時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十九節「神冀詩 命が生を識りて そして至る世界に感謝と祝福を」

~誓いと信念の末に~

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 幾ら茶奈の真似をした所で、勇達はもう惑わされない。
 その言葉の重みも、放つ威圧感も彼女のそれとは全く違うから。

 ならば抗おう。
 抗いきって、邪神を討ちとってみせる。
 その意思が三人の立つ姿からさえ覗き見えるかのよう。

 そんな勇達と茶奈の姿は空の映像を通して全世界に届けられている。
 アルトランが分体ネメシスを通してそう仕向けたからだ。
 恐らく勇達を公開処刑して見せ、更なる絶望を生み出す為だろう。
 ア・リーヴェが予想した通りの展開である。

「勇、アンタの言った事、信じるわよ。 茶奈の事、絶対に救い出しなさいよね?」

「ああ。 でなければ奴がこんな戯言を繰り広げる理由は無いからな。 茶奈は生きている、俺がそう感じている。 ならその俺を信じて力を貸してくれ。 そうすれば必ず道は見えるはずだ!」

 しかしその様な中でも勇達の信頼も自信も崩れる事はない。
 むしろ皆が見ているからこそ、なお奮い立つというものだ。

 それは決して不甲斐無い姿を見せたくはないという不安からではない。
 人々に希望を見せる事が自分達の使命だと強く信じているから。

「ならよぉ、しんがりは相変わらずの俺が務めてみせるぜッ!!」

「サポートは任せて。 勇の道は私達が切り拓いてみせるからさ」

「わかった。 よし、じゃあやるぞ二人共……!」

 その想いが勇の右手に【創世剣】を形成させる。
 閃光の如き虹色の輝きを放たせながら。

 そしてその神々しい姿が今、全世界へと公開される事に。

 映像は【創世の鍵】を利用してのものだからこそ全てが映される。
 天力体である【創世剣】も、ア・リーヴェさんの姿も何もかも。

 故に人々は改めて理解するだろう。
 先んじて世界に発表された勇の情報が決して嘘では無かったと。
 前世界の神も、【創世の鍵】もまさしく実在しているという事を。

 その認識から生まれた微かな希望をも勇が力へと換える。
 更なる輝きを【創世剣】へと伝わせて。
 邪神の企みを逆手に取った、勇だけの強化手段である。

 つまり、もう戦闘準備は万全。
 心輝も瀬玲も魔剣を構え、キッカケ次第で戦闘が始まりそうな雰囲気だ。



 だがこの時、何故か茶奈はその左掌を勇達へと翳していた。
 まるで「戦いを始めるのは早計」と言わんばかりに、首と共に小さく左右へ振りながら。



「なんだぁ? まさかここで降参って話じゃねぇよな!?」

 突然の仕草を前に、勇達も困惑を隠せない。

 戦いたがっているのは茶奈とて同じはず。
 その上で叩き伏せればすぐにでも目的は達するのだから。
 にも拘らず自ら制止を促しているとなれば疑念さえ湧くだろう。

 〝まさかまた何か策を弄しようとしているのか〟と。

「クフフ、そんな訳無いじゃないですか。 まだ貴方達に向けた余興が残っている、ただそれだけですよ」

「何ッ!?」

 でもどうやらその「まさか」らしい。
 たちまち茶奈の見下した笑顔へ拍車が掛かる事に。
 
 まるで口が裂けた様ににやけさせ、噛み合わせた全歯を曝け出す。
 その上で陽光を浴びた顔が陰影を浮き彫りとさせ、心の闇さえ曝け出すかのよう。

 胸に抱く企みが如何に業深き事であるかをも晒さんばかりに。

「心輝さん、今すぐ勇さん達を殺してください。 でなければ、わかりますよね……?」

「なッ!? まさか、てめぇ……!!」

「そうですっ!! もし私に逆らおうと言うのなら、今すぐにでもレンネィさんは死んでしまいますよっ!!」

 すると途端、空にもう一つの映像が浮かび上がる事に。

 なんとレンネィの姿が映り込んだのだ。
 まだ相模湖の付近に居るのか、同行者だった周囲の者達の姿と共に。

「見てください、この命力糸を。 これを私がちょっとツンとするだけで―――ウッフフ!!」

 しかも茶奈の翳していた掌をよく見れば―――人差し指と親指の間には光の筋が。

 そう、茶奈の言った命力糸だ。
 無色透明の糸が浮かび上がっていたのだ。
 レンネィの胸を修復した時にも使われた物と同じ糸である。

 それが今、あろう事かレンネィと繋がっている。

 つまりレンネィは茶奈に命を握られているという事に他ならない。
 もし少しでも抵抗を見せれば、何の躊躇も無く糸は引かれるだろう。
 それを出来るのがアルトラン・ネメシスという存在だからこそ、間違い無く。

「いいんですかぁ~? うっかりこの手を広げたら、レンネィさん死んじゃいますよぉ~?」

「ぎぎぎ、てんめぇ~~~ッ!!」

 恐らくアルトラン・ネメシスはずっと幾つもの策を張り巡らせていたのだろう。
 茶奈の事を知り、ドゥーラから井出辰夫へと体を切り替えた後に。
 正体を探られないまま、一般人として自由自在に動き回りながら。

 レンネィの治療もその一つだ。
 茶奈の命力を得る事も、心輝という手駒を得る事も狙って動いていた。
 そのお陰で茶奈を捕らえられ、乗っ取りにも成功して。

 そして今、この決戦においても盾として使われる。
 心輝やレンネィにとってこれほど屈辱的な事は無いだろう。

 それをわかっていて茶奈は挑発しているのだ。
 こんなふざけた様な口調も、心輝のみならず勇達をも動揺させる為に。
 戯言に続き人質、邪神の用意した謀略の数はとめどない。



 でもこれが実は謀略にならないという事など、邪神は知らない。
 心輝がレンネィとどんな約束を交わしたのかを茶奈自身が知らないからこそ。



「―――なんてな。 へっ、へへッ!!」

「おや、気でも触れました?」

「いいや? ま、わかる訳も無いよな、俺とレンネィが交わした誓いはよ。  茶奈はあの場所に居なかったから、てめーにわかる訳もねーよなあッ!!」

 だからこそ今、心輝はその身に炎を打ち放つ。
 潮風を払う程の陽炎を、熱風をも巻き上げながら。
 その心にこれ以上無い闘志を漲らせて。

 これは魔剣の炎ではない。
 心輝が今までの経験で覚えた、自分自身の力によって生み出す命炎だ。

「レンネィは言ったあッ!! きっと俺達が救ってくれるから信じてるってよおッ!! だったら俺は誓いを貫くぜ!! 何が何でもテメーの思い通りには動かねぇぇぇーーー!!」

 炎の魔人が今再びここに顕現す。
 これが怒りと昂りが生んだ、心輝の最終ファイナル戦闘バトル形態フォーム
 それも、限界制限機構を有していない【灼雷宝鱗甲ラークァイト】の力が合わさった極限状態である。

 心輝はカプロとも誓ったのだ。
 この魔剣を纏い続ける限り、勇の事を信じるのだと。
 何が有ろうと信じ抜き、世界を救うまで守り続けるのだと。

 だから折れない、挫けない。
 例えレンネィを盾にされようとも。
 その結果レンネィが死ぬ事になろうとも。

 彼女自身が足枷となる事を望まない限り、その誇りに殉じて。

 そんな心輝の頑なな態度が茶奈の雰囲気を豹変させる。
 策に笑う不敵な様相から一転、下物を見る嫌悪の表情へと。

「やはり愚かなりは肉か。 なら特等席で観ていてください。 貴方の愛する人が無惨な肉塊となって弾け飛ぶ、その瞬間をッ!!」

 行き付く結果がどうあれ、心輝が見せつけたのは紛れも無く希望だ。
 邪神がこの上無く嫌う、一抹の燻りも無い輝かしい心の光だ。

 故に今、茶奈がその希望を打ち砕かんと掌を開き伸ばす。
 何の躊躇いも無く力の限りに。

 それが引き金だった。
 突如、映像に映るレンネィに異変が起こる。

 たちまち胸を張り上げ、その眼を驚く様に見開かせていたのだ。
 それも声一つ上げる事も出来ぬまま、その口さえ苦痛のままに開かせて。
 そして遂には胸元が光り輝き、今にも何かが飛び出そうと震えているという。

 これではまるで公開処刑だ。

「死ね! 死ネ!! そして絶望シろッ!! 貴様等肉共に生を貪ル権利など、最初かラ存在しナいッ!!」

「レ、レンネェーーーイッ!?」

 きっと苦しいのだろう。
 張り裂けんばかりの痛みに襲われているのだろう。
 しかし心輝に出来る事は無い。

 ただただその様子を眺める事しかもう―――



「今だ、セリィィィーーーーーーッ!!」 
「おっけぇーーーッ!!」



 だがこの時、勇が、瀬玲が突如として叫びを上げた。
 その手へと輝きを灯すままに。

 勇の【創世剣】が閃光を解き放つ。
 瀬玲の両手が胸元へと引き絞られる。

 そうして紡がれ跳ねたのはなんと―――十本の光糸。

 それはあろう事か大地へと張る様に繋がっていた。
 いや、厳密に言えば大地を通し、世界の中心アストラルストリームを通して目的地に繋がっている。

 そう、レンネィの下へと。

 するとどうだろう。
 突如としてレンネィの胸の輝きが弾け飛んで。
 その直後の瞬く間に、それは起きた。

 無数の糸束が再び収束し、形を成したのだ。
 それも今までと寸分の変わりもなく、解けた肌を内臓を、瞬く間に形成し直して。

 なんと一瞬にしてレンネィの胸部が再構築されたのである。
 弾け飛ぶ間も無いほどの即座に。

「してやったあッ!! 大成功ッ!!」

「よし、ナイスだセリッ!!」

 これは全て瀬玲の目論見通りだった。
 邪神が力を放脱した瞬間、解かれようとしていた力を再利用・再構築するという荒業だ。
 勇が【創世の鍵】の力を使い、寸分の狂い無くレンネィとを繋げての。

 瀬玲はずっとこれを狙っていたのだろう。
 心輝とレンネィが約束を交わしたあの時から。
 ふと思いついて、勇だけに相談して。

 そして今、その目論見が成果となった。
 ならこう喜びもするだろう。

「ま、まさかお前等、ずっとこう出来るって知ってたのかぁ!?」

「ああ。 でもお前に教えるとすぐボロ出すからな。 黙っといた方が良いって思ってた」

「そうそ。 でもお陰でレンネィさんは救えたでしょ? 配慮に感謝しなさいよー?」

 どうやら心輝もこれは知らなかった様だ。
 でもむしろこの秘匿こそが正解だったらしい。
 二人だけの秘密だったからこそ、打開策としても上手く利用出来た。
 もし茶奈がこの目論見に加担していたらこうもいかなかっただろうから。

 その証拠に、茶奈にももう先程までの荒ぶりは残されていない。
 不敵な笑みも、見下す様な仕草さえも。
 察するに、策が上手く行かなかった事に腹を立てていると言った所か。

「まさかこれ程の、命力糸技術を行使、出来るとは、な」

 それは単に、自身の技術を模倣された事が気に食わなかったから。
 感情があるからこそか、真似事を嫌う所はどうやら人間と同じらしい。

「もうアンタの専売特許じゃないってね!! ―――でもお陰で私の憂いは消えたよ。 レンネィさん聴こえる? もう自由に戦えるからーっ!!」

 ただ、もう命力糸技術は瀬玲の十八番となっている。
 もはやアルトラン・ネメシスの技術にも引けを取らない程に。

 確かに基礎構築はアルトラン・ネメシスの力を模倣しただけに過ぎない。
 しかしその技術も今や使いこなし、自分なりに発展させている。
 だからレンネィに命力を行使させてもいい様な破損部再構築さえ成功させたのだ。
 さすが模倣の天才は伊達ではないと言った所か。

 ならばもう迷う理由は無くなった。
 後は戦い、勝つだけだ。

「俺達をコケにした事を後悔させてやらあーーーッッ!!」

 故に心輝が飛び上がる。
 その身に纏う炎を爆炎へと昇華して。

「面倒事はここで全てを終わらせるわッ!!」

 瀬玲もまた大地を駆ける。
 【虹閃奏弓ペルパリューゼ】を片手に構えながら。

 そして勇が今、その身を引き絞らせる。
 茶奈へと睨みを利かせ、蓄えた力の限りに。

「どうせ相手には手の内がバレている!! なら要門全開放だア・リーヴェッッ!!」

『わかりました、【第十の門 メ・ラコ】までの力を全て解放します!』

 己に与えられし特異の力をも全て引き出して。

 もはや何一つ加減は要らない。
 この時の為に全ての力を使えるよう鍛え学び抜いて来たのだから。



 茶奈を何としてでも救い出す為にも全て奮おう。
 三人のこの日までに培ってきた力と絆を、今ここで。


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