「君は、いったい……?」
僕がそう聞いても、少女は答えず、眼下の白塗り男達に向けて銃を撃っていた。あの男達は何が起きてるのか理解が追いつかず、混乱しながら撃たれてその場に倒れていく。
「この集落を、爆破します」
少女は呟き、消えた。数十秒後にまた現れ、僕とドドに触れる。そして、僕達はどこかまた別の場所に来た。丘の上だ。
その直後、爆発が遠くで起きた。その方向を見ると、先程までいたあの里が燃えていた。
「お荷物は予め運んでおきました。ご安心くださいませ」
見ると確かに僕らの荷物がすぐ近くにあった。
「うっ……生き、てるのか? どう……なったんだ?」
ドドが意識を取り戻した。そのドドに真紅の少女が、水の入ったペットボトルをどこからか取り出し渡した。同じ物を僕にもくれる。
「君は、もしかして、瞬間移動ができるんですか?」
僕は今までの現象を頭で整理しながら質問する。「瞬間移動」とそう考えると、全ての事に納得がいく。が、少女は答えずに俯きながらモジモジしている。
「瞬間移動、だって? 本当にできるのか? なら、こっちの方角、1kmくらいの所に平地がある。そこでゆっくり話をしないか?」
ドドも僕も麻痺薬が解けてきて、水も飲んだためか身体が楽になってきた。
少女は無言で頷くと、僕ら2人の手を取り、そして森の中の広々とした場所に来た。
「驚いた。本当にワープしちまったぞ。嬢ちゃん、ありがとう。さっきも危ない所を助けてくれて」
ドドは身体を起こして、頭を下げながら言った。
「わたくしは嬢ちゃんではありませんわ! ミルティーユ! 一颯・ミルティーユ・ルヴィエですわ!」
その少女は、どこかむきになりながらそう名乗って、その後すぐにハッとした表情をする。
「え……、一颯? 君は、もしかして、一颯さんの、ミモザさんの御家族の方なんですか?」
僕がそう聞くと、彼女――ミルティーユさんは恥ずかしがりながら頷く。
「はい、わたくしは、その、ミモザお姉様の……妹でございます」
「妹ー!?」
僕とドドは思わず声が重なる。一颯さんに妹がいたなんて。いや、以前一颯さんの部屋をちらっと覗いた時、確かあの時見えたあの写真で一颯さんと並んでいた女性。あれが、この少女だったのではないだろうか。
「そうか。ミモザちゃんに妹がいたのは驚いた。助けてくれて本当にありがとう。今日はここでキャンプするつもりだったから、俺は支度を始めるよ」
ドドはそう言って、荷物からテントを出す。
「ミルティーユさん、本当に危ない所を助けてくれてありがとうございました。もう駄目だと諦めていたので」
僕は近くに転がる丸太を2本持ってきて、それに腰を下ろす。ミルティーユさんも怖ず怖ずとその丸太にタオルを敷いて座った。
「い、いえ! わた、わたくしは当然の事を……したまでですわ。その、想様にもしもの事があったら、天国の姉様が悲しみますし、わたくしも、その、悲しいので……」
ミルティーユさんは恥ずかしがり屋さんなのだな。俯きながらもキョロキョロと視線を動かしながら話す。
「ありがとうございます。でも、そのー、『想様』って言うのはやめてくれませんか? 僕、そんな偉い人でもないので」
「嫌です! 想様は想様ですわ! やめません!」
さっきまで恥ずかしがっていたのが嘘だったかのように、ミルティーユさんは身を乗り出しながら僕のお願いを拒否した。そして、すぐまた俯き出す。
「あー、あはは……ミルティーユさんの瞬間移動はグラインドなのかな? すごい能力ですね」
僕は少し気まずくなりながらも、彼女に問い掛けた。
「グラインド……と呼ぶそうですね。このような能力の総称を。わたくしはこの力を『テリファイア』と呼んでいます。人だけでなく物体も転移させる事ができます」
そうか、それであの時、白塗りの男から銃を奪ったのか。そして、僕達の荷物もこうして運んでくれたわけか。
「すごいな、瞬間移動なんて。ミモザちゃんも知っていたのか?」
ドドはいつの間にかテントの組み立てを終えており、石を積み上げて竈を作っている。
「堂島さんでございますね。はい、知ってました。わたくしは小さい頃からこの不思議な力を使えました。両親には黙っていたのですが、姉様にだけは打ち明けていました。姉様と一緒に2人で旅行に行った事もありましたのよ」
そうだったのか。一颯さんはそれを内緒にしていたんだな。妹のミルティーユさんを巻き込みたくなかったのかもしれない。
「そっかー! なぁ、俺たちはこれからここでメシを食うんだが、よければミルフィーユちゃんも一緒にどうだ? 助けてくれたお礼だ」
ドドは竈に火をつけながら言った。
「わたくしの名前はミルフィーユではございませんわ! ミ・ル・ティ・イ・ユ! 女性の名前を間違えるなんて失礼ですわよ! 堂島さん!」
ミルティーユさんはドドに厳しいな。だが、ドドはその厳しい口調にもめげずに笑いながら謝ってる。
「『ミルティーユ』って、確かフランス語で『ブルーベリー』の事でしたよね? お姉さんの一颯さんはブルーベリーが大好きでした」
そうだ。一颯さんはブルーベリーが大好きだった。それは、きっと妹のミルティーユさんの事が大好きだったからではないだろうか。
「流石想様! 博識でございますわね! そうです、姉様はブルーベリーが昔から大好きでした。わたくしはラズベリーの方が好きなんですが」
「お、ラズベリー好きなのか? ちょうどさっき山道で見つけたのあるぞ」
ドドはそう言って、荷物の中からタッパーを出し、それをミルティーユさんに渡した。
「え? 頂いていいのですか? ありがとうございます! んー!? 甘酸っぱくて美味しいですわー! すごく新鮮ですわね!」
ミルティーユさんは頬に手を当てて喜んでいる。ドドはその様子を見て笑い、夕食の準備を始める。
「よかったですね、ミルティーユさん。でも、僕の名前もドドの名前も知ってたって事は、一颯さんから聞いていたんですか?」
ミルティーユさんはラズベリーをぱくぱく食べていた手を止め、頷く。
「姉様とは毎日メッセージのやり取りをしていましたの。その、ずっと前から想様の話も聞かされており、わたくしも姉様に内緒で、何度か想様を見に行ってましたの」
そうだったのか。僕を見に行ってたのか。全然気付かなかったな。
「ん? 待てよ……それって、どのくらい前からですか?」
「そうですねー、えーと1年くらい前からでしょうか? 初めは一目見るだけと思っていたのですが、姉様が心を寄せる殿方にもしもの事があったらと思い、このミルティーユ、影からずっと想様を見守っていましたわ!」
まさか、ひょっとして……。
「おーい嬢ちゃん! それじゃあ、ストーカーじゃねぇか!」
「はぁ!? わたくしはストーカーなんかじゃありません! 堂島さんこそ、何度か想様の後を尾けておりましたよね?」
そうか……そういう事だったのか。
「くっ、くくっ……、あははっ、あははははっ!」
突然笑い出した僕をドドとミルティーユさんが不思議そうに見ている。
なんて事はない。璃風で暮らしていた時にずっとストーカーにつきまとわれていると思っていた。1人はドドだった。そして、ストーカーはもう1人いた。それが、このミルティーユさんだったのだ。
目の前の2人のストーカーは、こんなに笑い続ける僕を見て呆気にとられ、口をぽかんと開けている。
「いや、ごめんごめん。そうか、ミルティーユさんがもう1人のストーカーだったんですね」
「想様!? だから、わたくしはストーカーなんかじゃありませんことよ!? 想様を見守る存在でございます!」
僕は安心したからか、また少し笑ってしまう。
「そうだったんですね。僕の事、ずっと見守ってくれてありがとうございます」
僕はミルティーユさんに向かって、改めて礼を言う。すると、彼女は透き通るような白い頬を桃色に染めて俯く。
「い、いえ……その、礼には及びませんので……当然の事を、したまでです」
僕はそんな彼女を微笑ましく見る。やはり、どことなくあの人に似ている。姉妹なんだな。
「俺も見守ってたし! 男として当然の事をしたまでだ」
ドドは珍しく張り合っている。話をしながらも、手元は休まずに、すでにいい匂いが辺りを包んでいる。
「はいはい。ドドもありがとう」
僕がそう言うと、彼はフッと笑ってコーヒーを淹れ、それを僕とミルティーユさんに渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。……あ! そうでしたわ! わたくし、想様にお渡ししたい物がありましたの!」
なんだろう。と、ミルティーユさんの手の上にお皿が現れる。その上に乗っているものは……。
「こ、これは……蛤! 大きい! え、僕が貝好きな事知ってたんですか?」
僕は目を見開いてその蛤を見つめている。手の平程の大きさだ。
「はい、姉様から想様は『貝マニア』だと聞いておりましたの。昨日お取り寄せしたばかりなので、お召し上がりくださいませ!」
「貝マニア……でも、嬉しいです! ありがとうございます! ドド、これ今からでも焼けるかな?」
僕は今すぐにでもこの蛤を食したくてたまらない。
「おう! 素焼きでも美味しいけど、せっかくだからパエリアも作るか! 嬢ちゃん、蛤もらっていいか?」
先程からの良い香りはどうやらシチューのようで、それとは別にドドはちょうど米を用意していた所だった。
「堂島さん! わたくしの名前を間違えてしまうからって、『嬢ちゃん』などと呼ぶのはやめてくださいませ。これでも、わたくし20歳なんですのよ!」
ミルティーユさんはドドに蛤を渡しながらそう言った。幼い印象があったので、高校生くらいかと僕は思っていたが、それを口に出さなくてよかった。
「わかったわかった。じゃあ、ミルちゃんな! 20歳かー。若いなー。俺が27で、想が25だから少し離れてるなー」
なるほど、『ミルちゃん』なら名前を間違える事もないな。
「『ミルちゃん』だなんていきなり馴れ馴れしいですわね……別に、かまいませんけども……」
彼女は少しずつ小声になっていった。
「うん! ミルちゃん、よろしくね」
僕はそう言って彼女に手を差し出す。ラウディさんの影響か、握手をする習慣がついてしまったようだ。
「は、はい。想様、よろしくお願いいたします」
ミルちゃんは頬を染めながら、どこか嬉しそうに、僕の手をそっと握った。
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