時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第十節「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」

~いつか人が羽ばたく為にも~

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 ロゴウとの戦いから二日が過ぎた。

 しかし例えどんなに激しい戦いを繰り広げたとしても、学校だけは待ってはくれない。
 故に勇だけは翌日から登校し、心輝達にしっかりとした顔を見せていたものだ。
 それでもどこか浮かない顔付きに、瀬玲が気付いて黙っていた訳ではあるが。

 とはいえ、そんな日常の風景も気付けばあっという間に過ぎ去って。

 この日の放課後、勇は特事部本部の前に居た。
 事後報告の為として福留に呼ばれていたから。

「だいぶ暗くなったなぁ、帰り晩御飯でも食べて帰ろうかな」

 この様な事後報告訪問ももうだいぶ慣れたもので。
 夜が近くなった冬の今では、一人外食なんていう贅沢にも走りたくなる程だ。
 どうせこの後アージやマヴォと話して遅くなるだろうからと。

 そんな訳で相変わらずのゲートを開かせ、中へと順々に入っていく。
 するとその時、思いがけぬ人物の姿が勇の目へと留まる事に。

 杉浦だ。
 杉浦が私服で―――何故か敷地の隅の地べたで座っている。
 頭をもガクリと落とし、夜にも負けない闇を背負ったままに。

「す、杉浦さん……?」

「お? ああ、藤咲氏か。 先日は世話になった……」

 気になった勇がふと声を掛けてみて。
 それに気付いた杉浦がそっとその顔を上げると―――

 蒼白となった顔が露わに。

 その姿はもはや先日の雄々しさなど残されてはいない。
 まるでゴリラの様だった体も、今や干からびてしまいそうな程に縮こまっている。

 なんという変わりようか。
 杉浦もそれだけミゴやライゴを失った事が辛かったのだろうか。

「どうして、ここに?」

「それが、だな……先日打ち上げで、部下達を引き連れて、【ジュジュ苑】に行ったのだが……その結果、経費の稟議が、降りなかったのだ。 だから、妻に家から、追い出された」

 しかしどうやら現実はもっと悲惨だったらしい。

 そんな中でそっと差し出された領収書を受け取って見れば、勇もが驚愕する事に。
 刷られた額がもはや常軌を逸した数値を叩き出していたのだから。

 なんと六桁、それもその半分を軽く飛び越える程に。

 【ジュジュ苑】と言えば、この関東で括っただけでも最高峰の高級焼肉店で。
 まともに食べれば一人前分だけでも、栄一万札がアクロバットを決めて去っていくレベルだ。
 しかも先日の戦いに従事していた部下は確か二〇人近く居たはず。
 おまけに全員屈強な戦士達できっと肉にも飢えていた事だろう。

 で、たらふく食べたのは良かったのだが。
 その後上司いしあたまに稟議書を提出した所、却下されたのだそうな。
 「これは私事であって任務の一環ではない」と。

 激戦に勝って調子に乗った結果がこれである。
 それはもう同情してしまう程に凄惨でした。
 激戦へと貢献したのに悲しいかな、とても報われない。

「それでなんとか、福留氏に助けを求めて来たのだが、さすがに待ってくれと、言われた」

「それ、いつからここに……?」

「今朝から」

「おぅ……」

 これには勇でも絶句せざるを得ない。
 思わずその肩をポンポンと叩いてしまう程に様相が酷かったので。

 確かに、この金額負担だけは冗談にもなりそうにない。

「杉浦さん、何なら俺が肩代わりしますよ? 俺、杉浦さんにはホント感謝してますし」

「藤咲氏……い、いや、それでは大人のプライドというものがだな」

「プライドとか言ってらんないじゃないすかぁ~、まずは家族の信頼を取り戻さないと」

「うぐ、ス、スマヌ。 恩に着る」

「俺からも福留さんに相談しときますよ。 どうせあの村野防衛大臣いしあたま絡みなんだし、面倒だからスパッと終わらせたいっす」

 だがしかし。
 勇にはこんな金額など物の数ではない。
 少なくとも、軍隊にも匹敵する量の栄一軍団ごほうびを迎えた今ならば。

 アージとマヴォとの一件では大して稼げなかったが今回は違う。
 何せ生身で空戦をやってのけ、しかも撃退に成功。
 フェノーダラ王国をしっかりと守り切ったのだから。
 なので報酬もいつもの倍額近く貰っていて、勇としては嬉しみホクホクなのだ。

 今なら成金の気持ちがわかる、そう言ってしまいそうなくらいに。

「それじゃ俺、福留さんに呼ばれてるんでこれで―――」

「あ、待ってくれ」

「―――え?」

 そんな想いで踵を返そうとするも、そっと止められて。
 そのままふと振り返ってみれば、視線の先には立ち上がった杉浦の姿が。

 その姿はまるで二日前までの姿と同じ様に凛々しかった。
 先日には伝えられなかった言葉も、今でなら伝えられると思って。



「なら次は割り勘で、君達も連れて一緒に食べに行くとしよう。 もちろん、その時はジョゾウ氏達も一緒にな」



 これが今の杉浦に出来る勇への精一杯の労い言葉だった。

 二日遅れての言葉だったけど、落ち着いた今なら伝えられるから。
 きっともう悲しみも乗り越えてくれたと信じているから。

「うん、そうですね。 その時が来るのを楽しみにしてますよ!」

 だから勇もこうして明るく応えられる。
 杉浦が信じてくれた通りに、今の自分らしさのままに。
 気遣ってくれた事が何よりも嬉しかったからこそ。



 だからこそ、笑顔で。



「ジョゾウさん達、焼肉弁当も美味しそうに食べてたし牛肉もきっと大丈夫かな。 あ、でも田中さん連れて行ったら、今度は奥さんに追い出されるだけで済まされるかなぁ……」

「な、何、彼女はそれだけ食べるのか!?」

「ええ、常人の三倍以上は食べると思いますよ。 ちなみに俺は一.五倍です」

「さんッ―――んんっふ……店のグレード、落としてもいいか?」
 
「ダメです。 大人のプライド持ちましょう? っくふふ」

 こんな冗談も交わせる程に、二人とももう過去を振り切ったから。





 勇もまたこれで一つ成長したに違いない。
 いや、今は何が何でも成長しなければならないと思っている。

 少しでも強くなり、二度と同じ過ちを繰り返さない為に。
 それが逝ってしまった友達への報いになると信じて。

 もうこれ以上、知った人が死ぬのを観るのは―――嫌だから。



 人は死を前にした時、何を思うだろうか。

 悲しみに打ちひしがれて嗚咽を漏らすかもしれない。
 怒りに身を任せて拳を奮い上げるかもしれない。
 あるいは喜び悶えて嘲笑うかもしれない。

 でもいずれも、時がその思い出を心に溶かして一つにしてくれる。
 それでも鮮明と思い出せるなら、それはきっと心が強くなったという事なのだろう。
 印象深かった思い出が、その心を守ってくれる鱗となって。

 そしていずれ、そうして積み上がった鱗が進化を果たして翼となる。
 翼となった心はきっと、人を遥かなる高みへと連れていってくれるかもしれない。

 それが人として強くなる事だから。
 心はそうして、強くなるのだから。



 いつか人が、空へと羽ばたく力を得た時と同じ様に―――


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