【完結】私が奏でる不協和音

かずきりり

文字の大きさ
52 / 57

52

しおりを挟む
 見る人が見れば分かるところ。
 そんなのいっぱいあると思う。
 佐々木さんの視線は、私の手の甲にチラリと向けられたのが見えた。
 そこには……シャーペンで突き刺した無数の傷。これも見る人が見れば分かるのだろう。

「……曲作りが本当に好きなんですね」
「好きと仕事は違うけれどね」

 私は、その言葉の続きが知りたくて、バッと顔を上げた。
 好きを仕事には出来ないのか。好きなだけで仕事にはならないのか。

「それは……どうして……」

 呟くように問いかける。
 歌だけでは駄目なのか。
 歌っているだけでは無理なのか。

「あぁ、そういえばそういった事から逃げたんだよね」

 何事もないようにさらりと佐々木さんは言う。きっと彼にとって私の事なんて些細な事というか、関係ない事だからだろう。
 でも、その答えを教えてくれそうで、私は前のめりになった。

「好きな事だけでは生計が立てられないからだよ」
「どうして……」
「好きが嫌いになる事もあるし、仕事として割り切る部分も出てくるから」

 ……分からない。
 全く想像が出来ない。
 呆然としている私に向かって、佐々木さんは嚙み砕いて分かりやすいよう、更に言葉を続けてくれた。
 あくまで自分が、という前置きがあってだけれど。

 一部に受けても万人受けしない。だから生活できるだけの収益には程遠い。
 万人受けするようなものを描いたとしても、それは苦痛で、曲作りから逃げたくなる事も多々あったと。
 仕事と言うならニーズに答えたものを作って、流行を考えて、再生数が上げられる人気曲を作らないといけない。自己満足ならば、そんな事は関係ないと。

 ――それはまさに私も体験している事で。

 そんな中、自分は運が良かったのだと佐々木さんは言った。
 それなりに名前も売れて、生計を立てる事が出来て……。

「人と関わるのが苦手だし、好きな事にだけ没頭する性格だから、生計を立てられるようになったからこそ生きながらえているだけだけど」

 簡単に言うけれど、もし生計を立てられていなかったら……それは真逆な事になるのではないか。
 自分の生にすら執着していない。だけれど、それは凄く共感出来てしまう。
 何故生まれたのかなんて、言い出したらキリのない疑問。だけれど、一度は考えた事があるのではないだろうか。

「……片桐さんは、本当に話せないわけ?」

 いきなり私の話になり、何の事だと首を傾げる。

「母親と。歌という1つだけに拘っていて良いのなら良いけど」

 ハッとする。
 私が知らないだけで歌い手という存在があった事。
 まだ知らない選択肢が多数存在するかもしれない事。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

処理中です...