時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第十一節「心拠りし所 平の願い その光の道標」

~まだです、もう少し近くにッ!!~

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 命力と気力は直結する。
 胆力が高ければ高いほど、命力の質も向上する事になる。

 だから戦う事を勧められなければ、きっとここまで走れなかっただろう。
 直ぐに追い付かれるくらいの速度しか出せなかったに違いない。

 けど、ちゃなの一言がその不利をひっくり返した。
 それだけ彼女の言葉が頼もしかったから。
 なら、思い切って全てを託してみようとさえ思って。

 お陰で今、勇は【グリュダン】の右腕上を走れている。
 何一つ気後れする事無く、一切怯える事さえ無く。

 それに呼応して、ちゃなもまた勇気を振り絞ってしがみ付いている。
 勇が必ず目的地へと連れて行ってくれるのだと信じて。

 こう信じあえるから二人は相棒なのだ。
 だから二人とも前向きに考えられる。

 であれば、もう何も怖くは無い。
 体裁だって、誇りだって捨てる事さえ厭わない。

「おおおーーーーーーッッ!!!」

 故に、その駆け登る姿は実に荒々しかった。
 足のみならず手まで使うという余りの強引さで。

 しかし【グリュダン】がそのまま易々と登らせてくれるとは限らない。

 たちまち右腕が跳ね上がる事に。
 しかも重圧で押し潰さんばかりに豪速で。

 だが、勇はその中でも耐えていた。
 いや違う、受け流していたのだ。

 その重圧に沿って腕側面を滑り降りていたのである。

 これはいつだか見せた命力による貼り付きの応用。
 力を加減し、固定しない程度にくっつくという。

 つまり、勇自身はほとんど動いていない。
 巨腕だけが振り上がり、その勢いから滑り落ちているだけで。

 それどころか、更にはその中で跳ねていて。
 直後、元居た場所へ巨大な左拳が突き当たる事に。

 確かに【グリュダン】の動きは速い。
 けれど勇にはそれさえ全て見えている。
 【感覚鋭化】の動体視力ならばその動きも捉えられるから。
 それに、自身への攻撃には多少なりに加減が見られるからこそ。

 そのお陰で今度は左腕へと駆け登る勇の姿が。
 巨人からすれば、己の身にたかる害虫にしか見えていない事だろう。

 それでいいのだ。
 勇達は弱い己をもうわきまえている。
 だから自分が虫であろうが獣であろうが関係無い。

 勝つ為に全てを賭けるだけ。
 今の必死さはこの想いを体現したものなのだから。

 そんな想いに魔剣も応えてくれている。
 微力ながら勇の身体強化に一石を投じてくれていて。

 【骨格強化】――これが魔剣【大地の楔】の持つもう一つの能力。
 この力を以って、勇は己の身体を更に強化出来ているという。
 大地よりもずっと硬い巨腕を踏み抜こうとも、耐えうる事が出来る肉体へと。

 その全ての可能性があったから今、勇は巨体の上だろうと跳ね飛ぶ事が出来る。
 例え巨大な掌が上空から振り下ろされようとも。

 その指の隙間を縫って飛び上がる事だって不可能じゃない。

 なまじ硬いからこそ隙はある。
 今の様な指の隙間から、身体の節々の凹凸だってそう。
 這い登るだけなら別に躱し続ける必要は無いのだ。

 それに飛び移り続けるのも意味がある。
 必ずしも腕を登り切る必要は無いから。
 隙があれば、一瞬で腕から肩くらいまでなら登れるだろう。

 だから今、その隙を狙っている。
 交互に叩き潰そうとしてくる腕に乗り移って。

「まだです、もう少し近くにッ!!」
「わかったッ!!」

 その目的はあくまで頭部傍。
 出来うる事ならば、先の剣聖と同じくらいの場所へ辿り着きたい。
 そんな想いがちゃなから迸り、勇が受け止め体を成す。

 それを知ってか知らずか、【グリュダン】の抵抗も激しくなるばかりだ。
 あの手この手で手法を変え、勇達をなんとか潰そうともがいている。
 例えそれを幾度と無く突破されようとも。

 その所為で周囲に幾度と無く岩片が巻き上がる。
 激しく動いているが故に、巨体そのものが摩耗しているのだろう。
 だからといって動きが緩む事は一切無いが。

 そんな砂と石だらけの中を必死に跳ねて貼り付いて。
 高速で飛び交う巨腕を躱し、機会を伺う。

 すると、その中でとうとう両腕が上がり始めていくではないか。

 屈んだままではやり辛かったのだろう。
 だからこそ場所を空に移そうとしているに違いない。
 そうすれば逃げ場も減り、捉えられ易くもなるから。

 しかしそれは勇達にとって好都合だ。
 その途中で頭部へ近づけば目的は達成となるだろうから。

 故に頭部が差し掛かった時、その身を再び跳ねさせる。
 より近く、より行きたい場所へ。
 もう一つ跳ねて行けば、辿り着きたかった領域へ達するのだと。



 だがそれは【グリュダン】の策略だった。
 勇達の狙いはもう、既に見抜かれていたのである。



 なんと、次の足場が――無い。

 あろう事か、グリュダンはその両腕を突如拡げていたのだ。
 それも勇が飛び移ろうと跳ねた瞬間に。

「なッ!!?」

 なればたちまち自由を失う事となる。
 足を付こうとしていた場所を失い、失速した事によって。

 そして待っているのは当然、巨腕の洗礼。
 容赦無き両拳が、落ちる勇達の左右から同時に迫り来る。



ゴッズゥゥゥーーーーーーンッッッ!!!!!
 


 まさに容赦無しの一撃だった。
 拳間の隙間さえ押し潰す程に。
 それも真芯に捉えての。

 この一撃はもはや、勇達の実力では防ぐ事叶わない。
 例えどの様に強化していようと、どんな攻撃能力を誇っていようとも。





 ただし、躱したとなれば話は別だが。





 この時、【グリュダン】は完全に勘違いしていた。
 勇達を間違い無く潰したのだと。
 もうこれで面倒な相手は居ないのだと。
 それ程までの一撃で、容赦無く叩き付けたから。

 しかし実際は違う。

 なんと勇もちゃなも普通に生きている。
 それも拳の合わさる先でしっかりと。

 そう、今勇達は突き合わされた拳の裏に隠れていただけなのだ。
 今の一瞬に、ちゃなが熱線で後退噴射バックブラストした事によって。

 更に、その死角入りが勇達へ最高の機会を呼び込む事に。

 この瞬間、勇達は瞬間噴射によって巨大な頭上を飛び抜けていて。
 しかもその姿は【グリュダン】が追う事も叶わない程に一瞬だった。

 そして認識した時にはもう遅い。

 巨大な頭が振り向いた時、目の当たりにするだろう。
 勇が必死に結び付けた切り札とっておきを。



 ちゃなが決意の末に想い描く、持ちうる全てを賭けた一撃を。


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